ー遭遇の章 2- 布団の匂いは良い匂い
俺たち4人と、プラス1匹の四さんを引きつれて、潜伏の場所としていた宿屋に戻ることになる。宿屋と言っても、メシが出るわけでもないので、寝に帰るだけの存在なのだ。
宿屋と言えば、夜には山盛りの海鮮が皿に盛られて、出されると期待していただけに、俺は噴飯ものだったぜ。まあ、大名や家老クラスが泊まるような、もっと値がはる宿屋なら豪華なメシも出されるのかもしれんが、庶民と変わらん俺らが泊まる宿に期待した俺のほうが悪かったのかも知れん。
部屋に入った俺たちは、それぞれ、布団を敷き始める。すると四さんがすっとんきょうな声を上げる。
「ちょっと、まってえなあ。わいの布団があらへんで!宿の旦那に抗議してくるんやで」
「そんなの当たり前なんだぶひい。四さん、こっそり、宿の店員さんに見つからないように入ってきたんだぶひい。金も払ってないやつが布団を提供されるなんて、思わないほうがいいんだぶひい」
「そないなこと言っても、雑魚寝するなら、外と寝るのと変わりませんやん?」
「ああ、うるさいなあ、四さんは。弥助、お前の布団の中にいれてやれよ」
俺は眠たい目をこすりながら、四さんを弥助に押し付けようとする。
「ちょっと、やめてクダサイヨ。四さんって、臭うんデスヨ。いっしょの布団に寝たら、臭いがうつってしまうのデスヨ」
確かに四さんは、鳥の糞がくっついたような臭いがするもんな。そりゃあ、弥助が嫌がるのもしょうがないか。
「ちょっと、鳥の糞がくっついた臭いって、なんなんや!わいは、たんぽぽのようなおひさまのような臭いがする男やで」
「聞いた話で本当かどうかわからないの、ですが。お布団をおひさまの光の下、干した布団ってあります、よね?あの独特ないい匂い、ですけど」
ん?ひでよし。俺もあの干した布団の匂いは大好物だぜ?
「あれって、実は、布団についている虫たちの死がいの匂いだって、知り合いが言っていま、した。本当なのでしょうか?」
げげえ!本当かよ、その話。それなら、俺は今まで、干した布団をくんかくんかして、気持ちいい気分になってたのは、実は虫の匂いを嗅いでいたってことなのかよ!
「どっちだっていいんだぶひい。四さんの鳥の糞がくっついたような臭いを嗅ぐくらいなら、虫さんたちの良い匂いを嗅ぐほうが、100倍ましなんだぶひい」
ああ、それもそうだな。糞の匂いはもれなく臭いからな。
「てか、布団くらい、10文も出せばいいだけだろ。何、10文をけちってんだよ」
「彦助くんはアホでっか?10文をけちらないと、明日の朝ごはんにもありつけないんやで?わいに朝ごはんをぬけと言うんでっか?」
「言われてみれば、そうデスネ。いつも朝ごはんと昼ごはんは、信長さまが提供してくれているので気にはしていませんデシタガ、清州の町は、津島の物価の倍、高いデスシネ」
「そうだよな。休養日とかに津島の町だと、1食5文も出せば、腹いっぱい食えるもんなあ。それが10文もするなら2食分にもなるのかあ」
「ほんと、世知辛い世の中でおますわ。いっそ、津島の町に拠点を変えようかと思ってしまいますわ」
「そういえば、なんで、四さんは津島の町で行商をやらないんだぶひい?物価が安いほうが仕入れ値は安く済むんだぶひい」
「津島の町で仕入れて、清州の町に卸すのはいいでんねん。だけど、清州の町から津島の町に持っていったら、言わなくてもわかりまんがな」
「ああ、言われてみればそうデスネ。清州から津島の町までの往路で関賎を取られて、高い値段で針を売ろうにも、物価の安いところで売れるわけがないデスヨネ」
「ほんと、関所は腹が立ちまんねん。今度、火でもつけてやろうかと思っておりまんねん。彦助くん、手伝ってくれまへんか?」
「ちょっと、待てよ。俺を犯罪人に仕立てあげるつもりか?やるなら、四さん、ひとりでやれよ!」
「関所が無くなれば、清州の住人だって、喜ぶんや!ちょっと、坂井大膳に追われても今更なんだから、いいじゃないやんか?」
ちっとも良くねえよ!
「でも、四さん。商売の才能はあるんです、から、いっそ、津島に定住するってのはどうなん、ですか?信長さまが清州の城を手にいれたがってはいますが、そんなすぐにあの城が落ちるとも思えないの、ですが」
四さんが、ううんと唸っている。俺も清州の町で生活するよりは、津島の移住に一票いれるけどな。何か事情があるのかな?
「なあ、四さん。清州の町から離れられない理由でもあるのか?家族が近くに住んでいるとかさ」
「ん?わいの家族でっか?確かに清州の近くの農村に住んでいるでやんすが、家から追い出された身としては、関係ないんやで?」
「ごめん、四さん。立ち入った話を聞いてよ。四さんにもつらい過去があったんだな」
「兄貴の嫁に手をだそうとしたら、追い出されただけやで。そんなに気をもむ必要はないんやで」
「心配して損したわ!そんなの、追い出されて当然じゃねえか」