第三話 文明の根幹
ようやく謎動力が決まりました。では三話目です。
第三話 文明の根幹
エンデの街の傭兵ギルドへ仕事の報告に向かう為、アイシャは早朝からマサムネの工房に来ていた。ガラス越しの朝日が漆黒の機体を照らし、ある種の美しさを生み出していた。
機能美という表現がこれほど似合うデウスマキナもそう無いだろうと、アイシャの祖父は豪語していたが、まったくだと孫であるアイシャも同意する。
うわさに聞くこの国の王専用デウスマキナも、武骨ながらも見る者の目を奪う美しさを備えていると言う。どのような道具でも、機能性を突き詰めれば、美しさを宿すのだろう。
などと悦に浸るのは仕事を終えてからと、意識を戻して、工房の一室へ入り、目当ての物を手に取る。
それは透き通ったガラス細工のような物体だった。自然界ではお目に掛かれないような、計算された正六面体なのは人の手が加わっているからだろうが、ガラスの様な人工物ではないのだろう。
幾つか詰まれていた物を無造作に一つ掴み、マサムネの後部の装甲を外して、棒を引き抜く。その棒にはアイシャの手にしている物体と同じ物が収まっていた。
「――――クリスタルの透明度が低いか。この前代えたばかりだと言うのに、もう交換とは。お前は相変わらずドカ食いだよ」
などと、溜息を付きながら棒の収納スペースに収まっていたクリスタルと呼ばれた物体を交換して装甲を元に戻した。
このクリスタルこそデウスマキナの燃料となる物質で、それ以外にもこの世界の文明の根幹を成す物質でもある。工房の照明から冷蔵設備、移動用の車など、ありとあらゆる場所にこのクリスタルが使用され、人間の生活を支えている。
その中でもデウスマキナに使用される最高純度のクリスタルは、産出地が限られており、所有権をめぐってしばしば戦争の火種となっていた。
低純度や採掘量の少ない鉱山は各地にあるが、デウスマキナに使える品質を求めるとなると、この大陸でも産出地は限られてくる。その為、強力な外交カードと同時に他国に狙われる要因にもなりうるので、大国でも産出する小国の顔色を窺うといった、妙な力関係が成り立つのだ。
二人の住居のバビロン王国内にも、良質なクリスタルの採れる鉱山があり、しばしば他国から恫喝や資源の優先的取引といった硬軟合わせた外交を受けている。
現在はどことも戦争状態ではないのだが、それ故に何かと表沙汰に出来ない仕事が傭兵に宛がわれる事が多く、ギルドはいつでも仕事に溢れているので、二人はそこそこ潤っているのだ。
補給を終えたアイシャが自宅に戻るとクロムがリビングで朝食の用意をしていた。
「おはよう、お姉ちゃん。マサムネの整備終わった?」
「おはよう、クロム。今終わった所だ。簡単に食事を済ませたら、出かけようか」
いつもは食事の用意はアイシャの仕事だが整備があったので、パンやお茶の用意はアイシャに代わってしておいたのだろう。こういった行動は長年の暮らしから何も言わずとも出来る。
手早く朝食を終えた二人は、万全のマサムネに乗り込むと、ゆっくりと工房から離れ、空を目指し飛翔する。目いっぱいに広がる青い空はどこまでも美しかった。
マサムネの操縦席は本来一人用なのだが、今は姉弟二人が詰めて入っているので手狭だ。本来の席の横に、狭いが補助席を取り付けており、アイシャはそこに腰かけている。
小柄なアイシャなので手狭程度で済んでいるが、これが大の大人二人なら地獄である。密着した男二人の熱が互いに伝わり、非常に不愉快な思いをするだろう。
クロムはふと、アイシャの香水の匂いが気になり、暇つぶしに話題にあげてみた。
「お姉ちゃんの香水って、街に行く時はいつも違ってるけど、そんなに沢山あっても何か違いってあるの?」
クロムの素朴な質問に、アイシャはふふんと鼻を鳴らして、弟の勉強不足を嗜める。
「分かってないな弟よ、女はいつも同じ物は好まないのさ。新しい物があれば何でも試したくなるのだよ。お前も好きな人が出来たら、そこの所を覚えておくと良い。流行に敏感でないと、女の相手は務まらないぞ」
そんなものかなあ、と漠然と姉の主張を受け入れたが、特別好きな女が居ないクロムにはどうでも良かった。しかし、これほど身だしなみに気を遣っているのにも拘らず、デウスマキナの修理で油や金属粉まみれになるのを厭わない二面性は理解出来なかった。
本人から言わせれば、マキナも好きだし、オシャレも好きとの事。良く分らないが、大好きな姉が納得してるのならそれで良いやと、弟も深く考えずに納得したのだった。
空の移動は快適だが、いささか暇なのが困るが、注意を怠って墜ちるのは馬鹿のする事である。
空を飛ぶマサムネなら一時間程度で街に着くが、空戦用マキナという事を秘匿したいのである程度、街に近づいたら地上に降りて、他のトランスポーター同様、低空ホバー移動に切り替える必要がある。
マサムネを輸送車と呼ぶのはかなり苦しいが、やらないよりマシという程度ではあっても、出来る事はしておくべきだ。
この大陸は車輪付きの車が主流だが、ホバー走行の車もそれなりに使われている。舗装された街中なら車輪の方が好まれるが、辺境の未舗装地域などはホバーがよく使われる。ただ、ホバー走行は燃料となるクリスタルを早く劣化させるので、軍用か金持ちが使う物と認識されていた。
クロムは注意を逸らさない程度に、姉と他愛も無いおしゃべりを続けると、遮蔽物の無い上空からは、街らしき建物の集まりが見えてきた。
バビロン王国の交易都市、エンデの街だった。
ファンタジーならクリスタルは定番(FC、SFC時代のFF的に)
その場のノリで書いているので『空の勇者と祈りの姫』ほど細かい設定は作っていません。
弟に偉ぶってる姉は可愛いです。現実はそうでもないですけど。
ではお読みいただきありがとうございました。