第二話 小さな姉
続きを書かないと言ったがあれは嘘だ。という訳で二話目です。
第二話 小さな姉
盗賊の首領を打ち討ったその日の夜、クロムの駆るマサムネは平原の廃材所らしき場所に半壊したアロンソを下ろすと、その隣に併設された巨大な箱型の建物に、器用に後ろへと後退して機体を収納する。
建物内にはアロンソと思わしきデウスマキナのパーツや、それ以外の機種のパーツも散乱しており、一見すれば工房の様な印象を見る者に与える。
マサムネから降りたクロムは、首領の首を工房内の密閉容器に放り込むと、隣の一軒家に駆け足で乱暴に上がりこむ。
「ただいまー、お姉ちゃん!ごはん出来てる~!?」
「おかえり、クロム。食事はもう少しかかるから、先にシャワーを浴びてきな。それまでには出来てるよ」
厨房には黒髪の小柄な少女が立っており、クロムに振り返らず、忙しそうに料理を作っていた。クロムはお姉ちゃんと呼んでいたが、どう見てもクロムの方が年上に見える。
彼女はアイシャ。今年で二十二歳になるが、恐ろしく童顔かつ小柄な為、成長期を過ぎかけた十七歳のクロムと並ぶと、殆どの者がクロムの方が年上だと勘違いする。彼女はその事を非常に気にしており、自宅以外では伊達眼鏡を掛けて、少しでも童顔を隠そうと日々努力を重ねているのだ。
「うーす、じゃあ先にシャワー浴びてくるよ。今日の仕事の事はその時に話すね」
「分かった分かった、じゃあ後でな。ちゃんとシャワーから上がったら、服は着るんだぞ。昔みたいに裸でウロウロするんじゃないぞ」
「分かってるって。いつまでも子供扱いしないでよ。俺、もう十七だぜ。いい加減大人扱いしてくれよ」
「何言ってるんだ、私から見たらお前はまだまだ、ガキンチョだ。危なっかしくて見ていてハラハラする。せめて私より年上になったら大人扱いしてやる」
それっていつまでも子供扱いする気じゃん、と不満げなクロムをアイシャは適当にあしらうと、また料理を作り続けた。
仕方なくクロムは抗議を止めて言われた通りシャワーを浴びる為に風呂場へと向かう。彼は生まれてこの方、義理姉のアイシャには口で勝ったことが無く、いつも言い負かされていた。
シャワーから戻ると、宣言通り食事が出来ており、その美味しそうな香草の匂いを嗅いだクロムは顔を綻ばせる。香草焼きはクロムの好物で、数種類の野草の臭いが労働で疲れた体を労ってくれる。
「うむ、ちゃんと服も来ているな。昔は碌に服も着ずに走り回っていたが、お前も成長したな」
「昔の事は持ちださないでよ。お姉ちゃんだって暑いからって裸で居たら、爺様に怒られてたくせに」
「むう、そう言われるとそうだったな。じゃあ、この話は終わりにして、冷めない内に食べようか」
誤魔化されたみたいで納得いかないが、目の前の料理が冷めるのは確かに困ると思い、クロムも手を合わせてから料理を食べ始める。
アイシャの料理は非常に美味しく、街で料理屋を始めてもやっていける位の出来栄えなのだ。クロムはその料理を毎日食べる事が出来るので、寄り道などしたことが無い。
向かい合って食べるクロムをアイシャは嬉しそうに見ている。義弟の笑顔を眺めながら食べるのが、料理を作ったアイシャにとって一番幸福な時間なのだ。
「今日の仕事の話だけど、上手くいったから明日にでもエンデの街に行って、ギルドに報告したいんだけど」
「そうだな、首なんぞ持ってても気持ち悪いだけだし、早い内に渡してしまった方が良いか。なら街には私も行こう。日用品も色々手に入れたいしな」
塩も切れかけてるし、石鹸も欲しいし、などと歳の割に所帯染みた事を口にしていた。この家はクロムとアイシャの二人だけで住んでいるので、クロムが稼ぎに出ていると、必然的にアイシャが家庭の仕切る事になるのだ。
「そういえばマキナはどうなった?廃材置き場に置いてあるのは音で知っているが、あまり丁寧に置かなかったみたいだから、足の一本でも無くなっているのか?」
「うん、アロンソの手足が一本づつもげてる。他にも装甲が殆ど使い物にならないね。マサムネは強いけど、他のマキナほど加減が効かないから鹵獲は難しいよ」
「まあ、仕方ないさ。両翼のブレードで斬りつけるのは危険も大きいから、どうしても遠くからガトリングで削る事になるが、お前が無事ならそれでいいさ」
デウスマキナ=マサムネは遠距離空戦特化型という、東方大陸の常識外にある機体だ。機体下部に設置した二門の炸裂式ガトリング砲で、遠距離から敵をズタズタに引き裂く戦法が基本だ。それ以外には、両翼と機体上部に収納した計三本の実体剣で斬りつけるのだが、敵に接近する以上、反撃を受ける可能性はそれなりに高い。
アイシャはそれを危惧しているのだ。特にマサムネは飛行する為に限界まで装甲を削った超軽量機体、防御力など無いに等しい。もし、まぐれ当たりでも敵の剣が当たりでもしたら墜ちるしかないのだ。
それっきり仕事の話は終わってしまい、気分を変える為に今日の料理の出来はどうだの、街に行ったら何が欲しいだのと、実に姉弟らしい会話に移っていた。
料理を食べ終えた二人は並んで後片付けをしながらも、明日の予定の打ち合わせを続ける。
「今日は戦ってお前も疲れただろう。早めに休んでおけ。私もマサムネの簡単な点検だけして、休むから」
「うん、そうする。お姉ちゃんも早く休みなよ。前みたいに点検だけのつもりが、やる気になって徹夜なんて真似しないでよ」
「むぐっ。あ、あれはたまたまだ。そう、あんな事は二度と無いから心配するんじゃない。私はお前のお姉ちゃんなんだぞ、心配など無用だ」
と言いつつ内心では、最近上手く遣り込めなくなった弟の成長を嬉しく思う反面、遣りにくくなったとも思いつつ、寂しさも感じているのだった。
片づけを終えた二人は、それぞれおやすみと言って自室と工房に別れた。
工房にやって来たアイシャは、鎮座する黒い猛禽をざっと見渡す。他のデウスマキナと違って、掠っただけで墜ちる可能性があるのだ。弟の腕なら被弾はしていないだろうが、万が一の事がある。
目視を終えると、今度はハンマーで各所を叩いて、音で異常を確かめる。マサムネは特に疲労が溜まりやすく、部品の劣化が激しい。超軽量機の泣き所だ。部品一点一点の軽さを追求する為に、耐久性をある程度犠牲にしているのだ。
幸い、異常も無く、今度は操縦席に座り、自己診断機能を立ち上げ、内部の点検を始める。この機能はマサムネだけに搭載された機能で、アイシャの祖父が考えたものだ。この機能一つだけ取って見ても、祖父のマイスターとしての非凡さが窺い知れる。幾ら有能なマイスターでも目に見えない、聞こえない部分の異常は探り当てれない。内部構造は特にそれが顕著で、この診断機能一つで、一体どれほど点検項目が短縮できるか。
このマサムネの設計思想も、東方大陸の常識からかけ離れており、悪意のある者はキワモノ扱いするが、性能の高さはデウスマキナに携わる者なら否定できまい。
などと思考の海に沈みかけたが、診断を終えた音で我に返る。――――異常無し。満足のいく結果に笑みがこぼれ、操縦席から立ち上がる。その時にふと、汗臭さが鼻にこびり付いて、顔を顰める。
「最近あいつは男臭くなったな。よし、マナー用に匂い袋でも買い物リストに追加しておこう。他にも男向けの石鹸を追加だ」
明日は、自分もこの操縦席に乗り込むのだ。ずっとこの臭気を嗅ぎ続けるのは苦痛でしか無い。何気に義弟を貶しつつ、換気の為に操縦席を解放したまま放置しておく。
燃料の補充は明日でいいかときりをつけ、アイシャも休むことにした。久しぶりの街での買い物は、普段家計を担うアイシャにとって、歳相応に振る舞える良い息抜きになるのだ。
工房の戸締りをして、アイシャは早々に自宅に引き上げて行った。男と違って乙女には色々と準備があるのだから。
おねショタは最高です。まあクロムはショタではありませんが、きっと十年前はそうだったんです。
しっかり者の姉、アイシャが登場しました。最初はクンカーにしようかと考えましたが、なんか違うので却下して、口うるさいけど甘やかしてくれる、母親の様な女性にしました。クロムはその影響で大のお姉ちゃんっ子になってしまいました。
ちなみにマキナの動力源を現在も考え中です。ファンタジーなので謎動力でも良いのですが、少しぐらいはSFにしたいので色々ひねっています。
それではお読みいただきありがとうございました。