K番目の真実
もう一度やり直したい———具体的には6年前に。
私は心の中で呟く。
最高になりたい。誰の迷惑をかけない。かならず見返す。後悔させる。
そう誓いを立てたはずなのに。
私の絶対的矛盾は心を蝕む。
ねぇ?やめようよ?辛いだけだよ。苦しいよ。なのに、体は止まらない。
私は赤くなった瞳で見つめ言葉を漏らす。
「あんたなんか……産まなきゃよかった」
アズキは掠れた声で何度もなんどもごめんなさいと呟いていた。
熱い日差しが空から遠慮なく降り注ぐ。咲はそれに顔を顰めながらアパートの鍵をかける。
「面倒だな」
この熱い中、さして面白くない授業のために大学に行かなくてはならないのは一つ憂鬱だった。
唯一の救いとも言えるのは一人暮らしゆえに誰に追われるわけでもなく気楽に過ごせることと学校まで近いことだ。少し寂しい気持ちもあるがもう一人暮らしをして一年にもなるのでそれにもすでに慣れていた。
「あら?咲ちゃん。おはよう」
「あっ、おはようございます」
「これから学校?」
「はい。そうです」
上から降りてきた50代の主婦、美代に返す。
「どう?彼氏とか、いるの?」
「あ、はは。なかなか降ってきませんね」
「ふふっ。自分から捉えなきゃだめよ?男なんて喰らってナンボなんだからね。特に咲ちゃん可愛いんだからちょっと隙をみせたらイチコロよ」
そう言って笑い飛ばす。咲はそのお節介やきな主婦に苦笑いを返す。
その時、咲の隣の部屋から子供の泣き声が響いた。
ふっと、そちらに視線を向ける。
「また、泣いてるわねぇ」
「はい……」
「最近引っ越してこられて……それからずっとこうなのよねぇ。咲ちゃんはなにか知ってる?」
「いえ。挨拶も無かったので。たまに見かけるんですがシングルマザーで忙しいみたいですよ」
咲は大学帰りに部屋からそそくさと出てくる親子を思い出しながら告げる。一応挨拶をしたのだが小さく、ゆっくりと、警戒した目で挨拶を返されただけだった。
そして、夜の店で働いているようで昼間は家にいるようだからさらに会う時間も少なかった。
「シングルマザーねぇ……。最近増えてるらしいわね」
「まあ、理由は色々ありますからね。時代の流れ、ともいえるでしょうか」
「そうね。あら?そういえば時間は大丈夫なのかしら?」
「えっ?あっ!ヤバイ」
腕時計を見て焦る。
「引き止めちゃったわね。いってらっしゃい」
「はい、行ってきます!」
タンタンタンと階段を一気に下る。いつの間にか泣き声は聞こえなくなっていた。
今日の授業は特別疲れるものでもなく楽な方だった。むしろ楽だからこそ学校に行くのが億劫だったともいえた。
まだ日が高いうちに咲はアパートへと戻る。朝よりも熱い日差しに咲は目を細める。階段を上り終えるとその先に一人の女の子がマリを持って踊り場で遊んでいた。
「どうしたの?」
確かこの子は……。そう。お隣の引っ越してきた子だ。
「遊んでるの」
「ここで?」
「うん」
「お母さんは?」
「まだ、お家」
まだ、ということはいずれ出てくるということか。その言葉にほっと胸をなでおろす。
いくらアパートの中とはいえ外は熱い。下手をすれば熱中症になる可能性もあるのに、誰の監督もなくここでただ一人遊び続けるというのは少し危ないように思えた。
もう、昔とは時代が違うのだ。
「そっか、一人で待ってて偉いね」
そういって咲は微笑み右手で女の子の頭を撫でようとする。
「えっ」
だが、その手から自分を守るかのように彼女は咄嗟に片手で頭を防御する。その行動に呆気にとられていると咲の家の隣の扉が開く。
「ママ」
女の子は言葉を投げかけるとトコトコと歩いていく。
「アズキ、用意できたからほらっ、早くそれ片付けなさい」
「やっ。もっと遊びたい」
ギュッとボールに抱きつく、アズキ。
「アズキ、困らせないで」
「やっ」
「ボールなら、また後でも……っ」
母親の顔から余裕がドンドンと無くなっていく様が見える。その時視線を感じたのか母親は咲をとらえる。
「えっと、どうも」
咲は反射的に気まずさを誤魔化す意もかねて頭を下げる。
「……」
母親は特に何も言わずに小さく頭を下げただけだった。その隙にアズキはもっとマリを強く抱きしめる。
「あの、もしお忙しいんでしたら私が面倒みておきましょうか?」
「……いえ、結構です。いくわよ、アズキ」
母親は口早に告げるとアズキを無理やり家の中に入れて扉を閉じる。
咲はなんともいえない気持ちを心の中に抱きながら自分の家に戻る。対して疲れていなかったはずなのになぜかドッと疲れが彼女に押し寄せる。そのまま咲は鞄を頬り投げるように置くとベッドに体を埋める。瞼が重くなる。どこからか、泣き声が聞こえてきたように思えた。
気が付くと咲は家にいた。その家は今のアパートではない。実家でもない。突如現れた、家だった。そこで幼い咲が大人の人に何かを言われている。
「今日からしばらくここで暮らすのよ」
なぜ?どうして?お母さんは?幼い咲には疑問で頭がいっぱいになる。急に別の場所に連れてこられたと思ったらここで暮らす?よくわからない。何かの冗談か嘘なのかと咲は辺りを見渡すが誰も嘘をついているようにはみえなかった。
ヤダッ!お母さん!!
拒否するように泣き叫ぶ。自分はお母さんと一緒にいなければならないんだと訴えかける。その声は自分のものなのにどこか客観的で脳内に響く。
脳内に響く。
脳内に。
「うっ」
咲はうめき声をあげながら薄く目を開ける。酷く懐かしい夢をみていた。まだ泣き声が耳から離れない。
あの親子に触発されたかと頭を抱えながらベッドの上に座る。頭が重く痛い。
まだ、泣き声が耳に……。
「えっ?」
その声が外から聞こえてきていることに気づく。幻聴でもしつこく耳に残っているのでもなく現実にその音が存在している。
「まさか……」
咲は軽く寝癖がついているロングの髪を手すきしながら家の外に出る。
「あら?咲ちゃん」
「こんばんは」
扉を開けた先には美代が立っていた。自分でこんばんはといって、もう日が出ていないことに気が付く。ちらちと手元のスマートフォンで時間を確認すると夜の9時30分。だいぶ長い間眠っていたようだ。
「咲ちゃんも、この泣き声で?」
「はい。少し寝ていたんですが目が覚めたらこの声が聞こえてて」
「私も悩んでいたところなの。もう、10分になるわ」
「10分……」
泣くという行為は非常に体力の使うことだ。それを10分も?成人男性ですらそんなに体力が持つか怪しい。ましてやこんな熱い夏の日に……。
咲はその言葉を聞いたときには反射的にインターホンを押していた。
返事はなく……扉の外からは泣き声が聞こえるのみ。どこか苦しそうだった。その鳴き声に交じってママ、ママと母親を求める声が聞こえる。
「アズキちゃん?アズキちゃん、いるのよね!アズキちゃん!」
ドンドンと扉を叩く。返事はない。アズキが泣いているだけならまだしも母親まで出てこないのはおかしい。それは暗に母親がアズキを置いてどこかに出かけているということになる。
「いらっしゃらないのかしら?」
「アズキちゃん!お願いだから、声が聞こえたなら開けて!ねぇ!」
ドンドンとさらに強く扉を叩くも、帰ってくるのは泣き声のみ。
「咲ちゃん。ベランダから、中に入れる?」
「試してみます!」
美代に言われた言葉を思いだし、いったん家に戻る咲。靴を脱ぎすてると靴下が汚れるのを気にせずそのままベランダに出る。
ベランダ通しには大きな仕切りはないため難なく乗り越えられる。
問題は鍵が開いているかどうかだ。
一縷の望みをかけて窓に手を伸ばす。
ガララ。
抵抗なく窓は開き家に入れた。
アズキの様子はきになったがまずは美代を家に招き入れる。
「美代さん、こっちです」
「ありがとう」
美代は礼を述べると少しムシッとした家に入る。
アズキはすぐに見つかった。寝室にある布団で泣いていた。
「アズキちゃん!」
咲は急いでアズキを抱きかかえる。体内に強く熱を持っている。そのくせ汗はほとんどかいていない。かすれた声でママ、ママと呟いている。
「熱中症……」
このぐらいの年齢は体内温度の調整が上手くできずに熱中症にかかりやすい。
「美代さん!クーラーのリモコンありませんか!?」
「クーラー?えっと、あった。んっと……。お願い、任せるわ」
家のと勝手が違うためにどうすればつくのかわからず咲に手渡す。
「えっと、エイ」
ピッと音が鳴る。クリーニングになっていたクーラーから冷気が流れ出す。
「咲ちゃん。タオルを冷たい水で濡らしてきて。あと、お水とかももってきて」
美代は落ち着きを取り戻し、冷静な口調で咲に指示する。
「は、はい」
咲もそのことである程度の落ち着きを取り戻してそこにあったタオルを数枚持って炊事場へ行く。
そこはお世辞にも片付いているとはいえなかった。
異臭はしないがペットボトルはいたるところに落ちており不安をあおる。
彼女の名前か、薬の入った袋には白菊百合と書かれていた。
「美代さん、これ」
「ありがとう」
アズキの服は緩められ脇や首といった場所にそれらをあてていく。
「アズキちゃん。これ飲んで」
美代に抱えられながらコップを傾けて水を喉に通していく。勢いが上がって口に入りきらなかった水が頬をなでる。
コップから水がなくなるとクゥクゥと寝息を立て始める。泣きつかれたのだろう。
「寝ちゃった……。あっ、服は着替えさせた方がいいですよね」
「そうね。えっと服は……」
そういって美代は辺りを見渡してからアズキの服を一着渡す。
それを受け取って美代は眠っているアズキを起こさないように気を付けながら服を脱がす。
「っ」
その時背中に青あざがいくつも並んでいることに気が付く。美代は咲の体が邪魔になってそれがみえていないようだ。そのことに安堵を覚える。
美代に見つかる前に素早く服を着替えさせる。
美代はステレオタイプな人間なようでシングルマザーやスナックといったものに少し嫌悪を抱いているようだった。もし、これを誇張して別の人物に伝えれば最悪強制的に一時保護に移る可能性がある。まだ、様子をみておきたい。
「じゃあ、私たちも……」
退散しようと提案しかけたところでガチャリと扉が開く。
「えっ?」
目があう。そりゃ突然にほぼ初対面に近い人物が室内にいたら驚くだろう。
「えっと、アズキちゃんが開けてくれて。あの、ずっとアズキちゃんが泣いてたみたいで。それで軽い熱中症になってまして」
しどろもどろと嘘と言い訳を告げる。どれだけ正当しようとしたところで咲きたちがやっているのは不法侵入他ならないのだから。
「そう……」
「ちょっとあなた!こんな子どもおいて、どういうつもりよ!」
「っ」
隣から美代が大きな声を上げて百合を叱責する。
「み、美代さん。アズキちゃん、起きちゃいますから」
怒りを表す美代をたしなめる。
「ぐっすり、眠ってたから、置いてきただけよ」
「熱中症になるかもとか、考えなかったの?」
「ちゃんとやって―――」
「親なら普通に子どものことを想って育ててあげるものでしょ!」
美代の言葉にスッと青筋が浮かび百合が低い声で返す。
「普通って何?私はやってるわよ……」
「やってないから言ってる―――」
「優しい夫に家族に恵まれているようなアンタとただの学生に何がわかるのよ!いいから、出て行って!」
百合に追い立てられるように咲らは外で出される。
「大丈夫かしらねぇ……」
心配そうに扉を睨む美代。
「とりあえず、お休み。もう遅いからね」
「あっ、はい。おやすみなさい」
頭を下げて美代を見送る。咲はぼんやりと追い出された家を見続ける。靴下越しに感じるコンクリはひんやりとしていた。
ケホッケホッと細かい咳を続ける。頭がジンジンと痛む。あの日から三日。典型的な夏風邪が発症されていた。夏風邪は馬鹿がひく―――という言葉があるなと軽く苦笑いをする咲。何錠飲むのかと薬の裏面を見る。
「2錠か」
なんとなく効能まで目を通す。副作用として思考の低下、眠気といったものが記されている。
コクンと喉に通す。ふと、昨日のことを思い出す。
「……あの、薬って」
てっきり百合のなにかの薬だと思っていた。しかし、考え方をかえれば百合がアズキの為に薬をもらっている可能性も十二分にある。
「考えすぎ、かな」
少し自嘲気味に笑ってから薬を戸棚に戻す。頭は重いが先ほどまでずっと眠っていたこともあって意識は妙にはっきりしている。その時、また泣き声が聞こえた。頭に響く。
だが、今回の泣き声には少し違和感を感じさせた。隣から聞こえるのではなく外から聞こえる。
いぶかしげに思い扉を開けると隣、白菊家の扉の前にアズキが座って泣いていた。
「ど、どうしたの?」
慌てて駆け寄る。マスクをし忘れたと後になって気が付くがそんなことを気にしいる暇はなかった。
「ママが……」
「お母さんが?」
「いない」
いない?どういうことだろうかと思いアズキを抱きかかえる。
「中、入っていいかな?」
「うん」
アズキの返事を聞いて片手にしっかりとした重さを感じながらノブを触ると抵抗なく開かれる。
「お邪魔します」
とは、声をかけてみるが中には誰かがいる様子が見えなかった。
涼しい風が室内にわたり、見渡すとテーブルの上に一枚の紙が置いてある。
「『誰か、アズキを育ててください。私には、もう無理です』……って」
その言葉に咲は大きく驚く。確実な蒸発文だった。
「っ!ママどうしたの!?」
咲はアズキをおろして彼女の瞳をみつめる。
「きのう、ママがいっぱいおでんわしてて」
「うん」
「さいごにごめんねっていってた。それからおうたうたって、おきたらママがいなかった」
言っていることは要領を得ない。だが、そこからでも組み止める部分はある。きっと、彼女は、百合は……。
「ママがどこにいったのか、わかる?」
「わかんない」
「あー……ママが、ママが行きそうなところは?」
「おしごと、ほいくえん」
「ほかは?」
「……こうえん」
「こうえん……わかった」
アズキをもう一度抱きかかえて外に出る。日の熱さに少し目が眩む。
「咲ちゃん……?どうしたの?」
上から美代がやってくる。
「美代さん。アズキちゃん、少しの間よろしくお願いします」
「えっ?」
「お願いします」
「まさか、あの子。こうなったら―――」
「私に、2時間……いえ、1時間だけ。時間ください!」
バッとアズキを渡して咲は駆け降りる。
「咲ちゃん……!?」
慌てるような声が後ろから聞こえたがそれを無視する。
鍵をつけっぱなしの自転車を飛ばしてこの近くにある公園をしらみつぶしに動く。おそらく、百合なら。その想いをのせて。
一件目の公園は小さく人目で誰もいないことがわかる。二件目の公園は子どもが少しいるだけで他の人物がいない。
三件目。時間はもう30分を過ぎようとしていた。
その公園は遊具がほとんどなく公園というよりは自然園という方がしっくりくる緑の多い場所。無駄に広いため自転車を止めて走っていかなければならい。
「あっ」
河原の近く。靴を脱いで水面に顔をうつしている百合の姿が見える。
まさか。
「百合さん!」
「っ」
「待って!」
咲の姿を見てあわてるよう柵をのりこえるために足をかける百合。
「待って!」
「離して」
「待ってください!話しを聞いてください」
「私なんて、もう」
「アズキちゃんには、あなたがいるんです!」
柵から無理やり引き離す。地面に転がる百合と咲。
「あなたに、何が」
「私も昔、虐待されてました」
グッと強い力で咲を引き離そうとした瞬間にそう強い言葉で返す。その黒い瞳に吸い込まれそうな錯覚を百合は覚える。
「私は、昔お母さんに虐待されてました。お父さんが事故で死んじゃって欝になったお母さんに何回も叩かれました。3歳のことです」
乱れた服から肩にかかるところある痣が見える。それは消えない傷跡。
「元から、児童相談所にマークされてたみたいで私はすぐに助けてもらえました。施設に入りながら、お母さんと児童相談所をまみえて二人三脚で治療に入りました」
真剣な目で訴えかける。
「それが、なんなのよ。施設があるなら施設に入ったほうが幸せじゃない!」
「中には!そう思わない人もいます」
瞳に涙がたまる。頭がジンジンと暖かな熱に浮かされていく。
「お母さんは!お母さんの元に返して!わかんなくて、なんども、なんどもそうやって叫びました。アズキちゃんみたいにお母さんを、ママを探していたんです」
ケホッケホッと咳き込む咲。
「あなた」
「でも、無理でした。お母さんはゴメンって私に遺すような遺書を書いてから自殺したと聞きました」
「…………」
「もう、育児で苦しむ人を見たくないんです!」
「私は、普通の親になれなかった……」
「普通の親って、なんでしょうね?」
咲は問いかける。
「私はそんなの、なかなかないと思います。普通ってとても難しいから」
とても、普通の人生を歩んできたとは言えない咲の言葉。
「子どもが一番?心が一番?金?気分?なにが一番でもいいと思います。でも、真実としてあるのがアズキちゃんはママが、百合さんが一番なんです。そして百合さんにも子どもを想う言持ちが何番目かにある、それが真実としてあるはずです!」
「そんなのもの」
「なかったら、鍵を閉めて出て行ってる!書置きなんてしてない!クーラーもつけっぱなしにしない!」
結果的に熱中症で倒れていたあの日も、クーラーがクリーニング状態になっていた。ということは、つい先ほどまでエアコンがついていた証拠。
「……」
瞳から流れ落ちる涙が咲の頬を伝い、百合の元に落ちる。
「大好きなんでしょ!アズキちゃんのことが!!育児が辛いなら”ただの学生”を頼ってください!子守りぐらいできます。児童相談所に相談してください!親身になって相談にのってくれます。貴方は十分頑張った」
「……もう一度、やり直せる?」
「アズキちゃんが、待ってます」
「うん」
そう百合が返事をした後ふっと体から力が抜ける咲。
「ちょ、ちょっと!」
百合に体をもたれかかりながら発熱した体ではやく戻ってと告げる咲。
そこからはふんわりとした意識しか残っていない。百合に引きずられるように歩いた記憶だけがある。
「夏風邪も引いてるのに―――馬鹿なんだから」
あれから数日が立った。詳しく話を聞くと、あの日の前日。盛大な親子喧嘩をしたらしい。どうしても言うことをきいてくれないアズキに腹が立ち手を出したところで我に返ったらしい。産まなければよかったとひどいことも言ったと後悔もして……。
こんな自分じゃだめだ。そう思い傷の手当てをしてから、考えに考えて書置きを残したらしい。
「あっ、磯野さん」
名前を、磯野百合と旧姓に戻した彼女に呼びかける。
「咲さん」
「これから、相談ですか?」
「はい」
今まで見たことがない笑顔を見せる。こうしてみれば整った綺麗な顔立ちだった。
「アズキちゃんも、元気にしてる?」
「うんっ!あのね、昨日一緒にママと遊んだの」
「へー」
そういって含みのある目線を百合に向ける。
「……では、いってきます」
「いってらっしゃい」
気恥しさからか誤魔化すように早口で告げるとアズキと手をつなぎ由利は消えていく。もう、あのギクシャク感じはみせなかった。
「あの人、変わったわね」
「そうですね」
美代が上からやってくる。
「あの人、昨日私の家まで尋ねてきて酷いこと言ってすみません謝ってきて……戸惑ったわ」
「そう、なんですか」
「なんか私の方が悪者みたいで居心地悪かったわね。見方、見直さなきゃいけないわねぇ」
「悪いのは、あそこまで追い詰めた社会なんですよ」
二人して仲良く歩く親子を見送る。
「……きっと、あの人にとって子どもの順番は1番なんじゃいんですかね」
本小説は一つの在り方です。もし、虐待が疑われるようでしたらその親子を気にかけてください。もし、それができないのであれば児童相談所へ通告ください。
また、育児で悩まれている方も児童相談所へご相談ください。
児童相談所は親子を引き離すためにあるのではなく再構築するためにある場所です。