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六話 夜明け前(一)

 夜が明けた――。

 バスティア警備兵団は〈竜巣の谷〉周辺の警備を強化するべくいくつかの部隊が駐屯することとなった。

 彼らはまず村周辺を巡回し、盗賊団の残党が襲ってこないよう警戒していた。

 壊された家々の修復は村人総出で行った。見る見るうちに新築が建っていくが、完成にはあと一週間ほどかかる。

 農地や花畑も荒らされていたが、深刻な被害はなかったので村人は安心した。

 警備兵は盗賊の死体を処理していたが、その顔は納得がいっていないようだった。――連合軍をてこずらせてきた犯人の結末がこんなお粗末なものになるとは。

 昼過ぎ頃、〈竜巣の谷〉に下りた村人の報告によると、道の途中で(くら)や鎧、刀が散乱している場所があったらしい。そこ一帯の地面は血でどす黒く染まっていたが、馬や人の死体は全くなく、骨すらも見つからなかった。そして、獣が踏み荒らした跡があったという。

 復興作業は一日中続いた。


 夕方、ライカが家に戻ってきた。その顔夢を見ているようだった。

 シルヴァンが色々訊いても芳しい応えは返ってこなかった。何かを隠そうとはぐらかしていた。

 日が落ちかけてきた頃、カルダンが訪れた。

 居間の椅子に座った彼はどう話を切り出そうか迷っているようだったが、ようやく重い口を開けた。


「実は今日頼み事があって来たんだ。――これは友人としてではなく、仕事の依頼で来たと思っていただきたい」


 彼の珍しい口調にハイデン達は戸惑った。


「実は、シルヴァンを護衛として雇いたい」


 彼はハイデン達の驚きの表情を眼に留めながら続けた。


「昨日の戦いぶりをみて決心した。わたしも何十人か護衛を雇ってはいるが、道中は常に危険と隣合せだ。今回の事件も起こると思っていなかったしな。もし道中で似たような荒くれ者に襲われた時、無事でいられるとは言いがたい。だが昨日の戦いだけしか見ていないが、シルヴァンがいればそれこそ百人力だ。村人をすぐ避難させる気転の良さ、二百人近い敵を前にして真っ向から勝負を挑む度胸の強さ。そして、圧倒的な力と危険を察知する感覚だ」


 カルダンはシルヴァンに最大級の賛辞を送った。


「だから、彼を護衛として雇いたいのだ」


 彼は居間にいる顔を見回した。ハイデンとライラは迷っているようだ。当のシルヴァンは無表情だった。

 ライカはその話を聞いて、シルヴァンにバヤードのお土産を買ってきてもらおうと考えていた。


「無論、シルヴァンには契約金も支払うし、十分な食事と宿も提供する。それに、君達一家にもお金を支払う予定だ」


 カルダンは気前よく言った。


「あと、もう一つ。シルヴァン、君はそのままガイザードで傭兵か、職業軍人として暮らしてみないかい?」


 その言葉を聞いて、一番驚いたのはライカだった。見るからに動揺している。


「わたしは正直言って、このまま君の素晴らしい才能を埋もれさせるのは良くないことだと感じた。ガイザードは文学よりも武芸、魔法関係を推奨している。君がその素晴らしい力を発揮できれば、かなりいいところまでいくことができるだろう。近いうちに帝国の首都で開催される〈剣闘技大会〉に出場すれば恐らく優勝も夢ではないと思う。運良くバヤードに駐屯している騎士団の中に偉い役職に就いている知り合いがいるから、そいつに紹介してガイザード軍に入隊することもできる。どうだね? やってみないか?」


 シルヴァンは考え込んだ。脈あり、と見て、


「どうだろう、契約金と報酬の他にわたしが買ったあの剣を君に贈ろう。適材適所と云うし、わたしが持つより君の手元にあった方が剣も喜ぶはずだ。大金を支払ってまで手に入れた宝を手放すのは惜しいが、知り合いの中から〈剣闘技大会〉優勝者が出るのは非常に名誉なことだ」


 シルヴァンはなおも考え込んでいたが、


「ハイデンさんやライラさんの許しが頂ければ、その申し出をお受けしたいと思います」とだけ言った。


 ハイデンとライラはふたりで何事か話し合った。ライカはそれをじっと見つめていた。


「もともとシルヴァンはわたし達の子供ではないから、最終的な決定はシルヴァン自身に委ねるよ。家族が減るのは悲しいことだが、シルヴァンも大人だし、なにより昨日の戦いぶりを見たらそれが一番いいことだとわたし達も感じた。彼がいるべきところは他にあるはずだ。シルヴァンが往こうと思うのなら、わたし達は止めはしないよ」


 ハイデンは微笑んで言った。

 カルダンはシルヴァンを見た。


「どうする、シルヴァン?」


「わかりました。お言葉に甘えて、お世話になろうと思います」


 カルダンは手を叩いた。


「よし、決まりだ。それでは、さっそく出発の準備をしてくれ。出発は明々後日の朝の予定だ」


 詳しい内容は明日にでも話そうと言い、カルダンは嬉々(きき)として帰っていった。

 ライカだけはひとり悲しそうな顔をしていつもより早めに床に就いた。寝室に向かう足取りは覚束無(おぼつかな)く、危なげだった。


 朝、ライカは寝室にいなかった。

 ライラは心配したが、シルヴァンの出立の準備に追われて急がしかったので考えている余裕がなかった。むしろ忙しい時にどこにいるんだ、と怒っていた。ハイデンは妻が働けない分仕事に精を出さなくてはならないので、手が空かなかった。シルヴァンは近所の人に旅立つことを伝えに往った。

 夜、日が暮れてもライカは返って来なかった。

 さすがにライカは心配して、シルヴァンに探してもらうよう頼んだ。

 まだ二年半しか一緒に暮らしていないが、彼には彼女が今どこにいるか大体検討が付いている。

 彼はバーナム森林地帯に入り、少しすると空き地が見えてきた。

 空き地のはずれにある大きな木の下で彼女は(うずくま)っていた。

 彼は彼女の隣に腰を下ろし、木に(もた)れた。

 どちらも口を開こうとしない。

 風のない夜だった。


「往っちゃうんでしょ」


 シルヴァンでなければ聞き取れないくらい小さなかすれ声でライカは言った。


「ああ」


 沈黙が世界を占めた。


「わたしも往きたかった。ここよりも大きな街に往って、色んなことを勉強したかった」


 まるで、もう夢は消えてしまったような云い方だ。


「もうわたしにそんな機会は来ないわ。わかるの。お父さん達はわたしが村を出て往くことを望んでいないことも。もうこれ以上家族が減ることも」


 シルヴァンは黙って彼女を見つめていた。


「あなたが羨ましい。わたしにはできないことができるから」


 彼女は顔を上げてシルヴァンを見上げた。暗闇の中、彼はライカの眼が赤くなっているのを見ただろうか。


「わたしだって村の人を助けたり、避難させたわ! 盗賊が襲ってきた時も何もできなかった大人達よりがんばったし、あいつらを脅かす作戦を考えたのもわたしだわ!」


 彼女は激しく(まく)し立てた。

 月光が流れる涙を透明に彩った。

 彼女はシルヴァンの胸に顔を押し付けた。


「なんでわたしは往けないの? なんであなただけなの? わたしは長いことそれだけを夢見てきたのに」


 シルヴァンはそっと彼女の髪を撫でた。


「ごめんなさい。シルヴァンは必要とされてるんだもんね。きっとわたしより役立てることがあるから呼ばれたんだわ。それなのにあなたを責めてごめんなさい。わたしってきっとヒドい女なんだわ」


 シルヴァンはどうすればいいのかわからなかった。

 こんな時に抱きしめる勇気があれば、と思った。


「寂しくなるわ。いつこっちに戻ってこれるのかしら? 三年後? 五年後? 十年後? 二十年後? もしかしてもう帰ってこないの?」


 彼女は静かに泣いた。


「わたしもあなたと一緒に往きたかった・・・・・・」


 彼女は最後にそう呟いて深い眠りについた。

 シルヴァンだけが森の中に孤独に取り残された。



 彼女を抱き抱えて家に戻ったのはもう夜遅くになっていた。寝室に彼女を寝かせ、下に下りたシルヴァンは居間に入った。ちょうどカルダンとハイデン夫妻が話し合っているところだった。


「おお、やっと来たかね」


「遅れてすいません」


「ライカは寝てる?」


「はい。ぐっすりと」


「そうか。では急ではあるが、君に出立のことについて詳しい説明を聞いてもらうよ。出発は――」


「お待ちください」


 シルヴァンは手を上げて制した。


「その前にお話したいことがあります。契約金はいりません。報酬もいりません。頂いた剣もお返しします」


 カルダンも夫妻も驚いた。


「な・・・・・・それはバヤードに往くのをやめるということかね?」


「いえ、約束は破りません。ただ、ひとつだけお願いがあります」


「なんだね、云ってみなさい」


「それは――」



 部屋には暖炉の炎が暖かく燃えていた。

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