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五話 白く汚れた閃き

 その場にいる誰もがブン、ドンという鈍い音を聞いた。

 ライカは素早く音がした方を見て眼を見張った。

 矢継ぎ早に二度目の音が聞こえて盗賊も気付いたらしく騒がなくなった。

 ライカは四つの“こと”を全て同時に見たような錯覚を覚えた。

 ――音の源を見るとそこにはシルヴァンが立っていた。その手には弓が握られていた。

 彼は矢筒に手を回し五、六本の矢を引き抜き、一度に全て射った。狙い撃ちとは思えないほどの素早さだ。

 だが動体視力のいい者が見たならば、さらに驚くべきものを見ただろう。彼は一度にその全部の矢を撃ったわけではない。一本一本しっかり弦に固定して狙いをつけて撃ち、また固定しては撃つという行為を刹那の瞬間に行ったのだ。

 三度目の射撃で二十本近くあった矢は全て無くなった。

 ――シルヴァンは腰に差していた剣を引き抜き、身を屈めた。ライカは彼の曲げられた大腿筋(だいたいきん)が膨れ、(しな)るのを目撃した。

 ――彼は、跳んだ。

 黒い光が一閃し、彼は盗賊の前に降り立った。

 ――少年を掴んでいた男や少女を押し倒していた男も地面に崩れ落ちた。例外なく彼らの頭部に矢が突き刺さっている。

 シルヴァンは剣を閃かせた。瞬く間に顔を切り裂き、刃を突き立てる。

 まるで貴族の舞踏会で踊る麗人そのものだ。鮮やかに身を翻しては剣を自分の体の一部のように操り、軽やかに繰り出す足技に男達は成す術なく(たお)れる。

 一瞬の間に剣だけで十人以上の敵を斃し、なおその動きは止まらない。

 野盗達は驚き慌てた。その白刃から逃れようとして我先にと後ろへ退がる。

 辺りを罵声が飛び交う。

 シルヴァンの後ろ――村の一団の方には敵の死体と唖然としてシルヴァンを眺める子供達がいた。子供達は我に返り、森の方へ逃げて駆けつけた大人達に介抱された。

 敵はシルヴァンの相手をするのに精一杯だった。気を失っている子供を助けようと勇敢な男達が戦場に駆けつけて子供を連れ戻して森に消えた。

 その間にもシルヴァンは銀光を(ほとばし)らせてゆく。

 反撃しようと試みる盗賊団だったが、ほとんどが逃げ腰になっていた。


「馬鹿野郎、押すんじゃねえ!」


「ぶっ殺せ!」


「弓を使え、弓を!」


「んなことしたら仲間に当たるだろうが、馬鹿野郎!」


 その様子をライカは見ていた。また何かを今か今かと待っていた。もうそろそろか――と思った時、またあの声が聞こえた。


(今だよ)


 彼女は隣にいる馬を見た。馬も頭をめぐらせて彼女の方を見た。馬が促したように感じたが、今はそのことを考えるのを止めた。

 彼女は森に近づき、叫んだ。


「グレドォ! 今よ!」


 グレドは森の最前列で合図を待っていた。その言葉を聞いた彼は後ろを振り向いた。手を口に当て、声を張り上げる。


「いくぞぉ!」


 一呼吸おいて、


「せーのっ!」


 と、森の中から凄まじい叫び声がした。大地を震わすかと思える程の。もしそこに事情を知らない人が通りかかったら、遥か昔に死火山となった〈灰色山〉が火山活動を再開したと思うことだろう。

 森にいる村人全員が腹の底から声を出した。


「――オオォォ――!」


 その絶叫が盗賊団に(もたら)した効果は凄まじかった。野盗どもはいきなり聞こえた大音量の叫びに驚き思わず耳を塞ぎ、馬の手綱を放してしまった。

 馬も耳を(つんざ)くような訳の解らない音に動揺して暴れた。手綱を握っていない者は落馬し頭を地面に打ち付けて気絶し、鉄蹄の下敷きになった。あちこちで嫌な音と悲鳴が聞こえる――。

 シルヴァンだけはなおも艶やかに敵を(ほふ)っていた。

 敵は白刃の餌食となってゆく。

 ひとりがシルヴァンの剣を受け、別の男がシルヴァンの持つ剣の横腹に蛮刀を打ち付けた。柄の方に大きな(ひび)が入った。

 二、三合も打ち合うとその部位が大きく欠けた。あと十回も打ち合えば真っ二つだ。

 男の顔に汚らしい笑みが広がる。

 案の定、すぐに剣は折れてしまった。

 シルヴァンは森に向かって駆け出した。


 その少し前、彼の剣の調子がおかしいのを見てカルダンは急いで荷物の中から宝物の剣を出していた。

――せっかくの宝物だが、やむを得まい――。

 そして、彼はこっちに向かってくるシルヴァンに「武器だ!」と叫び、皮袋ごと放った。

――大切に使ってくれよ。

 シルヴァンは新しい武器を受け取ってすぐ取り出す。

 背を向ける彼を討ち取ろうと、男は剣を振り上げ――振り下ろしたが剣の重みを感じない。(いぶか)しく思って右手を見ると――手がなかった。なんでだ、と思って前を向くとシルヴァンの剣が振り下ろされるところだった。彼はそこで事切れた。

 シルヴァンは心地良い重みを感じていた。ほどよく重く、それに扱いやすい。水の国随一の名匠が造ったと云われるだけのことはある。

 彼の前に敵はいなかった。手が動くだけで敵は地に伏し、起き上がることはない。

 彼が躍っている時、略奪者に追い討ちをかけるような事態が発生した。


「お頭ァ! 警備兵が来たぞォ!」


「なにィ! なんでだ! 尻尾は掴めてねェはずだ!」


「知らねェ! もうすぐそこまで来てる!」


 バーナム森林地帯からは見ることはできないが、村側にいる盗賊には確認することができた。――土煙が朦々(もうもう)と立ち込めている。数えきれないほどの蹄の音が聞こえる。


(おかしい。何故だ。警備兵の眼は欺いたはずだ。しかも、なんでここまで俺らに気付かれずに近づけたんだ)


 ウルギアは必死に考えた。頭の中では今は逃げることを最優先にしなければらならいと冷静に判断した。彼は決めた。


「逃げるぞォ!」


 彼は叫びながら山――〈灰色山〉を指差した。


「付いて来い!」


 彼は馬に飛び乗り、一目散に山に逃げた。その姿を見て、部下も慌てて後を追う。

 戦場には累々たる死体の山が折り重なっていた。シルヴァンの手によるものだ。

 逃げていく盗賊を見て、彼は「逃がすか」と呟いた。彼は死んでいる盗賊の頭から矢を引き抜き、撃った。村の男達も横を通り過ぎようとする盗賊に一矢報いようと矢を射った。

 シルヴァンは馬に乗って跡を追う。男達も森の中から馬を連れ出し、シルヴァンに続いた。

 盗賊は〈竜巣の谷〉に向かっている。そこに追い込むべく、後ろから矢を撃ち続けた。略奪者は這這の体で逃げていた。

 先頭が谷に入り、果たして生き残りは皆谷に入りきってしまった。

 シルヴァン達村の男は谷に入る手前で馬を止めた。


「深追いするのはよくない。獣が跳梁する刻限だ」


「戻って来れないように、入口のところに松明を炊いて置こう」


 男達は作業に取り掛かった。



 野盗どもは村人が追いかけて来なくなってもまだ逃げ続けていた。

 五ゴルカンほど疾走しただろうか。辺りを暗闇が支配していた。

 「止まれ!」と命令が下り、団体は停止した。皆肩で息をしている。

 何人かが松明を出して灯をつけた。闇の中に百人ほどの男達が浮かび上がる。


「ちくしょう。一体何だってんだ」


「なんで警備兵が来るのが分かんなかったんだ」


「わからねェ。気が付いたらすぐそこまで来てやがった」


「しかもあんなちっぽけな村になんであんなに強い野郎がいやがるんだ」


「くそったれ。次会ったらぶち殺してやる!」


 首領はあそこまで追い詰められた理由を考えていたが結論が出せなかった。何度もあんな修羅場は潜り抜けてきたはずだ。それがなんで――。

 ウルギアは考えるのを止めた。


「このまま谷を抜ける。食料が少ないのは辛いとこだが、仕方ねェ。いつか必ず復讐してやるぜ」


 部下は賛同した。やり返さなければ腹の虫が収まりそうにない。

 そのように盛り上がっている時、ふと唸り声が聞こえた。

 誰もが氷のように固まる。

 何も起こらない。

 安心し、胸を撫で下ろした。

 その瞬間、獣の咆哮と悲鳴を聞いた。

 血飛沫が舞う。悲鳴はすぐに止んだ。

 炎に浮かび上がる姿は、絶滅したと聞く伝説の獣だった。黄の毛に黒い斑点がある四足の野獣。口から飛び出た牙は血塗られていた。金色の双眼があやしく光る。

 彼らは何所から来たのか。答えはすぐに出た。――上だ。

 何十頭もの怪物が空から降ってきた。次々と襲い掛かり、人を、馬を捕食してゆく。

 絶叫する。彼らは一目散に逃げた。

 仲間の断末魔をあとにして。


 ウルギアはひとりで逃げていた。仲間と逸れたのはかなり前だ。もう悲鳴も聞こえない。

 彼は途中で馬を大岩に正面衝突させて即死させてしまったので歩いていた。

 彼は休むべく、光苔が蔓延(はびこ)る岩に腰を下ろした。

 また唸り声がして顔を上げると、目の前には黄色に輝く二つ眼があった。

 彼の顔から血の気が引いた。

 周りの暗闇からいく対もの“眼”が見える。

 光る眼はどんどん彼に近づいた。

 彼の断末魔は獣の咆哮にかき消された。



 村に駆けつけた警備兵団は驚愕していた。

 ウルギア盗賊団が去った後の村は血の海と化すと風の噂に聞くが、目の前の状況は確かに血の海だ。

 しかし、違うのは犠牲者だ。

 無残な死骸を晒す盗賊団――。幾千もの命を奪ってきた張本人達が小さな村を襲撃して返り討ちにされたという信じがたい事実。

 しかもそのほとんどがひとりの青年によるものだということも。

 そして、村の犠牲者がひとりもいない――。

 警備団と村に滞在する医師の庇護の下、人質とされた子供達は傷の手当てを受けていた。

 大人達は消火活動に当たり、何も用のない人は家に戻った。

 皆幻を見ていたような顔をしている。盗賊に襲われたことさえも夢ではなかったのか。 

 その夜は誰も眠らなかった。

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