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四話 紅き災いは闇夜と共に

 《それ》はやってきた。馬と人の形をして。

 飛脚だ。馬は口から涎を垂れ流し、乗っている中年の男も汗と埃まみれだ。


「何があった!」


「ウルギア盗賊団だ!」


 男は大声で応えた。

 シルヴァンは顔を(しか)めた。

 ウルギア盗賊団――カンバルド連合公国の悩みの種。オーシアン大陸に轟くその悪名は絶望、殺戮、略奪をもって迎えられる。

 わずか二百足らずの集団はカンバルド連合にある小さな村々を標的に金品、女、食糧を強奪する。しかもその手法は残虐無慈悲として知られる。連合軍は十数年間も盗賊団を追い続けているが、その機動力に勝るのはヴァリノイア王国軍の銀竜騎士団、ガイザード帝国軍〈第一の将〉バラン率いるパラスラ騎士団しかいないとも云われる。

 連合軍が何年もその尻尾を掴むことができないのは、少数人数であるが故に山地など険しい地域を楽々通り越すことができるためである。

 それが、よりによってこの村に来るとは――


「あと二十分もしたら村にやってくるぞ!」


 瞬時にシルヴァンは考えを決めた。


「こっちだ!」


 馬を巧みに操り、西――〈灰色山(グレイ・マウンテン)〉に向かう。道を怒涛の勢いで駆け上る。道を進んでも通行人の姿が見えないのは、住人が速やかに避難したからだろう。

 そろそろ野原に着く、という距離になったところで通行人を発見した。

 シルヴァンは男に「先に往ってくれ」と云い、馬を止めた。


「急ぐんだ! はやくしないと、盗賊が来るぞ!」


 通行人は驚き、質問を浴びせるかわりに走った。

 シルヴァンも馬を飛ばした。彼はまだ避難しきっていない人に警告を与え、野原に向かった。

 野原に着くと、住人が(たむろ)していた。何人かがシルヴァンの姿を認め、彼に指を差し始めた。


「ウルギア盗賊団が来たぞ! はやく森の中に逃げろ!」


 シルヴァンは大音声で呼ばわった。明らかに何を云ってるのか聞こえていないらしく、村人はきょとんとして彼を見つめた。


「ウルギア盗賊団だ! 森に避難しろ!」


 彼はさらに声を張り上げた。村人の中に動揺が走る。だが、ざわつくばかりでなかなか移動しようとはしない。

 

「はやくしろ! あいつらに殺されてもいいのか! あと十分もしたら村に来るぞ!」


 シルヴァンは痺れを切らし、脅すような口調で云った。いつもの彼を知る人は驚き、これは只事ではないというのをようやく理解した。

 次々と人々は森の中に入っていくのを見、シルヴァンは「家族と離れ離れになるな! 一纏めになるんだ!」と注意した。


「武器をもって戦える男は集まってくれ!」


 ヴァリノイアを囲むように木々が発生しているバーナム森林地帯と〈灰色山〉の麓の東側にある森林は深いので、住民が入りきらないということはない。

 激しい人の流れの中、シルヴァンに近づいてくる人影があった。村長のフェンド、ハイデン夫妻、馬を引き連れたライカ、カルダンに続いて屈強な男達が近づいてきた。シルヴァンは馬から下り、ハイデンから弓矢と小振りな剣を受け取った。


「本当にあの盗賊団が来るのか?」


 シルヴァンは武器を装着しながら頷く。

 全員の顔が曇った。

 村長は前に出て、「無駄だとは思うが交渉になればわしが代表として立ち会う」と辛そうに告げた。


「宣戦布告してきたらすぐ戦おう」


 男達は頷く。

 ライカはその様子を見て、「わたしも残ります」と云い、ライラとハイデンを狼狽させた。


「何を云ってるの! あなたの出る幕じゃないわ。はやく往きましょう」とライラはライカの手を引っ張った。


 しかし、ライカは重い石のように動こうとしない。母親の手を振り(ほど)き、


「村が滅ぶかもしれないのに、ただ手をこまねいて見てるだけなんてできないわ! わたしも戦います」


 と、云った。

 母親は夫を仰いだが、ハイデンはライカの決意をひめた双眸を見つめ、諦めたように首を振った。ライラは驚いて娘と夫を交互に見比べ、最後にシルヴァンを懇願するように見たが、彼も首を振った。そして彼女も諦めた。


「わかりました。でもわたしもここに居させてください。娘と夫を見殺しにできないわ」


 ライラは限りなく優しく、悲しい声で云った。

 娘は小さく「ごめんなさい」と謝り、母は「いいのよ」と幾分微笑んで応えた。

 複数の男女――夫婦と思しき人物達が近づいてきた。彼らの話によれば、子供達は遊びに往っててシルヴァンの知らせを伝えることができなく、こっちに来てるのではないかと思っていたが見つからない、というのだ。

 男達の顔が(かげ)った。知り合いにも探してもらったかと訊ねたが、未だに見つからないらしい。仕方が無いので、彼らにもここに留まってもらうことにした。

 太陽は西の彼方に没し、星が輝く時間帯になった。


 ライカは森の中に入ったグレドを探し、すぐに見つけた。


「作業は順調?」


「まかせとけ。子供(ガキ)達にも広めるよう云い付けたから、もうみんな知ってるだろ」


 グレドは自信満々に云い、ライカは安堵の溜息を吐いた。こういうことに関して彼の右に出る者はいない。こんなところで役に立つんだから――。


「盗賊が来るってのは本当なのか?」


「あら、シルヴァンが云うことを信用できないの?」


「いや、そんなんじゃねぇよ。ただ、信じられないんだ。あんなやつらが俺らの村を襲うなんて」


「わたしもよ」


 ふたりは俯いた。


 辺りを静けさと闇が覆う。人々が不安げに話し合っているとき、誰かが叫んだ。


「ああ、あれを見ろ!」


 誰もがその声の先を見た。

 炎――。

 村の東側に浮かび上がり、人々の眼を引き付ける鮮やかな赤い光は、盗賊の襲来を告げる警報のなにものでもない。

 ついに来た――。

 森の中にドドドドと馬の蹄の音が轟く。母親は泣く赤ん坊を抱き、少年と少女は互いに手を取り合っていた。誰もが儚い希望を胸に抱いて。


 その災厄は家を、土地を荒らして〈灰色山〉に向かってきた。


 総勢二百弱の盗賊団――。

 数からして見れば三千対二百では到底勝ち目はないが、彼らは最初から“勝つ”気などないのだ。ただ、略奪行為をしたいだけなのだから。

 その悪魔が、ついにその魔手を〈竜巣の谷(ドラゴン・デイル)〉まで伸ばしてきたのだ。

 野盗達が野原に来、シルヴァン達と対面した。

 見るからに野蛮そうで目が血走っており、下品な笑いを浮かべていた。腰には数本の蛮刀を差している。

 フェンド村長はゆっくりと前に出た。

 盗賊達の中から笑い声がおきた。盗賊は群の中心に向かって「お頭!」と呼びかけた。

 盗賊は道を開け、大きな馬に乗った男が現れた。男は右目に眼帯を掛け、酷薄な笑みをしていた。盗賊団の首領、ウルギアである。

 彼が馬から飛び下りると、周りの数名も下馬した。彼はずいと前に歩み出て来て健気にも対抗しようとする一団をじろりと見た。


「どんな魔法を使った?」


 ウルギアは大声で云った。一団は沈黙する。お前達とは口も利きたくもない、とでも云うかのように。


「久しぶりに人里にやってきたと思ったら家には誰も居やしねぇ。どういうことだ?」


 まだ沈黙する。

 だが、その方が好都合とでもいうかのようにウルギアはニヤリとした。


「せっかく村に来たってのに誰もいないんでよ、手に負えない手下どもが家に火を放っちまってよ」


 盗賊の間から下品な笑い声がした。彼らは久しぶりの獲物にありつけると喜んでいる。

 フェンド村長も眉間に皺を寄せる。

 へらへらと気持ち悪く笑うウルギアはまだ続けた。


「なぁ、こっちはただ村に食料を買いに来ただけなんだ」


「ごろつきにやる物なぞ何もない!」


 村長は顔を紅潮させている。

 ウルギアは驚いた表情を見せたが、一瞬後には元の汚い顔付きに戻った。


「そうかい。なら仕方ねぇ。こっちもあんまり手荒な真似はしたくないんだがな」


 ウルギアは後ろを向き、手下に向かって何か命じた。すると、群の中から男達が出てきた――三人の少女と七人の少年を引きずりながら。

 一団の中から「ああっ!」という叫び声がした。逃げ遅れ捕らわれた人質に息子や娘がいるのだ。親は子供のもとに駆け寄ろうとして、男達に止められた。

 子供達の様子はひどかったが、今まで彼らが聞いてきた盗賊団の蛮行と比較すればまだとても優しい方だろう。髪を引っ張られ顔を苦痛に歪めている女子はまだ酷い行為を受けた様子はない。

 男子の状態は酷かった。見るからに顔に(あざ)ができ、顔から血を出している。中には気を失って地面に投げ出されている者もいる。

 ウルギアは「さて、こいつらをどうしようか」とフェンドに問いかけた。しかし、最初(はな)からフェンドの交渉に乗るつもりはないのだ。

 フェンドは見るに見かねて


「ま、待ってくれ! 金なら出すし、食料も出す。だから子供達には手を出さないでくれ!」


「もう遅い」


 ウルギアは冷酷に云い放った。その顔は無表情で、より一層恐怖を(かも)し出している。いや、この野蛮人に人間的な表情などないのかもしれぬ。

 彼は「だが、」と続け、


「今すぐ五百万ルーア用意するなら話は別だ」


「ご、五百万!」


 無理も無い。バスティア公国における大人ひとりの一日の平均的な収入が約六十ルーアだ。五百万ともなれば小国の国家予算にも相当する。


「無理だ、そんな大金がこんな小さな村にある訳がない!」


「じゃあ、諦めるんだな」


 その言葉を待ってたとでも云うかのように、ウルギアは凄惨な笑みを浮かべた。この血に飢えた野獣には人の血が通っているのだろうか――そう思わない人間が果しているのか。


「早速楽しませてもらうぜ」


 歓声が上がる。

 人質となっている少年が抜け出そうともがき始めた。盗賊のひとりがそれを見て少年に近づき、顔を思い切り殴った。嫌な音が聞こえる。少年は一瞬で気を失い、口からは血が出てきた。


「ダイ!」


 一団の中にいた母親が叫んだ。母親の悲痛な声を聞いて、殴った男はこれ見よがしにさらに殴りつけた。母親は気を失った。

 親達は手を組み、「ああ、テサーナよ。わたし達が何をしたとおっしゃるのですか!」と運命を司る神を呪った。

 男達はいつでも戦えるよう刀を抜いて身構えた。肉体を怒りが支配している。


「てめェらが悪いんだぜ。せっかくこっちが下手に出てやったのに。馬鹿なことをしたなぁ」


 ウルギアは後ろに退き、部下に合図を送った。すると手下達は満面の笑みを湛えて少女達を地面に押し倒した。

 悲鳴が響き渡る――。


「見せしめだ。やっちまえ!」


 ウルギアは高らかに嘲笑した。

 誰もが絶望した。遠くで見える星と炎の輝きだけが鮮やかだった。

 ライカの中で怒りが頂点に達しようとしていたその時、何かが起きた。

解説

 オーシアン大陸の1年は12月、1月は5週、1週は6日で構成されている。

 月は色で表され、1年のはじめの月から順に白、黄、青、紫、藍、緑、金、赤、橙、茶、銀、黒。


用語解説

・ルーア・・・お金の単位。一ルーア=二百円の価値。

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