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三話 災厄は嵐の如く

 星は流れ、月は沈み、太陽は昇る。果てしなく定められた宇宙の(ことわり)は――神々の御手によりて――今日も行われる。

 大宇宙の《黄金率》――数多の星の住人はその言葉の意味を知ることはない。

 神々さえも黄金率の内に囚われているのだ。


 夜。あらゆるものが寝静まる宵闇の中で、《それ》――空を()ぶ巨大な“もの”は〈灰色山〉の窪地に静かに降り立った。その姿を見たのは空に輝く星のみか。

 朝――赤い太陽が昇る。金色に輝く(かお)を変え、その不吉な兆しを地上に晒す。その日、その星の歴史が始まって以来幾度か起きた《転換期》が今まさに訪れようとしていた。神ならぬ身の誰が運命神(テサーナ)の神意をはかることが出来ようか。




 ライカとシルヴァンは部屋で休んでいた。ふたりとも朝のこんな時間まで仕事をしていないことはなかった。しばらくしてシルヴァンが、後に続いてライカが階下に下りて来た。

 シルヴァンは家の花畑に往って花の世話をし、ライカは編み物をしていた。

 昼過ぎ頃、来客があった。カルダンだった。


「今日も失礼するよ」と、礼儀正しく挨拶し家の中に入った。


 居間には家族全員揃っていた。カルダン、ハイデン、ライラそしてライカは椅子に座り、シルヴァンは自分の居場所はここだとでも云うようにいつもの場所――入口の左横の壁――に腕組して寄りかかっていた。


 短い間世話になった、と切り出し、


「明後日の朝に村を発ち、バヤードへ向かうことを決めた。実を云うともう少し長く滞在したいんだが、バヤードには余裕を持って到着したいのでな」と告げた。


 彼は家族ひとり一人にお礼を云った――ライカに「次会うときはもっと美人になって、素敵な恋人もいるんだろうなぁ」と――シルヴァンの方をチラッと見て――云って彼女を慌てさせた。彼なりのユーモラスな冗談のつもりだったのだろう。

 シルヴァンにもお礼をし、何かに気付いたように少し考え込んだ。


「そういえば、シルヴァンがこの村にやってきてそろそろ二年かな?」


「いえ、あと半年程先です」


「ふむ。もうそんなに経つのか。君が〈竜巣の谷〉に記憶を失った状態でいきなり現れてもう一年半か」


「そうですよ。谷の道に倒れてたんです」


 そのときの第一発見者であるライカは云った。彼は発見された当初衰弱状態にあった。村に二ヶ所ある医療施設で治療され、彼の体が回復しかけた頃どこの家で保護するかと話し合いになった時、彼女は第一発見者であるというただそれだけの理由を振り回して村人を納得させた――無理矢理だったが――のだ。

 他の家からも「我が家で世話をする」という申し出――裕福で若い娘が居る家庭――が跡を絶たなかったのだ。その後しばらくは、ライカは村中の女子から恨みがましい目で見られることとなったのだが。


「――確か、シルヴァンが現れた日の前夜はものすごく星が光ってたな」


 ハイデンは思い出して云った。ライラもカルダンも(がえ)んじた。シルヴァンだけは(うつむ)いた。


「まだ思い出せないんです。三年前以前のことを」


 彼は辛い言葉を口から搾り出した。顔には苦渋の表情を浮かべている。


「記憶の断片すら戻ってこないのかい?」とカルダンも心配な顔をして訊ねた。


 シルヴァンは首を横に振った。


「極稀に何かを思い出しかける感じはするんですが、あと一歩のところですり抜けてしまうんです。無理に思い出そうとしたら頭が痛くなってしまうし」


 家族、村の知り合い全員でなんとか解決する(すべ)を考え実行したものだが、それもうまくいかなかった。最後はシルヴァンが「もういいです」と云って断念したのだ。


「そういえば、珍しいわね、その服を着るのも」とライラはシルヴァンの服装に眼を留めた。


 シルヴァンは「ああ、なんとなく今日は着てみようかなって思ったんです」と云った。全身を黒できめた服装は今から約二年半前、この村に突如として彼が出現した時に着用していたものだった。

 とりあえず会談が終わり、カルダンは旅に同行している従業員とともに宿泊している宿屋へ帰った。ハイデン一家は仕事に戻った。

 その日は夏であるのにも拘らず上着を着てしまうくらい肌寒かった。空は曇り、今にも雨が降りそうな湿り具合だ。家畜も気が立っており、運動をさせるのにも一苦労だ。

 ライカは変な胸騒ぎを覚えた。

 誰かが話しかけてくる――。何度も何度も。それもひとりやふたりじゃない。たくさんの何かが。

 言葉が上手く聞き取れない。だがその言葉からは差し迫った響きがする。何を告げようとしているのか?

 ライカは集中し耳を澄ました。だが聞こえるのは静寂のみだった。


 シルヴァンは手を止め、空を見上げ、眉を(ひそ)めた。

 しばらく空を見つめていた彼の口から「来るな」と低い呟きがした。その言葉の意味は一体なんなのか? 彼は自分が言葉を漏らしたことすら気付いておらず、ただ東の空を睨んでいた。



「あら、進み具合が良くないわね。どこか調子でも悪いの?」

 昼過ぎになってようやく空は明るくなり始めたが、寒さは衰えることを忘れてしまったようだ。さらに寒くなった気がする。ここ数十年でもこんなおかしなことは起きなかった。何かが起こる前兆か。


「いえ、何でもないです。ちょっと気になることがあったんで考え事をしてました」とシルヴァンは云った。


「あら、ライカもどこか悪いの?」


「え、いや、なんでもないわ。ただちょっと食欲がないだけ」 


 母親の言葉に意識を取り戻したが、我ここにあらずといった感じだ。さっきから全く食事に手をつけていない。心配そうな顔をした父親と母親が顔を覗き込む。

 それでもなかなか食べようとしないライカは「外に往ってきます」と告げて食事を後にした。

 ライラとハイデンは顔を見合わせて頭を(かし)げた。


「病気にでも(かか)ったのかしら」


 ハイデンは難しい顔をして考え込んだ。


「ここ数日シルヴァンも調子が悪そうだが、流行り病か?」と怪訝(けげん)な顔をして云った。


 ライラは首を横に振った。


「村でそんな噂は聞かないし、近くの村からそんな病気が発症したなんてことも聞いてないわ」


「どこも悪いなんて感じはしないんですが」


 シルヴァンはそう云うと食事――雀の涙くらいしかない、いつもの量――を平らげ、気分転換に外に出ると告げた。

 夫婦はまた顔を見合わせた。


「ふたりとも恋煩いかしら」


 外に出たライカは家畜小屋の方に向かった。その方角から声が聞こえるのだ。

 誰? 何? 一体何を私に云おうとしているの?

 風の音が鼓膜を振動させるが、何も聞こえない。

 小屋に入った彼女は馬が一頭抜け出しているのに気付いた。――もう、父さんたら、しっかり繋いでおかないんだから。

 再び外に出、周りを見渡すと外に置いてある牧草を食べている馬を見つけ、安堵した。馬に近寄り、手綱を引っ張った彼女はハッとした。

 今、誰かが話しかけてきた。

 思わず辺りを見回す。

 どこ? 誰?

 彼女は周りを見ても誰もいないことを認めると、肩を落とした。


(僕はここだよ)


 はっきりした声が彼女の耳に聞こえた。初めてしっかりと聞き取れた。彼女は声がした方を振り向くと、――馬がいた。しかもその馬の手綱は彼女がしっかり握っている。

 彼女は馬を上から下まで穴があくほど凝視し、有り得ないとわかっていながらも「あなた?」と話しかけた。

 馬と眼があったような気がした。しかし、馬は頭をめぐらせただけだった。彼女は馬を軽く見ながら「まさかね」と呟いた。

 家の方からシルヴァンがやってきた。お互いの顔を見つめあうと、何故かわからないがふたりは似たような感覚を共有、もしくは実感していると瞬間的に分かったのだ。


「何か感じるか?」


 シルヴァンもいつに気が立っているらしいのが、口調からわかる。


「うん」


 ふたりとも東の空を見つめた。その先にはなにがあるのか? シルヴァンは考え事をしているらしい。

 ふと、何かを決めたようにシルヴァンは頭を振った。


「これから僕の云うことをしてくれるかい?」


 そう頼んだ顔には決意の眼差しがあった。ライカは一瞬気圧されたが、踏みとどまって頷いた。シルヴァンは表情を和らげた。


「村中の人を避難させてくれ。嫌な予感がする。東の方から災厄が襲ってくる。理由はわからない。だけどそう感じるんだ。ここら辺はライカに任せるよ。ひとりでも多くの人を、〈竜巣の谷〉に通じる道の北西にあるバーナム森林地帯か、北東側の森林に避難させるんだ。あそこなら一先ず安心できる」と、シルヴァンは口早に云った。


 ライカは(しき)りに頷いていた。


「僕は村の東側に往って住人を避難させる。信じてくれない人がいてもいいから、とりあえずたくさんの家に訪れて知らせるんだ。信じてくれる人が増えれば、信じなかった人達も不安になって跡を追うだろう。できれば大げさに触れ回ってくれ。荷物は大切なものを少しだけと、護身用の道具だけならいいと伝えてくれ。理由を問い詰められたら僕の名前を出せばいい。僕に云われてやった、という風に」


 云い終わって、不安そうな顔をしているライカの顔を見ると微笑んで肩を叩いた。


「大丈夫さ」とだけ云い、シルヴァンは小屋に往って馬を出し、颯爽と駆けて往った。


 ライカは彼が往った方を見つめ、自分のしなくてはならない事を思い出した。ふと馬を見て、(本当にお前じゃないの?)と心の中で訊いてみた。すると、今度は紛れも無く眼があい、馬は低く嘶いた。彼女は驚き、今まで話をかけてきた正体のひとりが彼――馬であったことを確信した。馬に向かって頷いた彼女は馬に乗り、知らせを携えて駆けて往った。


 シルヴァンは村のとある民家の前にやってきた。鮮やかに飛び降りた彼は急いで家の扉を叩いた。家の主が玄関まで来るこの時間ですら惜しい。彼の心を駆り立てているものは何なのか、彼自身もよく解っていない。

 扉が開き、彼より頭一つ低い可愛らしい女の子がでてきた。年はライカと同じくらいだ。彼女は訪問者がシルヴァンであることに驚いた。まさか村中の憧れの的である人物が、自分の家に来るなんて夢にも思ってなかったのだろう。彼女は何を云えばいいのか必死に考えていると、


「お父さんかお母さんはいらっしゃるかい、ミリア?」とシルヴァンは変に違和感を与えないよう微笑んで云った。


 ミリアはどぎまぎしながらも両親は外で仕事をしていることを伝えた。


「じゃあ、ご両親に伝えておいて欲しいことがあるんだ。それを後ですぐに伝えてくれるかい?」


 シルヴァンは口早に先ほどの話を掻い摘んで――納得してもらいやすいよう小さな嘘を少しずつ織り交ぜて――話した。


「しっかり伝えておいてね。それと、その次はこの辺りに住んでいる人達にも伝えてもらいたい。できれば子供達――それも君達くらいの年齢の人がいいかな。何か訊かれたら『シルヴァンがそう云ってた』と云えばいいから」


 最後に「よろしく頼んだよ」と手を握り肩を抱きながら――本人に悪気はないのだろうが――付け加えたので、ミリアの眼はどこか遠いところを見ているようだった。

 シルヴァンは華麗に馬に飛び乗り、別の民家に伝えるべく駆けた。その様子をボーッと眺めていたミリアはふわふわとした足付きで両親のところへ向かった。


 同じ頃、ライカも奮闘していた。

 大人に説明すると必ずといっていいほど疑惑の眼を向けられたが、最後に「シルヴァンがそう云ってた」と付け加えると少し考えてからライカの話を信じることにしたのだ。その大人の理不尽な考え方に腹を立てながらも我慢して別の家に往った。

 それに比べ、自分と同じくらいの年齢の人を説得するのはなんら難しくなかった。

 例のグレドにも伝えると彼は信用してくれたらしいが、グレドの親は息子が云ったことをあまり信じてくれなかったので、ライカがグレドの家に往って親を説得するのに時間を食ってしまった。


 日が傾いてきた頃、村に住む約三千人強の人口のうち約三分の二くらいの人々が家畜を引き連れてバーナム森林地帯に差し掛かる野原に集まっていた。いつにない喧騒が森林に響いている。

 残りの人達もポツポツと(まば)らな間隔を作って森林に向かって来るのが見える。

 多くの男性はシルヴァンの言葉通り、護身用のナイフ、剣――中には料理包丁を持つ者もいた――やら、狩猟に使う弓矢を身に付けていた。

 群になる人々の中で人(だか)りができている。ハイデンとライラは事態の説明に追われていた。


「一体何があったんだ」


「盗賊でも出たのか」


「お宅の子供のでまかせじゃないのか」


等、彼らには答えようがない質問が飛び交っていたが、「わたし達も他の人から聞いたんだ」としか云いようがなかったのだ。


 ライカは誰かを探していた。何故自分がその人を探しているのか解らないし、何故今自分が考えていることを伝えようとしているのかも解らなかった。そもそも、こんなこと自体が解らないことだらけなのだから。彼女の頭の中に不意にある“こと”が思い浮かび、それを伝えるべく人探しをしていた。

 ようやく、ライカはグレドを見つけた。彼女は彼の肩を叩き、自分を気付かせた。


「お前、こんな所にいたのか。みんなお前を探してるぞ」


「知ってるわよ」


「なんでこんなとこに人を集めたんだ?」


「わたしにもよく解らないの。ただ、こうした方がいいってシルヴァンと話し合っただけなのよ」


 グレドはハァと溜息を吐いて呆れ顔をした。そんなことはお構いなしにライカは話を続けて、


「でもものすごく嫌な予感がするの。何かが起こりそう」


「女の勘は鋭いって云うしなぁ」と半分茶化し気味に云った。


 ライカはムッとしたが、また我慢した。


「あんたにはやってもらいたいことがあるの。引き受けてくれるわよね」


 グレドは「しょうがない。乗りかかった船だ」と呟き、次の言葉を待った。


「みんなに伝えて欲しいの。私があんたに合図をしたら、あんたが――して、みんなが――ってな風に。これが取り越し苦労になってくれれば嬉しいけど」


 グレドは「わかったよ」と云って早速実行しに人の山に向かった。

 その後姿を見届けたライカは周りを見て、カルダン――と旅に同行している従業員の一団――を発見した。従業員達はそれぞれ背中に大きな荷物を背負っていた。恐らく発表会で使用する生地や今年の新作だろう。カルダンも然り、馬の背に荷物を背負わせていた。ライカは知らないが、恐らく荷物の中には大切な“剣”を入れてるのだろう。


 シルヴァンは村の東側にいた。全民家に話が行き渡るのを確認しなければならなかった。

 彼は東の空を見ていた。もうそろそろで太陽が地平線に沈んでしまう。辺りを夕闇が支配しかけていた。

 不意に彼は何かを感じたように身構えた。その口からは「来る」とだけ聞こえた。

 すると、彼の眼は村に入ってくる“もの”を見つけた。

 それこそ、災いの知らせだったのだ。

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