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大会最終日:覚醒め

 西の控え室にて、シルヴァンは一人座り込んでいた。

 不思議と緊張感はなかった。あとはただ自分のすべきことをするのみ。それがもし駄目だったとしても、悔いることはない。

 コールから貰った皮手袋を左手にはめた。大き過ぎず小さ過ぎず、丁度いいぐらいのフィット感だった。

 その左手で〈銀の牙(シルバー・ファング)〉を握る。なんとも言えない相性の良さを感じた。

 ――あの声は聞こえない、また聞こえなくなったのだ。もしくは、声の主が話しかけるのをやめたか。あの声はこちらから話しかけても応えず、あっちの都合によって会話できることをシルヴァンは理解した。


「なかなか不便だな……」


 あの言葉が引っかかる――声が告げたあの言葉――


 ――僕の指示に従えば、自ずと君の体は動き出すだろう。昔と同じようにな


 昔――僕は何をしていたんだ? その想いが、シルヴァンを締め付ける。

 やがて最後の舞台が整えられたことが告げられた。

 シルヴァンはゆっくりと立ち、部屋を後にした。


**


 入口には既にアリオンが到着していた。


「休めたか?」


「はい。ただ……先の戦いでかなり疲れてます」


「――しょうがないな。お前が闘ったのは聖騎士(パラディン)だ。並大抵の戦闘能力では到底敵う相手じゃない、それとお前は闘い、勝利したんだから代償は大きいだろうな。

 だが、聖騎士に選別されるのが極僅かな者達なら、彼らに勝てるのも極限られた者達だけだ。誇っていいことだぞ」


「はい」


「……次で最後だ。しっかりやってこい」


「はい……。将軍、ボーカスはどうですか?」


 ボーカスは、ケレンドス戦後にいきなり倒れた剣闘士だ。彼はジェイス・ランバルディーン将軍の部下だった。


「ああ、彼か。安心しろ、大事には至っていない。どうやら強力な痺れ薬が原因だ」


「やはり、ケレンドス戦の影響でしょうか」


「十中八九――。ボーカスの傷口から痺れ薬が体内に回ったと医師団は言っていた。つまり、奴の武器にすり込まれていた、と」


 二人は怒りで顔をしかめた。


「許せないですね」


「わたしがお前なら、徹底的に叩きのめすが、お前はどうだ?」


「同じですね」


 アリオンは微笑んだ。


「じゃあ、やってこい」


「了解しました」


**


「これより、決勝戦を行います。選手入場です」


 割れんばかりの歓声が轟いた。


「西、ウェイブラス騎士団一番手シルヴァン。東、チェイスタル騎士団一番手ケレンドス」


 剣闘士二人は中央に進み出た。


「ケレンドス!! ケレンドス!!」


「チェイスタル! チェイスタル!」


「シルヴァン! シルヴァン!」


「コール・シルヴァン!」


 最後まで勝ち残ったシルヴァンとケレンドスは互いを見つめた。

 一方は――艶やかな黒髪と碧眼の美青年。

 もう一方は――下卑た笑いを浮かべた浅黒い肌をした短髪の男。年はシルヴァンとさほど変わりはないだろう。


「離れなさい」


 意外にも一言も会話することなく二人は距離をとった。

 しかも、


「構え」


 なんとケレンドスは騎士の礼をしたのだった。これにはシルヴァンも驚いた。


「始めいィッ!!」


 合図と同時に、ケレンドスは動いた。いや、放ったと言うべきか。

 ケレンドスは太股に差してあったナイフを、芸人の一座が行う曲芸のような動作で複数投げた。動かしたのは二つの腕だけだが、放たれたナイフの数は十近くにものぼる。

 シルヴァンはいくつかを払い、残りの分は横に逃げて回避した。

 が、またケレンドスは同じ攻撃を繰り返してくる。一体何個のナイフを忍ばせているのか。

 触れないように気をつけながら避け続ける。このナイフ一本一本にも痺れ薬が仕込まれているのかもしれない。もしそうならば、絶対に直撃だけは避けなくてはならない。

 身を翻し、一気に距離を詰めるが、ケレンドスは予期していたかのように身を退く。

 続いてケレンドスが出した得物は――剣だった。まさか、それでシルヴァンと勝負しようというのか。

 シルヴァンは矢継ぎ早に刃を繰り出すが、ケレンドスは見事それらを切り払った。その動きだけでも彼がここまで残れた実力を十分に物語っている。

 しかし、ここで速度を落とすシルヴァンではない。神速の如く手を動かすスピードを上げる。

 あまりの速さにケレンドスは後手後手に回るが、防御と言うよりは『逃げ』ているのでそう簡単に組ませてはもらえない。なかなか賢い戦略であった。

 シルヴァンは痺れを切らし、詰め寄った。ついにケレンドスを捕まえ、組み合う。そうなればもはやシルヴァンの独壇場だ。ケレンドスに焦りの表情が走る。

 上下左右から刃を突き、ケレンドスのバランスを崩した。すかさず腹を蹴り、倒す。

 勝った!

 その瞬間、シルヴァンには珍しく冷静さを欠いた。それは優勝を目前にした慢心からか、ケレンドスを相手にした怒りにも似た感情からか。

 そして、見た。ケレンドスがニヤリと笑みを浮かべるのを。彼は何かを投げた。それはあまりにも小さく、速かったのでシルヴァンの身にぶつかるまで何が起きたのかわからなかった。


「ウッ!」


 肩に僅かな痛みが走る。シルヴァンがそこに目をやると、三本の針が刺さっていた。と同時に腹に蹴りが叩き込まれ、後ろに吹っ飛ぶ。肺から空気が押し出され、数秒喘いで落ち着く。

 ケレンドスはゆっくりと立ち上がる。その顔には特大級の邪悪な笑みがあった。

 しかしその笑みもシルヴァンがすっくと立つのを見ると途端に驚きに変わる。

 差された針を、シルヴァンは無造作に抜いた。抜く瞬間痛みに顔を歪ませた。血が糸を引き、白い衣装に赤い斑点が浮かぶ。


「チッ、死にぞこないめ」


 ケレンドスの口から呪詛の言葉が洩れた。

 この言葉から察するに、針には恐らくなんらかの毒が仕込まれているのだろう。相手を殺すのは反則になることから、ボーカス同様痺れ薬である。

 そして、この時シルヴァンが取る行動は二つに絞られる。

 一、動かない。動けば体内を巡る血液の流動が激しくなり、より一層毒の侵攻が進む。この場合、相手が打って出ないとこちら側からはどうしようもない。

 二、早めに決着を付ける。

 シルヴァンが選んだのは果たして――

 彼は走った。後者である。

 ケレンドスの驚きをよそに、シルヴァンは動き続けたが、ケレンドスは逃げた。

 五分後、シルヴァンは体に異常を感知した。右肩を中心に、体の各部位が動かないのである。


「ようやく効いてきやがったか。どういう体してやがるんだ、象ですら三分あれば麻痺で動けなくなる代物だぞ」


 ペッとケレンドスは唾を吐いた。

 ――やはり、仕込まれていたか。

 ケレンドスは剣を握りなおし、攻めた。シルヴァンは逃げるしかなかったが、体がほとんどいうことをきかない。あっという間に追い詰められた。


「チィィッ! しぶてえな!」


 ケレンドスは地面の砂を掴み、シルヴァンに投げつけた。


「クソッ!」


 途端にブーイングの嵐である。

 残された力を振り絞って、ケレンドスから逃げた。その時、シルヴァンは地面に肩膝をついていた。シルバー・ファングを差し、寄りかかっているほどの重傷だ。


「ハァ、ハァ――」


「……これで終わりだな」


「――いくつか訊きたいことがある」


「ん? 何言ってやがる、お前はもう負けなんだよ」


「お前達は何を企んでいる?」


「?」


「先日のバラン卿邸宅襲撃事件の主犯はお前達だろう」


 ケレンドスは驚愕した。


「てめぇ、なんでそれを知ってる!?」


 と言ってから、しまった、と顔をしかめる。


「お前の口からちゃんと訊きたい。何が目的だ」


「……事件の真相をほぼ把握してるってことは、生かしちゃおけねえな。多分、この大会が終わった後お前は始末されるぜ。

 いいぜ、教えてやる。どうせこの後お前は全身マヒで気絶し、その後二度と目覚めることなく一生を終えるんだから、冥土の土産に全部教えてやる」


「……」


「きっと閣下も少しくらいなら許してくれるはずだ。――大会終了後、パラスラ騎士団は反乱を起こす。奴らは国家転覆と皇帝暗殺未遂の咎で粛清される」


「……」


「驚かねえな。ってことはやはり知り尽くしてるってことか、なおさら生かしちゃおけないな。

 ――主犯格は〈第一の将〉バラン、奴を中心に計画は行われる。バランは将の一人を殺し、そいつが襲撃事件の犯人だと告発するが、証拠不十分を指摘される。詰問されて追い詰められたバランはパラスラ騎士団の名を使って反乱を起こそうとするのを、我々が未然に防ぐというシナリオだ。反乱軍を鎮圧した後、我々はバランに先の襲撃事件は全て自作自演――協力者はパラスラ騎士団であったことを告白させる。無論嘘だがな。

 パラスラ騎士団はそんなこと聞いてもいないし、バラン邸を破壊もしていない。おまけに被害者であるバランも逮捕され、皇帝暗殺の罪も加えられて投獄される。重罪を犯したパラスラ騎士団は解体、粛清され帝国第二軍であるチェイスタル騎士団が第一軍に昇格され、反乱時の功績によって俺は特別な地位を約束されてる」


「何故、他の騎士団を陥れようとする?」


「クククク、こんなに簡単に地位、名誉、金全てが手に入ることはないからな。バランですら今や俺たちの言うことを聞かざるを得ない状況だ。家族が人質じゃあ反抗もできないからな。パラスラ騎士団に個人的な恨みはねえが、自分達より上の位にいるってのが気にくわねえ。だからあいつらにゃ悪いが消えてもらう、ってワケよ」


「そんなことをして一体なんになるって言うんだ」


「面白いからさ! 楽しいからさ!」


 審判に聞こえないように、ケレンドスは叫んだ。


「手柄を上げれば俺も貴族、楽な生活が待ってる。サイコーじゃねえか!」


 フツフツと、シルヴァンの心の中にどす黒いといってもいい憎しみと怒りが沸いてきた。それは収まることを知らず、膨張し続けた。


「お前らのせいでどれくらいの人が苦しむと思ってるんだ」


「んなもん知ったことか! ようは俺らに都合がよければそれでいいんだよ、何千人の平民や傭兵どもが苦しむからどうしたってんだ。黙って俺らに従えばいいんだよ!」


「クズだな」


「ああん?」


「ゲスだな、お前らは」


「そう言ってられんのも今のうちさ、お前はここで負けるんだからな、ハハハハハハハハハハ!」


 人は怒りを通り越した時、何かを悟るという――今のシルヴァンがそうだった。

 彼はゆっくりと立ち上がった。


「……化け物め、まだ動けんのか」


 ――代われ


 声が言った。シルヴァンは抵抗することなく“受け入れ”た。

 ――何かが変わる。


 シルヴァンは“叫んだ”!


「――――――――――――――――――――――」


 それは――それは――“竜”の――妖魔の咆哮だった。

 咆哮は空気自体を震わせ、ガイザード中に響き渡った。


 北に向かった咆哮は、ガイザード軍と交戦中の妖魔を震え上がらせた。


「こ、これは――竜! 撤退だ、撤退しろ! 竜が来るぞ!」


 妖魔はただガムシャラに逃走した。

 その様子を呆気に取られた顔で見ていたのはガイザード軍の兵どもだった。


 西に向かった咆哮は、砂漠にいる二人の旅人に届いた。


「これは――?」


「……竜だな。急ごう、ヘイズ将軍の招集もあったからな」


「ええ、急ぎましょう」


 東に向かった咆哮は、バリアによって跳ね返され、ヴァリノイアに届くことはなかった。


 その咆哮をコロッセオ内で聞けた存在は四人。


 一人は――ライカ。彼女は叫びを聞いた瞬間、あまりの轟音に耳を塞いだ。


 二人目は――シン。コロッセオ最上部で見物していた彼女は驚愕とも歓喜ともつかないような表情を浮かべ、独り言ちた。


「まさか――“四人目”か!? 聞いたこともないわ、“四人目”なんて――。クソッ、ウェイザー殿かネッサ殿がいれば――。いや、もしかして、彼が、“彼”が、“あの人”!? まさか、そんな――ありえるか? でも“あの人”の思いつきそうな考えだわ」


 三人目は――マオ。ひっそりと物陰に隠れていた黒猫は、咆哮を聞くと全身の毛を逆立て、唸った。


 そして四人目――その存在は――


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「どうした、アーバイン!!」


 騒ぎはロイヤル・ボックスで起こった。

 突如としてアーバインという謎の魔術師が頭を抱えて転げ始めた。


「どうした! 何があったんだ、アーバイン!」


「あ、頭ガァアアアアア! 割れるゥゥゥウウウウ!」


「誰か、誰か! そうだ、魔術師ども、アーバインを介抱しろ! 急げ!」


「ハッ!」


 アーバインは魔術師の魔法によって空中に浮遊し、コロッセオから退場した。

 しかし、突然アーバインが倒れた時のギーラン皇帝の焦りよう――あれは何か理由があるのか?


 一方、シルヴァンにも確実に変化は起こっていた。瞳の青は氷のように冷たく光り、激情のオーラが迸っている。

 銀の刃は同じ色の光沢を妖しく発し、禍々しさを露呈している。

 シルヴァンの口から、轟くような声が洩れた。


「お前らはただの盗賊だ。貴族というものは、民を守るために()る。国を乱すような輩には相応しくない称号だ」


「言ってろ! くたばれ!」


 ケレンドスは突進してきた。

 剣がシルヴァンの体にぶつかる寸前、剣は消えた。


「え? え?」


 ケレンドスは自分の右手を見た。

 ない。


「え? え?」


 ない。右腕の途中から先がない。


「え?」


 左の方も見た。やはりない。左腕の途中から先がない。

 ボト――

 何かが落ちる音がした。よく下を見ると――あった。彼自身の腕が。

 不思議な事に、傷口から血が吹き出ない。どちらからも。

 何度も三箇所――地面と左右の腕を行き来した視線は最終的に敵の顔にいきついた。


「自分の腕が切られた感覚はどうだ?」


 そう告げられて、ようやく痛みがやってきた。地獄にも勝る激痛だ。


「ギャアアアアアアアアアア!」


 ケレンドスは崩れ落ちた。

 よく見ると、傷口から血が出ないのは、傷口が凍っているからだった。血液が凍っている。


「謀反者には相応しい結末だな」


 ケレンドスが顔を上げると、シルヴァンの右腕がゆっくりと後ろに振りかぶられた。

 その右腕は弓の如く撓り、矢の如く放たれた。

 鈍い音を残し、ケレンドスは十メーラ近く吹き飛ばされた。砂地が血に染まる。今度はちゃんと流血した。

 ケレンドスはピクピクと痙攣し、動かなくなった。

 慌てて審判が駆け寄る。


「……死んではいないな」


「そのようだ。ということは、気絶と判断するか?」


「ウム」


 旗が上がる。次いで、場内にアナウンスがコールされた。


「――勝者、シルヴァン」


 一瞬の間をおいて、大歓声が轟いた。

 その瞬間、アリオンは小さくガッツポーズし、ハイヴァーンは悔しさに顔を歪めた。

 シルヴァンは騎士の礼をせず、手を振って歓呼に応えた。

 医療班が急いで駆け付けたが、凍結している傷口を見て首を傾げる。


「優勝者は王者の場へ――」


 優勝者のみが使用を許される中央階段にゆっくりとシルヴァンは進んだ。

 左右の階段をアリオンとハイヴァーンも使っている。と同時に、コロッセオにいる他の五人の将も王者の場へと向かった。

 そんな中の一人、バラン卿は――


(ケレンドスが負けたのは予想外の進展だ。だが、計画に支障はない。予定通り殺人を実行しろ)


(……)


 ただ一人だけ苦い顔をしていた。

 将全員が王者の場に着いて間もなく勝者の姿が見えた。

 シルヴァンは赤い絨毯に膝をつく。

 王者の場には将をはじめ、非常に位の高い貴族、神官、大臣達が直立していた。それらの後ろには魔術師部隊が控えている。

 ゆっくりと、もったいぶるような足取りでやってきたのは帝国最高権力者ギーラン皇帝であった。左右に数名の小姓を従えている。

 その場にいる全員が頭を垂れた。


「優勝者シルヴァンよ、よくぞここまで勝ち残った。褒めてつかわす」


 シルヴァンはより一層平伏した。


「優勝者のそちには、余直々に冠、剣、賞金を与えよう」


 と言って小姓からオリーブの葉で編まれた冠を受け取り、頂かせた。次に「受け取るがよい、〈王者の剣〉だ」と、シルヴァンに金銀細工の剣を渡す。

 そして最後に、横から流れてきた机の上に並ばれた金貨百枚を示して


「賞金の五十万ルーアだ。これすべてそちの物となる。これらは帝国銀行に預ける形となるが、いつでも引き落とせるから安心するがいい」


 息をつく。


「さて、そろそろ本題に入ろう。そちは余に何を望む? 叶えられる限りのことであれば何でも叶えよう」


 ふと、アリオンはバランが腰にある剣に手を当てているのを見かけていぶかしんだ。

 おかしい。何故魔法戦闘具所持者のバラン卿が武器を持っている?

 アリオンの疑惑は、バランの手によって剣が若干鞘から引き抜かれたことで膨れ上がった。

 何をする気だ?


「さぁ言うがいい。例年の優勝者は例外なく魔法戦闘具の精製を希望する。そちもそれが望みだろう? さあ――」


「畏れながら陛下、私めの望みは魔法戦闘具の精製ではございません」


 途端に、その台詞を聞いた者達がざわめき始めた。まさしく異例のことがおきようとしている。バランの手も、つ、と止まる。

 皇帝は驚いた。


「ほう、魔法戦闘具以外の何を望むと言うのか? 金か? それならば賞金に加えてさらに増額もさせよう。地位か? それならばそちに爵位を授けよう。 名誉か? 大会優勝以上の名誉はないと思うのだが、それでも一体そちは何を望むと言うのだ?」


「公平な裁きを」


 シィン――

 水を打ったような静寂が辺りを満たした。その頃、コロッセオの観客達は一部を除いて退場していき、兵士達も結果について話し合っている。王者の場で起きていることについて、思いを巡らす者などほぼ皆無であった。王者の場にいる者達を除いて。


「――ほう、つまり、そちは余に恩赦を求めているわけか。それならばそちの望む者に恩赦を与えてつかわす。誰だ、言うてみるがいい。例え死刑囚だったとしても即時無罪釈放にしてやらんこともないぞ」


「陛下、憚りながら死刑囚を即刻釈放するのはあまりにも――」


「大臣よ、そちは誰に向かって口を利いているのだ? 余の決定は絶対だ。異論でもあるのか?」


「ハァァ! 滅相もございません」


 皇帝に睨まれた禿げ頭中年男性はすぐさま跪いた。


「畏れながら陛下、私めが望むのは恩赦ではございません」


 ギーランは怪訝な顔付きになった。


「恩赦ではない――するとなんらかの冤罪を証明して潔白を示したいというのか?」


「いえ、それも違います」


「なんだ、もったいぶらずに言え。何が望みだ」


「告発でございます」


 皆どういうリアクションをしていいか困っている顔を浮かべる。


「告発――」


「左様でございます。私はある人物を国家転覆の罪で告発いたします」


「オォ!」


 どよめきが洩れた。


「――シルヴァンとやら、余はそちに確かになんでも望みを叶えると申した。が、そちの望んだのは『公正な裁き』であったな。よって余はそちの望み通りその告発について、告発の真相の是非を見極めるべく、全力で取り組むよう裁判機関に訴えかけよう。が、しかしだ。そちの望んだ通りにことを進めようとしたならば、そちの告発がもし嘘であった場合――嘘が発覚したり証拠が見つからないとしたら、次に裁きを受けるのはそちであり、そちこそ国家転覆の疑いで裁かれるのだぞ。それでもいいのか?」


「構いません」


「そうか。それならば言うがいい。そちは誰を告発するのか?」


「私は――」


 シルヴァンの眼が光った。


「私は、〈第二の将〉ハイヴァーン将軍を国家転覆及び先のバラン邸襲撃事件の主犯として告発いたします――」

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