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大会初日:二人の少女(二)

 建物を出た後のライカはどこかナーバスだった。顔に影がさしていた。

 ライカのことを心配したナナだったが、「う、うん、大丈夫」という気持ちの入っていない返事しか返って来なかった。

 ――わたしのお小遣いがぁ……

 ライカは途方に暮れていた。


「でも驚いたわ。ライカちゃんの知り合いってシルヴァンさんだったのね」


「うん。三年くらい前に知り合ったの」


「へぇ〜。――あのさ、もしかして二人は付き合ってる?」


 ライカは顔を真っ赤にした。


「ち、違うわよ。ただ同じ村の出身ってだけで、そんな関係なわけないわよ」


「そうなんだぁ。よかった。また今度お食事に誘ってみよっと」


「え、食事?」


「うん、シルヴァンさんね、この前ウチの店に来てくれて、その時お食事にお誘いしたんだけど断られたの。用事があるって言ってたけど、なんだかあの態度はあやしかったなぁ。女ですかって訊いたら否定してたけどね。でもね、あたしシルヴァンさんに『君は他のどの女の子よりもすごい美人だよ』って言われたのっ、嬉しいわぁ。もしかして、まんざらでもないのかなぁ」


 ライカの心の中で、とある感情の炎が(くすぶ)り始めていた。

 食事……女……どの女の子よりも美人……まんざらでもない……


「あ、そういえばシルヴァンさんの言ってた知り合いってライカちゃんのことかな?」


「え、なになに?」


「んとね、あたしが出稼ぎでガイズで働いてるって教えたら『君くらいの年の知り合いがいるけど、大違いだよ』って言ってたなぁ。その知り合いってやっぱりライカちゃんかな」


 ライカの心の中で、決定的に何かが燃え始めた。桃色の髪と瞳が紅蓮の色に変わり始める。

 その気配に、ナナもちょっと気圧される。


「ねえライカちゃん、訊いてもいい?」


「――なに?」


「嫉妬してる?」


 ライカは言葉に詰まった。


「――嫉妬?」


「うん、そう、嫉妬」


 ……嫉妬? わたしがシルヴァンに? 

 ――そういえば、わたしシルヴァンのことあんまり異性の対象として見てなかったかも。確かにカッコよくて強いし、優しいし、わたしが私塾で学べるのもほとんど彼のおかげだわ。村に居た時はみんなの憧れの的だったけど、同じ屋根の下で寝てる、なんて考えても別段緊張もしてなかったわ。

 他に好きな男の子がいたわけでもないし、シルヴァンには彼女なんていなかったし。いつも一緒にいるのが当たり前だったわ。

 嫉妬? これが? この感情が? そうなのかな。わたしってシルヴァンとナナさんにやきもち妬いてるのかな? いや、シルヴァンが他の女の子とイチャイチャしてた時も同じ風に感じてたのかな? どうなんだろ。よくわかんないや、こんな気持ち意識したの初めてだし。

 ――わたし、もしかしたらシルヴァンのこと好きなのかな?

 ――シルヴァンはどうなんだろ。


「ライカちゃん、大丈夫?」


 ナナの声がライカを現実に呼び戻した。


「う、うん。大丈夫だよ」


 ライカの頭の中にふと何かが思いついた。


「あのさ、もしよかったら大会一緒に見に行かない?」


「え、どういうこと?」


「わたし、シルヴァンにナナさんも大会観戦できるように頼んでみるよ。一人くらい増えてもきっと大丈夫だよ。親戚ですって言えばなんとかなるわよ」


「うわぁ、ありがとう!」


 ナナはライカに激しく抱きついた。柔らかい胸が無理矢理押し付けられ、息が詰まる。


「ぐぇ」


「あ、ごめんね」


 二人は待ち合わせ場所に向かった。


「あ、あれってシルヴァンさんじゃない?」


 複数あるコロッセオの入口横、大会関係者以外立ち入り禁止となっている部分に、シルヴァンと係員らしい男が立っていた。

 二人が近付くと、相手もこっちに気付いたようだった。

 ライカが声をかけようとするより早く、ナナはシルヴァンに抱き付いた。


「久しぶりですね、シルヴァンさんっ」


「ああ、ナナか。君も来たんだね」


 “ナナ”? 呼び捨て?


「あたし、シルヴァンさんのこと応援しに来たんですよぉ」


 と言いながらシルヴァンの腕を抱き、そこに深い谷間を押し付ける。

 シルヴァンは苦笑いしたが、振り払おうとはしなかった。

 それがライカの感情を逆撫でする。ライカは自分のより“若干”大きい胸を凝視した。その視線で起伏に富んだ二つの丘を破壊するかのように。

 ナナはポーチから紙を取り出した。


「これ見てくださいよぉ。あたしシルヴァンさんにこんなにお金賭けたんですよ。この前三百ルーアもチップくれたから、自分のお小遣いも合わせてこんなに奮発しちゃいました。へへ」


 ハ? 三百ルーア? チップ? なにそれ?

 もしかして、シルヴァンが言ってた『最近またお金使っちゃったから、あんまり高い物じゃないけど、我慢してくれ』ってのは、ナナさんに三百ルーアも“プレゼント”したからわたしの誕生日には高い物買えなかったっていうの?


「そういえば、もぅシルヴァンさんたらあの時あたしの胸に銀貨入れましたもんね。ちょっとドキってしましたよぉ。いゃん」


 ピキッ。

 我慢の限界だった。ライカの瞳が怒りで燃え上がる。

 勢いをつけ、ライカはシルヴァンの足を踏んだ。が、危険を察知したシルヴァンは踏まれる直前で足を回避させ、逆に振り下ろされたライカの足の上を軽く踏んだ。

 しかし、なおもライカの激情は収まらない。すぐさまもう一方の足で自分の足を踏んでいる男の足の(すね)をしたたかに蹴りつける。今度はクリーンヒットした。戦士(ファイター)顔負けの攻撃力だ。

 シルヴァンは呻き、ど派手に地面に倒れた。


「だ、大丈夫ですかぁ?」


 慌ててナナが駆け寄る。

 ライカは肩で息をしていた。

 ――どうよ!

 と誇らしげに心の中で呟いた。

 立ち上がったシルヴァンは文句を言った。


「……何したって言うんだ」


「うるさいわね。気分よ、気分」


 腕組みしたまま答えた。

 罰よ、罰!


「それよりさ、ちょっと頼み事があるんだけど」


「……なんだよ」


「ナナさんも無料で大会観戦できるよう手配してもらえない?」


 シルヴァンはしぶしぶ頷き、側に居た係員の男に話しかけた。

 少し話し合った後、シルヴァンはオーケーサインを出した。

 ナナはとても喜んでいた。


「カルダンさん達は先に上に行ってるよ。今日くらいは二人きりでショーでも楽しんだらどうだい?」


「うん、そうするわ」


「僕は開会式に参加しないといけないから、もう行くよ」


 と言い残し、蹴られた足を庇いながらコロッセオの中に入っていった。


**


 シルヴァンはコロッセオ内南の剣闘士控え室にて休んでいた。

 大会初日はまず皇帝によって開会宣言が行われる。そこには出場剣闘士が全員登場し、進行役から名前を読み上げられる。

 その後、選手は退場し、続いて幻獣の見世物と魔術師達によるショーが行われる。幻獣のショーは戦わせるものもあれば、芸を見せるものまで様々だ。一方、魔術師達による魔法(マジック)ショーも見ごたえのあるものだ。

 そこで初日は終わる。二日目、三日目、四日目が本番だった。

 本来、剣闘技大会とは本を正せば御前試合であり、昔は帝国軍の士気を上げるために行われたのに端を発する。なので二日目からはコロッセオの観客席にてそれぞれの騎士団も空いてるスペースに入り、その騎士団の剣闘士を応援する。

 二日目はまだ観客の方が多いが、最終日となると観客の数はほんの少ししかいない。騎士団の威信もかかっているので応援も必死なのだ。

 シルヴァンはリラックスしながら部屋の中にいる連中に目を配った。

 シルヴァンと同じ若者から、中年まで見受けられる。だいたいの者は同じ所属騎士団の者と団欒(だんらん)していたが、中には他の騎士団の人間と話している者もいた。

 全ての騎士団が駐屯するガイズでは、騎士団間の区別がつきやすいよう体の目立つ所に色付いた“もの”を身に付けておくのが義務付けられていた。多くの者は支給されている色付きの鎧を装備している。

 それは大会期間中も同様だった。

 その場にあるほとんどの視線の先に、その人物はいた。

 紅一点、大会史上唯一にして初めての女性剣闘士――トゥアドラン騎士団の色である紫の布を髪縛りに使っている若い女がいた。見た目からして、二十になるならぬの年齢だろう。それなのに、彼女はトゥアドラン騎士団一番手の座についたのだ。

 そんなわけで彼女は今大会の目玉だった。人気の面でも、上から五番目はかたいはずだった。

 同じ騎士団の仲間とも話そうとせず、ただ壁を背にして座っている。周りの会話も耳に入っていないようだ。

 シルヴァンもその女を見つめていると、目の前に三人の男がやってきた。


「お前がウェイブラス騎士団の一番手、シルヴァンか?」


 と訊いたのは真ん中にいるリーダー格の男だった。東方系の顔付きをしている。


「ああ」


 シルヴァンは座ったままで答えた。

 男は腕に緑色の胴着――ゾーラ騎士団の証――を着用していた。


「聞いたぜ。お前、あの『闇毒(ダーク・ポイズン)』のマルスヘルムに勝ったってよ。それは本当か?」


 シルヴァンはただ肩をすくめただけだった。

 男は笑った。


「ハハハハ! やっぱりんなわきゃねーか。でもよ、あの爺さんの顔に傷を付けたってのは本当か?」


「……ああ」


「ケッ、それは本当だったのか! あの爺さんも老いぼれたな! 何が闇毒(ダーク・ポイズン)だ。はやいとこその二つ名みたいにくたばっちまえばいいのによ。どうせ役立たずなんだからな!」


 それを聞いて、周りの連中、とりわけシルヴァンと他のウェイブラス騎士団の選手の目の色が変わる。

 が、それを制したのは、別の男達だった。


「おいリー、他の騎士団さんの悪口を言うのはよした方がいいぜ。どこに誰の耳があるのかわからねーからな」


 そのリーと言う男と同じくらい口が汚そうな男が現れた。

 そいつも赤い鎧を装備していた。チェイスタル騎士団の者だ。


「おい、レーナゥじゃねーか。ケレンドスはどうした?」


「今上でハイヴァーン将軍と話してる。後でこっちと合流するだろ。

 それにしてもよ、他の騎士団の副将を馬鹿にしちゃあマズイぜ。しかも、マルスヘルムっつったら大会の優勝者、俺達の大先輩じゃねーか。バチがあたるぜ、バチが」


「そうだな。もしそんなバチが当たってみろ、騎士団の位が一つ格下げされちまうぜ!」


 と言い、ゾーラ、チェイスタルの団員は笑った。不愉快で下品な笑いだ。

 それを尻目に、身動きする者がいた。橙はクルバルティス騎士団の面々だった。

 なるほど、アリオン将軍の言ってたことは本当だったんだな。そうシルヴァンは考えた。

 一触即発の雰囲気の中、控え室の扉が開けられた。


「これより開会式が始まりますので、パラスラ騎士団の方は外に来てください」


 と助け舟が出された。

 四人の男が出、しばらくするとチェイスタル騎士団は出てくるように告げられた。

 その後五番目の騎士団、トゥアドラン騎士団が呼ばれた時、ようやくあの女は立ち上がり、控え室を後にした。

 残りは二つの騎士団員のみとなった。

 ウェイブラス騎士団の名が呼ばれ、シルヴァンは外の舞台に向かった。

おまたせしましたっ!

前回更新した日に一日のPVアクセスを四百に更新することができました。ほんとうに嬉しいです(笑)

今後もがんばっていきますんで、ぜひ応援してください。よろしくお願いしますっ!

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