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大会初日:二人の少女(一)

 コツ、コツ――

 靴の音が響く。

 そこは――牢だった。

 “あの時”と変わらぬ情景――。壁には油と松明が掲げられており、暗い部屋をぼんやりと照らしている。

 その牢の中に、彼はいた。壁にもたれ、首は前に俯いている。薄汚れた金髪はぼうぼうに伸び、着ている服もみすぼらしかった。

 その空間には彼以外の生あるものはいないかのように思われた。

 靴の音はその鉄格子によって隔離された部屋の前で止まった。

 彼は力の限りを振り絞って頭を上げ、目の前に立つ黒い影を射殺さんばかりの憎悪の眼で睨んだ。


「貴様か・・・・・・」


 干からびた唇から呻き声のような呟きが洩れる。松明の炎が燃える音にさえ掻き消されてしまいそうな小ささだ。

 影は獣の如き冷笑を浮かべた。


「元気そうでなによりだ」


 影はクックッと笑った。

 その声を聞いて僅かに囚人の体が震える。


「裏切り者め・・・・・・。何しに来た」


 影は今度こそ高らかに嘲笑した。


「何をだと? 決まっているだろう! 貴様の魔力を貰いに来た。それ以外に我がお前を生かしておく理由があるとでも思うのか?」


 囚人の瞳は怒りで爛々と燃え上がった。


「ハハハ! 無様な様だな!」


「覚えておけ・・・・・・必ずわたしがお前に復讐してやる」


「ほざくな、小僧! 貴様ごときに何ができる!」


 蔑むような視線を影は送った。


「フン、今日は貴様と会談しに来たのではない。とっとと貴様から魔力を奪い、この臭い部屋から出たいものだ」


 そう言うと、呪文(スペル)を詠唱し始めた。

 長々とした呪文の詠唱が終わると、囚人の体から黄色い光が発せられた。その光はどんどん影に吸い込まれていく。

 そして――

 絶叫。


「アアアアァァァァァァァアアアアアア――――――――!」


 苦悶の叫び――。


「やめてくれェェェェェェェェェ――――――!」


「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 彼は苦しんだ。あるはずのない力が腕を動かし、頭を抱える。


「アアアァァァァァ――――! 助けてくれェェ! 誰かァァァァァ――――!」


「助け? そんなものは来ない! 貴様は一生を我の下僕として過ごすのだ!」


 暗い牢獄に、絶叫と嘲笑が響いた。

 そして世界は暗転した。



 ライカはハッと眼を覚ました。

 ・・・・・・まただわ・・・・・・また見た。でも、前とは違う夢だわ。あの不気味な人影は誰なのかしら?

 ライカの寝具は寝汗で濡れていた。

 ガイズに来てから、夢に変化が出てきた。今までは一人の青年しか出てこなかったが、今度は別の登場人物が現れたのだ。

 ――今度、シルヴァンにでも相談してみましょう。たぶんシルヴァンもわたしと同じ夢を見てるはずだわ。

 そしてライカは再び眠った。

 今度の眠りは安らかだった。



***



 赤の月、第五週第三の日――剣闘技大会初日。天候は晴れに恵まれていた。

 この日から街はお祭り状態だった。街のいたるところに店が開かれ、大会目当てに訪れた旅行客で大いに賑わっている。大会を見れなくてもただ首都に旅行しに来た者や、一発当てようとしている者でごった返していた。店の主人や従業員は一人でも多くの客を呼び込もうと声を張り上げていた。

 街中の店には帝国の繁栄を願った飾り物や、皇帝を称える美しい文句が書き並べられた幕が掲げられている。

 親子連れや若い男女が入り乱れ、場所によっては歩くスペースを確保するのすら難しかった。

 そんな中を一人の少女はとぼとぼと歩いていた。――ライカだった。


「ここはどこかしら? また同じような道に来ちゃったわ。どうしよう」


 と、切なげに呟いていた。お決まりのパターン――迷子になったのだ。

 開会式が始まるまでガイズを探検してくるとカルダンと約束したはいいのだが、色々な物に目移りしてしまい、結果的に帰り道が分からなくなってしまったのだった。

 物騒な連中も多いから気をつけるようにと注意されていたので、いつも以上に周りに気を配っていた。

 時々知らない人がライカの桃色の髪を珍しそうに見るのに違和感を感じたが、彼女は生まれて此の方『自分の髪の色がおかしい』などとは一度も思ったことがなく、『どこかに同じような人がいるはず』とも思っていたので、他人の目など気にしていなかった。

 そんな視線を無視しつつ、目的地を捜索していた。知らない人に道を訊くのは恥ずかしいし、田舎者だと思われたくないので自力で捜すことに努めた。

 けれども、目的地は見当たらない。逆に遠ざかった感じさえする。

 ライカはどうしようどうしようとは焦りつつも、珍しい商品を見つけるとそれに見とれてしまっていた。どうしようもない娘だった。

 フラフラと道を歩いていると、前方からとても美しい女性が歩いてきた。ライカよりほんの数歳年上に見えるが、その美しさに女であるライカも一瞬ドキッとしてしまう程だった。その女性もどこかライカのように、新しい物を初めて見た子供のように周りの光景に目を輝かせていた。

 彼女がライカの側を通り過ぎると、近くにいた男たちがコソコソと話しているのが聞こえた。


「・・・・・・おい、あれ見たか?」


「ああ、すげえな。ガイズの中でもトップクラスの高級娼婦だぞ」


「マジかよ・・・・・・あれが噂の・・・・・・」


 ライカは去りゆく女性に目を戻した。

 あの綺麗な女の人、娼婦なんだ――。とっても美人なのにな――。

 悲しげなとでもいうような目でその女性の背中を見送った。


 そろそろ約束の時間が迫ってきた頃、ライカは本格的に焦り始めた。

 どうしようどうしよう、このままじゃ開会式に間に合わないわ。せっかく今日は面白いショーが見れるって思ってたのに。早くしないと、入場の受付もできないわ。こんな綺麗な服まで着てきたのに、どうしようどうしよう。

 とまぁそんな感じでライカはオロオロしていた。

 彼女はとにかく大きい広場か通りに出ようとして、人ごみを掻き分けた。

 ようやくして大きな広場に出ることができた。噴水が中央にあり、噴水を囲む階段にたくさんの人が腰掛けていた。その光景はとても美しく、いかにも大都市、というのを連想させる。


 しかし、彼女の目には何も入らなかった。一人の子供を除いて。

 彼女の前に、小さな子供が立っていた。年で言えば十歳にも満たないだろう。

 黒い髪をしていた。着ている服は、昔は綺麗な状態であったであろうが、いまは汚れていて見る影もない。だが、面白いことにどこか似合っている感じがした。

 その子供の周りだけ、人がいなかった。まるで行き交う人々が子供をわざと避けているように見えなくもないが、“存在に気付いていない”と言った方が正確だ。誰も子供に対して注意を向けていない。子供の近くにいるのはライカだけだった。

 ライカは立ち竦んだままだった。

 子供はライカに近付き、手を握った。


「こっち」


 小さな声は告げた。

 ライカはその少年に手を引かれ、導かれるように歩いた。

 子供に手を引っ張られてどこかに連れて行かれてる最中、わたしこの子に会ったことがあるかもしれない、と思った。

 ライカの記憶の中にそんな子供はいない。だが、何故か最近会ったような気がしてならない。変な胸騒ぎを覚えた。

 子供はライカを延々と導き続けていた。

 どこへ連れて行くのかしら、と考えていた矢先、子供の足が止まる。

 ライカは周りを見回した。

 目の前にあった“モノ”――超巨大な円形闘技場(コロッセオ)だった。剣闘技大会の会場である。

 何度か遠くから見たが、近くで見るとその大きさはやはり圧巻的だった。高さは建物十階分、四十メーラ以上。長径百五十、短径百二十メーラに達する。そして今日、ここにガイザード帝国の最高権力者、ギーラン皇帝が訪れる。一般民衆が皇帝を目にできる少ないチャンスの一つだ。

 そして大通りを挟んで、コロッセオの向かいにはこれまた大層な大きさの政府運営の賭博施設がある。そこは普段別の様々な用途に使われる施設だが、この時期は政府が貸しきっている。

 ライカは近くにあった日時計を見た。まだ時間は十分あった。約束の場所に着いて、安堵した。


「坊や、どうもあり――」


 視線を下に送ると、ライカの手を握っていた子供は消えていた。周りを見渡したが、それらしい姿は見当たらない。ライカは首を傾げた。

 ――どこに行ったのかしら。今度会ったらお礼をしなきゃ。



 不思議な出会いがありつつ、ライカは賭場に足を踏み入れた。

 施設の中は見事なまでに整えられており、高級感が漂っていた。床一面が磨かれた大理石で占められ、壁には高名な芸術家が書いた絵画や彫刻が飾られている。

 入るとすぐに横にいくつも並んだ受付があり、大勢の人達が並んでいた。親子連れから、その道のプロらしい輩も見られる。ここでは大会を見ることができない人でも参加でき、尚且つ大金を手に入れるチャンスまであるのである意味こここそがガイズに来る人達の一番の目当てであると言っても過言ではない。

 左の列の、一番人が少ないところにライカは並んだ。

 横には掲示板があり、そこには騎士団ごと、個人ごとの人気度や現段階での倍率が記されている。

 ライカは自然と一つの名前を探していた。

 どこかしら・・・・・・

 と、ボーッと突っ立っていると彼女は後ろから押され、転んでしまった。


「ごめんなさいっ!」


 可愛い声がした。声の主はライカに手を差し伸べた。


「すいません、ボーッとしてて、前を見てなかったんです。怪我はありませんか?」


「いえ、大丈夫ですよ」


 ライカは手を掴み、立ち上がった。


「ほんとにすいません」


「こちらこそ、ぼけっと立っててすいません」


 お互い謝った。

 目の前に立つ、自分と同じくらいの年の少女をライカは見た。

 第一印象は『可愛い』だった。黒い髪に、パッチリとした目、僅かに丸みを帯びた輪郭、あまり見られないちょっと低い鼻。たぶんセスタリアあたりの血が混じっているのだ。上から順に、柔らかそうな白肌、豊満な(バスト)、引き締まった(ウエスト)、小さなお尻(ヒップ)、すらっとした足が目に入った。

 ライカは思い切って訊いてみた。


「ご両親はセスタリアの方ですか?」


「あ、なんでわかったんですか? そうです、あたし、セスタリア出身なんですよ」


「わたし、バスティアから来たんで、セスタリアの人とかたまに見るんですよ。それでなんとなく似てるなぁって思って」


「アハハ、嬉しいなぁ。同じカンバルド出身の人に会えて。

 あたし、ナナって言います。初めまして」


「ナナさんね。

 わたし、ライカ。よろしくね」


 ライカとナナは握手した。


「ライカちゃんも、ここで投票券買いに来たの?」


「うん。知り合いが大会に出るから、応援するの」


「うわぁ、すごいな〜。じゃあ、大会とかタダで見れるんだ?」


「うん、そうよ」


「いいなぁ。あたし貯金とかあんまりないからチケット買えなかったのよね。ほら、大会って初日だけでもチケットって一人千ルーアもするじゃない。幻獣の見世物とか、帝国魔術師の魔法(マジック)ショーとかしかやらないのに。ボッタクリよね、ほんと。最終日なんて六千もしちゃうし。馬鹿みたいだわ」


「う、うん、そ、そうよね・・・・・・」


 げっ。そんなにするんだ――。知らなかったなぁ。カルダンさんもシルヴァンも教えてくれればいいのに。

 ライカは嫌な汗をかきつつ、ナナの話を聞いた。


「最近わたしの職場――酒場なんだけど――に来てくれた人が、大会に出るの。だからあたしも応援しようかなぁって、今日は投票券買いに来たの。その人すごいカッコイイんだ。しかも優しそうで、笑顔が素敵だったなぁ」


「へ〜」


「――ライカちゃんのその髪飾り素敵ね。どこで買ったの?」


「え、あ、これ? これは――その知り合いに貰ったの。誕生日プレゼントに。別にいらないって言ったんだけどね」


 そう言いながらも、ライカの頬はほんのりと淡く染まっていく。

 先日、ガイズで再会したシルヴァンからプレゼントを貰ったのだ。


**


「これ、プレゼント。やっぱり何かあげたくてね。形のある物の方がいいかなぁって思ったんだ。――最近またお金使っちゃったから、あんまり高い物じゃないけど、我慢してくれ」


 ラッピングされた小さな袋を手渡す。


「んもう、だからお金の使い方には気をつけなさいって言ったのに。でも嬉しいわ。ありがとね。

 あ、でもでも、これくれたからって優勝はちゃんとしなきゃだめよ。じゃないと許さないんだから」


「ハイハイ。わかってるよ」


 彼は苦笑した。


**


 ・・・・・・ライカは恥ずかしげにその時のことを思い出していた。

 彼女たちが身内話に花を咲かせていると、前の人が買い終わって順番がきた。

 受付は中年の男性だった。彼は愛想よく、


「お嬢ちゃん達、どの投票券を買いに来たんだい?」


「あの、初めて来たんでどんなのあるのかよくわかんないんですけど」


「よし、じゃあ説明させてもらうよ。投票券の種類は三種類。優勝者と準優勝者を当てる二連勝単式投票券、優勝者を当てる単勝式投票券、優勝者の騎士団を当てる団体式投票券だ。倍率は基本的に先に挙げた順から大きくて、後の方ほど倍率は低いよ。購入する投票券の内容にもよるけどな。

 ちなみに、あそこの掲示板に騎士団ごと、剣闘士ごとの人気表、倍率表が掲載されてるぜ。定期的に更新してるから、もし複数買い求める場合はこまめにチェックした方がいいと思う。券の購入は今日で締め切りだよ。

 で、どの券を買うんだい? もう決めてるのかな?」


「ウェイブラス騎士団のシルヴァンさんの単勝券をください」


 ナナがそう言うと、ライカの動きは止まった。

 え、ナナさんの知り合いって――


「え〜っと・・・・・・あぁ、ウェイブラス騎士団の一番手、シルヴァンだね。いいのかい、お嬢ちゃん達可愛いから特別に教えてあげるけど、そんなにウェイブラス騎士団の人気は高くないよ。こっちもプロだから色々情報とかは仕入れたりするけど、今七大騎士団の中で年数的に一番優勝から遠ざかってるのがウェイブラスさ。やっぱりかたいのはパラスラとかチェイスタル、ゾーラ辺りだし、個人だと、パラスラの一番手コールとか、チェイスタルの一番手ケレンドスが人気あるね。そのシルヴァンってのは、今回大会に出場する剣闘士三十名中、現在二十四番目くらいの人気だね。あんまりオススメしないよ」


「いいんです。あたしの知り合いなんで」


 その言葉を聞いて、ライカの眉がピクッと動く。


「そうかい。ま、大穴狙いってのもいいかもしれないね。ちなみにシルヴァンの単勝券だと、払い戻し金額は今のところ約五倍だ。彼はそこまで人気があるわけじゃないから、今から若干倍率が上がることはあっても下がることはないだろうね。で、いくら賭けます?」


 ナナはポーチから財布を取り出し、机の上に銀貨を五枚置いた。

 ライカも係の男も驚いた。


「こりゃたまげた。こんなに賭けていいのかい? やめといた方がいいと思うよ。五百ルーアったら大金じゃないか」


「へへ、せっかく応援するんだから奮発した方がいいかなって」


「――わかりました。じゃあ五百ルーア頂きますね」


 係の男は金を受け取り、領収書と投票券を渡した。


「どうも。

 お、こっちのお嬢ちゃんはどれを買います?」


「わ、わたしも、同じのをください」


「わかりました。ウェイブラス騎士団のシルヴァンの単勝ね。いくら賭けます?」


「え、え、えっと・・・・・・」


 慌てて財布の中を見た。銀貨一枚、銅貨十枚という内容だった。

 葛藤した。ここで全財産を投入して体面を保つべきか、先のことを考えて保守的な道を歩むべきか。

 結局、ライカは己の意地に負けた。


「ここ、こ、これだけで・・・・・・」


 チャリン、と机の上に十一枚の硬貨が並べられた。


「まいどっ」

第二部二十一話更新しました!

いよいよ第二部のメインイベントが始まりました。作中の大会期間四日間はいろいろな意味で充実させていきたいと思うので、頑張りたいと思います。

次回更新予定日は二月二十九日(金)です。それではっ

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