表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/43

二〇話 渦巻く陰謀(二)

 ナイフは眼を貫き、鮮血が噴き出した――――はずだった。

 キィンと甲高い音が響き、ナイフは弾かれ、地に落ちる。それも二つ。

 男は自分の奇襲が失敗したことに驚愕したが、それも束の間、目の前に自分が殺すはずだった対象の存在を認め、青年が足を振り上げ蹴ろうとしたのが最後の映像だった。

 顎の骨が砕ける音がし、牢獄は静かになった。


「油断大敵」


 青年と囚人は、牢屋に通じる階段にローブ姿の人影が立っているのを見た。


「最後まで気を抜いては駄目ですよ。それが命取りになる」


「やはりつけていたのか」


 ローブの人物は階下に下りてきた。金の髪をした青年だった。


「いえ、正確にはあなたが先に入るのを見届けなくてはならなかったので」


「何故だ?」


「わたしは僧侶(クレリック)です。あなたにこの人達を倒してもらわなければなりませんでした。わたしは他人を傷付ける術は持っていない。それに傷付けたくもないので、武器は所持してません」


 と言ったのはトリスタンだった。


「では、さっきのナイフは?」


「護身用です」


 あっさりと答えた。


「僕がここに来るのがわかっていたのか?」


「勿論。だからこそ、あなたに〈パルクの酒樽亭〉に行けと伝えたのですよ、シルヴァン」


 青年――シルヴァンはふっ、と笑った。


「流石だな。神出鬼没――〈契約者(コントラクター)〉の成せる技か」


「その通り」


 さっきまでの殺伐とした空気など関係ないかのように、にこやかにトリスタンも笑う。

 トリスタンはさて、と言い、牢獄の中に目を向けた。


「我々はあなたを救出に来ました。どうぞご安心を」


「あなた方はどなたですの?」


 突然の事態をまだ飲み込めていない女性だった。


「詳しくは申し上げることはできません。いずれお話できる機会もございましょうが、今は我慢してください。ただ、我々はあなたの味方です」


 女性は頷く。


「あなたは――ガイザード帝国第一軍、パラスラ騎士団将軍にして〈第一の将〉バラン卿の奥方、ガラティア殿で間違いありませんね?」


「はい。私がバランの妻、ガラティアです」


 女性はすっと立ち上がった。先程までの男達に対する態度と一変して、貴族の妻に相応しい口調と言葉遣いになった。


「今しばらくお待ちを。この錠の魔法を解いてみます」


 トリスタンは扉に付いてある錠を手にした。瞼を閉じ、何かに祈るように沈黙した。

 どれくらいの時間が経っただろうか。数十秒、数分、もしかしたら数十分待っていたのかもしれない。

 ふと、トリスタンは瞳を開けた。その顔にはなにも浮かんでいない。


「どうだった?」


 シルヴァンは問うた。


「駄目ですね」


 あっけなく回答した。

 シルヴァンもガラティアもポカンとした。


「どうやら、今我が神はわたしにこの魔法を解く力をお与えになるつもりはないようです」


「ではどうするんだ?」


 半ば呆れ気味でシルヴァンは訊いた。


「大丈夫。すぐに“来ます”よ」


 その意味深な言葉はすぐに現実となった。

 ブゥン――

 低い音が地下の空間に響く。階段のすぐ下に光る魔方陣が出現していた。そして、宙から光が集結する。かつてマルスヘルムが魔法戦闘具(マジック・ウェポン)をその両手に具現化した時と同じように。

 光は人の形を作り――魔方陣と光は消えた。さっきまで魔方陣があった場所ににいたのはまたしてもローブ姿の男だった。だが、生地の作りがトリスタンのそれとは違う。魔法使い(メイジ)達が好んで使用するものだ。

 男の容姿はとても印象的で、一目見たら忘れそうにない。額で左右に分けられ、ヘアバンドのような髪留めをつけて崩れないようにしている緑髪。そしてよく見ると、左右の目で瞳の色が異なる。右が空色、左が虹色という奇妙な組み合わせ(オッドアイ)だ。そして手には一メーラ程の杖が握られていた。

 男は前に進み出た。


「サンドル・フォースはアリューシャン・ムーンロッド導師が弟子、妖術師(ソーサラー)のニルアド殿ですね?」


 そう呼ばれた男はいかにも、という風に頷いた。


「〈砂漠の薔薇(デザート・ローズ)〉の(あるじ)の命により参上(つかまつ)りました。しかし、何故私の名前を?」


「わたしの名はトリスタン。テサーナ神の僧侶、〈契約者〉とでも申しておきましょうか」


 ニルアドはその答えで満足したように頷く。


「僕の名はシルヴァン。よろしくな」


「ニルアドです。以後お見知りおきを」


 三人は握手を交わした。


「しかし私の名を知っているのなら話は早い。協力致しましょう」


「トリスタン、彼は大丈夫なのか?」


 シルヴァンはそっと耳打ちした。


「大丈夫ですよ。彼は信頼に足る人物です――きっと」


 最後の方は不安げな呟きとなった。

 ニルアドは扉に近づき、錠の前に手を翳し、短く魔法語――ルーン語を呟いた。すると次の瞬間、いとも容易く錠は解かれ床に落ちた。あまりの手際よさにトリスタンも驚いた。


「何をしたんです?」


「何をと言われても・・・・・・ただ呪文を解除しただけですが」


「それには強力な魔法がかかっているとこいつら――床に伸びている男を指差した――は言ってたぞ」


 ニルアドは首を振った。


「これくらい大したことではございません・・・・・・師の仰られていた通りです。基本的に、このような悪行を行う者は魔力が弱いのです。悪の神々に仕えるメイジ達は俗世に対する欲が大きい者が多い。それ故に彼らは大体が弱いのです。中には強力な者もおりますが」


 教師が生徒に説明するような口調で、ニルアドは言った。


「――何故、帝国にはお抱えの魔術師がいるかご存知ですか? その大きな理由は、彼らが弱いからです。彼らは金を貰う代わりに帝国に仕えている。何故金が必要か。俗世に対する欲があまりにも大きいからです。本来、メイジは己の信義、魔法の為にその生涯を捧げるものです。そのためには必要最低限まで俗世との関りを絶たなくてはなりません。しかし、欲深い彼らはそうせずに深く関っている――これは魔法の精進に結びつきません。なぜなら、魔力は精神力と大きく関係するからです。楽な生活に満足し、悠々と過ごす者は魔力が強くなるわけがない。

 だから彼らは弱い。だから徒党を組む。自らの弱さを互いに補うために。

 ソーサラーでなくウィザードしかいないのもまた然りです。ソーサラーに成れるだけの力がある者はそんな条件下に決して満足しません。また、ソーサラーに限らず更なる高みに己を導こうとする者は自ずとそのような道は不正解であると気付きます。彼らは金や他人の力などに頼らずとも己の力だけで足りるのですから。

 研究に没頭する者も同じです。労苦に報いる形として神々は信徒に呪文を授けるのです。故に、いくら研究しようともそのような状態では高が知れています。おそらく魔法の原理は掴めたはいいが、初級や中級魔法ばかり、前に進まない結果しか出ないでしょう」


「では、ヴァリノイアはどうなんだ? 彼らも王国に仕える独自のメイジの組織があると聞いたことがあるぞ」


「それについては私の口からはなんとも言えません。ヴァリノイアに赴いたことがないので。しかし、師が仰るには、帝国とは体制が違うらしいです。だから彼らは一人一人が帝国の者とは桁違いに強い。おそらく北方大陸の妖魔との度重なる紛争でかなり精神力が鍛えられているからでしょうな」


 彼らがそう話し込んでいると、あの、と声がした。


「私には魔法の話はまったくわからないのですが、助けて頂いたことは感謝致します」


「いえ、奥方、こちらこそつい忘れてしまってました。申し訳ございません」


 トリスタンは扉を開け、中からガラティアが出てきた。

 子供を二人産んだと聞いたが、それにも関らずその体躯はすらっとしていた。約一月半の監禁で頬は痩せこけていたが、見た目の美しさを損ねてはいない。


「助けて頂き本当にありがとうございます」


 そう言って貴婦人は頭を下げ、トリスタンに手を差し出した。

 が、トリスタンはいきなり差し出された手を見て思わず身を引いた。


「どうした、トリスタン?」


「いかがなさいました? 私の手に何か?」


「いえ・・・・・・ただ、これでも僧籍に身を置く者なので、女性の体に触れることは禁じられております。ご理解の程を」


 ――あんだけ普通の僧侶とかけ離れてるくせに、こういうところだけは律儀なんだな。シルヴァンはそう思った。


「そうですか。すいません、何も考えずに握手をしようとしてしまって」


 逆にガラティアが謝る立場になってしまった。


「一つ言い忘れてました」


 ニルアドは言った。


「なんだ?」


「私も女です」


 静寂――静寂。

 シルヴァンもトリスタンもガラティアも目を見開いた。


「冗談です」


 ニルアドは表情を変えずに――無表情のまま――言い放った。

 しばらく間をおいて、皆溜息をついた。それが何の溜息だったのかはそれぞれの思惑の中でしか図れないだろう。

 気を取り直してシルヴァンが言った。


「これからどうする?」


「ここから先はわたしとニルアドに任せてください。――後のことは我々でします」


「お待ちください、お願いがあります。私達の二人の息子もどこかに監禁されています。どうか、彼らを助けてくださいませんか?」


「無論、そうするつもりです。ただし、条件があります」


「な、なんでしょうか」


「それは救出後にお話します。ご安心を。簡単なことですし、決してあなた方に害のあるようなことではありません」


「は、はぁ・・・・・・」


「ということでシルヴァン、息子さんの救出も任せてください」


 シルヴァンは頷いた。


「こいつらの始末はどうする?」


「それも私達がなんとかします」


 そう言ったのはニルアドだった。


「わかった、後はよろしく頼む」


 シルヴァンはニルアドに向き直った。


「しかし君はほんとに普通の人とは違うな。髪の色も、目の色も。何か理由があるのかい?」


「――他の人間とは違う運命を辿る者は、その容姿も自ずと他人とは違う、と師は言いました。私のように髪の色、瞳の色が世の常と異なる人間は魔法に限らず何らかの才に非常に恵まれているそうです。事実、私の両親は髪の色が茶色でした。しかし、生まれた子供は緑色。――数奇な運命だと思います。本来ならこんな色などありえないでしょう。

 あなたの近くにもそういう方はおられますか?」


 シルヴァンはライカを想像した。彼女の髪の色は桃色。しかし、父ハイデンは茶、母ライラは金だった。加えて、ライカの瞳の色も桃色だった。

 つまり、ライカの前に待ち受ける運命は他人とは異なるのか?

 それにトリスタンも。彼の瞳は緑色だ。

 シルヴァンはちらっとトリスタンを盗み見たが、無表情なトリスタンの顔からは何も窺えない。

 シルヴァンは黙り込んだ。

 そんなシルヴァンの回想を読んだのか、


「お気を付けを。運命(フェイト)とは必ずしも良いことばかりではありません。その中には幸運(デスティニー)と、宿命(ドゥーム)も含まれます」


 ニルアドは重々しく告げた。


「肝に銘じておく。じゃあ、僕はこれで失礼する。また会おう」


 シルヴァンは階段をのぼった。一階に着くと、倒れていた男が起き上がろうとしていた。

 すかさず強力な蹴りをお見舞いし、再び男を闇の世界へ引きずり込ませた。

 星が見えない真っ暗な夜空の下、シルヴァンは外に出ると真っ直ぐ兵舎の方へ向かっていった。

第二部二〇話更新しました!

前の伏線がようやく登場しましたね。彼は今後も主人公達と共に行動していく一人なので、どうぞ温かい目で見守ってください。

それではまた次話でお会いしましょう。次回更新予定は二月二十七日(水)ですが、もしかしたら火曜日辺りにアップするかもしれません。

評価、感想待ってます!よろしくどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>異世界FTシリアス部門>「スタリオン・サーガ」に投票
この作品が気に入ったらクリックして「ネット小説ランキングに投票する」を押し、投票してください。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ