一九話 渦巻く陰謀(一)
〈パルクの酒樽亭〉を出た不審な男達はガイズの北東部――人気が少ない地区に向かっていた。どちらかというと娼館、遊廓、闇金融の根城が立ち並ぶ危険で妖しい地域だ。そんな中の一軒に男達は近づいていった。
その建物は周りの建物とは少し違った。二階建てでどこにでもありそうな家だったが、灯りはあるのに中に人がいる気配がせず、さびれた雰囲気を醸し出している。営利店とはまた違うらしい。
男達は建物の入口に近づくと、周りを注意深く何度も見回し、扉を三回、二回、四回と間をおいて叩いた。くぐもった声がした。
「なんだ」
「闇と血に」
男達のうちの一人がそっと呟いた。
「――鎖の縛り」
扉の向こうにいる声の主は答え返す。
「死神の使者」
「赤い月はのぼる」
「死に栄光あれ」
扉から「入れ」という小さな声がした。
男達は音もなく扉をくぐり、すぐ閉めた。カチリと鍵がかかる音がする。
そんな様子を建物の影から聞いていた人物がいた。その人物はフードを被り、じっと物陰に身を潜めていた。
まったく身動きせず、時はその場で停止したのかと思われた。が、やがてその人影はゆっくりと身を起こし、先刻の連中と同じように周りを警戒しながら扉をノックした。
「誰だ」
「――闇と血に」
「――鎖の縛り」
「死神の使者」
「赤い月はのぼる」
「死に栄光あれ」
「よし、いいぞ」
扉の前に立つ人影は深呼吸し、ドアノブに手をまわした。
扉を開けて目に入った光景は、普通の酒場となんら変わらないものだった。人も椅子もテーブルも、棚にはワインが一本もないのを除けば。ちゃんと部屋に灯りはついているし、煙草の臭いもする。だが、異様な感じだった。
侵入者は右に目を走らせた。扉の横には頭のてっぺんが禿げ上がった中年太りの男がいた。
男は入ってきた人物を不審の目で見、フードの下から顔を覗いた。その顔を見ると男は
「誰だ、テメ――」
と勢いよく叫んだが、最後まで言うことはできなかった。
顎に強烈なアッパーカットが繰り出され、衝撃は脳を直撃した。一瞬で気絶し、体がそのまま床に叩きつけられるという直前、その体は攻撃者の手によって支えられた。激突音を響かせないための処置だ。
男は床にそっと横たえられた。歯は砕かれ、惨めな口腔を晒していた。
攻撃者はフードを取った。さらさら、と砂のように黒く艶やかな髪が流れる。異常な事態を目の前にして口や頬は引き締まり、男らしさを演出していた。双眸の碧眼も凛々しく輝き、なにか強い意志が感じ取れる。
青年は扉の鍵を閉めると、家に入った男達の行方を捜した。が、すぐに怪しいものが見つかった。カウンターの横に厳重な錠が下ろされている鉄製の扉があった。それだけがこの部屋の中で唯一溶け込めていないものだった。
扉を開けようとしたがびくともしなかった。だが慌てずに鍵を探したがこれもすぐ見つかった。さっき倒した男の腰にたくさんの鍵がついてある鉄の輪があった。それを奪い取り、順番に鍵穴に差し込む。全部の錠をはずし、力を込めて鉄の扉をあけると、いやに寒い空気が流れてきた。
一瞬嫌な顔をしたが、音を立てぬようゆっくりと闇の中に足を踏み入れた。
扉の奥灯り一つない階段になっていた。手探りで進むしかなかったが、幸いなことに幅は細かったので両壁に手をついて進んでいった。道は途中で九十度に折れ曲がったりしていたのだが、枝分かれしてなかったので迷わなかった。
しばらく地下の世界に下りてゆくと前の方に明るい光が見えた。より一層慎重に、ゆっくりと光源に近づく。ある程度近づくと光の下の光景が目に飛び込んできた。
**
牢屋だった。
壁には松明や灯火が掲げられている。火が揺れていることから、一応空気が循環していることがわかる。湿気がひどく、嫌な臭いがたちこめていた。
鉄格子の手前には例の男達が手に松明を持って立っており、いやらしい笑みを浮かべている。
約五メーラ四方の大きさの牢獄には――囚われ人としては破格の対応であるベッド、本、化粧道具、トイレが備わっていた。それは牢獄という空間にしてはとても釣り合わないものばかりだった。そして、ベッドの上には――見目麗しい女性が腰をかけていた。
彼女こそ、その空間にある何よりも異様だった。虜囚として囚われているのは一目瞭然だったが、それにも拘らずその体から発せられる上品で気高い香り――まるで貴婦人の一室にいるような雰囲気さえ覚える。それほどに彼女の誇り高さが窺える。
「どうですか、奥さん? 体の調子は」
「・・・・・・」
「悪いところとかはありますかい? 病気にでもなられた日にゃ、こっちが上から怒られちまうんでね。しっかり食いモンは食ってくださいや」
「・・・・・・」
女性は沈黙したままだった。眼光が怒りで燃えている。
「こっちの生活は満足していただけてますかな? 必要な物があればなんでも言ってくださいよぉ」
「・・・・・・」
「あんたの旦那さんは健気にもまだあんたらの行方を捜しているらしいですぜ。もう一月半は経つって言うのに。もう諦めりゃいいのによ」
「・・・・・・」
「旦那さんと子供のことが気になりますか? それとも、やっぱり旦那がいなけりゃ“アッチ”の方でもご無沙汰ですかい? 」
男達は下品な笑い声を上げた。
「黙れ、下郎! さっさと去れ!」
女性の口から、威厳を秘めた声がした。
「おや、ようやく口を利いてくれる気になってくれましたか、奥さん。最初からそうしてくれればこっちの手間も省けるんですよ」
「貴様らのようなクズどもとと話すことなどない! とっとと消え失せろ! 死神の犬め!」
男達の顔が怒りで白くなる。
「このアマ・・・・・・こっちが手をだせねぇからって調子に乗ってんじゃネェぞ!」
「うるさい、黙れ! お前らのような裏切り者どもは、くたばってしまえばいい!」
「――なぁ、奥さん。こっちも仕方なくあんたを監禁してんだ。大人しくしててくれりゃ、悪いことはしねーよ。ちゃんと息子さんと旦那さんにも会わせてやるからよ?」
「下手な嘘だな! 貴様らの言葉には一片の真実もない。あるのは“虚”と“嘘”だけだ! 下等な脳ごときが考え出した策にわたしが乗るとでも思うのか? だとしたらお前らは本当にクズだ!」
男達はついにキレた。
「――ちょっと“お仕置き”が必要だな。なぁ兄弟?」
「いいのか? 閣下からお叱りを受けるぞ」
「構いやしねぇ。多少のことなら閣下も許してくださるだろう。それに俺はもう我慢の限界だ。早く楽しみたかったんだからな」
「ああ、お前の言うとおりだ。主人に牙をむく犬にゃ、しつけが必要だぜ」
「自分が間違ってたってことを体に教え込んでやろうぜ」
男達は皆自分の得物を取り出した。
危険を察知した女性は近くにある本やらなにやらを適当に引っ張り出し、投げつけた。が、いくつかが鉄棒にぶつかり跳ね返される。
男の一人が鉄格子に走り、棒の間から女を捕まえようとしたが、女は「キャアァァ!」と叫んで後ろに倒れこんだ。なおも男は手を伸ばしたのだが届かない。女は尻餅をついた状態で後退る。
「おい、どうする?」
「錠をぶっ壊す」
一人が言い放った。
周りの連中は反論した。
「おい、それは無理だろ。この錠は閣下方が二人がかりで〈施錠〉の魔法をかけたんだぞ。無理に決まってるぜ」
「いや、違う。魔法は剣みたいな物理的攻撃の耐久性はハンパねぇが、それも絶対じゃねぇんだ。俺は前に同じように〈施錠〉された鍵がぶっ壊されるところを見たことがある。どうやって破るか? 答えは簡単だ。ぶっ壊れるまで叩けばいい」
「そんなんで出来んのか?」
「ああ。魔法が強力であればあるほど時間と手間がかかるが、いつかは壊れる」
「へッ、じゃあさっさとやっちまおうぜ」
そう言って牢獄に取り付けられた扉の錠を剣で叩き始めた。鉄と鉄がぶつかり合い、火花が散る。錠の大きさは手にすっぽる収まるくらいしかないのに、何度も叩くと最初に欠けたのは刃の方だった。しかしそれでも攻撃はやめない。
一方、牢の中にいる女性はようやく自分がしてしまったことを理解し、ベッドに身を寄せ、顔を埋めた。
剣がボロボロになり、使い物にならなくなった頃、
「おい、欠け始めたぞ!」
と女性を絶望に突き落とす声がした。
男達の中から歓声が上がる。
「いいぞ。その調子で――」
男はそう言いかけ、後ろで何かが動くのを感じた。
何かと思ってふと振り向いた瞬間、白光が一閃し、頭部に衝撃が走る。何が起きたのか理解する間も無く、瞬く間に男は失神した。
錠を破るのに夢中だった賊は、鈍い音がした方を見た。そこで、仲間が倒れるのを目撃した。
そして、倒れた仲間の側には剣を握る一人の青年の姿があった。
男達は何があったのか理解するのに時間がかかった。
その隙を見逃さず、青年はあざやかに空中に身を躍らせ、剣を振るう。
あわてて防御するが、動きが遅れた男達は後手に回るばかりだった。狭い空間では人数の多さは不利である。大振りするとどうしても仲間に攻撃が当たってしまうからだ。それを利用して、青年は攻撃を繰り出す。多人数相手だと突きは命取りになるから、青年は剣を受け流しながらセイバーを薙いだ。
男は青年の実力を甘く見、楽に勝負をつけようと大きく楯に振った。青年はその太刀をすんでのことで避け、振り下ろされた瞬間柄の根元に向かって自身のセイバーを強烈に打ち込む。前に青年がある相手に対して使った技だった。敵の刃は手から離れ、すかさずくるりと一回転し、踵蹴りをお見舞いする。肺から空気が搾り出され、男は酸欠状態のまま気絶した。
残り三人。
「気をつけろ! こいつ、やるぜ!」
互いに警告しあう。
今度は慎重をきして、二人がかりで勝負を挑んできた。じりじりと対峙し、間合いをはかる。最初に動いたのは男達の方だった。一斉に剣は振られたが、かすりもしない。
横に逃げた青年は残りの一人の男に向かって走った。
油断していた男は慌てて武器を構え直した。組み合いになると力の優劣は明らかだった。踊り子のように華麗に舞う青年の剣舞に、戦う相手はとまどいを覚え、本来の力を出せなかった。相手の動きが緩慢になるやいなや、足を引っ掛けて男を床に倒した。頭を強打し呻く男の腹に踵落しをくらわせる。男は痛みに絶叫し、悶えた。
残り二人。
いつの間にか敵に囲まれていた。
男達の眼も、相手が素人じゃないのを理解すると本業のものとなった。
青年は左右に目を走らせ、いつ、どちらが攻撃を仕掛けてきてもいいように身構えた。
敵はアイコンタクトでタイミングをはかり、同時に攻撃してきた。片方は縦に、一方は横に剣を振った。
青年は片方の剣を受け流し、素早く横に飛ぶ。男は突きを出してきた。速い。
受け止めたが、飛んだ勢いと出された突きを避けたため、体勢を崩し床に転がる。その間に間合いを詰められた。続けざまに攻撃され、防戦一方になった。床に転がったままなので、攻撃できない。ただ逃げるのみだった。
壁まで追い詰められたところでようやく立ち上がることが出来たが、次の瞬間、敵は目標の胴体を真っ二つに切断しようとした。「ハアッ!」との掛け声がしたが、空を切っただけだった。
男は上を見上げた。そこには空中であざやかに身を捻る青年の姿が。
唖然とした。人間技じゃない跳躍力だ。
青年は着地し、後ろを向いたままの男の首に手刀を放つ。ドウッ――男の体は崩れ落ちた。
「最後だ」
青年は死を告げる死神のように宣告した。
ただ一人残された敵は、仲間が皆床に倒れたのを改めて見て愕然とした。剣を握る手が震えている。
青年はゆっくりと敵に歩み寄った。
男は「ヒィィ!」と哀れな声を出し、後退る。次第に距離を詰められ、男は逃げようとしたが、なんと床に倒れる仲間の体に躓いて仰向けになった。
その瞬間、男は終わった――と確信した。彼が最後に見たのは、振りかぶられた右腕が顔に向かって突き出されたところだった。
戦いは終わった。
最後の一人が地に伏した時、ようやく青年は剣を鞘に収めた。
だが、青年の後ろに倒れる男――さっき踵落しされた奴――が痛みに苦しみながらも胸元から小刀を取り出し、目標に向かって狙いを定めた。ナイフが投じられた瞬間、青年は振り向いてしまった。避けようとしたが、もう遅い。
ナイフは眼を貫き、鮮血が噴き出した――――
お待たせしました! 第二部十九話更新しました!
去る二月二十一日に十八話をアップしたわけですが、その日、一日のPVとユニークアクセス数を更新することができました。ユニーク、PVともそれぞれもう少しで百と四百を記録できるところだったんですが、惜しかったです(笑)
これもひとえに読者の皆さんのおかげです、本当にどうもありがとうございます!今後もまだまだ頑張り続けますので、応援よろしくお願いします。
また、感想や評価なども随時募集してます。そっちの方もぜひお願いします。
次回更新予定日は二月二十五日(月)です。それでは、またお目にかかりましょう!