一八話 〈パルクの酒樽亭〉のナナ
シルヴァンは〈パルクの酒樽亭〉に向かっていた。先日、自称運命神の僧侶にして〈契約者〉のトリスタンに教えられた酒場だ。
ガイズの夜は昼間と同じくらい明るかった。街灯には火が灯り、窓から覗ける店の明かりには人影が映る。人の行き来も昼とさして変わりはなく、民宿や酒場の喧騒は外まで響く。夜遅くにも関わらず元気な客引きの姿もちらほら見える。遊女達も手頃な相手を見かけては話しかけていた。巡回中の警備兵も三人一組くらいでガイズを歩き回る。
その中をシルヴァンは歩いていた。アリオンから与えられた休養日を有効に利用しようと、兵舎を出てきたのだ。鎧や防具をつけていては物騒なので、比較的軽装で身なりを整えた。無論腰にはセイバーを差したままで。
〈パルクの酒樽亭〉は繁華街から少し離れた地区にある酒場だった。その辺りでは一番大きな建物で、結構儲かってそうだ。店内の騒ぎ具合からして今日も客入りはうまくいっているらしい。
シルヴァンはドアノブを回し、店の中に足を踏み入れた。ベルがカランコロンと鳴る。
店の中の喧騒はまた一段と凄かった。大声で誰が何を言っているのかわからないくらいだ。
シルヴァンが現れると一瞬客達は扉の方を向いて新客を認めたが、すぐに興味を失って元の話に戻った。何人かが彼を品定めするように見つめていたが、シルヴァンはその視線を無視して空いているカウンター席についた。
すぐに若い女の子がやってきて「ご注文は何になさいますか?」と訊いてきた。
「飲み物を一つ。アルコールの入ってないものならなんでも」
「かしこまりました〜」
黒髪の女の子はかわいい声で答え、厨房にかけて行った。思わずシルヴァンは微笑んだ。
――なんだかライカを見てるみたいだな。
シルヴァンは注文の品が来るまで、店の中を観察していた。
〈パルクの酒樽亭〉は建物の三階フロアまで客用で、一階は厨房やカウンターもあるから他の階より人が少なく今は百人程しかいない。丸テーブルに四から六人が一度に掛け、手にはジョッキを持って身内話に花を咲かせていた。
そういえば、さっきから男の店員の姿が見えない。給仕をしているのは女の子――それも若くてかわいく、身体的発育のいい女の子がほとんどだ。さらに彼女達はキワドイ衣装に身を包んでいた。胸元が広く開けられて豊かな曲線が浮かびあがり、腰辺りではキュッと締められていたのでさらに上半身が強調される。穿いてるミニスカはしゃがんだり腰を屈めるとその下にあるものが見えてしまいそうだった。貴族に仕えるメイドの服装を商業用にアレンジしたものらしい。皆客に笑顔を振りまき、チップを貰っている。
たまに女の子のお尻を触ろうとしてビンタをくらう者がいたが、それも愛嬌らしかった。叩かれた客は残念そうに首を振り、たまに触るのに成功して女性の嬌声を楽しむ狼藉者がいたが、自分の殊勝を仲間に報告しようとした瞬間さらに激しい一撃をくらった。それでも女の子達はいたって笑顔であった。
シルヴァンは部屋に目を走らせると隅にかたまる数人の男に目をつけた。柄の悪そうな男達は、なにやらテーブルを囲んでひそひそと怪しげに話し合っている。その周りの空間だけ客がいなかった。避けているようにも見て取れる。
その様子をじっくり見ていると、先程の女の子がやってきてカウンターの上に飲み物を置いた。
「おまたせしました〜」
シルヴァンは目の前に差し出された青い液体を見つめた。
「これはなんだい? 初めて見たよ」
「あれぇ、お客さんこのジュース知らないんですか? プルーン・ジュースって言って、最近ガイズで流行ってて、アルコールが入ってないから子供にも人気があるんですよ。もちろん、大人の方にも人気ありますけどねっ。しかも三ルーアなんですよ」
シルヴァンは一口飲んでみた。爽やかな味だった。
「美味しい。面白い味だ」
「ヘヘ、嬉しいです」
女の子はニッコリと微笑み、かわいらしい小さな舌をちょこんと口から出した。ガイザードやバスティアではあまり見られないちょっと低い鼻は、オーシアン大陸西岸部の主要国の中でも比較的南方に位置する地域の出身を思わせる。他の子にはあまり見られない容姿こそが彼女の魅力ともいえた。まだ幼い感じがするが、体から発せられる魅力はそこらの大人とヒケをとらない。
彼女はカウンターからグッと身を乗り出した。豊かな谷間が服から飛び出んばかりに前に迫ってくる。
「あたし、ナナっていいます。ここで給仕やってるんです。お客さんのお名前訊いてもいいですか?」
「シルヴァン」
「へぇ〜カッコイイじゃないですか。見た目は文句なしの美形だし、名前もかっこいいなんて。どこから来たんですか? なんでガイズまで? ここで待ち合わせでもしてるんですか?」
ナナに一方的に捲くし立てられ、シルヴァンはちょっと押され気味になった。
「ええっとだな、順番に答えると、僕はバヤードから来た。ウェイブラス騎士団って名前は聞いたことあるかな? 僕はそこに所属している。今年は剣闘技大会があるからね。だからガイズまで来たんだよ。最後の質問だけど、別に誰とも待ち合わせをしてるワケじゃないんだ。知り合いにここに行けって勧められたものだから」
シルヴァンは核心を言わないように気をつけたが、勘の鋭いナナは何かに気がついたようだった。
「もしかして、大会に出場とかするんですかぁ?」
ウッと詰まった。カルダンの時みたいに騒がれては面倒になると即座に判断し、ナナにそっと耳打ちする。
「察しがいいね。ただ、そのことは黙っててくれ」
「もちろんですよ。ここで騒いだら迷惑ですもんね。でもスゴイなぁ、大会に出るなんて。あたし、シルヴァンさんのこと応援しますからね。へへ」
元気な娘だなぁ・・・・・・
「カッコイイ上に大会にも出るくらいの強い人だなんて。ほんとスゴイですよっ。惚れ惚れしちゃう」
ナナはうっとりと熱い視線を送った。
「ありがとう。ところで他の客の給仕はしなくていいのかい?」
「いいんですよぉ。他のお客さんみんな若くないしカッコよくないしスケベだし、そんなにチップもくれないし。それだったらチップくれなくてもお兄さんとずっとしゃべってた方が楽しいもん。あ、別に催促してるワケじゃないですよっ」
ナナの話を聞いてるとつい口元が緩んでしまう。シルヴァンはそう感じた。
「君はカンバルド連合の出かい?」
「そうです。カンバルドの南のセスタリア公国出身なんです。もしかしてシルヴァンさんもですか?」
「いや、僕はバスティア出身だ。セスタリアからわざわざガイザードの首都に来るなんて何か特別な事情でもあるのか?」
ナナは考え込むようにう〜んと言い、
「あたし、出稼ぎなんですよね。親も働いてますけど、弟とか妹が結構いるもんで、生活費を稼ぐの大変なんですよ。少しでも弟達に楽な生活させたいんで、親に頼んで少ない貯金を使わせてもらって宛もないのにガイズまで来たんです。で、一山当てて、と言うか良い仕事見つけたんで、今のところはうまくいってますね。もっと稼いで親に楽させたいですけどね。あたしも欲しい物とか買いたいし」
「まだ若いのに家族に仕送りするなんて偉いね。君くらいの年の知り合いがいるけど、大違いだよ」
シルヴァンはライカを想像していた。
ナナはまたかわいらしく「ヘヘ」と笑った。褒められてポッと頬が朱に染まる。
「店員さんに男の人が見えないけど、全員厨房に回っているのか?」
「そうで〜す。若い女が給仕した方が客受けいいんで、結構前から店長のパルクさんが女は給仕、男は厨房という分担に決めたんです。その方がチップのはずみもいいんで」
シルヴァンは後ろを振り向き、例の隅にかたまる男達のことを訊ねた。
「あの隅にいる連中は常連かい?」
「さぁ〜、どうでしたっけ。最近よく顔を見せてますけど、いつも端っこにばっかり居て、他のお客さんと仲良くしないんですよ。別に喧嘩沙汰になったワケじゃないですけどね。
そんなことより、特に待ち合わせとかしてないんですよね? それじゃあ、この後予定とか空いてます? よかったらお食事とかどうですか」
ナナは期待しながら答えを待った。
「悪いけど、用があるんだ。やらなきゃいけないことがあるんでね」
「女、ですか?」
「違うよ。仕事だ」
「いいんですよぉ、隠さなくても。お兄さんくらいの美男子になれば女に不自由することなんてなさそうですもんねぇ。その女の子は羨ましいなぁ」
「だから違うって。それに、子供がこんな時間に男を食事に誘うなんて危険だ。なにされるかわかったもんじゃない。ちゃんと家に帰った方がいい」
ナナは子供と言われてムッとした。
「あたし子供なんかじゃないです。見た目より幼く見られがちですけど、これでももう十六歳なんですから。そそそれにあたし、は、はだ――体になら自信ありますよ。試してみます?」
ナナはさらに身を乗り出したので、胸が衣装からこぼれそうだった。
「い、いや、遠慮しておくよ」
「なんでです? あたし、そういうことって初めてですけど、どうすればいいのかくらいは知ってますよ。殿方を満足させる技も少しくらいなら。剣闘技大会に出場する人と一夜を共にできるなんていう羨ましいこと他にありませんし、それにそれが初めての人だと・・・・・・。それとも、わたしにはそんな魅力ってないんですか?」
ナナは目を潤ませる攻撃をしかけてきた。
「いいや、き、きみは・・・・・・他のどの女の子よりもすごい美人だよ――本当に」
冷静なシルヴァンもどうすればいいのかわからず助けを求めようと辺りを見回した。すると、例の男達が席を立って店を出て行こうとしていたではないか。シルヴァンにはその男達が妙に引っかかった。
――トリスタンからはその場で待て、とは言われてないからな。このまま追ってみるか?
果たしてシルヴァンは運命にかけてみることにした。
シルヴァンは席を立った。
ナナは行かせまいと、シルヴァンの腕を掴み、柔らかな胸を押し付けてくる。
「行っちゃうんですか? もう少しくらい・・・・・・来たばっかりなのに――」
「すまないけど、仕事なんだよ。わかってくれ」
シルヴァンがそう言うと、ナナは仕方なく腕を放した。やけに顔が沈んでいる。
ちょっと可哀想だったので、財布から銀貨を三枚取り出した。彼はそれを大胆にもナナの胸の谷間に忍ばせた。
「今日はそれで許してくれ。時間があればまた来るから」
ナナは貰ったチップの多さに驚き、顔を輝かせた。普通の人がくれるより二十倍は多い。
「またいらしてくださいねぇ〜」
ナナは笑顔で手を振った。
シルヴァンが店を出ると一番最初にしたこと。それは深い溜息だった。
――どんどん財布が寂しくなっていくな。あのナナって子、頑固なところはほんとにライカそっくりだ。
彼の財布からはチャリンチャリンという惨めな音しかしなかった。
今度は金銭感覚を養わないとな。これじゃあまたすぐ文無しになってしまう。
シルヴァンは気を取り直して、店を出た男達の行方を捜した。
お待たせしました! 第二部十八話更新しました!
毎回恒例のように新キャラが出てきてしまうワケですが、今回も新しい女の子「ナナ」が初登場です。彼女はそこまで本編と深い関係があるわけではない(という予定)なのですが、癒し系として周りの雰囲気を和ませる地位を確立させていきたいなぁと思ってます(笑)
ただ、今後作者の都合によってはたまに登場させたりするかもです。どうぞお楽しみに。
というわけで、今後もスタリオン・サーガをお楽しみください! それではっ