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一三話 〈砂漠の薔薇〉は

 サンドル・フォース、別名〈砂漠の薔薇(デザート・ローズ)〉はガイザードの東、ネサハル砂漠の入口に位置する巨大なオアシスだった。砂だらけの空間に出現する緑溢れる山、澄んだ川。そこで生活する獣や怪鳥、そして人間達がいた。大半の人間は昔からそこに住む人々であったり、そこに移住することを許された人や、商人達だった。

 オアシスの中心部には有名な〈魔術師の塔〉がある。その塔の主――昔はガイザード帝国に魔術師として仕え、後にヴァリノイアに赴いてそこで妖術と祈祷の業を学び、優れた魔術師(ウィザード)妖術師(ソーサラー)祈祷師(バード)を輩出するヴァリノイアでもごく限られた者にしか許されない〈導師〉の称号を有する老人――は今を去ること三年前、ヴァリノイア戦役が勃発したのと同時期くらいに帝国軍から攻撃を受け、サンドル・フォース一帯を囲むバリアを発生させた。

 その老人の名はアリューシャン・ムーンロッドといった。愛用の(スタッフ)の名を二つ名に持つ高名な妖術師――〈光の魔術師〉、〈砂漠の賢者〉などと称される魔法使い(メイジ)であった。魔術師時代、自分のウィザードとしての力に限界を感じ、ヴァリノイアにて妖術の業を極めた後はソーサラーを名乗った。元々ソーサラーとしての才能があったアリューシャンは本格的に妖術を学び始めてからその才能を開花させた。

 彼は光の魔法を用いていた。メイジは一つの系統の魔法しか使えず、必ず使う魔法の神を信奉しなくては魔法を用いることはできない。彼はその光の魔法を使ってバリアを発生させた。光の魔法――守護や癒しを得意とする魔法ならではの特殊な力だ。他の魔法ではバリアの発生は不可能なのだ。


 ある日の夕方、アリューシャンは塔の最上階、彼の大きな私室にて空を眺めていた。部屋は半球型で、ゆっくりと回転していた。球形の天井は部屋の半分で途切れ、外気と通じていた。なのでそこからはサンドル・フォース全体を見渡すことができる。その時は部屋から西の空を臨めた。夕暮れの陽の中、鳥は群を成して山の上を飛び、木々豊かな渓谷には綺麗な川が流れていた。

 一方しっかりとした木の天井がある方には本棚が並び、どれもびっしりと書物に埋め尽くされていた。部屋の中には他にも宙に浮く球、地図、杖など、その道に通じる者が見れば涎を垂らす品々ばかりだった。

 アリューシャンは部屋の壁のない方の淵近くに立っていた。

 ドアがノックされ、「失礼します」という声がした。

 扉を開けて入ってきたのはまだ若い男だった。見たこともない緑色の長い髪は額で左右に分けられ、紐で髪をとめていた。顔は不細工でも美しくもなく普通のそれであったが、眼の奥に宿る知性は底知れない宇宙を感じさせる。彼の瞳は右が空色、左が虹色というこれまた不思議な組み合わせであった。

 彼は静かにアリューシャンに近づき、膝をついた。


「師よ」


 アリューシャンはそちらを振り向くことなく


「我が弟子よ」


「はい」


「我よりも魔法の才に優れ、我と同じ系統の魔法を用いるそなたならば感じただろう。我らの神は苦しんでおられる。悪の勢力が均衡を破り、善の勢力は傾きつつある」


 弟子は頭を下げた。


「我は啓示を受けた。ゆえに、お前に使命を与える。

 そなたにはその任務を全うする勇気があるか?」


「なんなりと」


 弟子は強く、はっきりと応えた。

 はじめて師は弟子の方を見た。弟子は頭を垂れたままだった。


「我は一時的にバリアを解除する。その間にお前はサンドル・フォースを抜け、帝国領へ行け」


「承知(つかまつ)りました」


 彼らはただそれだけの不思議な会話を終わらせると、弟子は部屋を出て行った。

 師は弟子がいなくなると再び西の空、太陽が沈む彼方に眼を注いだ。


「我が友よ。今こそ、我が恩を返す(とき)



***



 ウェイブラス騎士団将軍アリオンは直属の二個大隊――約二千人を引き連れてバヤードへ到着した。道を行けば誰もが足を止めて将軍を見た。バヤードやガイズに住んでいても、なかなか将軍をお目にかかれる機会は少ないのだ。

 バヤード市内に入ると、住人が窓から、店先から顔を出して歓呼の声をあげた。アリオンは平民に人気があった。彼が小さな貴族の家の出で、どちらかと言えば庶民派だからだったかもしれない。とにかく彼は一般民衆とも親しく接し、思いやりがあったため、ウェイブラス騎士団が駐在するバヤードは平和な時を過ごしていた。

 アリオンはそれらに手を振って笑顔で応え、バヤードの兵舎へ向かった。

 兵舎に残る騎士達は全員総出で将軍を出迎えた。

 馬を下りたアリオンは腹心の部下マルスヘルムに再会した。


「お疲れ様です、将軍」


「バヤードの警備ご苦労だ、マルス」


 彼は副将の名を親しく呼んだ。


「長旅でお疲れでしょう。少し休んでは?」


「そうしよう。流石にガイズから馬で五日で来たのは身に堪える。仮眠を取らせてもらおう」


 アリオンは兵舎内の特別室――将軍の専用部屋に向かった。彼の少し後をマルスヘルムは歩いていた。

 部屋に入った将軍は毛皮でふかふかのソファに腰を下ろし、靴やマントを外していった。本来であれば将軍付きの小姓や兵舎に勤める執事にやらせるべき仕事であったが、彼はそれを遠慮していた。


「なにか飲み物でもお持ちしますかな?」


「あぁ、すまないな、マルス。冷たい水で結構だ」


「なんのなんの。将軍は我々に命じてくださるだけでよろしいのですぞ」


 アリオンはフッと笑みをこぼした。


「年上のあなたにそう言えたものではないよ。わたしが将軍になったのだって、ただあなたが年を取り過ぎててわたしが適齢だったというだけのことだ。それに実力からして、あなたの方がわたしより一手も二手も上だ」


「将軍は冗談がうまいですな。この老骨、もう全盛期を過ぎてからはただ衰えゆくのみ。勝るのは年の積りだけ。いつ戦場でくたばってもおかしくないシロモノですぞ」


 マルスヘルムは自虐したが、顔は笑っていた。アリオンはニヤリとした。


「年を取った竜は狡猾さを増すという諺の通り、あなたの戦士の勘にはまだまだ遠く及ばないよ」


 マルスヘルムは机に杯を置き、アリオンの正面に座った。


「剣闘技大会のことですが、他の部隊からの推薦者はどのような腕前ですかな?」


「他の二名の副将は、一人ずつ推薦してきた。ちなみに、わたしの部隊からの候補者はなしだ。今年はあまり出来が良いのがいなかったのでな。

 わたしは業務で忙しかったから彼らの実力はまだ見ていないが、話を聞くと悪くないらしいな。今日の夜、ここで実際に戦ってもらうつもりだ。他の戦士の刺激にもなるからな」


「他の副将はまだ他の都市に駐在しているのですか?」


「そうだ。そのうちあなたと入れ替わりで一人バヤードに入ってもらうつもりだ。あなたも剣闘技大会優勝者として大会には出席せねばならんだろう」


「馬での旅は身に堪えますな。とくにこのような老人にとっては」


「ハハハ。まあそう言うな。

 ところでだが、あなたの眼鏡にかなった者はいたか?」


「生きのいいのが一人」


「ほう、いたか。どんな男か楽しみだ。夜まで待ちきれんな」


 ふたりは談笑し、水で乾杯した。



 大勢の兵士達の前でふたりの男は戦っていた。一人は四十近くで、もう一人は三十手前くらいだった。将軍と副将のふたりは彼らの戦いを立って見ていた。

 かなりの時間ふたりは戦い、動きも緩慢になってきたところでアリオンは「止め!」と言って戦いを止めた。


「フム、悪くないな。良かったぞ、ふたりとも」


 観客と化していた兵士達の間から拍手の音が聞こえた。

 汗まみれのふたりの男は将軍に頭を下げた。流石に他の副将から推薦されるだけあって息を乱していなかった。


「今のをどう見る、マルス?」


「将軍の(おっしゃ)る通り、悪くないですな」


 マルスヘルムは顎鬚(あごひげ)を撫でながら答えた。


「よし、次だ。あなたの眼鏡にかなった男はどこにいる? 早くその者の実力とやらを見てみたい。この二人のどちらかと戦わせようか?」


「ホホ、将軍はまるで楽しみを待ちきれない子供のようですな」


「からかうのはよしてくれ、マルス。

 さ、そろそろ良いだろう」


「シルヴァン、前へ出るのだ」


「はい」


 群衆の中から、一人の青年が出てきた。

 アリオンはその青年に目をとめた。


「ほう、彼か」


 将軍は青年に目を走らせた。首で切られた黒髪は艶やかでとても男のものとは思えない。整った顔立ち、澄んだ碧眼、高い鼻、きりりとした眉、彼に備わるもの全てが人間離れしていると言うか、男性的でなかった。

 アリオンは目の前に女性がいるのではないか、と錯覚してしまったがすぐに気を取り直した。


「身長が高いな。戦闘で有利だ。あまり肉付きがよくなさそうだが、筋肉は大丈夫そうだな。というより無駄な脂肪がない。理想的な体型だな」


「さすが将軍。一目で彼の体付きまでを見抜くとは」


「だが見がいいからといって戦いに有利なわけでもないのは言うまでもないな。

 シルヴァンと言ったな。早速力のほどを見せてもらおう。それでは君は――」


「お待ちを、将軍」


 と制したのはマルスヘルムだった。


「なんだ、マルス?」


「残念ながら、彼を戦わせても無意味でしょう」


 アリオンは怪訝な顔をした。


「どういう意味だ?」


「彼の戦闘を見るのは無意味、ということです」


「言っている意味がわからん」


「先の二人の対戦をみて確信しましたぞ。確かにあの二人は動きは悪くない。しかし、彼――マルスヘルムはシルヴァンを指差した――に比べれば大したことはありませんな」


 そう言うのを聞いて戦っていた男達は少々不愉快な顔をしたが、将軍と副将の手前、あからさまに不満を出すことは控えられた。


「そうは言うが、彼らと実力はそこまで変わらんだろう」


「戦えば、傷だけではすみませんぞ」


「どちらがだ?」


「彼らがです」


 マルスヘルムは諭すような口調になった。

 アリオンは溜息をついた。


「あなたがそこまでして言うのなら彼の実力は本物なのだろうな?」


「将軍」


 と、マルスヘルムは顔にできた傷痕を指し示した。


「この傷をつけたのはシルヴァンです」


 彼の顔に残る白い傷痕。それは前にシルヴァンがマルスヘルムとの激闘の最中につけたものだった。

 アリオンはその傷痕を見て少し驚いた。


「そうか。それなら何も言うまい。あなたに傷を付ける者なんてそういたものじゃないからな。

 だが、少々油断していたのではないのか?」


「これはこれは、将軍らしくないことを仰られる。我々戦士にとって油断とは死を意味しますぞ。それに、わしくらい戦の場数を踏めば自然と緊張は身に付くもの。いくら年老いたからといってそこまで落ちぶれてはおりませんぞ」


「失言だ。許してくれ」


 アリオンは素直に謝った。


「将軍がそう思うのも仕方ないでしょうな。

 しかし、ここにいる誰もが見ましたぞ。わしに傷を負わせた青年は無傷でその戦いを終えたのを」


 アリオンは目を見開いた。


「無傷? あなたは怪我をしたのに、この青年は無傷だと言うのか?」


「それに、申し上げるならば・・・・・・わしは魔法戦闘具を使いました。それも〈第二形態〉にまで展開して。そして彼が持っていたのはただ一本の剣のみ」


 将軍の驚愕は通常ではなかった。


「まさか――この青年が・・・・・・」


 将軍はシルヴァンの方を見ていたが、頭の中で考えることが多すぎて眼に入ったものがしっかりと頭の中に入っていないようだ。


「わしが将軍なら彼をウェイブラス騎士団の一番手にし、楽しみは大会まで取っておきますな」


 アリオンは唾を飲み込んだ。


「わ、わかった・・・・・・あなたの言う通り、彼を一番手として大会に出場することを認めよう」


 シルヴァンは頭を下げた。

 ――これは大変なことになるぞ。

 アリオンは頭を駆け巡る衝撃の最中、そう心の中で呟いた。

おまたせしました! 第二部十三話更新しました。

四話ぶりの主人公登場ですが、セリフは「はい」の一言だけ(笑) 他の展開を描きすぎて主人公の影が薄くなっているかな?(笑)

ともあれ十一話と十二話を呼んで頂いた方は知っていると思いますが、物語はいよいよ大きく動き出そうとしています。今後の展開にご期待ください!

あいも変わらず、感想や評価を大募集しています。よろしくお願いします!

それでは、また次話でお会いしましょう!

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