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一二話 麗しのヴァルア

 自然と人間と妖魔が共存する都、ヴァルア。

 古の時代よりそこ――オーシアン大陸西岸部の北西に位置する国ヴァリノイア――には妖魔が住み着いていた。

 正式にヴァリノイアが妖魔と人が共存する国の建国を宣言した年を記念して、カナン暦が始まった。それは今から約千六百年以上も昔のことだった。

 そしてその共存とは、ただ単に同じ地域に同じ思想を持って生活するだけではなかった。彼らは神聖な契り、誓いによって妖魔と人間の婚姻をしていた。妖魔の血は人間に、人間の血は妖魔に受け継がれ、今ではヴァリノイアの地に完全な妖魔の血や人間の血を有する者はあまりいなかった。つまり、ほとんどの者が妖魔の血を受け継いでいるのだ。


 ヴァルア宮殿――世界で最も美しいと言われる白大理で作られた宮殿――その中の一室でも物語は進む。

 白大理石のテーブルの横には六つの椅子が置かれ、席を二つばかり空けていた。


(けい)よ、東のガイザード軍は撤退したのですか?」


 白髪で鼻が高く、白色肌の若い青年は隣に座る男に訊ねた。


「ああ、やつらはようやくバーナムの森から撤退した。美しい森があいつらに蹂躙されて約三年、やっと森は解放された」


「そうですか。ですが森の被害は大きかったのでは?」


「確かに酷かった。木は無残に切られ、焼け野原になっていた箇所も少なくない。予想していたよりも酷かったな」


 青年は悪態をついた。


「銀竜騎士団の方はどうだ、ウェイザー? 《彼》の捜索の首尾はどうなっている?」


「正直はかばかしくないですね。各国に潜入させている間諜からは良い報告がありません」


「そうか」


「捜索の件については主に赤竜騎士団が担当されていますから、あとで騎士団の誰かに訊いてみたらどうです?」


「そうしよう」


 彼らはそこで一旦会話を止めた。

 部屋は静かで、白石が明るく部屋を照らしていた。豪華な椅子に座っているのは三人の男と一人の女だった。

 中でも目を引くのが女だった。髪は肩で切られ、唇を固く閉じ、顔は下を向いて動く気配がしなかった。しかし、印象的だったのは彼女が“青かった”からだ。髪の、唇も、瞳の色も青だった。肌の色は健康そうだったが、着ている服すらも青を基調としていたのでどこか病めいたものを感じさせた。

 作戦会議室の扉の向こう側からガシャガシャと大きな音が近づいてきた。

 扉を開けて登場したのは金の鎧を身に付けた金髪の大男だった。二メーラは軽く越えているはずだ。大きな音の正体は彼の歩く音とそれにつられてぶつかり合う鎧の音だった。


「遅れてすまない」


 見かけとは裏腹に、口から出た声はまだ若い男のものだった。人間で言えばまだ二十代前半くらいだった。

 そう、人間だったら――。

 明らかに彼を妖魔と然らしめるものがあった。背中には獅子の尾、剥き出しの手足には獅子の指と鉤爪、そして顔には獅子の耳、牙があり、髪ですらも(たてがみ)を連想させる。


「ご苦労様です、ディオン将軍」


「ウェイザーか。久しぶりだな」


 ディオンと呼ばれた男はドサッと無造作に席についた。


「ディオン、北の戦況はどうだい?」


 ディオンの真向かいに座る黒髪の男は訊ねた。


「ふん、あんなやつらたいしたことはない。こっちがその気になれば象と蟻の戦いのようなもんだぜ。五十年前の妖魔大戦の方がよっぽど辛かったな」


「確かに。君らしい」


 訊ねた男はフッと笑った。


「国王陛下の御出座です!」


 彼らが話をして少々場の雰囲気が和んでいる時――彼らがあれこれと話している最中も青の女は口一つ利かず、どんな話題にも関心なくすましていた――彼らの王は入室してきた。

 足早に現れ、身なりも鎧に簡素なマントだけを装着し、小姓を二人しか連れていないのを見ると本当に彼が一国の、妖魔の国の主なのかと疑うだろう。

 席に座っていた者は全員起立した。

 イリニウス・ヴァリノイウス――ヴァリノイアの王は席に近づき、


「皆の者、ご苦労」


 と言って着席し、


「座ってくれ」


 と促した。

 起立していた男女は再び席に着いた。

 イリニウスはさっと部屋にいるメンバーを見渡し、しばしの沈黙を経て切り出した。


「おそらく皆も知っているだろう。先日ネッサが帰還した。酷い状態だった。体の半身が凍傷にかかり、しばらくは集中的に治療に専念しなくてはならない。復帰できるのは相当後になる」


 誰もが顔をしかめた。そして、その心の中で罵る相手は帝国軍――。青の女ですら顔には悲哀の相が見られた。


「ディオン、北の戦況を詳しく報告してくれ」


「はい。と言っても俺が報告すべきことは皆ほとんど知ってると思う。一応言うのであれば、我々金獅子騎士団はヴァリノイア北部の六割は完全に奪還した。そしてまだ残りの四割を占拠するガイザードの奴らは北方の妖魔とも戦って疲労困憊している。今叩けばまだまだいけるだろうな。それくらいですよ」


「うむ。わかった。

 マルティアス、東の状況も教えてくれ」


「はっ」


 ウェイザーと話していた男は返事をした。そういえば、この男も鷹のように鋭い眼を持ち、鳥のような毛並みをしていた。彼も妖魔の一員だった。


「白隼騎士団はバーナムの森に潜伏していたガイザード軍に空より奇襲をしかけ、森の外まで掃討、撃退しました。奴らは森から出るとすぐさま帝国領に引き返す素振りを見せましたが、距離をとるとそこを拠点に野営をし始めました。まだ完全に諦めたのではないのでしょう。

 しかし、森の受けた被害は甚大です。奴らが野営するために伐採した木の数は数えきれず、野営跡地には木の燃えかすが残っています。伐採地は地面を晒し、踏み荒らされて荒地と化しています。しかしながらバーナムの森は生命力が強いですから、もとの美しさを取り戻すのに時間はかからないと思います」


 イリニウスはそれを黙って聞いていて、ようやく口を開いた。


「ようやくバーナムの森は静寂を取り戻し、北の大地も我らの版図に戻りつつある。だが被害は甚大だ。失ったものが多すぎる」


「御意」


「魔法師団の魔術師(ウィザード)妖術師(ソーサラー)祈祷師(バード)達は未だに我々の結界(バリア)が消滅した原因を突き止められずにいる。

 だが、もう少しで新たなバリアを張ることができるそうだ。そうだな、リーラ?」


「はい、陛下。魔法師団は目下新たなバリアの発動に全力を注いでいます。

 そして報告があります。魔法師団は戦争が始まって以来帝国を護るように発生しているバリアの発生状況を確かめることができました。正確には帝国と王国を隔てる壁のように発生しているようです。ただそれ以外のこと、つまり正確なバリアの成分、性質がいまだわからずにいます。見た目が我々のものと全く違うものですから、迂闊に近づくのは得策とは言えません」


 そう答えたのは先にディオンに話しかけた青年だった。

 イリニウスは肘を机に付き、顎を手の上に乗せて考えていた。


「ディオン、北の大地では現状維持に努めてくれ。これ以上国土を失うわけにはいかないが、兵力を割くことも避けたい。あまり深追いしすぎてその間にヴァルアまで攻め込まれるのは避けたいのでな。

 マルティアス、君の騎士団も深追いはしないように。特に、帝国領付近は気をつけろ。敵方に突如として発生した不可思議なバリアはあまりにも危険だ」


 イリニウスは命じた。


「了解」


「わかりました」


 ディオンとマルティアスはそれに応じた。


「ウェイザー、スパイの報告はどうだ?」


「あまり良い返事は期待できません。なにしろ、《あの人》の計画を全て知る人はご自身以外誰もいなかったのですから。そして当の本人は〈星の夜〉にどこかに行ってしまわれた。彼しか知らないところに――いや、もしかしたらご自身も知らないところへ。知っているのは星々だけでしょう。《あの人》はそういう人ですよ」


「〈星の夜〉か・・・・・・彼はわたし達の目の前で夜空に消えたのだったな」


「ま、それが《あいつ》らしいっちゃらしいんだがな」


 ディオンの一言が一気に張り詰めた空気を和ませた。


「だが、《彼》だったか? その《彼》はもうそろそろしたら姿を現し始めるんだろ?」


「そう、計画に狂いがなければ《彼》はそろそろ現れる。そして、間違いがなければ《彼》はオーシアン大陸西岸側のどこかで赤竜騎士団の誰かに会うはずだ。その手筈は整っているか?」


 王は質問した。


「はい。準備は万全です」


 と答えたのは唯一の空席の後ろに控える、顔や体に刺青や化粧を施した女性だった。彼女が赤竜騎士団の暫定的な代表だった。


「《あの人》の指示通り、わたし達は《彼》がどこに現れても対処できるよう手を尽くしました。あとは時期を待つのみかと」


「うむ」


 ディオンは訊ねた。


「《彼》の正体の目星は付いたのか? それもやっぱり《あいつ》しか知らなかったのか?」


「我々が《あの人》より仰せつかったのは、我々の前に現れる人間に《あの人》の物を託せという伝言と、《彼》が現れるかもしれない時と場所くらいです」


「人間、か・・・・・・妖魔ではなく・・・・・・」


 ディオンは上を向きながら呟いた。


「一体《彼》とは誰なんでしょうな」


「意外と、数年前から行方不明になっているバスティア公国大公家の長男だったりしてな」


「ありえないでしょう。エルディーン大公家の長男は放浪癖があって、親もそれには迷惑していると聞きます。それに、《あの人》と大公家長男には何の接点もないはずでしょう? それに、この時世に放浪癖なんてのは自ら死を招く行為ですよ」


「だけど、《あの人》も旅は好きでしたからね。いつか、この世界中を旅してみたいと言ってましたよ」


 ウェイザーは昔を思い出すように想いを馳せた。

 青の女ですらも時を忘れて微笑んで想いを傾け、すぐに鋼鉄の仮面を被った。まるで、意志を出すのを拒み、(おそ)れるかのように。

 和んでいる時は終わり、彼らの眼差しは真剣なものに戻った。

 マルティアスは進言した。


「陛下、思ったのですが、このまま白隼騎士団をバーナムの森に置いておくのは危険ではないですか? もしネッサ将軍がやられたような兵器を帝国側が再び持ってきたらひとたまりもありませんよ」


「わたしもそれが気がかりだ。まさか空を飛ぶネッサに攻撃を仕掛け、あれだけの被害を与えるとは誰も予想はできなかった。しかし、あれ以降同じ兵器を使用してこないのを見ると、あの武器には生産性に問題があると見える。あれだけの威力を有するのには理由があるはずだからな。

 かの武器の破壊力は凄まじいが、ここで引いてはまたもやバーナムの森を失ってしまうことになる」


 国王を含め、一同はどうすべきか考えていた、その時――


「〈地獄の番犬(ケルベロス)〉を招集しますか?」


 と小さな、だがはっきりとした声がすると誰もがその声の源を振り向いた。

 皆の視線の先にいたのは、青の女だった。


「黒豹騎士団をか?」


 青の女は頷いた。

 ディオンは賛成した。


「陛下、俺もその意見には賛同です。あいつらはケルベロスの恐ろしさを知ってるはずですからね」


 部屋にいる将軍諸侯達は同意した。


「ヘイズ、他の二人は今どこにいる?」


「一人は砂漠に、一人はどこかに」


 青の女はそう言い、口をつぐんだ。


「わかった。ヘイズ、黒豹騎士団をすぐに収集してくれ。そして、バーナムの警備にあたらせるのだ」


「御意」


「二人はいつ来る?」


「おそらく、早くても二月、三月は。それまでの間、私がバーナムに赴きます」


「将軍のお前がか?」


「はい」


 その言葉を聞いてイリニウスは悩んだが、すぐに決断した。


「よし、ヘイズ、黒豹騎士団を招集してくれ。その間の警備はお前に任せる。頼んだぞ」


 青の女は頭を下げ、席を立って退出した。

 扉がバタンと閉まると、彼らは立ち上がった。


「それでは解散とする。皆休めれる時は体を休めるように。ディオン、マルティアス、君達も少しヴァルアでゆっくりしていったらどうだ?」


「そうですね。一日くらいゆっくりしていっても許してくれるでしょう」


「久しぶりに街にでも繰り出すか」


 張り詰めた状況の中の、ほんのひと時の楽しそうな表情をみてイリニウスは笑いながら退室した。



 イリニウスが回廊を歩いていると別の通路から二つの人影が現れた。

 一人は女性だった。類稀な美貌をもつその女は背中まで伸びた栗毛色の髪を花飾りでとめ、王女に相応しい純白のドレスで身を包んでいた。目鼻はすらっとしており、髪と同じ色をした瞳は大空のように綺麗に澄んでいた。彼女の姿勢、仕草は細部に至るまで高貴な雰囲気を漂わせていた。彼女の周りの空間すら輝くような錯覚を覚えさせる。

 もう一人は少年――まだ十歳くらい――だった。彼は年に似合わず戦闘用の鎧を着用していた。母親に似た茶髪は美しく、その端整な顔と強固なる眼差しは意志の強さを示す。将来妖魔の国の主になるに相応しい人間になると、誰もが思うだろう。


「どうした、ヴェネッサ、イリウス?」


「父上、母上がお呼びですよ」


 ヴァリノイアの真珠とまで謳われる娘は微笑した。天上の女神の如き微笑みだった。


「そうか。今すぐ向かおう」


「父上!」


「一体どうしたのだ、イリウス。王族たるものそう怒鳴ってはならん」


「父上、今日こそはこのイリウスに出陣を命じてください。ディオン将軍とマルティアス将軍が帰還されたと聞き及びました。ぜひ、どちらかの部隊に配属させてください! お願いです!」


 まだ十歳になったばかりのヴァリノイア王太子はそう懇願した。

 イリニウスは笑い、息子の方に手を乗せた。


「何度も言ったが、まだ駄目だ。お前はわたし以上に優れた王になるだろうが、まだ早すぎる。それに十歳になったばかりだ。我々は次期国王を早々に失いたくはない。お前はまだ軍にとってお荷物にしかならん。危険すぎる」


 息子は溜息をついた。


「やはり駄目ですか」


「もうしばらくの辛抱だ。時期が来ればわたしはしっかりとお前にも出陣を命じる。お前は十歳にして策略にも、剣術にも優れている。他の少年達が今どうしているかと思うと、わたしはお前を誇りに思うぞ」


「そ、そうですか」


 偉大な父親に褒められ、息子は顔を綻ばせた。


「勿論だ。お前こそ、次代ヴァリノイア国王に相応しい男だとわたしは確信している。だが、まだまだ学ばねばならんことが多い。さ、早く戦場に駆けつけたいのであれば急いで教師達の教えをマスターするのだ」


「はい!」


 と言って彼は自室に向かって走り出した。

 その様子を彼の姉と父はにこやかに見つめていた。


「ヴェネッサ。やはりもういいのか?」


「なにがですの?」


 娘は母親譲りの美しい面を父親に向けた。


「いや、お前がもう気にしてなければいいが。ギーランのことだ」


「ああ、彼のことですか」


 急にヴェネッサの顔は元気をなくした。


「もういいのです。彼のことはもう諦めました。

 彼はとても優しかったのに。何故、皇帝に即位した直後にヴァリノイアに戦争をしかけたのでしょうか。あれから三年の月日が経ちましたが、私はどうしても彼の仕業とは思えません」


「お前もそう思うか。わたしもだ。十数年前に彼を見た時、彼の中に偉大な何かを感じたのを覚えてる。それが何故、あんな風になってしまったのか。

 もともとはわたしと前ガイザード皇帝の間で約束したお前とギーランの婚約だが、お前達は互いに惹かれあったと思っていた。だが、ギーラン側はそれを一方的に破棄した」


「私もそう思ってました。父上達が決めた婚約ですが、わたしは彼に会った時しっかりと自ら進んで彼と婚約することを決めたのです。

 ――全てが偽りだったのでしょうか?」


「それを確かめるべく、我々は戦っている。

 娘よ、わたしはヴァリノイアの始祖の名にかけて約束する。わたしは国民のため、人、妖魔のため、そしてお前の幸せのために、真実を暴くまで戦いを続ける。その気持ちは妖魔達も同じだ」


 娘は微笑んだ。


「ありがとうございます。

 人と妖魔――いつの日か、共に幸せに来る日が来たらんことを」


 ヴェネッサはそう呟き、下がった。

 イリニウスはそれを見届けると、彼の代わりに政務に励む妻のところへ向かった。

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