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年代記:木洩れ日の宮廷

「父上」


 その少年は父親の背中に向かって言った。


「どうした、息子よ」


 父親は振り向き、優しい笑みを子に投げかけた。


「父上、今日は一体何を教えてくれるんですか?」


 息子は屈託のない顔で訊ねた。

 父親は笑い、


「ついてくればわかる」


 とだけ言い、マントを翻して再び歩き始めた。

 息子は足早に歩く父に追いつこうと小走りした。

 そこは回廊だった。その回廊には赤い絨毯が延々と敷かれ、両方の壁には彼らの先祖の肖像画が置かれていた。

 父親は足を止め、肖像画を見渡した。

 しばらくしてまた彼らは歩き出した。

 階段を下り、また長い通路を通り、外へ出た。

 中庭に出た。石畳で敷き詰められ、花壇があり、噴水があり、花や蝶が美しいまでにその空間を埋めていた。

 父親は中央に進んだ。息子もそれに従う。

 父親は足を止め、上を見上げた。


「息子よ、これが誰だかわかるか?」


 上を見たまま問いかけた。

 息子は父を見、《それ》を見た。

 青銅でできた銅像――。土台の上に聳え立ち三メーラを越える高さの偶像。兜と鎧を身に着け、右手に握られた剣は天を指していた。


「はい、父上。帝国の人間であれば誰でも知っています」


「言ってみよ」


 息子は息を吸い、答えた。


「ガイザード帝国初代皇帝、ダレアース――我々の始祖であり、先祖であり、英雄であり、建国の父です」


 父親は宮殿の上に掲げられた旗を指差した。


「息子よ、なぜ我らの国の旗があのようになっているかわかるか?」


「はい、父上」


「言ってみよ」


「伝承によれば約二千年前、オーシアン大陸全土を統合しようとした凶暴な妖魔の一団――その中で最強だった〈双頭竜(ツーヘッド・ドラゴン)〉ガイザーンの二首を我らの始祖ダレアースが〈竜殺しの大剣(ドラゴンベイン)〉で切り落とし、彼はその大地を双頭竜の名にちなんでガイザードと名づけ、ガイズの帝国を建国しました。

 旗の赤は双頭竜の血の色、天を貫く大剣はドラゴンベイン、その剣に首を巻く二首の竜はガイザーン――力の証です」


 父親は頷いた。

 しばらくして、父親は歩き出した。


 彼らは宮廷の地下深くに向かっていた。

 螺旋状の階段を下り、辿り着いたのは大きな扉だった。扉の前で番をしていた兵はその来訪者に気付くと敬礼し、錠をあけた。


「父上、ここはなんですか? 初めて来ました」


「宝物庫だ。ここにはガイザードの宝が眠っている」


 番兵達は先に中に入り、部屋に明かりをつけた。蝋燭の赤い光が瞬く。

 鎖や錠で厳重に管理されている箱が埃まみれで所狭しと並び、たまには剣や楯、書物等が剥き出しになって置かれていた。それらは全て高価で、金では到底買えないような代物だった。

 奥に進むと彼らの前に再び扉が現れたが、最初の扉よりは大きくなかった。番兵は錠をあけ、(うやうや)しく扉を開いた。

 その扉の奥には切り出された石でできた大きな部屋があった。不思議なことに、その部屋に光の元はないのに白く明るかった。部屋の中心には台座があり――大剣があった。

 親子は前に進み出、番兵に扉を閉めるよう言った。

 そこは静かな空間だった。何もいない。部屋の床には埃一つ落ちていなかった。そして荘厳な雰囲気を漂わせる。

 彼らは台座に近づいた。


「父上、これは?」


 息子は自分の背丈よりも大きいソードを見上げた。


「これがドラゴンベインだ」


 父親は言った。


「これが・・・・・・」


 息子は驚いた。

 伝説の武器が目の前にあるなんて――

 そのソードは刀身だけで二メーラは越え、幅も今まで見たことないほど太かった。飾り気のないソードは、戦闘のみに重きを置いた武器だと一瞬にして見る者を理解させた。


「皇帝家に伝わる、最大にして最高の宝だ」


 父親は台座に乗り、ソードの柄に手を添え、力を込めて引き抜いた。

 息子は父の姿に驚嘆した。

 父は二、三度振ると台座にソードを戻した。


「お前もいつかは――お前が皇帝になる時、この剣をわたしのように軽々と持ち上げられるようにならなくてはならん。それが王者の絶対条件だ」


 息子は唾を飲み込んだ。


「皇帝に相応しくない者はこの大剣を台座から引き抜くことはできん。そして、国民の前でこのドラゴンベインを振ることができなければ皇帝になる資格は失われる」


 息子は初めて皇帝になるための真の条件を聞いた。単にダレアースの血を引いてるだけでは駄目なのだ。

 息子は父親の腕が何故あんなにも太く、強い力があるのかわかった。それだけの力がなければ皇帝にはなれないのだ。

 父親は台座を下り、部屋を出た。息子はその後を追った。

 息子は帰りの宝物庫で面白いものを見つけた。


「父上、これはなんですか?」


 父親は振り向き、息子が手にしている物を見ると微笑んだ。


「それか。それは、古い友人から友情の証に貰った物だ」


 息子は手に持った物――約五十セートの長さの綺麗な杖を見た。


「こんなに綺麗な杖は初めて見ました。魔法使い(メイジ)の使う杖とは全然違う」


「それはヴァリノイアで造りだされた物だ」


「ヴァリノイアですか」


「そう。我々が幼い頃、現ヴァリノイア国王イリニウス・ヴァリノイウスから友情の証として譲り受けたものだ」


 息子はじっくりとその杖を観察した。不思議な杖だった。先端に埋め込まれた赤い水晶、所々光る硝子、茶色い木――不思議な組み合わせだった。とりあえず、彼の周りにはこんな奇形をした杖を所有する魔術師はいない。

 杖に飽きると息子は杖を元の位置に置きなおした。

 彼らは宝物庫をあとにした。


 彼らは宮殿の中枢にいた。先の小宮殿とは違い、なにもかもが大きかった。

 彼らは謁見の間にいた。皇帝が将校達に顔を見せる場所だ。特別な時にしか使われない。

 そこには歴代の皇帝、皇后、皇族の肖像画、銅像が並んでいた。

 父親は一枚の肖像画の前で足を止めた。


「母上ですか」


 息子は父に言った。


「教えてください。母はどんな人だったんです?」


 父親はフッと笑った。


「お前の知っている通りだ。優しく、美しく、清らかでいて民の平安を祈る女だった。まさに理想の女性だった」


「どうして死んだのですか?」


 息子は父親に訊いた。


「流行り病で亡くなったと聞きました。でも、信じられません」


 父親は溜息をついた。

 ついにか。


「そう、それは嘘だ。――お前の母親は妖魔に受けた傷の影響で死んだ」


 息子は愕然とした。


「――特殊な妖魔だった。どの文献にも載っていない、小さく、素早く、空を飛ぶ妖魔だ。わたしはその妖魔をはじめて見た。そいつは白昼堂々、わたし達の目の前で彼女の心臓に毒の針を付き立てた。わたしは我を忘れてそれを叩き切った。

 彼女は三日三晩苦しみ、だが安らかにこの世を去ったのだ」


「何故ですか、父上!? それなのに何故父上は妖魔との共存を望むのですか!?」


 息子は激昂して言った。

 父親は息子の顔を見て諭すように言った。


「死ぬ間際ですら、お前の母がそう望んだからだ」


 息子は黙った。


「彼女は妖魔が傷付くのも、人間が傷付くのも望まなかった。すべては平安と平穏、平和のため。彼女こそ、この国の帝王に相応しかった。――わたしよりも。

 約二百年前、我々の国と妖魔の国――ヴァリノイアが戦争をしたのはまだ記憶に新しい。それ以降些細な衝突はあったが、概うまくやってきていた。それをここで崩すわけにはいかない。

 息子よ、お前は誇り高い母の血を引く者だ。母の遺志を継ぐのだ。全てはお前自身の名誉のため。皇帝家のため。父のため、母のため。帝国のために」


 自然と涙が頬を伝う。


「――はい」


「二百年前の戦争後、当時の皇帝は帝国の繁栄のため、妖魔との共存を選択した。わたしもそれを望む。誰も傷付かず、誰もが幸せになるために。争いは争いしか生まん。

 約四十年前、妖魔大戦が勃発した――ヴァリノイアと北方大陸の妖魔による大戦争だ。ヴァリノイアの妖魔と人間は、彼らの同族とも言える妖魔から身を挺してガイザードの民を守ってくれたのだ。我らはその恩を忘れるわけにはいかない」


「はい」


 父親は息子の眼を見た。

 ――妻に似ているな。優しさの中にある、強靭な意志。それは死ですら侵すことはできなかった――

 父親は息子の成長を目の当たりにして笑った。


「息子よ、お前に見せたいものがある。付いて来なさい」


「はい」


 彼らは謁見の間を出ようと扉に近づいた。すると、扉が勝手に開いた。

 彼らは足を止めると、扉の向こうから《それ》は現れた。


「何用だ、アーバイン。呼んだ覚えはないぞ」


 父親の顔が曇る。

 ローブを着た不気味な影は跪いた。


「とんだご無礼、お許しください、陛下。少々陛下の耳に入れておきたいことが」


「なんだ。早く申せ」


「はい。先日、帝国科学研究所にて開発を進めていた実験の報告に参りました」


「それなら後で聞こう。余は今忙しい」


「承知しました」


 父親はその人影と話したくないかのように話を早々に切り上げ、扉に向かった。


「おぉ、ギーラン皇太子(おうたいし)殿下、お初にお目にかかりますな。私、帝国に仕える魔術師のアーバインと申します。以後お見知りおきを」


 通り過ぎようとした息子に、影は話しかけた。

 息子は何か答えようとしたが、


「いくぞ、ギーラン」


 と父に催促され、まだ何か言いたそうにしていたが父の跡を追った。

 謁見の間から誰もいなくなると、そこには跪く影が残った。影は立ち上がり、顔を上げた。

 そのフードの奥にある両眼は、怪しい紅に光っていた。


 親子は回廊を歩いていた。

 

「ギーラン、あのアーバインという男には気をつけろ」


 しばらくして、謁見の間が遠ざかると父は足を止めて息子に忠告した。


「あの男、どこか不気味だ。何か得体の知れないものを感じる」


「はい」


 彼らはまた幾つもの回廊と階段を進んだ。

 やがて、綺麗な扉の前に行き着いた。

 父親は両手で扉を押し、進んだ。


 そこは、外だった。

 宮廷の屋上――最上階――。隔てるものが何ひとつない、静かで気持ちのよい空間。

 夕暮れだった。風が気持ちよかった。

 屋上には小さな塔があり、彼らはその塔を上った。

 塔の一番上からは全方位を臨むことができた。

 息子は感動した。初めてこんな高いところに来れたのだ。

 父親は太陽の沈む方向――西を指差した。


「息子よ、あの方角にヴァリノイア――妖魔と人間が共存する、理想郷がある」


 息子はその方角を見た。遥か先、緑と茶色の大地の向こうにはバーナム森林地帯が地平線の先まで続いていた。


「あの森林を越えれば、『オーシアンの真珠』と呼ばれる都――ヴァルアがある。ヴァリノイアの首都だ。その先には砂の丘が広がり、海がある。

 そして、ヴァルアにはお前の許婚もいる」


 父親は息子を少しからかうつもりで言ったが、息子は雄大な景色に見とれていた。


「息子よ、周りを見るのだ」


 息子は父に言われた通り、全方角を眺めた。今まで見たどの風景、景色よりも美しい大地が広がっていた。遠くには湖、山脈があった。豊かな大地はオレンジ色に染まっていた。


「お前も時期にこの国を統べることになる。この国の頂点に立つ者として」


 息子は頷いた。


「――今では帝国建国の伝説もただの伝承と化している。英雄達は忘れられ、皇帝家に流れるダレアースの血も薄れつつある。おそらく、民の中には伝説など全く信じていない者がいるだろう」


 父親は急に悲しい顔をした。


「そんな――」


「それが事実だ。残念だが。

 だが、息子よ、たとえそれが作り話であったとしても、我々は信じて進まなくてはならない。民を導くことが帝王の義務だ。民なくして王はありえない。そして、正しい道を進めば必ず民は理解してくれる。それがどんなに困難で辛い道であっても。

 帝国での妖魔との完全な共存は、わたしの代では無理かもしれない。まだ人々の中には妖魔に対する恐怖が植え込まれている。

 しかし、お前ならばできる。わたしはそう思う」


「はい」


「お前こそ、この国にあのヴァリノイアのような理想の生態系を築けると信じている。

 息子よ、そう誓ってくれるか?」


「ダレアースの血にかけて」


 息子は皇帝家の者が神聖な誓いをする時に用いる文句を唱えた。


「それでこそ我が息子だ。

 息子よ、わたしにもしものことがあれば、帝国を頼むぞ」


「はい、父上。必ずやこのギーラン・ダレス、誓いを守り通します」


 息子は誇らしく言った。

 父親もそんな息子を見て誇らしく思った。

 ――妻よ、そなたの遺志は息子が引き継いだぞ。

 父親は息子の方に手を乗せた。自分の想いを託すかのように

 今まさに、太陽は西の彼方に没しようとしていた。

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