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一一話 アリオンの憂い

 石造りの都――ガイザード帝国首都ガイズ。

 帝国発足初期に召集された世界最高峰の建築士達が己の技の全てを出して作り出したと言われる帝国の中枢――その中心にそれはある。

 ダレアース宮廷――。白、灰、黒の三色を基調とされ、建物の大部分が大理石でできている壮大な造りの宮廷。その大きさ、美しさ、精巧さは世界最高とまで褒め称えられる。

 そのさらに中心部――将の間と呼ばれる一室――帝国の最高幹部が集まり、軍議の場を設ける場所で物語は進む。



「アリオン殿、そちらの調子はどうですか?」


「調子、とは?」


 質問に応えた男――白に近い金髪、高い鼻、引き締まった顎、端整な顔立ちをした男――彼がウェイブラス騎士団将軍にして最高司令官、アリオン・ハンサーネスだった。

 彼は将の間に向かっていた。


「決まっておられるでしょう。剣闘技大会のことですよ。もう参加者は決められたのですか?」


 そのアリオンに質問した男――彼も将の間へ通じる回廊を歩いていた。


「いや、まだですよ。この会議が終わった後にバヤードにいるマルスヘルム准将の所へ、他の部隊の候補者を従えて行く予定です。おそらくそこでマルスヘルムの推薦する人間――いたらの話ですが――も交えて最終的に決定するつもりです」


「そうですか。なかなか大変ですねぇ」


「お互い様ですよ。そっちの方はどうなんです? いい人物は見つかりましたか、ジェイス・ランバルディーン殿?」


 アリオンにそう呼ばれた男――ジェイスは〈第七の将〉だった。七人いる将の中で彼が最年少だった。そして、その出立ちは他に見る戦士とは少し違った。

 彼は数年前、剣闘技大会で優勝した時、当時の皇帝に魔法鎧の精製を依頼した。優勝者が武器ではなく防具系の魔法戦闘具を要求するのは実に約百年ぶりだった。

 彼は鮮やかな、海のような全身青色の鎧を着用していた。他の魔法戦闘具所持者は(おおむね)その武器の大きさ、形状のため通常時は邪魔になってしまうのに比べ、彼の魔法鎧は常時装備していても日常の動作に差し支えがない。また、その鎧が彼のトレードマークともなっていた。

 鎧はその頑丈さだけでなく、造形美も優れたものだった。無論、魔法発動時にはなんらかの絶大な効果を発揮する。彼は戦場で文字通り何度も無傷で帰還し、その功績と強さを認められ将の一人に抜擢された。

 二人は赤絨毯を歩き続けた。


「ところで、あの噂、お聞きになりましたか?」


「噂、ですか。初耳です。どのような?」


「わたしも確かめた訳ではないので確証はないのですが、なんと、剣闘技大会始まって以来、初めて女性が参加するらしいんです」


 アリオンは驚き、足を止めた。


「それは本当ですか? もしそれが本当ならば良くも悪くも問題ですな」


「全くです。皇帝陛下がなんとおっしゃられるか」


「わたしはそれよりも上の将の者達の方が気になりますね。陛下は即位以来あのような感じの方になってしまわれたし、おそらく容認すると思いますよ」


「そうですか。それにしても一体どこの騎士団でしょう」


「さあ。まったく見当がつきませんね。なにしろ女性の参加は禁止しているわけではないが、もともと女性が参加すると思ってこの大会を始めた訳でもないのでしょう?」


「まさしく。男性のみの参加を想定して規約も規則も決めたわけですから。いまさら変えるわけにもいかんでしょう」


「クィンランと陛下、そして《アイツ》次第でしょうな」


 アリオンは最後の言葉を嫌な顔をしながら言った。それに同意するようにジェイスも深く頷いた。

 彼らはそう話しながら、将の間の大扉の前に着いた。番兵がふたりの到着を告げ、扉を開けた。

 部屋に入ると、横五メーラ、縦十五メーラは優に越える豪華な黒大理石で作られた長机があった。長机の右側に四個、左側に三個椅子があり、上から見るとギザギザになるように配置されていた。左側は最も上座側、右側は上座側から二番目の席に人が座っていた。


「おぉ、遅かったじゃねぇか、アリオン。それにジェイスも」


 埋まっている席の中で最も上座に座する男は言った。


「お久しぶりです、ハイヴァーン殿、クィンラン殿」


「ご無沙汰しております、ハイヴァーン将軍、クィンラン将軍」


 アリオンとジェイスは挨拶した。


「やぁ、遅かったじゃないか、アリオン将軍、ジェイス将軍。君達が最後だよ」


 もう一人、席に着いていた男は言った。


「申し訳ありません。ちょっと仕事が長引きまして」


「気にすることはない。まだ陛下は来られていないことだしな」


 アリオンは左側の末席に、ジェイスは右側の末席に着席した。

 将の間の席には各騎士団の将軍しか座ることを許されていない。たとえ代理の者であってもだ。故に、空席の後ろには各騎士団の代理人――副将や准将クラスの者だろう――が直立していた。空いているのは第一、第四、第五の将の席だった。


「おや、バラン殿はご不在ですか? パラスラ騎士団はガイズに駐屯していると聞きましたが」


 アリオンは訊いた。


「そうですが、バラン将軍には最近大変なことが起きましたからね。仕方が無いでしょう」


 アリオンはその原因を思い出して軽はずみな質問をした自分を心の中で責めた。


「そうでしたね。軽率な質問をして申し訳ない」


 〈第三の将〉の席にすわる男――目は細く、額に赤い宝石を付け、長髪を後ろで束ねて編んでいる典型的な東方系の男――は手を振った。

 そのやりとりを〈第二の将〉の席に座る男は笑いながら見ていた。普通の人が見れば酷薄な笑みだと思うかもしれないが、アリオンは相変わらずだなと思った。

 部屋の高い所にはガラスが張られており、青空の光が差し込んでいた。


「ギーラン・ダレス皇帝陛下の御出座!」


 張り声と共にラッパの音が巨大な部屋に響き渡る。一斉に座っていた将軍達も起立し、上座を向いた。

 部屋に現れたのはまだ二十歳になるならずの青年だった。身につけているのは金の冠、金の刺繍が入った厚地の紫のマント、銀の鎧だった。金では手に入らない物ばかりを身につけ、そのどれもが略式のものだった。

 それに従うようにマントの裾を持つ小姓、その後ろに控えている小姓が数人入室してきた。

 だが、その中で一際目立った存在――若者のすぐ横を歩く不気味な影――黒ローブを着け、いつも頭をフードで隠している男――魔術師――が現れた。

 先に部屋に入っていた男達は頭を下げた。

 若者は彼らのそんな行動を目に入れようともせず、上座に着席した。その少し後ろに奇妙な人影は立っていた。


「よいぞ」


 と若者の口から発せられると、頭を垂れていた者達は顔を上げ、着席した。


「皆の者ご苦労。このような忙しい時期に集まってくれて重畳だ。

 今日はヴァリノイア遠征部隊及び北方大陸の妖魔からの守備報告、剣闘技大会の開催にあたる中間報告を主に話し合う」


「はっ」


「まずヴァリノイア制圧部隊の報告だ」


「はっ」


 第四の将の席の後ろに立つ男は返事をした。


「〈第四の将〉リマニウス・ルードアント将軍率いるクルバルティス騎士団は、依然北方大陸の妖魔とヴァリノイア軍に挟まれる形で緊張状態が続いています。しかし、続くヴァリノイア軍の抵抗と妖魔の侵攻に騎士団は疲労しており、会戦当初ヴァリノイア北部の約七割を占拠していた領土は約三割になるまで奪い返されてしまい――」


「だらしねーなぁ、オイ!」


 報告の途中に割り込んだのは〈第二の将〉ハイヴァーンだった。


「さすがクルバルティス騎士団だぜ。あっさりとせっかく奪った領土を奪い返されるとはよ。情けねぇなぁ。それでもガイザード帝国の第四騎士団かよ? 俺の騎士団がやればよかったな」


 長髪を後ろで縛り、細く白い顔立ちをしているハイヴァーンは顔を歪ませ、冷酷な笑みを口元に浮かばせた。顔付きが端整であるだけに、皮肉に満ちたその表情は醜く残酷だった。


「まぁまぁ、ハイヴァーン、そう言うな。彼らも辛いんだよ」


 と笑いながら相槌を打ったのはクィンランだった。

 アリオンはそのやり取りを嫌そうに見ていた。帝国内でハイヴァーン、クィンランの両名とクルバルティス騎士団の確執を知らない者はいないのだ。


(蛇め)


 アリオンは心の中でそう毒づいた。

 リマニウスの代理の男は身を震わせ、拳を強く握ったが忍耐強く耐えた。


「よい、続けろ」


 皇帝は命じた。


「はっ。――同じくヴァリノイア東部のバーナム森林地帯から攻めたクルバルティス騎士団ですが、さすがに首都ヴァルアに近いだけあって激しい抵抗にあい、森林地帯からの撤退を余儀なくされていました。新しい戦力の投入か、もしくは東部からの攻撃は全面的に諦めて撤退することをリマニウス将軍は進言しておられます」


「情けねぇ腰抜けどもだぜ。なにが第四騎士団だ」


「もうよい、ハイヴァーン。いらぬ雑言はよせ」


「しかし陛下、このままだとゆくゆくは制圧地域も奪い返されてしまいます」


 口の悪いハイヴァーンだったが、さすがに皇帝にそう口を利けたものではなかった。


「仕方がない。もともと東部からの攻撃は抵抗と失敗を想定してのものだ」


「だから申し上げたでしょう、我々の騎士団を配属を」


 皇帝に対してそれは無礼な物言いだったが、ギーラン皇帝――若者は口元に笑いを浮かべた。


「そちの騎士団を遠征に行かせたらここの守りはどうする? 守護の要がいなくなってはどうにもならん」


(かたじけな)きお言葉」


 ハイヴァーンはいやに礼儀正しく頭を下げた。


「では、ヴァリノイア東部からの攻撃は中止だ。東部遠征にあたるクルバルティス騎士団は物資の供給を済ませた後、ヴァリノイアの制圧地域に回れ。そして、リマニウスには大会も近いからそろそろ必要なだけの騎士団を同行させて帰還しろと伝えておけ」


「はっ」


「なにか意見のある者はいるか」


 何も(いら)えはなかった。


「よし。次は妖魔討伐部隊だ」


「はっ。〈第五の将〉フラゥフェン将軍のトゥアドラン騎士団は依然妖魔と交戦中。しかし、最近は妖魔の攻撃が比較的弱まっており、膠着状態、もしくはこちらの優勢状態が続いております。ですが妖魔の逃げ足ははやく、戦況が不利と見るやすぐさま北方へ逃げてしまうのでこちらも追いようがありません」


「なかなかしぶといな、北の妖魔どもめ」


 ギーランは呟いた。


「だが、状況有利なら問題はない。このまま戦闘を続け殲滅させ、だが深追いするなと告げろ。あと、フラゥフェンにもしばらくしたら戻ってくるように伝えておけ」


「はっ」


「これで大体の軍事的な話し合いは終わったな。他に報告のある者はいるか」


「はい」


「クィンランか。なんだ」


 東方系の男は立ち上がった。


「私がしばらく前に巡回していたネサハル砂漠と帝国領の境目あたりにあるサンドル・フォースの妖術師(ソーサラー)のことでございます。いまだ〈魔術師の塔〉にてサンドル・フォース一帯にバリアを張っており、進入ができませんでした。帝国の科学研究所の連中が開発した爆薬を何度か試したのですが、すぐに修復されてしまいます。まだしばらくの間、サンドル・フォースの制圧は厳しいところかと」


「あの妖術師は何か言ってきたのか?」


 ギランは腕組みしながら訊いた。


「いえ、まだこちらとはなんの接触(コンタクト)も取ってきておりません」


 クィンランがそう答えるとギーランは少し考え、


「それならこちらから必要以上に攻撃を仕掛けるのも無意味だろう。その件に関してもあまり深く追求しなくてもよい。サンドル・フォースの制圧は大会が終わった後にでも本腰を入れて取り掛かるとしよう」


「了解しました」


 クィンランは頭を下げ、着席した。


「他にあるか?」


 誰も答えない。


「では議題を来る剣闘技大会に変えるとする。クィンラン、報告を」


 またクィンランは立ち上がって一礼した。


「剣闘技大会についての報告ですが、今のところ運営に関する支障、遅延はありません。会場の警備等についてもうまく進んでいます。

 残る作業といえばトーナメントの組み合わせの決定くらいです。ウェイブラス騎士団以外の騎士団のエントリーはもう決定しております。アリオン将軍、近いうちに出場者の報告をお願いします」


「わかりました」


 アリオンは頷いた。


「以上で報告は終了です」


「クィンラン将軍」


 末席に座っていた男――ジェイスは手を上げた。


「おお、どうなされました、『界檻(プリズン・ケージ)』のジェイス将軍?」


「噂に聞いたのですが、今回の大会に女性が参加するのですか?」


「もう知っていましたか。ええ、本当ですよ」


 その回答を聞いた者は驚いた。ハイヴァーンは顔に形容しがたい笑みを浮かべていた。


「いいのですか? 女性を神聖な大会に参加させても」


「私も考えましたが、最終的には陛下に了承を頂きました」


「陛下、女性を大会に参加させるのは危険ではありませんか?」


 クィンランに二つ名で呼ばれたジェイスは皇帝に訊ねた。


「その件について余も考えたが、近年の剣闘技大会の人気低迷を考えると喜ばしい事態だと判断した。より一層盛り上がるだろう。それに危険だとそちは言ったが、弱い女であれば参加しないだろう。大会は常に死と隣りあわせだ。おそらく男勝りの実力者だろうな。

 お前はどう思う、アーバイン?」


 ギランは後ろに控える不気味な影に訊いた。誰もが――ハイヴァーンやクィンランですらもビクッとした。

 影は僅かに身(じろ)ぎし、口を開いた。


「まさしく、陛下のおっしゃられる通りかと」


 それは深く、重く、人間が出すような声ではなかった。


「聞いての通りだ。アーバインもこう言っている。異見はないな?」


 誰もが押し黙った。そのアーバインとかいう男が喋ってから場の雰囲気が冷たくなったが、ギーランだけはそれに比べると陽気にしゃべっていた。


「ちなみに、どこの騎士団から出場するんですか?」


 それにはクィンランが答えた。


「フラゥフェン将軍のトゥアドラン騎士団ですよ」


 人々の口から驚きの声が洩れた。

 だが、一人だけ高らかに笑っていた。


「ハッハッハッ! さすがフロウのおっさんだぜ。面白いことを考えてくれる。伊達に年だけはとってねぇな!」


 その声の主は勿論ハイヴァーンだった。

 そして、クィンランは笑いながら付け加えた。


「ちなみに、その女性はトゥアドラン騎士団の一番手として登録されています」


 皆「えッ?」と困惑の表情を浮かべた。


「それは何かの間違いじゃないんですか、クィンラン将軍?」


「いや、わたしもそう思って問い合わせたら間違いないと回答されましたよ」


 ハイヴァーンはクックッと笑っていた。


「流石だぜ。こんなに面白いことは久しぶりだ。今年の大会は楽しみだ。最近の大会はスリルに欠けてつまらなかったからな。フロウのおっさんに礼を言わなきゃな」


「余もそう思うぞ」


 ギーラン・ダレスもそう言った。面白い見世物が見れるのを楽しみにしているような顔だった。

 皇帝の言葉を聞いて、アリオンだけは物憂げに考え事をしていた。

 ――面倒なことになりそうだな。

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