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八話 邂逅こそは縁成りき(一)

 その男――質素なローブを羽織り、頭まで深く被った奇妙な人物――は神殿から出てきた。

 まったく、我が神は一体何を考えておられるのやら。

 と自分が頭の中で至高なる神を冒涜していると気付き、頭を振り払って急いで懺悔の祈りを唱えた。

 神よ、私めの不実をお許しください。

 道行く人々は彼を振り返っては面倒ごとに巻き込まれないように目を逸らした。そんなこともお構いなしにその男は目を閉じ、歩きながら悔い改めていた。目をつぶって歩いていたせいか、途中で石らしき物に(つまづ)いて転びそうになった。

 しまった。これも神を冒涜した罰か――。

 とっさにそんなことを考え、地面に体をぶつけるという瞬間彼は何かに支えられ衝突を免れた。

 ゆっくりと身を起こした彼は助けてくれた人物を見た。


「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 その青年――中性的でとても美しく、首辺りで切り揃えられていた黒い髪は陽に輝いていた。そして最も彼を惹き付けたのは、その青い瞳――は男に訊ねた。

 男は青年の瞳を見つめ、深く考えた。

 ――神よ、この人物があなたのおっしゃっていた人間ですか。

 男はにっこりと笑った。

 全ては御心のままに――。


「助けて頂きありがとうございます。こんなみすぼらしい男を助けになられるとは、あなたはとてもご親切な方であられる」


 彼は滑稽な位深々と頭を下げ、礼をした。

 青年は手を振った。


「いえいえ、お気になさらず。当然のことをしたまでですから」


「ほお、謙遜されるところもまた素晴らしい。――ここで会ったのも何かの縁です。少しあなたの相を()させていただけませんか?」


 青年は訝しんだが、人受けの良い笑顔を浮かべて手を差し出した。

 ローブ姿の男は両の手をじっくりと、指の相まで凝視していた。観察し終わった男は、


「失礼、あなたの眼も相ていいですか?」


「ええ」


 青年より頭一つ小柄な男は背伸びし、青年は少々屈んだ。

 青い眼と緑の眼が合う。何事もなく十数秒が過ぎた。

 男は眼を逸らし、足を楽にした。


「ありがとうございます。なかなか面白いものを見ることができましたよ。私、こう見えても神に仕える身でして、占いや星占術は熟知しております。いやいや、それにしても面白いものを見れた」


「そうですか」


 「一体その面白いものとはなんですか?」という返事を予想していた男は感心した。

 わたしの予想が外れるとは、さすが神が選んだ男。こうでなくては。――面白くなってきた。


「おや、珍しい。普通こういうことを言えば、大抵の人は『その面白いものとはなんです?』とか訊いてくるものなんですが。特に運命とかに興味はないのですか?」


「無宗教なもので」


 男は驚いた。


「いやはや、まさかこのオーシアン大陸で無宗教と称される方にお会いできるとは。いかに生活から神々という存在が遠い人であっても、どれかひとつの神の教義は信仰していると私は信じていたのですが」


 よもや神が選んだ男が無宗教などとは。いや、嘘をついている可能性もなくはないが、考えにくいな。


「例外がいたようですね」


 青年は笑って言った。 

 一瞬ポカンとした男はニヤリと笑った。子供のような無邪気な微笑だった。


「今日この場でこのような方に出会えたのも全てはテサーナの思し召し。良ければ、名を教えてもらえますか?」


「シルヴァン」


 青年ははっきりと言った。


「〈竜巣の谷〉のシルヴァンです」


「シルヴァン・・・・・・綺麗な名ですね」


「あなたは?」


 男は被っていたローブを下げて人懐っこい顔を陽の下に晒した。二十代前半らしいが、それよりも結構若く見える。見るも鮮やかな金髪だ。


「トリスタン。トリスタンと申します。姓は神に仕えた時に捨てました」


「かっこいい名前ですね」


「私はテサーナ神の僧侶(クレリック)です。人は私のことを〈契約者(コントラクター)〉と呼びます。ま、そう呼ぶのはテサーナに仕える神官や僧侶達くらいなものですが」


「ほう、面白いですね」


「何故、とお訊きにならないのですか?」


 シルヴァンは微笑んだ。


「あなたは話したいことがあれば自分から話しそうな人とお見受けしました。だから、話さないことを質問してもおそらく答えてくれないでしょう」


 トリスタンは笑った。

 わたしの用意していた回答と同じだ。ますます気に入った。


「一本取られました。素晴らしい。

 ではその優れた洞察力を評して、ひとつお伝えしましょう。あなたは信じないかもしれませんが。

 先程、わたしは神殿で我が神から神託を受けました。簡単に言えば、私が『神殿を出てから最初に話す人物を占う』、と・・・・・・」


「おそらく、その神託の詳しい内容も教えてくださらないのでしょう?」


「その通り」


 二人は声高らかに笑った。


「お会いできて嬉しかったですよ、シルヴァン」


「こちらこそ、トリスタン。もしよければ、今後友人として付き合うのはどうです?」


「よろしいので?」


「勿論」


「ではそのご好意に甘えて。今度から友人として接させていただきます」


「ええ」


 ふたりは握手を交わした。


「では、僕は用事があるので失礼します。またお会いしましょう」


 青年は背を向けて去っていった。


「ええ、会いましょう。それも極近い将来」


 トリスタンは石造りの人ごみに消える背中に投げかけた。誰にも聞こえないくらい小さな呟きだった。



「あら、今日はちょっと遅かったわね」


 休みの日は必ず立ち寄っている宿でシルヴァンはライカと会った。

 ライカはカルダンから頂戴した服を着ていた。そんなに高くはないが、彼女の魅力を引き出すのには十分だった。


「ごめん。途中で面白い人に会ってね。そこで時間を食っちゃったんだ」


「ふ〜ん。まぁ別にいいけど。まさか女じゃないでしょうね」


「そうだったら?」


「もしそうだったとしても、わたしには関係ないわ。わたしももうすぐ立派な大人になるんですから、シルヴァンに変な女ができてもわたしは口を挟まないわ」


 シルヴァンは苦笑した。


「男の人だよ」


「なぁんだ。つまんない」


「ライカも早く良い男でも見つけなよ」


「余計なお世話、よ」


 ライカは天使のような微笑を浮かべた。たいていの男だったらイチコロだろう。


「それより、今日はどこに行きたい?」


「実はね、バヤードの中央にある大広場にガイズから妖魔が来るんですって。わたしそれを見に行きたいわ」


「妖魔?」


「そ。ガイザードがヴァリノイアと戦争を始めた時に捕まえたらしいのよ。そういう妖魔を見世物にして旅をしてる一座なんだって。その中の一部が今日来るらしいの」


 シルヴァンは顔を顰めた。しかし、ウキウキしているライカはそれに気付かなかった。


「楽しみだわ。どんな妖魔なのかしら」


「あんまり喜んではいけないよ。妖魔を見世物にして商売するやつらは奴隷商人と同じさ。僕の大っ嫌いな部類の人間だ」


「う、うん。わかった」


 ライカは少ししょんぼりした。


 太陽が頂点に達する頃、シルヴァン達は大広場に向かう前に露店を探検していた。まだ制覇していない地域を回っていた。

 彼らはバヤード市内にある人工樹林の公園の周りを歩いていた。あまり人気がなく、店もそんなに多くはなかった。

 樹木を左手にして歩いていると、森の方から小さな泣き声がした。ライカは声の主を探した。

 森の手前にある半ダールほどの高さの岩の上に、(ミャオ)がいた。


「うわ、見て、シルヴァン。あれ多分猫よ、猫。わたし初めて見たわ」


 彼女は黒猫にそ〜っと近づいたが、猫は逃げずに尻尾をくねくねと動かしていた。猫が欠伸をするとライカはビクッとしたが、おずおずと手を伸ばしその猫に触れた。


「や、すごく気持ちいいわ。シルヴァンも触ってみたら」


 彼女は大はしゃぎして、猫の髭を引っ張ったり、尾を掴んだり、肉球を押して遊んでいた。

 シルヴァンは側でその姿を見守っていた。


(くすぐったい)


 ライカははっとして手を止めた。また《あれ》が聞こえた。この猫からはっきりと。

 その衝撃に追い討ちをかけるように、


「今くすぐったいって言ったのは君かい?」


 シルヴァンはライカの背中に訊ねた。

 またもライカは驚いて振り向いた。

 ――今度はシルヴァンにも聞こえたんだ。


「いえ、何にも言ってないわ」


「あれ・・・・・・そうか。空耳か」


 シルヴァンは頭をひねった。


「いえ、シルヴァン、わたしにもくすぐったいってのは聞こえたわ。おそらくそう言ったのはこの子よ」


 ライカは猫を脇から抱いてシルヴァンに突き出した。


「くすぐったいって言ったのはお前でしょ?」


 ライカがそう問うと、だらしなく彼女の手からぶら下がった猫は


「ニャー」


 と鳴いた。

 シルヴァンは首をかしげた。


「本当にこの子かい?」


(おいらだよ)


 ふたりははっきりと猫が返事をしたと確信した。頭に響く声の主は確かに猫の方から聞こえたのだ。


「うわ、すごいわ。この猫、わたし達と話ができるのね」


「他の人にもこの子の声は聞こえるのかな?」


 とふたりが論議していると、


(あんた達だけさ。おいらがしゃべってるのを聞けるのは)


 と猫の方から返事があった。猫の声が頭の中に響く時、猫の口もパクパクと動いていた。


「すごいわね。黒猫がしゃべれるなんて」


「面白いな」


「そうだ、この子を飼いましょう。そしたらなんでわたしとシルヴァンが会話できるのか解るかもしれないし。餌ぐらいだったらなんとかなるわ」


(おいらひとりでも大丈夫だい)


 猫は拒否し、もがいた。

 しかし、ライカの情熱は収まらなかった。


「いいえ、絶対飼うわ。そうだ、名前を付けましょう。そうね、なにがいいかしら・・・・・・(ミャオ)・・・・・・ミャオ・・・・・・そうだ、マオってのはどう? いい名前じゃない。決めた、お前は今日からマオよ。いいわね、マオ」


 もし猫に不満を表現する顔があるんだったら、この顔だなとシルヴァンは思った。

 猫は不満も顕に唸っていた。付けられた名前が不満だったのだろう。


(もっといい名前はなかったのか。それに、おいらにはちゃんとした名前があるんだぞ)


 と愚痴をこぼした。

 名付け親は浮かれていたせいか、猫が突然暴れだすと放してしまった。

 猫は軽やかに着地するとシルヴァンの肩にジャンプして見事に乗った。


「ニャー」


「んもう、戻りなさい。餌あげないわよ」


「ニャー!」


 まるで抗議しているようだった。

 シルヴァンは猫が乗った方の腕を伸ばしてライカに向けた。


「戻った方がいいよ」


 猫はシルヴァンを残念そうに振り向いて、すたすたと腕を歩いて飛び降り、ライカの足元に行き着いた。


「よし、後でご褒美よ」


 またも猫は不満そうに唸ったが、ライカが歩き出したのを見てそれに付いて行った。



 大広場に着くと、そこは人だかりで前が見えなかった。

 ライカは見える場所を探し、噴水の階段にスペースを見つけた。階段の一番上からは大広場中を見渡せ、目当てのものもすぐに発見できた。

 布を被せられた大きな直方体状のシルエットがあった。距離を開けてそれを取り囲むように人は集まり、シルエットの周りには数人の男達がいた。一座の者だろう。

 しばらくするとひとりの太った男が前に進み出た。


「皆さん、ようこそ来ていただきました。我々は国から国を歩き回っては妖魔を皆様に見せて行く旅芸人の一座です。

 帝国首都ガイズにて畏れ多くも皇帝陛下に謁見を賜り、本日はこのような機会を設けさせて頂くことを許可されました。

 皆様にもぜひ素晴らしい商品を見ていただきたいと思います。もし、ご満足であれば御捻りを賜りたいと思います。よろしくどうぞ」


 と挨拶すると、疎らな拍手がした。

 シルヴァンは『商品』という単語を聞いて顔を歪めた。


「さて、それではご覧に入れましょう。ヴァリノイア戦役の際、ガイザード軍が捕らえた妖魔です。きっと驚かれること間違いなし。まさに仰天ものです」


 客は「いいから早く見せろ」と言わんばかりに期待し、興奮していた。

 男は満足そうに頷いた。


「では、ご覧ください!」


 他の男達が布を引っ張ると鉄格子の檻が現れた。

 その檻の中にいたのは――

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