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七話 『闇毒』のマルスヘルム(三)

 ウェイブラス騎士団の(つわもの)達は耳を疑った。何を言ったのか聞き取れなかったように。

 マルスヘルムは笑っただけだった。


「わしは魔法戦闘具(マジック・ウェポン)を使う。よいな、シルヴァン」


 問われた方は頭を下げた。彼は息も切らしていなかった。

 准将はゆっくりと歩き、タクリッド、ユリウスと同じようにシルヴァンと対峙した。

 兵士達の驚き具合は異常だった。十人隊長にもなってない新参者が、畏れ多くも剣闘技大会の優勝者にして将軍を除けばウェイブラス騎士団の頂点に立つ男と闘うなど――

 ――奇怪な音がした――。そこにいるほとんどの者が初めて聞いた音だった。金属をこすり合わせたような高い音だが、なぜか心地良い響きを持つ音。人々はマルスヘルムが両手を天高く上げたのを見た。


「ユゲニ・バン=ソー・ドンウォ・リ・バーレー ユガナ=オーデェル/ハーレル・フィーレー」


 誰も理解できない言語――言うなれば魔法語を、奇妙な抑揚をつけてマルスヘルムは唱えた。四十年近くも前、彼が帝国お抱えの魔術師達によって精製された魔法戦闘具を受け取るに際して教えられた言葉――呪文だった。

 空中に現れた光が、どんどん彼の両手に吸い付くように集まった。それは大きさを増し、両手は光によって見えなくなり、そして、突如として《それ》は現れた。

 いや、光が形を成した、とでも言うべきか。

 天高く上げられた双拳には、黒い鋼鉄拳(ナックル)があった。

 マルスヘルムはゆっくりと拳を下ろして感覚を確かめるように腕を動かした。


「お、おい、俺初めて(ナマ)で見たぜ」


「俺もだ。あれが准将閣下の魔法武器」


「スゲェ・・・・・・」


「前に一度だけ見たことがある。あれが准将の二つ名の由来だ」


「もしかして、あれがかの有名な・・・・・・」


 騎士団は誰もが小声で周りの連中と話し合った。


「懐かしいの。約二年振りか。北方大陸の妖魔と戦った時以来だ」


 マルスヘルムは懐かしむように言った。肘まで覆う程の大きさである鋼鉄拳は金属や硝子でできているようだった。誰も見たことがないような形状のナックルだった。グローブのようだ。


「では、やろうかの。ユリウス、合図を頼む」


「は、はいッ」


 ユリウスは慌てて前に出た。もう既に両者は構えていた。彼は危険を察知し、


「はじめッ!」


 と言うと同時に後ろへ逃げた。

 両者は消えた――ように見えた。光が一閃し、空中高くでぶつかり合った。

 ユリウスの時と同じように相手の立ち位置に着地した、と思ったのも束の間、マルスヘルムはシルヴァンの方にありえないほどの速さで跳躍し、組み合った。

 見ている者がはっきりとわかったのは、闘っているという証拠である音の連続のみだった。

 まるで残像が闘っているかの如く、彼らは次々に場所を移動していた。

 マルスヘルムは、その命のやり取りの最中で喜びに浸っていた。最後にこんな心躍る状況があったのはいつの日か――

 彼は見た。激しい戦闘の真っ只中ですら対戦相手も自分と同じように笑っているのを。

 彼は本能的に感じた。今闘っている敵は、最高の闘いの中に己を見出す戦士(ファイター)であることを。――《我々》と同類だ。

 彼は喜んだ。久しく見なかった、新たな好敵手が現れたことを。

 彼は喜びを噛み締めるように、一度敵から離れた。敵もそれが得策であると感じたようである。

 両者は再び対峙した。最初の位置と全く変わらない位置に。

 見物人達はその闘いが自分達と次元が違うことを悟った。彼らは息をするのも忘れて固唾を呑んで闘いの行方を見守った。


「こんなに素晴らしいとは思わなかった。――その強さに対して敬意を表そう。わしも本気を出す」


 マルスヘルムの武器に変化が起こった。シルヴァンも驚き、目を剥いた。

 ナックルの先端――硝子質の攻撃部分が、毒々しい緑色に光った。さらに、マルスヘルムの体に沿うように、はっきりとした妖しい青い光が彼を包んだ。――魔法武器がその真価を発揮する時が来た。魔法が発動されたのだ。


「これは〈黒鉄拳(ブラックナックル)〉と言ってな、魔法武器の御多分に洩れず、魔法を発動させると光る。その効果はこの先端――ナックルの光る部分を示して――に触れると、毒が感染する。なるべくこれに触れないことを勧めるぞ。触れすぎるとお主は重い“病”を患うことになる。不治の病だがな」


 誰もが息を呑んだ。


「解毒方法は?」


 シルヴァンは聞かずにはいられなかった。


「残念だがない。解毒、中和、治療方法がないからこそ、これが魔法武器と呼ばれる所以(ゆえん)だ。どうする、やめてもいいぞ?」


 その質問に答えるように、シルヴァンは構えた。見物人の中からいくつか「やめろ!」という声がしたが、戦士の血がそれは不可能だということを告げていた。


「その勇気に対して、もういくつか教えよう。この武器は空気感染しない。つまり、毒を侵すためには直に叩かなくてはならない。そして、この毒はわしにだけは通じない」


「それが准将の二つ名、『闇毒(ダーク・ポイズン)』の由来ですか」


「その通り。だが、他にもいくつか理由はあるがな」


 と答えると同時にマルスヘルムは動いた。シルヴァンも遅れて動いた。再び、戦闘は開始された。

 今度は、金属音の他に緑光が尾を引いて宙に描かれた。またも群衆はその光の恐ろしさも忘れて戦いに見入っていた。

 マルスヘルムは既に気付いていた。早めにこの戦いを終わらせるべきだと。

 高速の動きの中、マルスヘルムは敵の顎目掛けて右突きを放った。

 シルヴァンは後ろに転回し様に、剣を閃かせた。またしても、彼は剣の横っ腹でマルスヘルムの顔を叩いた。が、流石に体をひねりながら攻撃したせいかマルスヘルムの顔からわずかに血が流れた。

 マルスヘルムの繰り出した突きは空中で回転したシルヴァンの髪に触れた。 

 彼らは対峙した。

 すると見よ、シルヴァンの髪が先の方からどんどん白くなってゆくではないか。これが『闇毒』のマルスヘルムの魔法武器、ブラックナックルの効果だった。

 シルヴァンは背中まで伸びていた髪を首のところですっぱりと切った。髪を切ることでそれ以上の毒の侵入を防ぐのだ。

 両者は構えるのを止めていた。

 マルスヘルムは血を拭った。彼は両手を天高く差し上げた。すると鋼鉄拳は光になり、宙に消えた。柔らかな音を残して。いつの間にか寒さも元に戻っていた。

 決着は付いた。


「よろしい。シルヴァンをアリオン将軍に推薦しよう。彼の力は本物だ」


 准将が褒めても群衆は歓声ひとつあげなかった。


「だが、まだ戦いの最中に非情になり切れていないな。それでは戦士として失格だ。肝に銘じておくように」


「はい」


「それでは解散とする。シルヴァンはこのままここに残っておれ。話すことがある」


 夢を見ているような表情でウェイブラス騎士団の面々は部屋に引き取った。

 誰もいなくなった演習場にはマルスヘルムとシルヴァンだけが残っていた。


「わかっているだろうが、先の闘いはお前の勝ちだ。それをお主が一番わかっておろう」


 返事はなかった。

 マルスヘルムは笑った。


「あんなに楽しく闘ったのはいつ以来かの。わしの全盛期の時でもお前さんに勝てたかどうかわからん。いや、負けていただろう。わしは見たぞ、闘いの最中、お前さんの目はわしが今まで闘ってきたどの相手よりも強いということを物語っていた。あの時感じた戦慄、恐怖というべきか」


「アリオン将軍よりも?」


 マルスヘルムは答えるのを渋っているようだった。


「わからん。だが、おそらく」


 沈黙が世界を占めた。


「ひとつ訊きたい。風の便りに聞いたのだが、お主が来たというバスティアの竜巣の谷だが、ここに来る前にウルギア盗賊団に襲われたらしいな。しかし、悪名高い盗賊団はひとりの少年の前に成すすべなく撃退された、と。

 しかも、だ。村人に死人はなく盗賊団はほぼ壊滅状態と聞いた。わしにだってその青年がお前さんだってことぐらいわかる。だが、村人に被害が出なかったのは何故だ? わしはそれが気になって仕方がなかった」


「・・・・・・」


 シルヴァンは黙ったが、


「――わかりません・・・・・・」


 と呟き、首を振った。

 再び沈黙――


「わかった。そう答えてくれただけでも良しとしよう」


 マルスヘルムは晴れやかに、


「そういえばお前さんが今日街で盗人を捕まえたと聞いた。褒美として十人隊長の座を進呈しよう。剣闘技大会に出るのにも必要だしな」


「ありがとうございます」


「正式な発表は明日とするが、別に他の者に言っても構わん。戻ってよいぞ」


 シルヴァンは演習場から退出した。

 大きな空間の中、老人はひとり物憂げな顔をしていた。



 部屋に戻ったシルヴァンは陽気な祝福を受けた。部屋の住人から酒を浴びせられ、無理矢理胴上げまでされた。その夜は遅くまで騒がしかった。隣近所の部屋の連中も宴に参加してきたのだ。

 兵舎が祝宴会場になっている時、グライドは寝台に腰掛けるシルヴァンの隣に座った。


「凄かったぜ。ありゃあ、俺達とは別の世界の技量(レベル)だ。今日、改めてお前さんの強さがわかったよ」


「ありがとう」


「これで晴れて剣闘技大会に参加できるな。あのお嬢ちゃんに早く伝えてやりなよ」


「ええ」


「そういや、お前さんとあの女の子は付き合ってんのか? いつも休みの時は街をうろついてるって聞くけど」


「いや、そういう関係でもないんだ」


 シルヴァンは苦笑いした。


「なんだそうだったのか。まだだったのか。いや、それなら今が最高の機会(チャンス)だぜ。剣闘技大会に出場できるだけでも有名になれる御時世なんだから、そのことは有効に使えよ。断るはずがないぜ」


「――いや、彼女と僕はそういう間柄にはならないよ。彼女はきっと僕じゃなくて、他のいい男と結ばれる。・・・・・・そんな気がするんだ」


 急に寂しく、悲しげな顔付きになったシルヴァンを見てグライドは驚いた。彼のそんな表情を初めて見たのだ。

 彼は遠い目をしていた。

 グライドは(これは俺のお呼びじゃねーな)と察し、改めてシルヴァンの昇格を祝い、騒いでる輪の中に入っていった。

 シルヴァンは部屋の窓に近づいて空を見た。

 村と違って、星がよく見えなかった。街の灯りは明るすぎる、と彼は思った。

あとがき

 お待たせしました。全体でもう十七話目ですね(序章も入れれば)。先日初めて一日のPVアクセスが二百を越えました。とても嬉しかったです(笑)本当に読んでくださってる皆さん、どうもありがとうございます。

 さて、今回の話では初めて魔法戦闘具というものがでてきましたが、武器の実態や精製の過程も今後内容に取り入れていきたいと思います。

 一応まだ第二部は続けていく予定でしたが、話の区切り的にも丁度いいかなって思ってこの話で第二部を終わらせてもいいかなって思っちゃったりもしました(笑)でも、当初の予定では第二部は剣闘技大会をピークにもってくるつもりだったので、計画に狂いがでないようまだ第二部という形で続けさせていただきます。

 第一部を旅立ち偏とするなら第二部は剣闘技大会偏ってことになるかな(笑)

 なにはともあれまだまだ物語りは続きます。今後ともよろしくお願いします。

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