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五話 『闇毒』のマルスヘルム(一)


人物紹介

・グライド・・・ウェイブラス騎士団マルスヘルム軍所属の十人隊長。シルヴァンの上司。三十歳過ぎ。

・ギース・・・グライドの部下。シルヴァンの同僚。二十代後半。

・ハーン・・・同上。シルヴァンと同い年。二十歳。

 金の月。オーシアン大陸西部で最も暑い季節が始まろうとしていた。

 シルヴァンがウェイブラス騎士団に入隊して約一月が過ぎた。

 バヤードに駐在するマルスヘルム軍の猛者達は早くも今年の剣闘技大会出場を諦めていた。それもこれも、最近入隊してきた男がありえない程強かったからだ。

 百人隊長、十人隊長、兵士が彼に勝負を挑んではあっさりと敗北した。極め付きはマルスヘルム軍に四人いる千人隊長の内ひとりが彼と勝負し、これもほんの数合(セイバー)を打ち合わせただけで決着がついた。

 何か弱点はないかと得物を変えさせて勝負をした者もいた。それはいい効果を発揮はできた――完璧に見えたシルヴァンにも得手不得手があったのだ――が、無意味だった。彼は聞いたことも見たこともない武器をその場で手渡され、すぐに対決した時もあったがあっという間に武器の特性を掴み、自分の技とした。

 同じ部屋の住人――シルヴァンは彼らと同じ班に所属することになった――も対決したが、結果は見るまでもなかった。しかし、敗北した彼らの顔には誇らしげなものがあった。


「お前ならきっと大会に出られるぜ」


「おおよ。マルスヘルム准将は必ずお前をアリオン将軍に推薦してくれるぞ」


 他の誰よりも、ハーン、ギース、そしてグライドはシルヴァンの健闘を自分のように喜んでいた。彼らは自分達の班、部屋から大会に出場する者が出てくると信じていた。


 金の月、第二週第二の日、グライド達はバヤードの北西地区の警備を担当していた。

 首都へ通じる大街道に繋がる大路の警備が彼らの仕事だった。人の行き来が激しく、宿をはじめ商店が立ち並んでいた。

 シルヴァンはギースと二人一組(ツーマンセル)を組んでいた。巡回する途中途中で他の班の連中を見掛けたりしたが、サボっている者は唯のひとりもいなかった。

 彼らは大路から小さな路地を進み、その地域では比較的貧しいと分類される地区に入った。

 立ち並ぶ家々は大体が自宅兼仕事場みたいなものだった。小さな八百屋を商っているものもあれば靴の修理屋を営むものもあった。

 シルヴァンはその中に花屋があるのを見かけ、フッと表情を和ませた。彼はその店に立ち寄った。種類は違えど懐かしい香りが彼の鼻を擽った。

 店の奥から女主人と思われる年配の女性が現れた。


「あら、お勤めご苦労様です。今日はどうなさいました?」


「いえ、懐かしいなと思ってつい寄ってしまって。昔花屋のご家族の家に居候させてもらってた時のことを思い出してね」


 ギースはシルヴァンから彼が竜巣の谷の村から来たことを思い出して微笑んだ。


「お邪魔してすいません。すぐに出て行きますから」


「いいんですよ。どうぞゆっくり見て行ってくださいな」


 女主人に勧められてシルヴァンは鮮やかな花々を見渡した。どの花も村で見た花より小振りだが、見た目の美しさは変わらない。

 ギースも一緒に花を手にとって香りや色を楽しんでいる時、遠くで女性の悲鳴が聞こえた。

 たちまちギースは店を出て声のした方向に走り出した。シルヴァンも「失礼しました」と告げ、後を追った。

 遠目に女性が走っているのが見えた。その奥に、何かを抱えて逃げている男がいるのも見かけた。通りに人があまりいない時を狙った犯行だろう。店先から顔を出す者はいるが、犯人と思しき人物を捕まえようとするものはいない。


「どうした?!」


 ギースは走り寄って大声で訊いた。

 女性は振り向いて


「あの男に小包みを! お金が入ってるんです!」


 と叫び返した。

 その横をシルヴァンが風のように走り抜け、ギースはその後姿に「あいつだ!」と投げかけた。

 瞬く間に男とシルヴァンの差は縮まり、迫ってくる足音を気にして男は後ろを振り向いた。

 男がシルヴァンの速度に驚いてつい足を止めかかった時、シルヴァンは三メーラも跳躍し、空中で身をひねって男の前に音もなく着地した。サラサラと流れる長髪が美しかった。

 その鮮やかな動きに男は一瞬呆気にとられたが、すぐさま踵を返して逃げようとした。が、シルヴァンは後ろから足をかけて男を激しく地面に倒した。うつ伏せにさせられた男は左腕をねじ上げられ、思わず手にしていた包みを放した。

 少ししてギースと被害女性がやってきた。


「今応援が来る。もうちょい待ってくれ」


 と言い、ギースは犯人が落とした小包みを手にとって女性に渡した。


「これかい?」


「は、はい。ありがとうございます。助かりました」


「後で事情聴取しなきゃならないからもうしばらく待っててもらうよ。それにしても、そんなに大切なもんだったらもっと慎重に持ち運びしなきゃ駄目だぜ」


「は、はい、すいません」


「にしてもよ、スゲェぜ、シルヴァン、お手柄だぜ。こりゃご褒美が楽しみだ」


 ギースはしゃがみ込んで男に言った。


「お前さんも運がないな。コイツにかかっちゃ誰も逃げられねーよ。せいぜい後でテサーナを呪うんだな」


 男は何か言い返そうとしたが、シルヴァンが強く腕を締め上げたので呻いた。


「ま、しばらくはムショ暮らしを謳歌しな」


「畜生!」


 男は罵った。

 シルヴァンはこのやり取りを笑いながら聞いていた。犯人を目の前で捕まえても、これしきの事件は彼にとって些細なことでしかないのかもしれぬ。


 グライド、ハーン、それに加えて同僚達が駆けつけてきた。

 男は縄で縛り上げられ、連行された。被害女性は事情聴取を受けたがすぐに解放された。彼女はシルヴァンとギース達に何度も俺をしていた。

 一息つくと、グライドは彼らを労った。


「お前らよくやった。今日は俺がおごってやる」


「俺じゃなくてシルヴァンッスよ。こいつひとりで全部やってくれたんだぜ」


「まさか。あんたのおかげだよ、ギース」


「よせやい、照れるじゃねーか」


「ふたりともよくやった。おそらく今日のことはマルスヘルム閣下の耳にも届いているだろう。そうすれば、シルヴァン、お前は十人隊長に昇格できるかもな」


「お、じゃあ今日は前祝か?」


 三人組の中で一番若いハーンが言った。


「かもな。とりあえず、後の報告を待とうぜ」



 その晩、マルスヘルムは兵舎にいる兵士を全員屋内の演習場に集まらせた。マルスヘルムが指揮する軍は約四千人で、常時その半数近くがバヤード周辺の警備に当たっている。

 グライド達はシルヴァンが昇格するのか、と期待していたが、わざわざそんなためにこんな大人数を集めるはずはないと気付いた。集められた兵士は准将の口から何が出るのか予想していた。彼の口から出た言葉は多くの者が予想していたものだった。


「赤の月の末に行われる剣闘技大会まで残り二月を切った。あと二週もすればアリオン将軍が他の部隊の参加候補者を連れてここに来る。その時までにわしも候補者を絞らなくてはならん。今日皆に集まってもらったのは他でもない、候補者の決定を行う」


 人々の間をざわめきが走ったが、注意する者はいない。


「少なくとも、わしが目星を付けた者はここにいるはずじゃ。残念だが、今警備に当たっている者が候補者に入ることはないだろう」

 わしは多くてふたり、アリオン将軍に推薦しようかと思っておる。だが、誰も推薦しないこともありえるかもしれん」


 マルスヘルムはここで一息つき、続けた。


「率直に言おう。この中で『我こそは剣闘技大会への出場を望まん』と思う者がいれば前に出るのだ」

用語解説

・金の月・・・第七月。オーシアン大陸西岸側は年始と年末の時期が寒く、中盤は暑い気候。


・赤の月・・・第八月。ガイザード帝国ではこの月の末頃に剣闘技大会が開催される。

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