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三話 夜空色の髪の戦士


人物紹介

・マルスヘルム・・・ウェイブラス騎士団副将。准将。

 翌日、ライカの寝起きは悪かった。ほとんど酒を飲んでいないのに、二日酔いしたらしい。

 彼女は宿の食堂に往くとシルヴァンや従業員達も朝食を食べていた

 彼女は寝惚け(まなこ)を擦っていたので目に入らなかったが、女性従業員の多くは彼の方をちらちらと見ながらうっとりとした視線を送っていた。それに彼女が気付かなかったのは幸いと言うべきか。


「おはよう」


「ぉはよぅ」


 呂律が回っていない。

 シルヴァンの前の席に着いたライカは食卓に頭をつけた。


「調子が悪いのかい?」


「わたし、もう二度とお酒は飲まないわ」


 ライカは(あご)を机に付けたまま宣言した。

 シルヴァンはそれを笑って聞いた。ライカは彼の顔を恨めしげに見つめた。


「なんであんなに飲んだのに元気でいられるのよ」


「さあね。どうしてだろ」


 とあしらいつつ、どんどんと食事を続けていく。

 ライカは溜息をついた。


「まだ発表会は始まったばかりだよ。元気を出さないと」


 彼女は唸った。


「ねえ、シルヴァン、ちょっと変なこと訊いてもいい?」


「なんなりと」


「動物と人の言葉で会話したことある?」


「いいや」


「動物と精神感応(テレパシー)を使って意思の疎通をしたことは?」


「僕は魔法使い(メイジ)じゃないからそれはないけど、長く動物とふれあっていると相手が何をして欲しいのかわかったりはするけど」


「違うのよ。それはわたしだってあるけど、相手が何を考えているのか、何を伝えようとしているのかはっきりとわかったことってある?」


 シルヴァンはライカの言わんとしていることがわかってきた。


「わたしあるのよ。最近だけど。家から連れてきた牡馬と」


「プラーナかい?」


 ライカは頷いた。


「わたしだって信じられなかったけど、最近では大分話が通じるようになってきたの。でもたまにわたしどうかしちゃったんじゃないかって思う時はあるわ」


 シルヴァンは手を止めて考え込んだ。


「君が嘘をつくとは思えないし。となると本当なんだろうな。おそらく」


「わたしが嘘をついたと思ってたの? ヒドイわ。あなただけは信じてたのに」


 ライカはニヤニヤしながら言った。シルヴァンも笑い返した。


「君が僕に嘘をついたことなんてないだろ。でも不思議なことだな。僕は彼としゃべったことはないよ」


「なんでわたししか会話できないのかしら。正確には頭の中で会話してるんだけどね。テレパシーの一種かしら」


「仮にプラーナにその特殊な能力があったとしても、あの馬は生まれた時から君の家にいるんだろ? それじゃ家の誰かが気付くだろうし、君に能力があったとしたらとっくに気付いてもおかしくないのに」


「そうよね。どっちにしても昔から気付いてるわよね」


「或いは、最近になってどちらかにその能力(ちから)が発現したか」


 ライカもその可能性について考え込んだが、結論は出せずじまいだった。


「他の動物とは話せた?」


「いいえ、プラーナだけ」


 その理由をふたりは考えたが、解らなかった。


「あとね、もう一つ話しておきたいことがあるの」


「なんだい」


「これも最近なんだけど、毎日同じ夢を見るの」


「暗い部屋の中に座っている少年かい?」


 ライカは驚いた。あんぐりとだらしなく口を開けたままだ。


「あなたも見たの? わたしだけじゃないんだ」


「僕も最近その夢ばかり見るよ。ちょうど僕達が帝国領内に入った頃くらいかな。牢屋みたいな空間に金髪の男の人が座っている夢だろ?」


「そう。わたしもそれくらいから見始めたかな」


「そのテレパシーのことといい、夢のことといい、僕やライカに何かが起こる予兆かな」


「不気味ね」


 ふたりはそう言ったきり机を眺めていた。

 ライカはしばらくして出てきた朝食を無理矢理口に入れていた。

 シルヴァンはなおも考え込んでいた。


 早朝、シルヴァンはカルダン達にしばらくの別れを告げた。

 軍の規律で、当直や勤務ではない日にしか私用の外出は許されない。

 彼は休みの日には必ず立ち寄ることを告げた。

 ライカもカルダンから幾日かは休みをもらえるので、その日はふたりで街中を探索することも約束した。



 シルヴァンは兵舎に赴き、執事に部屋に案内された。

 宿舎兼練習場の居住区域は全て相部屋で、一部屋に三、四人が寝泊りしている。寝台は二段ベッドになっている。

 彼の部屋には先に三人が住んでいた。朝早くなのに彼らはもう身支度を終え、軽装の戦闘着に身を包んでいた。


「よぉ、新人か。話はもう聞いてるぜ。これからよろしくな。俺の名前はグライド。十人隊長だ」


 部屋に入るとすぐ大きな男が挨拶してきた。続いて他のふたりも挨拶と自己紹介をしてきた。二十代後半の男はギース、二十になったばっかりの男はハーンと名乗った。


「シルヴァンといいます。よろしくどうぞ」


 三人の男の朗らかな挨拶に彼も愛想良く応えた。

 三十過ぎのグライドはシルヴァンの肩を叩いた。彼がこの中で一番の年長者だった。


「そう固くなるなって。もっと楽に構えな。そんなんじゃすぐに疲れちまうぜ」


 面倒見の良い男だった。

 

「ここの生活は規律も訓練も厳しいが、他の騎士団よりは結構いいと思うぜ。ただ、早朝からの訓練はちと体に堪えるがな」


 他のふたりも苦笑しながら頷いた。


「朝から訓練ですか」


「そーよ。マルスヘルム准将もアリオン将軍も規則や訓練に対して厳格な方だが、非常に親身であられる。俺ら下っ端にも優しく接して下さるんだ」


 ハーンもギースも同意した。


「だから俺らはあの方達の顔に泥を塗るような真似は決してしないのよ」


 誇らしげに言い、すぐに彼らは演習場へ向かった。もうすでにその方向から剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。

 シルヴァンも持ってきた荷物を広げ、戦闘着に着替えた。

 しばらくすると男が部屋にやってきて「マルスヘルム閣下がお呼びだ」と告げた。

 昨日と同じく屋内の演習場に向かうと、入ってすぐのところにマルスヘルムはいた。

 演習場に彼が入るのを見かけた何人かは手を止めて彼を見つめ、仲間内で話し合っていた。


「手を休めるな!」


 昨日もマルスヘルムの後ろにいた男が叱咤(しった)した。おそらく相当上の位に就いているのだろう。すぐに組合は再開されていた。


「シルヴァン、だったな」


「はい」


「昨日お前が闘った相手は百人隊長のタクリッドと言ってな、この中でも相当の実力者だ。その彼を圧倒したお前の実力はそれを遥かに凌駕しているだろう」


 シルヴァンは頭を下げた。


「力で言えばおそらく千人隊長の彼ら――後ろに控える数人の部下を指し示して――ともいい勝負をするだろう。だから新参者のお前をすぐに千人隊長に抜擢しても構わないはずだ。理論上はな。

 だが、新参者がいきなり千人隊長になるのをよく思わない者は多いだろう。それは軍の規律を乱すことに繋がりかねん。それに、千人隊長ともなると軍を率いる戦略も知らねばならん。ただ強いというだけでなれるものではないのだ」


「はい」


「だから如何にお前が実力は上でも、しばらくは新入りとしての立場を我慢してもらわねばならん。十人隊長くらいであればすぐになれると思うがな」


「お褒めの言葉ありがとうございます。ただ、自分は地位を目当てに入隊したわけではありません。閣下の命令があればすぐにでもバヤードの警備部隊に加わります」


 マルスヘルムは笑った。


「よろしい。よく言ってくれた。規律を守ろうとするその姿勢は立派なものだ。では、手頃な相手を見つけて組合を始めなさい。君が所属する班は今日中に決めておく」


「はっ」


 そう言ってシルヴァンは駆け出して往った。

 その日、彼に勝てる男は皆無だった。


 夜の訓練が終わって部屋に戻ってると、部屋の住人達も帰ってきた。彼らは朝訓練の後は一日中宿舎周りの警備にまわっていたのだ。

 顔には微笑みと驚きがあった。


「おい、今日聞いたけどよ、お前昨日あのタクリッドとサシで勝負して勝ったって本当かよ」


 勢いよくハーンが言った。


「それによ、今日の訓練でお前が強すぎて誰も歯が立たなかったってのも聞いたぜ」


 ギースも訊いた。


「ああ、おそらく聞いた話の通りだと思うよ」


 シルヴァンはこれから同じ天井の下で暮らす仲間として、敬語は使わないように勧められたので親しく話しかけるようにしていた。


「こりゃスゲエぜ。まさか新入りにタクリッドがやられちまうとは。どうりであいつ、いつもより気合が入ってたよな」


 グライドは唸った。


「もしかして、この中で一番の出世頭はシルヴァンかもな。おい、お前らも負けないで早く十人でも百人隊長でもいいから昇格しろよ」


 ハーンとギースは苦笑した。ふたりは曖昧に返事をして、早々と就寝した。明日も朝は早いのだ。

 グライドは首を振った。

 彼とシルヴァンは部屋にある小さな椅子に腰を掛けた。


「まさか俺らと同部屋になったやつがこんなに強いとはな。――お前さんが俺を顎でこき使う日が来るのもそう遠くないかな」


 グライドもシルヴァンも笑った。


「だが、このままお前さんが台頭していけばアリオン将軍やマルスヘルム閣下に注目されることは間違いない。そうすれば(きた)る〈剣闘技大会〉に推薦されてもおかしくないぜ」


「仮に出場できたとしても、話題だけじゃ駄目だろ」


「いやいや、参加者即ちその騎士団の代表みたいなもんだ。最初(ハナ)っから弱い奴なんて選ばれるわけがないのよ。

 それと、参加するにはある程度の位に就いてないと駄目だ。歴代の参加者は例外なく最低でも十人隊長になっている。というか位も持っていない者が参加するのは騎士団の恥と思われかねないからな。逆に言えば、新入りのお前は参加者のひとりに選ばれれば確実に十人隊長の位が労せずに手に入るんだ」


「何人選ばれるんだい?」


「その年や騎士団によって違う。いい奴が多い年は五人近く参加させる騎士団もいるが、できが悪けりゃひとりしか出さない年もある。弱いのを出場させて騎士団の恥さらしになるよりはマシだしな」


「大会の参加資格は?」


「ガイザードのいずれかの騎士団に入隊していること、さっきも言ったが位を持ってること、一度も大会に参加したことがない者――一度参加したらもう二度と参加できんのさ――、の三つだけだ。それを満たした者の中から各騎士団の将軍が選抜するんだ。

 それに、大会の優勝者にのみ与えられる恩恵が拍車をかけて出場を狙う男どもは大会の年のこの時期からピリピリし始める。大会は二年に一度だから、競争率はハンパじゃないぜ」


 シルヴァンはその恩恵、というものが何なのか訊いた。


「お前本当になんにも知らないんだな。ガイザードじゃなくてもカンバルド連合の国の出だったら知ってると思ってたが」


生憎(あいにく)田舎出身なもんでね」


「おいおい、冗談だって。

 ま、たくさんあるぜ。一つ目は大会の主催者であられる皇帝陛下が直々に賞金、冠、〈王者の剣〉を下さる。最後のふたつは儀礼的なもんだから大して使い物にはならない。名誉にはなるがな。圧巻は賞金だ。なんとよ、五十万ルーアだぜ。ガイザードでも二年間は何もせず豪華な生活ができる。

 二つ目はな、優勝者は英雄だ。帝国領内ならどこへ往くにしても最高の待遇が待ってる。服だって食べ物だって好きな物を好きなだけもらえる。

 それに騎士団での扱いも変わってくる。そいつは騎士団の顔だからいやでも高い位に就く。そして将来は次期将軍の候補にも挙がる。国の決まりで将軍は過去の〈剣闘技大会〉の優勝者が勤めることになってるからな。

 あと騎士団ごとの優劣にも関係してくる。我々ウェイブラス騎士団はアリオン将軍が百人長時代に優勝したのを最後に優勝から遠ざかっている。もう二十年くらい前の話だ。アリオン将軍は全く悪くないが、閣下が運悪く〈第六の将〉になっているのも合わせて、他の騎士団、特に上の将の位の騎士団からは下に見られている。いつか見返してやりたいぜ。

 だけどな、最後の一つに比べたら待遇も賞金も大したことはねぇ」


 ここでグライドはもったいぶって話を切り、相手の反応を確かめた。シルヴァンは彼の話に集中していた。それを満足げに目に留めて、大きく息を吸った。


「三つ目はな、皇帝陛下に何でも一つだけ願いを頼むことができるんだ。と言っても、毎回の優勝者はほぼ例外なく同じ事を頼む。それは、『〈魔法戦闘具(マジック・ウェポン)〉の精製』だ」


 グライドは何も知らないシルヴァンの驚き具合を見て満足した。


「マルスヘルム閣下もアリオン将軍も優勝者だから、専用の魔法武器を所持している。それは個人個人によって形状、魔法効果も様々だ。だが、唯一同じと言えるのはそれがもつ爆発的な攻撃・防御能力だ。それが(セイバー)であれば魔法によって何でも切れる能力にすることもできるし、(シールド)であれば見えないバリアで敵の攻撃を防ぐ。どっちにしても金じゃあ買えない代物だ」


 グライドはシルヴァンを見た。彼はもし自分がなにかを貰えるとした何にするのか考えているようだった。

 そんな彼の肩をグライドはドンと強く叩いた。


「なれるかどうかも分からねぇのに今から考え込むこたぁないって。時間はたっぷりあるんだぜ」


 グライドは笑った。それにつられてシルヴァンも笑った。

 そして彼らもその日の疲れを癒すべく床に就いた。

解説

 ガイザード帝国軍の七大騎士団は、それぞれ神の名を騎士団名の冠にしている。

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