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二話 暁星は現る

 発表会初日、会場は満員になった。

 封切から大体二、三週は金持ちが優先的に入場し、気に入った商品を購入するのだ。おそらくバヤードの上流階級は、今日展示された衣装の話で持ちきりだろう。そして後日、自宅に届けられたそれを身に纏う紳士淑女がごまんといるはずだ。

 次々と見せられる煌びやかなドレスに、感嘆の声があがる。一通り見終わった人は気に入ったドレスを購入するべく我先にと販売会場に押しかけていた。

 カルダンの店も盛況で、見習いのライカも駆り出されていた。彼女はそんな忙しさをなんとも思わなかった。

 こういう日が来るのを楽しみに待っていたのだ。


 一方、シルヴァンは開場直前まで手伝いをしていて、貴族が詰め掛けると同時くらいに解放された。

 しっかりと煉瓦で舗装された道を歩いていく。たくさんの種類の店が立ち並んでいる。――遠目にいかにもいかがわしい店や客引きも見える。

 通りで彼を見かけた若い女性達は皆その場で立ち尽くした。見たこともないほど玲瓏(れいろう)な美貌を目の当たりにして。男慣れしていそうな女達は彼を見ながら怪しい笑みを浮かべ、ヒソヒソと何かを話していた。

 彼は兵舎へ到着した。

 大理石でできた大きな建物は優に五千人を住まわすことができそうだ。


「マルスヘルム准将殿はおられますか?」


「何者だ、貴様」


 門の前に立つ複数の番兵は彼を不審の目で見た。


「紹介状を預かって参りました。ウェイブラス騎士団に入隊したいのです」


 そう言い、番兵に手紙を渡した。

 番兵は手紙を受け取り、中を開いて読んだ。読み終わると仲間と話し合った。


「ちょっと待ってろ。今お伺いを立てて来る」


 その兵は兵舎に入って往き、まもなく帰ってきた。


「マルスヘルム閣下が直々に会って頂けるとのことだ。光栄に思え。決して失礼のない様にしろ」


 シルヴァンは頷いた。


 宿舎内は質素で、軍隊に不要な物は一切なかった。そこには寝床、食堂、演習場等必要最低限のものしかない。

 演習場は屋内と屋外があり、マルスヘルムは屋内の方にいた。

 演習場は灰色の大理石でできていて、とてつもない広さに感じたが、飾り付けが一切ないためだ。

 数百組の兵士が一対一で組合い、剣と楯をぶつけ合っていた。全員胸当にウェイブラス騎士団の“色”である黄色に彩られた革や鎧を着用していた。

 演習場の奥の方に数人の部下を引き連れ、戦いを見物している人物がいた――マルスヘルムだ。


「閣下、只今連れして参りました」


「うむ、ご苦労」


 口に髭を蓄えた白髪交じりの男性は頷いた。戦列から離れてもおかしくない年齢に見えるが、鋭い眼差しはまだまだ現役であることを物語っている。

 彼はシルヴァンの方を向き、上から下を見回した。


「君がカルダンが紹介してきた者か」


「シルヴァンと申します。バスティア公国の〈竜巣の谷〉から参りました」


 シルヴァンは頭を下げた。


「そうか。彼とは古くからの友人でな、今回もこの紹介状がなければ直接会うのは断っていただろう。今は非常に忙しい時期だからな」


「恐れ入ります」


「入隊の動機を聞かせてもらおうか」


「己を鍛えることと、己がどれくらい強くなるのかを見極めるためです」


「ふむ。満点、とはいかないが真っ当な理由だ。今ガイザードは傭兵でもいいから人材を欲しがっておってな。ひとりでも多く入隊して欲しいのが本音だ」


「はい」


「早速だが、君の実力を見せてもらいたい。カルダンによれば相当の実力者らしいな」


「恐縮です」


「よろしい。では、相手は誰にしようか」


 彼は後ろに控えている部下に問いかけた。


「タクリッドはいかがですか?」


「同感です。彼ならちょうどいいのでは?」


 屈強な男達が言った。


「よし、タクリッドを呼べ」


 部下のひとりが組み合っている兵士達の中から、シルヴァンと体格が似ている若い男を連れてきた。


「彼は百人隊長のタクリッドだ。タクリッド、彼の実力を見たい。ほどほどに手加減をして相手してくれ」


「了解しました」


 筋骨隆々とした男はシルヴァンを向いた。


「得物は何を使う? 俺は大剣(ソード)が得意だが、(セイバー)でもいけるぞ」


「剣でお願いします。というか、それしか使ったことがないので」


 タクリッドは微笑んだ。


「よし。では楯はもちろん使うな?」


「いえ、使ったことがありません」


 タクリッドもマルスヘルムも少々驚いた。


「ああ、そうか。だが戦闘における楯の使い方とかは見たことあるだろう?」


「いえ、今まで楯を使った実戦を見たことがありません。剣も今まで狩りをする時に使っていたくらいです」


 マルスヘルムを含め、話を聞いていた男達は失笑した。――やれやれ。楯の使い方も知らん者が我が軍の門を叩くとは。


「もうよい、では剣のみを用いて闘ってくれ」


 かくして、タクリッドとシルヴァンは対峙した。

 合図がすると同時にタクリッドの方から突っ込んできた。マルスヘルムの言うことも聞かずに、面倒なことは早めに終わらせようとしたのだろう。

 彼は自分が百人隊長であるという自信を持っていたので、相手を傷付けるとは思っていなかった。

 素早く繰り出される一撃一撃を、シルヴァンは軽やかに、紙一重のところでかわしてゆく。あまり剣を用いず、軽やかなステップだけで相手をかわしている。ベテランの者ならわざとギリギリで避けているように見えなくもない。

 マルスヘルムは心の中で褒めた。

 ――動きは良いな。


「どうした、避けたり受けるだけじゃ意味がないぞ!」


 終始防戦一方のシルヴァンに痺れを切らし、タクリッドは叫んだ。他の者も同じように感じていた。

 彼は大きく振りかぶり、シルヴァン目掛けて振り下ろした。

 シルヴァンは避けるか剣で受け流すだろうと彼は思っていたが、シルヴァンは剣を構えようともせず、避けようともしなかった。

 ぶつかるというまさにその一瞬、シルヴァンの口元に笑みが広がるのを見たものはいない。

 一瞬、タクリッドはシルヴァンを見失った。

 神速の如き速さで真横に避けたシルヴァンはタクリッドが剣を下げきったところを狙って、高速の剣で相手の柄付近を思い切り叩き付けた。

 凄まじい音が演習場に響いた。

 あまりの衝撃に手を離れた剣は叩きつけられた勢いそのままで床にぶつかり、刃が大きく欠けて二ダールも跳ね上がった。

 何があったのかと兵士達は対決を止め、音の元を捜し求めた。

 その瞬間を見ていたものは、シルヴァンのあまりの動きの早さ、力強さに皆茫然自失した。

 タクリッドも震える手を押さえずに剣の残骸を見つめていたが、気が付いたように前を向くと、喉にシルヴァンの切っ先が向いていた。

 静寂の中、シルヴァンは剣を鞘に収め、


「いかがでしょう?」


 と訊いた。


「ご、合格だ」


 しばらくしてマルスヘルムは喉から声を絞り出した。


「入隊を認めよう。明日の朝、執事にお前の入る部屋を案内させる。必要な物はその時に持って来なさい。明日からは軍隊生活だ」


「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」


 彼はそう言い残し、宿舎を後にした。後に残ったのは、唖然とする兵士達だけだった。



 街中を散策してから帰ったシルヴァンは上機嫌だった。首尾よく入隊できたし、街では面白いものも見かけた。中でも神殿に目を引かれた。

 神々を(まつ)る神殿がたくさんあり、この日も熱心な信者は神を崇めていた。

 夕方頃建物に戻るともう人はいなくなっていた。その日の営業が終了したのだ。

 販売会場にはぐったりとしたライカがいた。


「お疲れ様」


 とライカの苦労を(ねぎら)った。彼女は眠そうにう〜んと唸った。


「こんなに疲れるとは思ってなかったわ。わたし、二月ももつかしら」


 カルダンがやってきた。顔には笑みが浮かんでいる。大成功だったのだろう。


「安心しなさい、辛いのは最初の二週ぐらいだ。あとは一般の人がゆっくりとやってくる」


「お疲れ様です、カルダンさん。どうでした、売り上げは?」


「初日としてはいい感じだな。このまま続いてくれれば嬉しいが。それより、入隊はどうだった?」


「そうよそうよ、どうなったの?」


 ふたりは間違いないと予想していたが、それでも気になっていた。


「合格でした。マルスヘルム准将の目の前で実戦形式で組合をして相手を倒しました」


 ライカはどうだ、と言わんばかりだった。


「やっぱりね。シルヴァンが負けるはずがないわ」


 カルダンも満足そうに頷いた。


「そうかそうか。やはりちゃんとわしの頼みを聞いて実際に君の腕を見てくれたのだな。さすがマルスヘルムだ。こんな忙しい時期にも拘らずな」


「まだガイザードとヴァリノイアは戦ってるんですか?」


 ライカはカルダンに訊ねた。


「数年前に戦争が勃発して以来、まだ公には交戦状態と発表されてはいるが、ほとんど休戦状態のようなものらしい。ガイザードは緒戦は押し進んだらしいが、それ以降はヴァリノイアに押され気味だそうで、占領した土地の多くも奪還されたらしいな。ほら、ヴァリノイアには妖魔や強力な魔術師(ウィザード)が多いからな」


 ライカは難しい顔をした。彼女は一度でいいからその妖魔を見てみたいと思っているのだ。


「はやく戦争が終わって欲しいですね」


「それだけじゃない。今年になって北方大陸から奇妙な妖魔が現れて、ヴァリノイアやガイザードを襲っているらしい。ヴァリノイアの北を制圧しているガイザード軍は実質的にその敵から我々を守ってくれていることになるんだよ」


 カルダンも複雑な顔をした。

 シルヴァンは無表情だった。その顔からは何を考えているのかわからない。今聞いた話を吟味しているようにも見える。


「まあ、今日はシルヴァンの入隊と初日の盛況を祝ってささやかだが宴会でも開こう」


「わぁ、いいですわね」


「よっ、さすが社長」


 話をちらちらと聞いていた従業員が喜んだ。


「すいません。そんな祝わなくても構いませんよ」


 シルヴァンは遠慮した。


「何を言っているんだ。いいから、君も参加しなさい」


 カルダンはシルヴァンの肩を叩いて大声で笑った。

 ライカも喜んでいた。


 その日の夜、シルヴァンは意外にも酒に強いことが判明した。何杯飲んでも酔わず、先に勧めた方が(いびき)をかき出した。

 まだ成人になっていないライカは酒を一杯飲み終わる前に酔いつぶれた。

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