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第二部 一話 夢出でし


人物紹介

・シルヴァン・・・〈竜巣の谷〉出身の青年。約二年半以前の記憶がない。

・ライカ・・・〈竜巣の谷〉出身の少女。都の私塾で学ぶことを夢見る。

・カルダン・・・シルヴァンとライカの保護を務める。大商人。

 ピタ、ピタ――

 天井から垂れる水が囚人を夢の世界から呼び起こした。

 その地下牢は薄暗かった。

 通路にある蝋燭が牢屋全体に明かりを提供していた。

 地下牢には誰もいなかった。唯ひとりの囚人を除いて。

 薄汚い服装の囚人――まだ二十になるならないくらいの若者は壁に寄りかかっていた。

 非常に衰弱している。ろくに食事も摂っていないからだ。

 元気な頃は輝きに満ちていたであろう金色の髪は、今は美しさの欠片もなかくぼさぼさに伸びている。

 夢から醒めた眸だけが爛々とその強靭な意志を示していたが、その表情はどこか虚ろだった――。


「来た」


 乾涸(ひから)びた唇から微かな音が漏れた。


「よくぞ我がところに来てくれた」


 その口調はなにか切羽詰ったものを感じさせる。


「もう少し。あともう少し」


 彼――男だった――は夢遊病者のごとき緩慢な動作で右腕を上げた。

 力など全く残っていないのに、彼はそれでもあらん限りの力を振り絞って手を上げ、何かを掴もうとしてもがいた。


「我はここだ。ここにいる。はやく来て、我が魂の呪縛を解いてくれ」


 彼はそう呟き、気を失った。

 深い闇の世界へ。



 ライカは起きた。

 彼女は急いで暑苦しい布団を押しのけた。体中から汗が噴き出していた。寝具はびしょびしょに濡れている。

 夢から醒めた彼女は肩で息をしていた。

 落ち着いた彼女は周りを見渡した。

 変わらない光景だ。隣には数人の女性が同じように眠っていた。どの顔も安らかだ。

 彼女達はカルダンの下で働く女性従業員だった。今回の出張に同行しているのだ。

 ライカは頭を押さえた。最近になってよく同じ夢を見る。不吉を感じさせる夢を。

 彼女は汗が引くと風邪を引かないように薄着に着替えて再び寝床に入った。

 今度は安らかに彼女を眠りに誘った。



 「もう少しでバヤードだ」


 太陽が傾きかける頃、彼らは灰色煉瓦で舗装された街道を通っていた。

 自由国境地帯を抜け、帝国領内の最南端にして最西端の最大都市バヤードを北に向けていた。

 バヤードはヴァリノイア、バスティア、ペイトアなど各国の貿易拠点として栄えていた。帝国首都ガイズへ向かう異国の貴族、商人達はまずこの地に辿り着き、首都へ向かう。故に街中には、貴族御用達の高級商店が引切り無しに立ち並んでいる――

 朗らかに話しかけた大柄の中年男性――カルダンは総勢五十強から成る団体の中心にいた。


「夕暮れ前には着くから、もう少々我慢してくれ」


「はい」


 返事をした少女――ライカも馬に揺られていた。淡い桃色の髪をした、もう少しで十八歳に成り、成人として認められる年を迎える少女だ。

 ライカの後ろに乗る青年――二十近くに見えるが、十七と言っても二十三と言っても通用しそうな男――は周りの景色に目を捉えていた。夜空のように黒く光る髪は美しかった。

 その街道の周りは文明都市が近いだけあって村落や集落を幾度も過ぎ、都市部に近づくに連れて多くの家が見えてくる。畑では都市へ向けて送る農作物の栽培をしている農家の姿がちらほらと見える。

 家の感覚が徐々に短くなってきたと感じてきた頃、遠くに検問所が見え、その奥にある大きな建物の群も見えてきた――目的地は近い。


 大きな検問所を何事もなく通過した彼らは、バヤードに踏み込んだ。

 帝国の第二の首都と言われるだけのことはあって、入るとすぐに大きな建物が並んでいた。土産物を商う商店の数々だ。不思議な果実を売る店、おかしな機械(カラクリ)玩具を売る店、絵を売る店もある。

 検問を抜けてすぐある大路を長いこと進み、大きな通りが行き交う広場を横切った。

 大きな噴水があり、そこで遊ぶ子供や洗濯をする女性達はその一隊を目にした。そこまでは彼らにとって日常的な風景だった。だがその団体が広場を通り過ぎ、街の中心まで続く大路に面する非常に大きな建物の前で止まった時、女性達は驚いた。

 その建物はカルダン達の仕事場――衣服の新作発表会場兼販売会場だった。

 数年に一度しか開催されない発表会にはオーシアン大陸中の国が参加するので、開催された都市にとって非常に名誉なことなのだ。また、参加・出展できる者は参加国の選りすぐりの仕立て屋、デザイナーなのでその者達にとっても光栄なことだった。

 建物の入口にはオーナーと主催者が彼らの到着を待っていた。

 カルダン一行は皆馬を下り、挨拶した。


「ようこそ御出で下さいました」


「やぁ、待ってたよ、カルダン」


「お招き頂きありがとうございます。カルダン・エリアースです」


 カルダンははじめに挨拶した細身の男性と握手を交わし、続いて彼と同じくいかにも“商人”といった風貌の男と抱擁し合った。


「久しぶりだね、クロージェンド」


「何年ぶりだろう。前の発表会以来か?」


「ああ。本当に久しぶりだな」


「そうだな、会いたかったよ。少し太ったか?」


「余計なお世話だ」


 カルダンもクロージェンド、という人物も大いに笑った。


「残念だが、まだ話はしたいがまた今度にしよう。主催者はやらなきゃいけないことが多すぎる。次回は別の人に代わってもらいたいよ」


「既に三度も主催しているくせに。本当にそう思うならこの国際衣服組合(ギルド)の長の座を辞めればいい」


「まぁそう言うな。これでもけっこう辛いものさ。それはそうと、あとで部下に会場を案内させよう。荷物は販売会場の方で保管してもらって構わないからな」


「何から何まですまないな。じゃ、またあとで」


 オーナーと主催者は立ち去った。


「では、中に荷物を運んで、我々の販売場所設営をしてくれ。発表会まであと一週もないが、十分間に合うだろう。シルヴァン、発表会までは君にも手伝ってもらうよ」


「わかりました」


 先程の青年――シルヴァンは返事をした。

 軽々と重たい衣装道具を持ち上げては軽快に運んでゆく。長旅の疲れも彼とは無縁なのか。



 作業は順調に進み、いよいよ明日に本番を迎えた。

 ライカは教えられたことをしっかりとこなしていた。衣装運びから配置まで一生懸命に行っている。

 休憩時間に従業員に教えてもらってる裁縫の腕も、めきめきと上げていってる様子だ。とても活き活きしている。

 その日の暮れ、シルヴァンはカルダンから紹介状を受け取った。ガイザード軍入隊に関する手紙だ。


「それを持って街の中心にある軍の兵舎に往きなさい。今はウェイブラス騎士団が駐屯している。もしかしたらわたしの知り合いのマルスヘルムがいると思う。彼はガイザードの〈第六の将〉アリオンの副将のひとりだ。うまく会えるといいんだがな」


「わかりました。何から何までありがとうございます」


「気にするな、大したことではない」


「ところで、お知り合いの方との骨董話はどうするんです?」


「ま、なんとかなるさ。本当に困ったら、君が〈剣闘技大会〉で優勝することを自慢するかな」


 シルヴァンは苦笑した。

 お待たせいたしました、〈スタリオン・サーガ〉第二部が始まりました。第七話を投稿した日に、今までで一番多いアクセスを計測することができました。これも読んでくださってる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。今後もこれで満足せぬよう頑張っていきます。

 第二部では世界観や魔法、妖魔と神々などの関係性を少しずつ明かしていきたいと思ってます。それでは、引き続きスタリオン・サーガをお楽しみください。

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