世界のヤンデレシリーズ~シンデレラ~
おとぎ話はめでたしめでたしで幸せに終わる…とは限らない。
その人物は妙な男だった。
予兆もなくいつも突然現れた。
この辺に住む人間にしては、その服装や話の仕方が明らかに上流階級の貴族のそれで、職についているようには見えないが、しばしば私に贈り物を寄越した。いつもいつの間にか現れ、私の様子を見て帰っていく。
傍目から見れば贈り物をくれる良い人なのだろうが、私にとっては少し気味が悪かった。なぜなら男が私に贈り物をくれればくれるほど、私は男の所有物であるかのような気持ちにさせられたからであったからだ。しかし、上流階級の貴族であるかもしれない彼にただの町娘に過ぎない私が拒絶を示すこともできず、彼と関わる時間は少しずつ増えていった。
そして、あの舞踏会の二週間ほど前、男から私にドレスとガラスの靴のプレゼントがあった。私は、こんなもの着て行く場所がないと断ったが、男はこれからきっと必要になるから取っておくといいと言って半ば押し付けるかのように私にそれを置いて行った。
国中に舞踏会の開催を告げる御触れが回ったのはその三日後であった。
何故彼が城で開催される舞踏会のことを知っていたのかわからなかった。けれど国中の娘がほぼ強制で参加をすることが義務付けられている舞踏会。私はやむなくそのドレスと靴を利用せざる得なくなった。
しかし、サイズを教えたわけでもないはずなのに、靴もドレスもまるで測ったみたいにぴったりなのはどうしてだろうか。私はまるで仕組まれたかのような流れをどこか不気味に感じていた。
今宵の舞踏会は王子が自らの妃を決めるためのものでもあるという。
現在の王子は民衆の前にほとんど顔を出さないことで有名で、私もお顔を拝見したことはないが、今回初めて人々の前に姿を現すということもあり期待も大きい。
まぁ、王子との結婚なんて私には縁のないものであろうが、お義母様やお義姉さまがたいそう楽しそうにしていらしたので、私もまたなんだか少し嬉しい。血のつながりはないものの、亡き父のあと私の面倒を見てくれるお義母様とお義姉さまは私の大切な家族だ。今の私にとっては王子との結婚などより、家族と過ごす平穏の方が何よりの幸せなのだ。
「シンデレラ、あぁ…ここにいたんですね。あなたを探していたんですよ。」
会場についてまもなく、私は聞き覚えのある声に呼び止められた。
振り返るとそこには私にこのドレスをプレゼントした男が立っていた。
普段も品よく仕立て上げられた服を着ているが、今日は一段と煌びやかな格好に身を包んでいる。というか、いささか豪奢すぎるそれは、まるで王族のそれにさえ匹敵するようにみえる。
「これは貴族様、ごきげんよう。」
私はスカートの裾を軽く持ち上げ形式的な淑女の挨拶をして見せた。
「貴族様なんて寂しい呼び方をなさらないでください、シンデレラ。私のことはアダムと呼んでほしいと言ったではありませんか。」
男は私に向けて残念そうな顔をして見せたが、それが演技であることは一目瞭然だった。
「申し訳ありません、アダム様。……ところで、どうして発表される前から今宵の舞踏会のことをご存じだったのですか?噂ではこのことは一部の人間にしか事前に公表されて……」
と私が言い終わる前に彼は私の唇を人差し指でそっと抑え、そして優しく笑った。
これ以上は何も言わなくてもよいというサイン。
そして彼は言葉を紡ぐ。
「それについてはきちんと説明しましょう、シンデレラ。私についてきていただけますか?」
「どこへ……?」
「こんなところで踊っているよりも、ゆっくり語らえるところに行きましょう。」
そう言って彼は私の手を取ると、その会場から抜け出した。
確かに踊りは苦手だ。ゆっくり人と話をするというならば断然そちらの方がいいだろう。
しかし何故だろう。彼と二人きりになるのは言い知れぬ不安がある。
「では、ここで少し待っていてください。私は少し用事を済ませてきます。」
「………」
彼に手を引かれるがまま部屋に通されたけれど、ここは城内のゲストルームだろうか?それにしては、部屋が豪奢すぎる気がする。
確かにそれらしいテーブルセットもあるが、部屋の装飾品などはゲスト向けというより、部屋の持ち主個人の生活の為のものというように感じられる。まさか、あの人はここに住んでいるのだろうか…。
でも、それって……。
謎の多い人だ。普段もそうだが、舞踏会へ来てから彼に対する謎はさらに濃くなっている。
あの人は一体…。
「あれ……」
ふと、部屋にあった書斎机が目に入った。
比較的きれいに整頓されているようだが、私を部屋に案内する直前まで見ていたのか、そこには一通の封筒と何枚かの便箋が置かれていた。
これは一体…。
本来私は、人の手紙の内容を詮索するような人間ではないが、どうしてもその手紙の内容が気になった。なぜなら、一瞬見えたその便箋の文面に私の名前があったからだ。
まだ彼が帰ってくる様子はない…。
私は警戒しつつもその便箋を手に取った。
「…………なに…これ……。」
便箋に書いてあった内容は何故かすべて私のことだった。
私の出自、家族構成、性格、趣味、普段の生活のリズム、病気の既往、好きなもの、嫌いなもの、はては靴のサイズやスリーサイズ、踊りが苦手であること、異性と関係を持ったことがあるかということまでそこにはびっしりと書かれていた。
どう考えても、普通の人間が他人に対して調べることができる限度を超えていた。だってそこには、自分でさえも知り得なかった情報が赤裸々に書かれているのだから…。
しかも、さらに驚いたのは、封筒に書かれた宛先を見た時だった。
そこに書かれていた名前はアダムなどという名前ではない。今宵の舞踏会の主役、この国の王子の名前だった。
「どういうこと……?まさか…」
抱いていた疑念が確信に変わった時、その後ろから声が聞こえた。
「おやおや、人のものを勝手に盗み見てしまうとは感心しませんよ、シンデレラ」
「!?」
警戒はしていたつもりだったが、内容に驚いたせいか彼が部屋に戻ってきたことに私は気づかなかった。
彼の顔はいつも通りの微笑を浮かべているが、明らかに何かが違っていた。
「内容を見てしまったのですね、シンデレラ。どこまで知ってしまったのですか?」
「……いえ……今手にしたところです。内容はほとんど見ていません。」
なんとか…何とか話をうやむやにして、ここから逃げなくては。
知ってはいけないことを知ってしまった。私には確かにその自覚があった。
少しずつではあるが、彼が私の傍へ歩みを進めてきている。このままでは…取り返しのつかないことになってしまう。
「フフフっ、嘘をついても無駄ですよ。あなたはもうすべての内容を見てしまったはずだ。」
「……。」
「けど、あなたは不思議に思ったのではないですか?何故ここに王子にあてた手紙があるかということに…。それとも、あなたは賢い娘だから気づいたでしょうか?私がその王子自身であるということを…」
逃げなくては…。
次の瞬間、私の頭はそのことでいっぱいになっていた。
部屋の入り口の方には彼がいる。
このまままっすぐ走って行っても彼に捕まる…。ならば…。
私は部屋の入口より左手の壁にもう一つドアがあることに気が付いた。最悪、あそこに逃げ込み、鍵を閉めれば助けを呼ぶ時間稼ぎぐらいにはなるかもしれない…。
私はとっさにドアの方へ走り出し、開いてたドアの隙間に滑り込むようにし、鍵を閉めた…。
「どうして逃げるんですか、シンデレラ?そんなに怯えなくてもいいじゃありませんか?」
後ろからは自らを王子と明かした男が、ドアを叩いている。
何か助けを呼べるもの…それか…ここから脱出するためのもの…。そう思い、顔をあげたところ、そこに広がるあまりにも酷い光景に私は息をのんだ。
部屋の中心部に置かれた巨大な肖像画は自画像でも、先代の王でもなく、まぎれもなくドレスに身を包み笑みを浮かべる私のもの。部屋のドアや窓さっきいた部屋とは比べ物にならないほどに厳重に鍵がかかっていた。さらに椅子やベッドに不似合いにも各々に手枷や足枷が付いていて、明らかに通常のものとは異なることが分かる。
「なっ…なんなの…この部屋…」
私はその場にへたり込んだ。すると私の様子を見ていたかのように、男は鍵をガチャリと開け、ドアを開くとその部屋に入ってきた。
「あぁ、みてしまいましたね、シンデレラ。この部屋には今日あなたへプロポーズをして、断られてしまうか、あまりにも聞きわけがなかった場合に仕方なく入れるつもりだったのに。」
「………。」
「ほら、あんまり急ぐからガラスの靴が脱げてしまいましたよ?」
私は慌てたあまり、片方の靴を落としてしまったらしい。
へたり込んでいる私の足に男はさもさも自然にそのガラスの靴を履かせた。
私に不気味なほどぴたりとはまるその靴は、まるで鉄の重い足枷のように感じられた。
「…なっ…なんで……こんなこと……。」
「そんなのきまっているじゃありませんか。あなたを愛しているんですよ、シンデレラ。」
「王宮からの郵便です。」
城から少し離れたけして裕福ではない区画に不似合いな郵便が届く。宛先を見るとそれは愛しい娘からの手紙で思わず顔がほころんだ。
「お母様、シンデレラからお手紙が来たんですって?」
「それで、なんて書いてあるの?」
二人の娘達はシンデレラからの手紙に興味深々で、手紙を覗きこむようにして私に手紙の内容をせがんだ。
「王宮での暮らしにも慣れて、王子様にはとてもよくしていただいているそうよ。」
「へぇ、よかったわね。それにしても、シンデレラが王子様の妻に選ばれるなんてね。」
上の娘は素直にシンデレラの幸せを喜んだ。
「いいなぁ。王宮の暮らしなんて憧れちゃうわ。それにしても、もうシンデレラに会うことができないなんて寂しいわね。」
下の娘はどこか少しさみしそうだ。
「仕方ないわ、シンデレラと私達はもう身分が違うのですもの。」
「ただいまシンデレラ。今日は公務が長引いてしまったんです。さぞ寂しかったでしょう?」
「………」
男が彼女に笑いかけるが、彼女は無表情に無視を決め込んだ。
いや、たとえ彼女に話すだけの気力があっても、舌を噛むことを防止するために付けられた器具がそれを許さないのだ。
彼女の目はうつろで、恰好は王族の妻にふさわしいものではあるが、その手足には座っている椅子に不似合いな鉄製の枷が付いている。
「おやおや、あなたは本当に恥ずかしがり屋ですね。でも、安心してください、今日はもうずっと一緒です。」
「……」
「そうですか、喜んでいただけて私も嬉しいです。ただ、贅沢を言えばもう少し抵抗しないでくれれば、こんなものも必要なくなるんですけどね。」
そう言って、彼は彼女の細く伸びる腕を拘束している器具に触れた。
彼女の表情は一向に変化する様子はない。
「これから婚約の儀を結び、あなたは正式に私の妻になり、あなたは私の子供を身篭る。あぁ、なんて幸せなんでしょうね、シンデレラ。これからもずっとずっとあなたを離しませんから。」
そう言って、王子は愛しの姫にキスを落とした。
王子は、彼女の目から一筋の涙が流れたことを知ることはない。
導かれたのは、運命ではなく王子様の策略…。