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第八話

 

 次の日。

 戦が始まってから表立った場所に出ようとしなかったキャセディだったが、ネリとジュードに頼んで城に残った人を集めてもらった。

 多くが女性や年寄り、それに子ども達で、キャセディは一人ひとりと向き合い話をした。

 彼らは父親や恋人、伴侶を戦に送り出した人達だった。

 便りがなく、彼らの状況が一向に分からないのはキャセディも同じ。同じ立場だからこそ彼らと一緒にいたい、キャセディはそう思ったのだ。

 彼女は聞き手に徹した。

 皆初めは王女を前にして恐る恐る彼女を見ていたのだが、王女が根気よく質問を続け、相手が話しやすい空間を作ったことで相手も徐々に和らいでいき、ぽつりぽつりだが話をしてくれるようになった。


 寂しい。

 辛い。

 眠れない。

 ここにいて何も出来ない。


 皆同じような問題を抱えていた。

 彼女は頷き、涙し、笑った。

 ただそれだけだったのに、皆の心の中にキャセディという王女の存在は花を咲かせた。

 また戦という暗闇に照らす一筋の光となった。

 城の人間だけではなくどんな人間とも王女は話をする、と聞きつけた城下に住む人々が連日門の外に長い列を作った。


 ――王女の温かい笑顔を一目見たい――


 そうして集まった人々は彼女と話を終えた時、顔には笑顔があった。

 王女も王と姉君が戦場にいるのだ。国のために、自分たちのために戦っているのだ。

 我々が戦場に赴いた人達の留守をしっかりと預かろう。

 この美しいバザーンを守るんだ。

 人々の心は一つとなりつつあった。



 そんな時――――

 早馬が人々の群れを掻き分けて城の門をくぐった。


 便りが届いた時もキャセディは多くの人と話をしている最中だった。

 キャセディに見せるよりも先にその便りはジュードの手に渡った。

 護衛のためにジュードが片時も彼女から離れることなくついていた。楽しそうなキャセディの様子を見ながら横目で届けられたその知らせに彼はざっと目を通し、顔色を変えた。

 ジュードは急遽人々を一旦下がらせ、キャセディを自室へ戻した。


「どうしたの、ジュード」


 問いかけに答えない騎士の顔を見てキャセディの胸は早鐘を打ち始める。

 キャセディは騎士の手に握られていた便りに気がついた。

 待ちに待った知らせなのに。

 どうして彼は悲しそうな顔をしているんだろう。

 つらそうで……それでいて何かに怒っている。


(まさか。そんなことが……あるわけがない。あっていいわけが、ない!)


 彼の手から引ったくるように手紙を取り、急いで目を通す。

 ドクン、と胸が鳴った。

 途端に喉が乾き、痛みが走る。


「あ、ああ…………お、とう、さま……が……」


 足がガクガクと震え、キャセディは自分の体を抱きしめた。

 騎士が王女を広い胸に抱いた。

 腰まで届く豊かな髪に手をやり、ゆっくりと上下に撫でた。


「大丈夫です。大丈夫です……絶対に。絶対にお守りします、キャセディ様」


 繰り返し耳元に囁かれる度、キャセディは騎士の胸を濡らすだけで何も言葉にならなかった。




 ――バザーン王が急死。


 それはイメルダと刃を交えた直後のことであった。

 突然胸を押さえて倒れた王は医師が駆けつける前に別れの言葉もなくこの世を去った。

 王の死で乱れた兵達の士気をアンバー王女がなんとか立て直そうとしたが、戦の経験のない王女は幾多の戦を経験してきたイメルダ皇帝に押され、王女はこれ以上兵が死ぬことがないよう、早々に降伏を宣言した。

 イメルダ皇帝はアンバー第二王女を側室として迎え入れることを条件にバザーンの土地と人を残すことを決めた。

 美しきバザーン。

 人々が無事なら、それでいい。

 たとえイメルダ人がここへ来ても祖国バザーンが無事なら、それでいい。

 王女はこの上ない好条件だとして最初で最後のバザーン女王の署名をイメルダ皇帝の名の隣に書き入れた。



 アンバー王女はイメルダ兵に連れられ一旦城へと戻された。

 馬車から降り立った王女は兵に押さえつけられている群集をぐるりと見回してから声を張り上げた。


「王は突然の病で苦しむことなくこの世を去った。そして王の後継者たる私の力が無念にも及ばずイメルダ帝国の条件を受け入れることとなった。だが、安心して欲しい。イメルダ皇帝はこの美しいバザーンを焼くことなく、犯すことなく、ありのまま残すと約束してくれた。だから貴方の愛する人達と共に今までと同じようにこの土地を愛して欲しい。最初で最後の女王として私も固く約束しよう」


 わっと人々が歓声を上がる。

 アンバー王女の名前を呼ぶ者。王の名前を呼ぶ者。バザーンの旗を抱きしめ、涙する者。

 そんな彼らに笑顔で応えたアンバー王女はイメルダ兵に囲まれて城の門をくぐった。


 その全てをキャセディはバルコニーから見ていた。

 横目で騎士の顔を伺うと――――騎士は笑顔を顔に浮かべ静かに涙を流していた。

 主の雄々しき姿を誇らしく思って流す涙。

 愛しい人との無事と再会を喜んで流す涙。

 ここにアンバーがいたとすれば、ジュードはしかと彼女を抱きしめていただろう。

 あの時の夜と同じように。


(ああ……。私なんかがお姉さまになれるわけがない。敵うわけがなかったのに。

 自惚れだったんだわ。昔も今もジュードの愛はすべてお姉さまにしか注がれていないのに。

 ジュードを幸せにするのはお姉さまだけなのに!)


 キャセディは姉を迎えに行くべく、騎士に背を向けた。

 彼女の後ろに一歩遅れて騎士が続く。

 イメルダ兵が廊下を巡回する中をゆっくりと歩き進む間、キャセディはある事を考えていた。







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