第七話
「ヴァリアン様の強さの秘密は……お菓子です」
「お……菓子?」
「はい。それもとびきり甘くしたお菓子で、見た目が可愛らしければなお良いのです」
キャセディの『訳が分からない』と言いたそうな表情が読み取れたジュードはくつくつと笑いを堪えながら彼女に理由を聞かせる。
「ヴァリアン様はあまりたくさんの食事を取られる方ではありません。腹をすかせた騎士一同が食事時になると食堂に溢れ返り、我先にとおかわり求めるほどなのにヴァリアン様の皿の上には彼らの半分以下の食べ物しか載っていない。訓練は人以上のことをなさり、指導までびっしりとなさる御方なのに、それだけの量ではたして足りるのか、と一度伺ったことがあるのです」
ジュードはキャセディが追いつくのを待って横に立つ。二人は並んで歩き出す。
「ヴァリアン様は『これだけでいいんだ、今は』とおっしゃりました。今は、とおっしゃるからには後で山のように食べられるのだろう、と私は思っていました。私の考えは当たっていました。ある昼食後にアンバー様の使いで豆の貯蔵量やらの確認のため料理長に会いに行く機会がありました。
厨房に顔を出すと、隅の方で丸くなっていたヴァリアン様がいらっしゃったのです。山盛りになったお菓子の皿を両手にしっかりとお持ちで、です。――――くくっ、その時のヴァリアン様の恥ずかしそうな顔といったら! 後にも先にもあんなヴァリアン様を見たのはあの時一回だけです」
「ヴァリアン……お菓子が好きだったの?」
「好きもなにも大、好きでいらっしゃいますよ」
「でもね、私、一度誘ったことがあるの。訓練の後に一緒にお茶とお菓子はどうかって。でも甘い物は苦手だからって断られたの」
「嘘、ですね」
「ええっ!」
王女自らお茶を入れ、王女が一番好きな甘い苺のお菓子をご馳走すると言ったのにヴァリアンがはっきりと断ったのをキャセディはよく覚えている。
指導のお礼にしたかったのにだったら一体何をすればお礼になるのか別の手を考えなければと頭を悩ませたこともある。
甘いものが好きだったのならどうして断ったのだろう? 嘘までついて!
キャセディは首を傾げる。
「ヴァリアン様は普段お優しい方ですが、一度剣を握れば人が変わったようになる。皆ヴァリアン様を恐れていますよ。そしてその事をヴァリアン様もご存知です。皆から恐れられている騎士で、しかも騎士の頂点にいる男が実は酒よりも食事よりも甘いお菓子が好きだと皆に知られたら……どうですか?」
「それは……なんて意外で、可愛らしい……と思うかしら」
「そうですね。とても可愛らしい。それがヴァリアン様の恐れていることですよ」
「えぇ!」
「それと……」
ジュードは顔を少しキャセディの方へ寄せ小声になる。
「これは私がヴァリアン様と剣を交えている時のことです。そっと教えて下さいました。
『私は相手を見た時、相手を菓子だと思うようにしている。そうすれば怖いという気持ちにもならないし、負けるという気持ちにもならない。どうやって目の前の菓子を美味しく食べられるか、どうすれば楽しんで食べられるか、それだけを考えて相手を斬るんだ――――変わってるか? 誰にも言うなよ』」
そっと人差し指を口元に持っていき片目を瞑ったジュード。
キャセディは大きな目を見開いた。
(あのヴァリアンがそんな事を考えていたなんて! 相手をお菓子だと思うですって!? ヴァリアンったら私にそんな指導しなかったわ!)
騎士が真剣な顔をして剣を持ち、大きな苺の頭をした相手に斬りかかっている―――
そんな図がぽっとキャセディの頭の中に広がった。
なんて。
なんて――――滑稽な!
初めはふふふっと小さかった笑いが次第に大きくなり、あははっと大きく弾けた。
今までは戦場に居るヴァリアンの無事を祈っていたけれど、もしかしたらその必要もないのかもしれない。だって彼の目の前には大好きなお菓子がたくさんあるのだから。きっと嬉々として戦っているにちがいない。
「ヴァリアンったら! ふふっ……おかしい! 私、彼が帰ってきたら彼のためにたくさんお菓子を用意してあげるわ!」
目の端に溜まった涙を拭きながらジュードにどんなお菓子がいいか聞こうと彼に視線を向けた。
ジュードは微笑んでいた。
彼がなぜかとても嬉しそうにしているので、キャセディは少し首を傾げた。
「そうです。貴方は暗い顔よりもそうやって笑っていられる方がよく似合う。そう、『笑顔』ですよ――――キャセディ様。貴方が王妃さまから受け継がれたのは」
人通りのない廊下の窓が風でカタカタと揺れる音が聞こえる。
キャセディはたった今自分が何を聞いたのかよく分からなかった。
もう一度言ってもらいたくて聞き返したいけれど、今度は声が出てこない。
ジュードは続けた。
「ここしばらく貴方のそんな笑顔を見ていなかった。やっぱり貴方の笑顔は人を幸せにする力をお持ちです。王妃さまの笑顔がまさしくそうでした。お母上からしっかりと受け継がれましたね」
「皆を……幸せにする……?」
「はい」
(だったら……)
キャセディは優しく微笑み続ける騎士を見つめる。
この人の笑顔も人を幸せにする力を持っているとキャセディは思う。特にキャセディの胸を早く打たせるだけの破壊的な力を。
言葉にするつもりはなかった。でも考えるより先に口が動いていた。
「私は……ジュードの事も幸せにしているの……?」
最後まで言ってしまってから自分が何を言っているのか気づく。
「はい。もちろんです」
愛しい人から漏れた言葉にキャセディは泣きそうになる。
優しい瞳に自分だけを映して欲しい。その胸に自分だけを抱きしめて欲しい。
キャセディの小さな胸に次々と浮かんでくる欲。押さえつけるのが苦しくて、苦しくて――――
キャセディはそっと目を瞑った。
(お姉さまが彼をいつも幸せにするように。
私も彼を幸せにすることが出来るんだわ。
だったら私もジュードの隣にいられるの?
私……私……
私を見て欲しい。
お姉さまじゃなくて私を――――)