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第五話

 

 キャセディはすっかり元気になってから剣を習いたいと王に言った。

 初めは渋っていた王だったが、他の勉強を疎かにしないという王女の決意に最後には首を縦に振った。

 そして指導者に迷いなくジュードの名前を挙げようとしたキャセディだったが、ある者に阻まれた。

 その日近衛隊長として王の警護の任務についていたヴァリアンが名乗りを上げたのだった。


 ヴァリアンはバザーンの隣国、カサクの生まれであった。

 まだ彼が赤ん坊だった頃、カサクで内乱が起きた。

 人々が逃げ惑う中、ヴァリアンの母が懇意にしていたバザーンの商人にヴァリアンが託された。


 ――カサクでなくともどこでもいい。

 貴方が無事で大きく育ってくれれば。

 それだけでいいのです――


 商人は国元へ帰り、子どものいなかった男女へとヴァリアンが渡る。

 かくして母の思いは叶えられた。

 父親はバザーンの前王に仕える近衛隊長。

 血の繋がらない親子ではあったが関係は実の親子同然だった。ヴァリアンは養父の背を見てすくすくと育ち、彼と同じ地位まで上り詰めた。

 世襲では得られない地位をもぎ取ったヴァリアンはまさしく実力者だった。


「全くカサクの事は覚えてないのね」

「ええ。私がまだ乳飲み子だった頃ですから。実の母や父の顔すら覚えてはいません」

「帰りたい、と思わないの?」

「帰る?」

「だって実のご両親がいらっしゃるのでしょう?」


 ヴァリアンは笑う。それにキャセディは首を傾げる。


「王女は歴史の勉強がお嫌いと見受けましたが」

「えっ!」


 キャセディはどきりとする。

 ヴァリアンの言ったことは真実だったからであるが、それよりも彼がくすくすと肩を揺らして笑う顔がジュードの笑顔と重なったからだ。


(髪の色も瞳の色も違う二人がどうして? )


「内乱で失われた命は軽く数万。そのほとんどが王都だったそうです。カサク王を初め大臣一同、すべてが殺され、入れ替わり、かつてのカサクとは全く違う王権が立ちました。両親はもちろん生きてはいないでしょうし、助けてくれた商人ももう他界。育ての親はその商人から何かしら聞いているでしょうが……何十年も前の事です。覚えてもいない人達のことなど私にはどうでもいいことなのです。

 私がカサク生まれだからということでもしもバザーン王の直命があればカサクへ赴くことがあるかもしれませんが、その命はまず近衛如きの私には回ってこないと思いますよ」


 確かにそうかもしれない、とキャセディは思う。

 国同士の親交を深めるために他国へ赴く任は彼の地位では役不足だろう。

 キャセディのように王女なら考えられぬこともないが――――と、ここで彼女は考えを止める。


「私がもしカサクへ赴くことになれば……貴方と一緒に行くわ。剣を教えてくれているお礼です」


 ヴァリアンは片眉をあげた後、微笑んで騎士の礼を取った。


「私の小さな王女様。ありがとうございます。でも、今後はそんな事をどうかお考えになりませんよう。美しきバザーンが私の国。生まれはカサクかもしれませんが、親や友人、私の主のすべてがバザーンにいるのです。ここを離れたい気持ちはこれっぽちもございません。バザーンのために戦い、バザーンのために死ぬ覚悟で今まで生きてまいりました。これからもこの気持ちに偽りはありません」


 キャセディは顔を赤らめた。

 自分の安易な言葉が恥ずかしかった。

 彼を役不足などと考えたことが恥ずかしかった。

 自分は産まれた時から王女として何一つ不自由なく生きてきた。それはヴァリアンのような忠実な騎士が自分を守ってくれているからこそだ。

 バザーンを自分の国だと言い切り、バザーンを守るために死ねると言う、そんな騎士が。

 彼こそが国の誇るべき宝なのに、役不足だと考える自分は一体何なのか。

 

(私は……王女。でも私に何が出来る?)

 

 ヴァリアンはまず柔軟体操から始めましょうと言い、うつむく王女を促した。 




 初めて手にした剣、というものは姉の物とは違って細身で短めのものだった。

 ずしりとした重みを感じるかと思ってはいたが、軽く、手にしっくりと馴染む。柄の部分には牡鹿の装飾が施され、その下にキャセディと名前が彫ってあった。


「王女様のために作らせたものです。贈り物ですよ」

「これは……ヴァリアンが?」

「はい、と言いたいところですが、違います。ああ、ほら。送り主が王女様の様子を見に来られたようですよ」


 ヴァリアンはキャセディの後ろに視線を向けた。その視線を追って後ろへ振り返ると、よく知る二人がこちらへ歩いてくるのが見えた。


(お姉さま……ジュード……)


 エリアナの死以降、アンバーは以前よりも食べなくなっていた。一目見ても明らかに分かるほどに線が細くなってしまったが、それが一層彼女の美しさを引き立ててもいた。

 妹と目が合った姉は大きな笑顔を見せた。


「気に入ったか、ディー? 使い心地はどうだ?」


 キャセディの隣の騎士が第二王女に頭を下げる。それにアンバーは頷いた。


「お姉様でしたのね。ありがとうございます。たった今受け取ったところなの」

「そうか。いつか渡そうと思って前に作っておいて良かった」

「以前から?」

「ああ。ディーのことだからいつか習いたいと言うんじゃないかと思っていた。私の予想は間違っていなかったということだ、な? ジュード」

「はい」


 今度はアンバーの隣にいた騎士が頭を下げた。


「いつも熱心にアンバー様の訓練のご見学されていたキャセディ様でしたからいつかは興味を持たれるんじゃないかと話していたのです」


 ジュードがキャセディの持っていた剣に視線を落とし、微笑んだ。


「良かった。しっかり使ってやってくれよ、ディー。私も稽古をつけてやりたいが、なかなか時間がなくてな。しかしヴァリアンなら私の師匠でもあるし、安心だぞ」

「今の時点で貴方が私を師匠と呼べるかは疑問ですね、アンバー様。貴方はお強くなられた。騎士団でも噂になっておりますよ」

「何を言う。弟子の実力が師匠より上になったとしても師匠は師匠だ。それに変わりはない。それに本気の貴方に私如きが勝てるとはゆめゆめ思わないよ」


 アンバーは「また様子を見に来る」と言って執務室の方へ歩いていった。

 彼女の後ろを騎士が付き従うのをキャセディは姿が見えなくなるまで見つめていた。

 ヴァリアンがキャセディの名前を呼んでも気づかぬほどに心は騎士へと飛んでいた。





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