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凍てつく岩塊 ~タイクーン~

約一年ぶりですが、続きを投稿しました。

 澄み切った大気の海。陽光映える鮮やかなトランスペアレント・ブルー。限りなく無風で、乾燥し、雪の結晶ひとつ踊らない穏やかな天候。昨日、メルセニア本土北部を飲み込んでいた猛吹雪は、今やすっかりその鳴りを潜めていた。


 神獣ラフ・ラリングス討伐兵団を収容した計七隻の魔晶航空艦船。

 すなわち、中型の軽武装揚陸艇が四隻と、運搬及び護衛任務を兼任するアンバルガー級巡洋艦ツァ・ノ、輸送能力は僅かだが索敵と情報収集能力に優れたノーブレッタ級駆逐艦二隻は今、極北空域に広がる離島郡を眼前に捉えていた。

 悪天候という自然の悪戯に弄ばれ、半日以上シュナッツォ要塞に足止めされてしまったが、作戦そのものへの影響はほとんどなかったと言っていい。到着時間が遅くはなったが、ここまでの航程においては些細なトラブルもなく、当空域の天候は安定しており、大気中のメナストが荒ぶる兆しもない。近年増加傾向にあるという、凶暴な空棲魔物の襲撃もなかった。船団は間もなく目的地に辿りつくだろう。


 さて、彼らの目的地である極北空域のメルセニア浮遊島群は、中間適正深度に位置するという理由だけで、かなり強引にハビタブルゾーンに指定されている。

 そのため、このエリアは人間の生命維持に支障がなく永住が可能と見なされているわけだが、実際に人間が居住して生活を続けられるかと聞かれれば、これはかなり難しいと答えざるを得ない。

 この『煌天世界特有のハビタブルゾーン』に含まれるための最低条件は人間が生存可能であることだが、定義については諸々ある。

 例えば、日常的な活動の大部分が制限されるような苛酷な自然環境ではないこと、高度とか温度が適切で安定していること、それに人間を襲撃し捕食するような凶悪な魔物が大量に生息していないことなどが挙げられる。

 さらに、煌天新世界シーレ最下層にある飽和層キャニノゥによる影響が許容範囲内であることや、自然含有魔晶元素の濃度が適切であることも、人間の生存に適しているか否かの判断基準となるが、これに関しては、この離島群は適正深度にあるため、条件をクリアしている。


 誤解を招かないよう補足させて頂くと、我々地球人の世界における本来のハビタブルゾーンとは、生命居住可能領域のことであり、大雑把に言うと惑星系の中で水が液体として存在できる範囲のことを指す。

 つまりは宇宙で生命が誕生する可能性を有した条件下にある範囲のことをいうわけだが、これは恒星と惑星間の距離などに決定されるものである。大変申し訳ないが、本編との関係がほとんどないため、これ以上の詳細については割愛させて頂きたい。


 ──閑話休題。

 このメルセニアの離島群は煌天世界のハビタブルゾーンに指定されているものの、気候が一年を通して寒冷な上にしばしば猛烈な寒波が押し寄せるため、とてもではないが人間が居住し根を張れるような生易しい自然環境ではない。自然環境に関していえば、この離島群は確実にハビタブルゾーンには含まれないはずである。

 にも関わらず、メルセニアはこの極北離島群の所有権を主張し、実質上支配下においている。このような極北の僻地を国民の居住区だと主張するあたりに、所有国であるドルトス・メルセニアの利己的で横暴な姿勢を垣間見ることができる。全ては鉱物などの天然資源に富んだこの離島群の占有を正当化するための口実に他ならない。、


 また、気候だけではなく、極端な地形の起伏もここが人間に相応しくない場所だと告げている。この離島群に含まれる浮遊島は、大部分が島と呼べるような代物ではない。多くは単なる巨大な岩石の塊で、鉱物資源には恵まれているだろうが、大部分の地形が峻険なため人が不自由なく生活するには適さない。

 植物は花の咲かない苔のようなものや、寒さに強い針葉樹がまばらに生えるばかりで、野生動物もほとんど見受けられない不毛の地だ。

 ただし、絶対数こそ少ないものの、シーレの基本構造と離島群の環境に適応し、飛行と陸上生活の双方をこなす生物に関しては、意外にも多様な種が生息している。今、こうしている間にも、体長一メートル程度のムササビに似た動物が飛膜を広げて滑空し、餌の豊富なお隣の浮島まで移動しているのだ。

 風の流れを読むことに長けた彼らは、時には上昇気流に乗って、より高い位置にある島へと飛び移ることもある。命がけの引越しの成功率を上げるため、岩壁に上手くへばりつくのに適した吸盤や鉤爪を持つまでに進化している。

 また、彼らの全身は白く長い体毛に覆われているが、それは我々の世界に生息するホッキョクグマの体毛と同じように実際は透明で、内部が空洞で光を遮らないために白く見えているのである。彼らは見事にこの特殊な寒冷地に適応しているのだ。しかもこの煌天世界の誕生が数千年前と言われているのだから、これは驚くべき速度での進化ということになる。

 おかしく思われるかもしれないが、こういった適応の例はこの世界では珍しいものではない。これは旧世界終焉の時に起きた構造の組み換えがその一因であるとされている。空に棲む魔物のように、空の世界が誕生した瞬間に特殊な環境に相応しい姿に生まれ変わった生物も数多いとされている。

 それらの煌天世界の環境に適応した生物はどんな環境の下でも逞しく躍動しているが、生半可な生き物である人間には不都合が多く文明が色付かない。クァタナル・デフィリースドの際に神の力、メナストコントロールの能力を奪われた人間には過酷な環境である。


 *  *  *


 極北離島群に点在する浮遊島のひとつ、タイクーンに降り立ったメルセニア兵団。彼らは雪渓の先に広がる雪原に司令部本営を設置した。

 毛細血管のように拡がる切り立った雪渓と、怪獣の背中のように隆起した山脈が連なるタイクーンでも、このように開けた平坦な地面が存在しているのだ。これは奇跡的な、驚くべき自然の産物である。


「いいか。ラフ・ラリングスが潜伏する遺跡建造物は、まだ大部分が魔物の巣窟である。危険で下賤な化け物どもを駆逐しつつ、まだ安全の確保されていない中枢部へと侵攻することになる。そのため我々は段階的な作戦を取り、軍団を三つに分けて突入する」

 アンバルガー級巡洋艦ツァ・ノ内部の作戦室。指揮官クラスの人間を集めた会議の最中、総司令官が作戦の概略を説明した。しかし、この人物はあからさまに軍人ではない。細長い顔に高い鼻梁、くぼんだ眼窩に濁った双眸。口の上に逆への字型の黒い髭を携えた、気難しそうな中年の文官である。恐らくは、宰相の息のかかった者であろう。これほど戦場が似合わない人物も珍しい。

「司令官さんよ。当然、俺は先発隊での参加だろうな?」

 傭兵ドゥハルグは巨体の上半身をぬっと前に出しながら質問した。彼は早く戦いに赴きたくてうずうずしている。当然、希望は第一陣での突入であり、切り込み役だ。

「いや、貴様は宰相閣下の警護も兼ねて、最後に突入することになっている。恐らく第三弾の突入後になるだろう。別命あるまでは待機だ」

 司令官は汚物でも見るような目つきをしながら、淡々と答えた。聞いた側のドゥハルグは訝しんで、ますます身を乗り出す。

「最後だと? おいおい、笑わせんな。何のために俺を雇ったんだよ。どう考えても、俺が切り込んで暴れた方がいいだろうが。そもそも、その宰相閣下様はどうしたんだよ。まだお姿が見えねえが、ビビッて引きこもってんのか?」

 ドゥハルグは少しの遠慮なく不満を露にした。

「慎まねばその汚い口を縫い合わすぞ、無礼な男め。貴様は宰相閣下から恩寵をあずかっている身だということを忘れるな。……身分をわきまえろ」

 恐竜のようなドゥハルグの迫力にも、文官指令はひるまなかった。

 この司令官の如き人間は目にみえない権力が絶対だと思っているので、宗教を妄信しているようなものだ。

「私は閣下より直々に命を受け、この司令官という重役を任されているのだ。誰にも文句は言わせん。閣下が到着するまでは、この作戦の指揮権は私にあるのだからな。恐れ多くも、閣下は私を、いや我々を信頼なさっているのだ。我々は閣下の御手を汚さないよう、全ての危険を取り除き、神獣を仕留めるために奮戦するのだ」

 などと、朗々と演説してみせる。ドゥハルグは思わず苦笑し、こう思った。


 ──あの宰相は、何を思ってこんな奴に軍の権限を与えたんだ。


 忠実なのは確かにそうかもしれないが、司令官としての能力があるとは思えない。経験上わかるが、こういう人間は無策で、臨機応変な戦略に劣っているものだ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。

「ハッ、健気なもんだなメルセニアのお偉いさんはよ。せいぜい、墓の数を増やさないよう気をつけるんだな」

 捨て台詞を吐き、ドゥハルグは司令官に背を向けた。

 彼には、気に食わないことが二点あった。自分の仕事が一番最後だということ。戦術のいろはも知らなそうな軟弱な文官が大将だということ。


 興ざめしたドゥハルグは、少しの未練もなく作戦会議の場を後にすることが出来た。その後は深い雪の地面に足をとられることもなく、普段どおりの堂々とした足取りで大規模な幕営地を歩いて回った。そんな彼の元に、一人の兵士が駆け寄ってくる。

「ヘイヘーイ、死神の旦那ァ!」

「チッ、またかよ」

 陽気な声色と口調ですぐにわかった。お調子者で小者の兵士リックスである。彼は雪原に足を取られないよう、注意を怠らない。飛び跳ねるような動きでドゥハルグの元へとやって来た。

「こんな時でも酒か?」

 さも大切そうに握られているリックスの酒瓶を見つめながら、ドゥハルグが尋ねた。

「おおよ、もちろんさ。俺はメルセニアでもあったけえ南部の出身でな。ここは寒くて、飲まずにはやってられんよ」

「南部か。どうりで訛りがきついわけだ」

 白い息を吐きながら、へへっ、と薄ら笑いを浮かべるリックス。手にしている小さな酒瓶のフタを開けると、その中身をグイ、と喉に流し込んだ。

「あんたのことだから、酔いで恐怖を誤魔化すためかと思ったぜ」

 ドゥハルグの言葉には皮肉が混じっている。

「痛いとこ突いてくれるぜ。……だが、正直なところそれもある。なんせ、今回の相手は得体の知れない神獣、そして建物いっぱいの魔物ときたもんだ」

 お得意のやたらと明るい口調で語るリックス。いかにも緊迫感に欠ける喋り方が、内容に関しては彼の言うことに誤りはないだろう。謎多き神獣が控える、魔物の巣窟への突入戦、確かに危険な任務だ。戦闘前の飲酒が軍紀で許されているかどうかは知らないが、酒を飲みたくなる気持ちがわからないでもない。自分がリックスと同じ立場だったら、そうしていたかもしれない。

 実際には、戦闘のプロフェッショナルという立場のドゥハルグは魔物を恐れたりなどしない。そういったものは、数百数千というゲテモノを血祭りにあげてきた彼にとっては恐怖するに値しないのだ。戦いの場で彼を脅かすものは滅多には現われない。ゆえに彼にとっての戦いは天職そのものなのだが、そんなドゥハルグにも恐れるものがある。それは。

「俺に言わせりゃ、魔物も人間もそう大差はない。いや、……敵に回せば、人間は狡猾で残忍なことを平気でやるからな。利口な分、人間の方が、魔物よりずっとたちが悪いってこともある」

 ドゥハルグは噛み締めるようにそう語った。魔物相手で苦労したためしは一度もないが、人間には何度も辛酸を舐めさせられた。しかも、そのうちの多くは戦闘中に味わった苦しみではない。

 それは、決して目には映らない、形のないもの。巨大で恐ろしい、人間の持つ負の感情。妬み、憎悪、薄汚れた利己心。それらは、物理的な攻撃では打ち負かすことのできない恐怖の相手だ。

 そこから産声を上げる悪魔のような行動には、常勝無敗の死神すら戦慄せざるを得ないのだ。

 ドゥハルグは傭兵という生業を通じ、人間の本性を自分の目に焼き付けてきた。特に、権力が背景にある場合の人の暴挙が、個人の力では太刀打ちできないことを、自分の経験上よく知っている。それは個人の間に生じる問題よりもずっと陰湿で根深いものだと思う。


 権力と欲望に溺れた人間の謀略によって貶められ、騙され、命を落とした人々は哀れだ。不当な、汚いやり方を用いた多くの加害者と、なす術もなく全てを奪われた被害者。

 時には、ドゥハルグ自身もそのドロドロに溶けた輪の中にあった。多くの罪のない命を奪ってきたドゥハルグに、正義を語る資格はないかもしれない。だが、現実の魔物よりも、人の中に住む魔物の方が恐ろしいということは、事実として深く心に刻まれている。


「……そうかい。人間の方が怖いってのは、俺にはよくわからねえが……まあ、旦那と俺らは違うさ。戦いに楽しみなんてない」

 真剣にドゥハルグの話を聞いていたリックスが、今度は自分の番だとばかりに口を開いた。

「死神の旦那はこの戦いが楽しみで仕方がないかもしれないがな。ここだけの話、俺らのような使い捨ての兵士……特に非常駐軍はよ、はっきり言って全くと言っていいほど気持ちが振るわないんだぜ。

 あの見覚えのねえ司令官は宰相閣下のご機嫌をとろうと躍起だって小耳に挟んだが、俺達は宰相閣下なんてロクに知りもしねえ。この戦いは国と閣下のためだ、なんて言われても、そりゃ士気が上がるか! ってハナシだろ? どんだけ国のためになるかわからない戦いに、ひとつしかない大事な命を賭けられるかってんだよ。全く、馬鹿馬鹿しいったらありゃしねえぜ! ……おっと、今の話はまじで内緒だぜ。これでもまだ首が恋しいんでな」

 抑えていた憤懣ふんまんを吐き出すと、リックスは再び酒を喉に流し込んだ。今日の彼は、昨日よりもずっと饒舌である。

「……ところで、あんたはいつ突入するんだ?」

 少し間を置いてから、ドゥハルグが訊いた。リックスはすぐに、酒瓶との濃密なベーゼを中断した。

「第二陣だそうだ。先発が中を綺麗に掃除してくれるよう、祈るしかねえな」

 酒臭いゲップを放ってから、リックスがそう答えた。

「そう言う旦那は? 死神先生の出番はいつだい? 当然、初弾の先鋒だろう?」

 今度は、リックスが尋ねる番だった。聞かれたドゥハルグは無表情で答える。

「いや、俺は一番最後だそうだ。宰相閣下と一緒に重役出勤だとよ」

 それを受けたリックスは大げさな身振りで天を仰ぐと、片手で両目を塞いだ。

「おいおい、そいつは本当かよ! 絶望したぜ! みんな、旦那が一番乗りだと信じてたからな。何だかんだ言ってもみんな、無敵のあんたに期待しているんだ」

 それが真実かどうかは疑問だし、事実だとしても大して喜ぶようなことでもない。ドゥハルグは何も言わず、どんな表情をも浮かべなかった。

「うう……それにしても、さみい。旦那はそんな恰好で寒くねえのかよ?」

 身を震わせながら、リックスが尋ねた。

「ああ。何ともない」

 素っ気無く答えたドゥハルグの装備は、こうだ。

 肩当の付いた漆黒のチェストプレートに、多重金属板の籠手とグリーブ。頭部を保護する防具は着けていない。光沢の強い黒で統一された防具の金属部分の縁には、燃え盛る炎を模した金色の文様が施され、胸部の中央には魔獣の牙のようなおぞましくさえある先鋭な突起がびっしりと並んでいる。見るものを圧倒する、凄みを放つ出で立ちだ。

 ただし、保護されていない部分については、両腕は上腕部の肌がむき出しだし、下半身については革の戦闘服を穿いてはいるが、お世辞でも防御力の面で優れているとは思われない。防具によって保護されている面積が少ない分、動きやすくはありそうだが。

 これは防御よりも攻撃優先というドゥハルグの好戦的スタイルが、外見に表れているのだろう。そして、この凍て付くような極寒の地で、薄着どころか思いっきり肌を露出している姿は「俺には防寒対策なぞ不要だ!」と無言で語っているようである。それは常人から見ると、とても正気の沙汰ではない。この空域は我々の地球でいうところの、北極圏とか南極圏に相当する寒さなのだから。

 対してメルセニアの兵士達は好寒獣の毛や皮を素材とした真っ白な防寒服に身を包んでいる。強靭ながら柔軟で、関節の動きを妨げず、鎧の下にも着込みやすい優秀な軍服だ。

 実は、この防寒着はドゥハルグにも支給されていた。だが、彼はこれを着る事を拒んだ。理由は単純で、兵士達と同じ恰好をしたくなかったのである。


 身体を震わせ、リックスはまた、酒を口に運んだ。それから、ドゥハルグの前に酒のビンを差し出した。

「旦那も飲むかい?」

「いや、殺り合いの前は飲まないことにしている。殺気が濁るからな」

 そう言って、ドゥハルグは酒瓶に目もくれなかった。

「殺気が、濁る? うーん……やっぱわからねえな、俺には」

「わからねえ方がいい。俺の感覚はまともじゃねえからな」

 それを聞いたリックスは、含みの無い笑顔で反応してみせた。

「例えまともじゃなくても、一時は英雄と呼ばれた程の男だ。本当は旦那と一緒に戦ってみたかったがな……。でもまあ、伝説の傭兵と知り合えただけでも幸運ってもんだな。知り合いにも自慢できるぜ。『俺は死神に殺されなかったんだぜ!』ってよ」

「ハッ、そいつはおもしれえな、死神と出会えて幸運だってか。正気を疑われないよう、俺と一緒に戦わずに済んでラッキーだったと、そう知り合いに伝えな」

「ヘヘ、それも悪くねえ。あんた、話してみると意外と面白いよな」

 リックスの笑顔につられて、ドゥハルグも僅かに口角を持ち上げた。

 他人に心を開くことを好まないドゥハルグにとっては、このように談笑できる相手は久しぶりかもしれない。お互い住む世界が違うし、理解しあえない部分も大いにあるが、軍の連中とは齟齬そごしか生じないと決め付けていただけに嬉しい誤算ではある。


「……そう言えば、あの美声の天使様は今日はいないのか?」

 リックスが尋ねた。美声の天使とはレゼリスのことである。

「あいつなら、あの図体ばかりのシュナッツォ要塞で留守番しているぜ。詳しくは知らんが宰相閣下にいたく気に入られたらしくてな。要塞で合流するらしい」

「ほー、そうかい。そいじゃまあ、生きて帰ってあのうたをもう一度聴かせてもらうとするかな。……あの天使のような歌声を、よ」

「ああ。あいつにとっての幸せのひとつが、自分の詩で人を喜ばすことだからな。凱旋した兵士を称える詩なら、喜んで詠うだろうよ。聴きたきゃ、何としてでも生き延びるこった」

 そう言ってドゥハルグは、肩にかけた薙刀の柄を握り締めた。そして目線を離れた山の麓に移した。そこには金属とも岩ともつかない外殻を持った、山のように巨大な塊が横たわっている。あれこそが今回の戦場、謎多き旧世界の遺構。魔物の巣窟であり、ラフ・ラリングスの居城なのだ。


 ──生き延びるのは人間か、それとも神獣か──。遺跡建造物を舞台にした激しい制圧戦が始まろうとしていた。

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