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大陸の覇者 ~秘策か、はたまた奇策か~

 数日が過ぎて、事態はますます緊迫して来た。報告どおり、近隣のアフラニール公国が軍を動かしたのである。しかも、その敵の艦隊の規模がかの国と不釣合いな程に大きいことや、それを現在のトラシェルム陣営の空軍戦力で迎え撃つことがほほ不可能であるとがわかってきた。絶望感と緊張感の入り混じる中、文武の家臣団が城内に集まり、いかなる方法を講じるべきかを議論していた。


 そこへ、一人の軍人が入って来た。その初老の男性は見るからに無骨者である。彼を取り巻く研ぎ澄まされた威風、堂々たる紅の甲冑姿、地を揺るがすような巨体。並みの将軍とは一線を画した風格がある。

「ナーバ元帥! お戻りになられましたか!」

 誰もが彼をそう呼んだ。陸軍元帥ナーバと言えば、先の戦争で数知れぬ功績を残した、稀代の猛将である。

「元帥、お聞きの通り、アフラニールが進軍してくるようだ。両国の距離を考えて、ここにあの大空軍が押し寄せるまでは僅かな猶予しかない。何かよい策はないものか」

「策ですか。そんなものは要りませぬ。いや、千も万もいらぬとはまさにこのこと。田舎の小国何するものぞ、です。我らが強兵をもってすれば、決して敗北などない。徹底的に交戦いたしましょう。もちろん、その際は我が戦斧も前線で唸りをあげましょうぞ」

 などと豪語するナーバであった。彼の力強い言葉を聞いた面々は喜色を取り戻したが、摂政は逆に非常に危ぶんだ。

(この男は指揮官としては相変わらずだな。自分の身分や役割を考えもしない。それに、これまでのように力押しだけで常に戦争に勝てるわけはない。戦いはもはや、地面の上だけを考えているわけにはいかぬ。考えを改めていく柔軟性が必要なのだ)

 ロシオウラは戦友であるナーバの気質をよく知っている。彼のプライドを傷つけないように柔らかな物腰を心がけ、溜めを作りながら、ゆっくりと口を動かした。

「さすがナーバ殿、豪気でいらっしゃる。が、今度ばかりは少し勝手が違いまするぞ。我々の国は大陸を制覇した強さはあるが、それはあくまで陸戦におけるもの。今度の敵は当然、空から攻めてくる。我々には今のところ、これに太刀打ちできる空軍力、防衛力はない」

「摂政殿の役割は今は政治家であろう。軍略のことは私に任せてくれればよい。白兵戦に持ち込めば我方の勝利は揺るがぬ。完膚なきまでに打ち砕けば、敵の戦意も折れよう」

 このナーバ将軍の下でなら、兵はよく戦う。また、ナーバ自身も万夫不当、豪腕の猛将であるから、彼の指揮する軍の強さは並みのものではない。それは確かなことである。

 だがロシオウラは、今後の戦いにはその類の武勇だけでは勝利できないと確信している。

 シーレの全ての島、大陸は広い空に包まれている。全方位に向けて注意を払わねば、思わぬ足払いを食らうことになるだろう。……そして。

(白兵戦……か。それは敵軍が上陸することを前提とした発想だ。この戦い、空戦での敗北が避けられぬという点では、確かに同じ意見だ。無念だが、我が国の空軍と対空防衛網では、相手を破ることは万に一つもありえない。……だが断じて、それを前提にするわけにはいかん。空戦に全てを賭けるつもりで挑まなければ、帝国に未来(あす)は無い)

 現在の帝国の未完成な軍配備で、広大な大陸の全てを守りきることができないのは、先日から行なわれている軍備の確認作業で明白になっている。

 敵が脆弱な帝国の領空防衛網を突破し、本土の一角でも占有すれば、再び大陸が戦禍に巻き込まれ、敵の空爆に晒され、さらなる窮地に追い込まれることになるだろう。

 今回は帝国が持つ脆弱さを突かれた、としか言いようが無い。誰が提言したのかは知らないが、ロシオウラをして敵ながら見事な采配だと褒め称えたいほどだ。

 他の大国から見れば、現在のトラシェルム帝国はまだ生まれて間もない赤子のような国。他国が大陸が統一されて間もないこの時期を狙ってくるのは、非常に時機を得ていた。

(打つ手、無しか──。あるいは、奇跡でも待つか)

 頼みの摂政が目を瞑って押し黙ってしまっては、誰もが肩を落として沈黙せざるを得なかった。敗戦はどう足掻いても避けられないのだろう、と。


「……時に、摂政殿。ひとつよろしいいですか?」


 間を見計らって、臣の一人がロシオウラに問いかけた。

「あなたは前に、こうなった時のために策を用意してあると言っておられたが、それは一体どのようなものですか?」

「そうだ! それをお聞かせ願いたい。摂政殿とはいえ、今更冗談だった、では済まされませんぞ」

 皆が一縷の望みを持って、彼に詰め寄り始めた。誰もが彼の秘策の真相を知りたがった。

「こうなってしまっては、止むを得ませんな。……言いましょう……」

 その口から何が飛び出すものかと、座は静まり返り、続く言葉を待った。

「この窮地を凌ぐために……。超越せし者『オーファ』の力を借りるのです」

 途端にさざ波が巻き起こり、やがてどよめきが支配する。

「信じられん。摂政殿は頭がおかしくなったのか?」

 多くの者は、そんな事を口にした。またその一方で、(はて? オーファとな)と首をかしげる者も続出した。また別の文官が進み出て、ロシオウラにこう問いただした。

「摂政殿。オーファというのは、言い伝えだけの存在ではございませんか? 私は古の書物の中でしか その存在を知りませんが」

 そう尋ねられたロシオウラの顔は、至極真面目である。

「……確かに、言い伝えばかりの存在だ。オーファは伝承の中に登場する者達で、古代の戦争に関与したという記述がある。その力は現在の世界においては、一国はおろか全世界をもってしてもこれに比するものではない、とされている。……そして、ここからが重要なのだが」

 大きく息を吸い込むロシオウラ。一同は、後に続く彼の言葉を待つ。

「そのオーファなる者が、国内にいるとの情報を得た」

「──!」

 摂政の口から告げられたその事実は、さらなる波紋を生じさせた。馬鹿馬鹿しい、そんなものに頼るなど……。しかし、藁にもすがりたい今、方法は全て試すべきでは……。すぐさま、様々な意見が飛び交うのだった。

「本気で言っているのか? 信じられん」

「そんな者、いるものか。でたらめだ」

「いや、そう決め付けるには早い。試してみるだけの価値はある」

 事実の確認ができない。どうしても、絵空事の域を脱することができない。かと言って、他に窮地を切り抜ける良策も出ない。意見がまとまるはずもない……。

「ははは、これは摂政どの、愉快な冗談を。人一人増やしたところで何が変わるか。網で軍艦を捕まえる作戦の方が、まだ多少の勝ち目があるわ」

 カルオフが発案者のロシオウラを愚弄するかのように、高らかに笑った。

「冗談などではない!」

 対し、ロシオウラは痛烈な口調で返した。

「……私が以前、この案を申さなかったのは、直前のこのような緊迫した状態でなければ、今のようにあしらわれ、必ず容れられないと考えたからである」

「だが、私も反対ですな」

 ナーバ将軍は太い腕を組んだまま、静かに反対の意見を述べる。

「私の知っている限りでは、オーファなる者は、悪霊だか、死神だかを従えているという。そんな危険な輩の力など、わが軍には必要ない。きっと、この国に災いをもたらしましょう」

 時間がかかるばかりで、結論が出る様子は無い。一同は、最後の決断を最高権力者に委ねた。

「……陛下、皆の意見はお聞きの通りです。いかがなさいますか。あとは陛下のお心次第かと……」

 ミュリオンは最初から心に決めていたらしく、力強く頷いた。

「師父に、任せる。良きようにせよ」

 幼帝がロシオウラを信頼すること甚だしい。真偽のほどが知れないまま、彼の奇抜な策が採用された。即ち、オーファと呼ばれる者の元へ、使者を送る運びとなったのである。

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