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揺らぐ境界線

 ──その頃。恵悟と葵は、客室でアーシア達の帰りを待っていた。

「……アーシアさん達、なかなか帰ってこないね」

 葵の言葉に、恵悟も表情を曇らせた。

「探しに行きたいけど、部屋から出るなって言われたしなあ」

 気がかりで仕方がないのに、大人しく待つことしかできない。あの二人と離れていると、見知らぬ世界に放り出された気持ちがぶり返し例えようのない不安感に襲われてしまう。

 だが、二人の不安を煽るものはそれだけではなかった。

「さっきから、ずっと揺れてるな」

 これまでほとんど感じることのなかった、船の振動である。部屋に帰ってきてから始まった小刻みな揺れが、いつまでも収まらない。備え付けられた家具類を絶えずガタガタと揺らしている。

「何か、変だよね。今思えば、さっき会った船員さんもちょっと様子おかしかったし」

 これまでの静かな航行が嘘のようである。心配になって窓の外を見れば、どこまでも真っ暗。闇夜の暗がりよりずっと薄気味悪い空が広がっている。

 そして眼下には例の紫色の雲があった。それは、さっき見た時よりもずっと近くにあるように見えた。

「……」

 その後、二人は無言になってしまった。色々な思いが去来したけれども、多くは好ましくないものだった。

 すると、テーブルの上で丸まっていたヘイゾーが突然ピョコリと起き上がったかと思うと、何かを探すような仕草で、しきりに首を振りだした。

「……どうしたの? ヘイゾー……」

 ヘイゾーの動きを注視していると、彼は小さくジャンプしてテーブルから飛び降りた。そして葵の足元を駆け抜け、直立の姿勢でドアを見上げ続けた。

「どうしたの? 外に出たいの?」

 そう言って葵がドアを開けてあげると、ヘイゾーは勢いよく通路へ飛び出していった。

「おい葵、勝手に出しちゃまずいだろ」

「えー。だって……出たがってたんだもん……」

 口を尖らせた葵がドアの隙間から首を出して廊下を窺うと、ヘイゾーはまだそこにいた。部屋から出たそうだった割にはどこへ行くでもなく、立ち止まって葵の顔をを見つめるばかりだ。

「キュイ!」

「?」

 葵はヘイゾーがとった不可思議な行動に首をかしげたが、すぐに彼女なりに当たりを付けた。

「あ! もしかして、ついてこいってこと?」

「キュ!」

 イエスと答える代わりに、強めに声を発したヘイゾー。葵の勘が的中したようである。

「ねえ、ケイ君! 私、わかっちゃった。きっとヘイゾーにはアーシアさん達の居場所がわかるんだよ。案内してもらおうよ」

 感受性豊かで感激屋さんでもある葵は、お星様みたいに瞳を輝かせている。が、一部始終を見ていた恵悟は彼女の突飛な発想に白けてしまった。

「超能力でもあるまいし、そんなのわかるわけないだろ」

「もー。どうしてそんなに冷めてるの? このコが超能力が使えること、ケイ君だって知っているでしょう。気が合わないとか言ってないでさ、ヘイゾーの事、もっと認めてあげなよ」

 葵がぷんぷんと不服そうに言うものだから、味方がいない恵悟はしぶしぶでも従うしかない。

「はいはい。……でも、歩き回っていいもんかな?」

「ヘイゾーがいるから大丈夫だよ!」

 何ともまあ、鉄壁の信頼ぶりを披露する葵である。ヘイゾーは二人を長い廊下の突き当たりにある扉の前まで案内した。

「この扉の向こう側なの?」

「でも、鍵が掛かってて開かないぜ。すげー頑丈だし」

 ノブに手を掛けて回そうとしたが、固くて全く動かない。

 すると、扉を凝視していたヘイゾーの瞳が赤く発光し、やがて扉に強烈な衝撃波が叩きつけられた。それは正確に狙った箇所に命中し、金属の扉はドアノブの辺りだけがひしゃげて、鍵はその効力を喪失した。

「ひゃあ! 君は、頭がいいだけじゃないんだねえ」

 両手でヘイゾーを抱き上げた葵は、満面の笑顔を咲かせていた。この世界に来てからと言うもの、ヘイゾーと戯れている時が一番本来の彼女らしく活き活きとしている。

 恵悟はヘイゾーが絡むと面白くなさそうな態度をとることが多いが、心の中では彼を認めて始めていた。その一番の理由は、この小さな魔物(?)が、異世界で参りそうな葵を元気付けてくれる事にある。

 壊れたドアを難なく押し開け、道なりに通路を進むと、やがて恵悟達は驚くものを発見した。

「大変! ケイ君、人が倒れているよ」

 扉のすぐ傍に、船員の制服を着た男性が倒れていた。二人は駆け寄って、彼の容体を確認した。

「大丈夫ですか!」

 耳元近くで声を掛けたが、返事はない。

「えっと、確かこういう時は、脈とか呼吸とか確認してだな……」

 こういった場合には、応急処置というものを行えばいいのだろう。恵悟は自分の有する知識を総動員して、何とか船員を助けようと試みた。あたふたするばかりの葵にとって、冷静な恵悟は頼りになる存在だ。

「私、誰か呼んで来る!」

 葵は急いで人を呼びに行こうとしたが、足元のヘイゾーの動きが妙なのに気付いて、思わず立ち止まった。

「キュ……」

「あ、もしかして……」

 間もなく、ヘイゾーの身体が発光を開始した。背を向けている恵悟はそれに気付きもしないが──。

「危ないっ! ケイ君、離れて」

「んあ?」

 葵の忠告は間に合わなかった。眩い光と共に、ヘイゾーの身体から強力な電撃が放たれたのである。

「おぶはぁぁぁぁ!」

 電撃の巻き添えを喰らい、妙……もとい悲痛な声を上げる恵悟。

「また、しびれたぁ……」

 漫画のように黒焦げになって、口から煙を吐く恵悟。しかし、文字通りの電気ショックは相当効果があったらしく、気を失っていた船員はすぐさま目を覚ました。

「ん……」

 うっすらと瞼を開く船員。

「あっ、気が付いたよ! ねえ、ケイ君ッ!」

 大声を上げてしまう葵。しかし、恵悟はまだ倒れたまま。船員の気付きと引き換えに無反応に陥っっていた。

「僕はどうして……」

 船員は記憶を辿ると、やがてハッとして目を見開いた。

「そうだった! あの人達!」

 トラシェルム帝国の要人を名乗る怪しい二人組みに気絶させられたことなど、彼は全てを思い出した。

「一体、どうしたんですか?」

「君達、ちょっとドアから離れていて」

 自力で復活した恵悟の質問に答えもせず、船員は急いで立ち上がると、甲板に続く頑丈なドアを開いた。とたん、物凄い勢いで烈風が通路に吹き込んできた。立っていると吹き飛ばされそうな風圧である。

 そして、ドアの向こうに広がる闇に閉ざされた空間に、彼が先程案内した黒いマントの女性と、今にも吹き飛ばされそうな例の偉ぶった役人の姿が浮かび上がった。

「ああ、大変だっ! だからダメだって言ったのに!」

 船員はドアを閉じようとしたが、風の抵抗が強すぎてそれすら叶わなかった。

「君、すまないがドアを閉じるのを手伝ってくれ!」

 大声を上げて頼む船員。恵悟は急いで彼に力を貸した。全体重をかけて力任せに扉を押し、重厚なノブを捻ると、何とかそれを閉じることに成功した。船員はすぐさま恵悟たちに部屋に戻るよう言ってから、全速力で去っていった。

「今の……アーシアさん達じゃなかった?」 

 台風のような風の勢いで、目を開けているのさえ困難だった。その上、真っ暗な船外の闇に紛れた遠くの人影を完全に識別出来たわけではない。だが、紫の閃光に照らし出された二名の人物は、ほぼ確実に見覚えがあるものだったと思う。

「一体どうして、こんなことになってるんだろう」


 ──いつの間にかいなくなった二人が、なぜ?


 恵悟と葵は顔を見合わせると同時に、船員の狼狽ぶりからしてかなり危機的な状況だと理解した。

「ねえ、戻る? 部屋……」

「……」

 恵悟が返事をしなかったので、葵は眉をひそめて顔を覗き込んだ。

「ケイ君、もしかして……助けに行こうなんて、思ってないよね?」

 葛藤と憤りを表した恵悟の顔つきである。

 何があったのかはわからないが、間違いなくアーシア達は窮地に陥っている。その二人を置いて、何もせずに部屋に戻っていいのだろうか。彼女達は、自分たちにとって、命の恩人ではなかったか。

 恵悟のブレザーの袖を強く握る葵。その仕草から、彼女の想いが痛いほど伝わってくる。普段は冷静だけど、時折周りが見えなくなる恵悟のこと、無茶とわかっていて飛び出していくこともありうるから、葵はそれだけは阻止しなければならなかった。

「何とか……出来ないのか……?」

 船外の様子からして、この船はとんでもない所を航行中なのだ。船が急に揺れ出したのもそのせいだろう。無力な人間が外に飛び出していってどうなるかは目に見えている。

「……そりゃあ、私だって、どうにかしたいよ。けど、ケイ君が危険な目に遭うなんて絶対やだよ。我慢できないよ

 俯いたまま、消え入りそうな声で呟く葵。

「わかってるよ。でもさ……」

 見てみぬ振りなどできはしない。今、恵悟は必死になって考えていた。自分に出来ることはないだろうか、と。

「だめだよ。ケイ君が行ったからって、助けられるって訳でもないじゃない。もし、ケイ君に何かあったら、私は……」

 葵は顔の表情が見えないくらい俯いている。恵悟の腕にしがみつく手が小刻みに震えていた。

「葵…………」

 彼女の言うようなことが。自分の身に何かあったら、この世界で葵はひとりぼっちになってしまう。そう思うと、ドアの向こうに飛び出す意志が弱まってくる。

 それに、葵の反応は冷淡なようだが正論だ。恵悟が飛び出していったところで、余計に事態を悪化させるだけなのは明白だ。

「くそおっ! せっかくヘイゾーが案内してくれたってのによ……」

 それからの二人は交わす言葉を失って目の前のドアを見つめた。無力感に打ちのめされ、自分達にそれ以上のことが出来ないことを痛感した。今の彼らに出来ることは、その場に立ち尽くし、事態が良いほうへ向かうことを祈ることだけであった。

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