天地を分かつ禍雲 ~キャニノゥ~
アーシア一行はトラシェルム大陸への帰り路に就き、イヴェロム大陸沿岸部の空港から外航用の客船に乗って陸地を後にしたところである。
異世界からの来訪者、恵悟と葵。二人にとっての煌天世界は、常識を超えた体験の宝庫であった。彼らは見るもの触れるものの多くに悉く驚かされていたが、その中でも特に際立っていたのが、煌天世界ではありきたりな天翔ける乗り物、魔晶航空船であった。これは彼らが知るいかなる乗り物とも異なっていた。
推力を得るためにプロペラを利用するあたりは彼らが知っているヘリコプターや飛行船に似ていなくも無かったが、巨大で重量感がある船体の割には上昇スピードが速く、また前進速度も思いのほか速かった。そのくせ妙に安定感があって、急加速や急な方向転換、上昇・下降をしているようでもほとんど変化を感じないのだ。振動や騒音も想像以上に少なく、ごくごく静かに飛行する。地面に立っていた時と大差がないほどである。
果たしてこの異世界の乗り物はどういった仕組みで動き、またどのような技術が用いられているのだろうか。恵悟は強い興味を持ち、椅子に腰掛けて暇そうに足をブラブラさせているアーシアに話しかけたのであった。
「あの、アーシアさん。この船ってどんな仕組みで動いているんですか? 何だか、随分と静かな気がするんですけど」
「それそれ。私もそれが気になってたんです! 教えてください」
すかさず葵が恵悟の背中からひょっこりと顔を出し、二人の会話に乗っかった。
「……ああ、気になるわよね。私達が今乗っているこの船は『魔晶航空船』っていってね。原動力は前にトマが説明した魔晶石よ」
「えっ、この船、あれと同じ石で動いているんですか?」
「大雑把に言えばそうなるわね。正確には、複数ないし一つの高純度魔晶石が蓄えているメナスト──いわゆる魔晶元素を、魔晶炉っていうでっかい動力装置を用いて抽出・増幅し、純度の高い魔晶エネルギーを精製。その魔晶エネルギーを様々な形に変換して、船を動かしているのよ。
この仕組みだと回りくどいし手間がかかるしで、生産効率はかなり悪いんだけどね。まあ、ここらへんがテクノロジーの限界ってやつね。……あと、心臓部になる魔晶石そのものは、今ではそんなに珍しい物じゃないわ。人工的に生成することができるまでに、技術が進歩しているからね」
アーシアの説明を要約すると、船を動かすエネルギーを得るために必要なのが魔晶石で、その魔晶石は人工的に作れるため、この世界ではごくありふれた物だ、ということである。 ともあれ、こちら側の知識を持たない日本の高校生にとっては理解し難い内容であった。
「それから、挙動が安定しているのは魔晶炉で生み出したエネルギーを浮遊や姿勢維持を司る力に変換して利用しているためよ。機械を用いた擬似的メナスト・コントロールの代表的なものね。垂直方向への移動に優れているのは、この世界の構造を考慮してのことよ。下を見て」
窓から下方を覗くよう促すアーシア。恵悟らはそれに従った。
「──し、島だ! 島が……空に浮いてる!」
「凄い……」
そこに広がっていた景色は、浮遊する陸塊群が織り成す、壮大無比な天空の世界だった。それら陸塊の大きさ・形状は実に様々で、単なる岩塊だったり、桁外れに大きく島のようなものもある。上面が深緑の森によって覆われているものや、建造物が支配するもの、ごつごつとした岩肌だけが浮き立つものなど、同じものがひとつもない、豊かな表情を持った陸塊が、眼下に浮かんでいた。
「私達が今まで居たのも、空に浮かぶ一つの大陸だったのよ。高度が他のに比べてずっと高いから、今はこうして高度の低い島々の姿が目に入るわけ」
説明を耳に入れながら、景色を眺め続ける恵悟と葵。まさに釘付け状態である。そんな二人に寄り添う形で、アーシアはさらに説明を続ける。
「見ての通り、浮遊陸塊の高度が様々だから、陸地間の移動では高度差への対応が不可欠になってくる。それを考慮し、シーレの魔晶航空船は浮遊技術に特化し垂直方向への移動が重要視された設計なのよ。新しい世界の姿に合わせた柔軟な航行が可能なように、人間によって開発・改良されてきた歴史があるわけね。……と、こんなところかしら。私の説明が下手なせいで、わかりにくかったらごめんね」
「そ、そんな。とてもわかりやすかったですよ! あはは……」
両手を小刻みに動かしながら、慌ててフォローする葵。本当は理解が及ばない部分もあったのに、つい相手に気を遣ってしまった。
「しっかし、こんなに高いところを飛んでいるのに、全然そんな感覚がないのが不思議だよな。体に異常を感じないとかさ。地上に居た時とほとんど変わらないじゃんか」
窓から覗く絶景に感銘を受けながら、恵悟が口にした。最下部にあるはずの地表が雲に隠れて見えないことから、相当な高さを飛行しているに違いないのだが、肉体的な感覚を伴っていない。
例えば、重大であるはずの気圧や重力加速度(G)といった物理的な問題はどうなっているのだろうか。この世界の乗り物には、身体への負担を無くすような超原理的なテクノロジーが搭載されているのだろうか。
「──それについては、さっき説明した魔晶エネルギーを、浮遊に特化した性質に変換していることによるわね。旧世界的には『天の加護』って言うんだけど、擬似的メナスト・コントロールで発生した力場の影響で、魔晶炉付近にいる人間の肉体的負担が抑えられているのよ。だから高度の変化による人体への影響がほとんどないわけね。
……まあ、自然の法則についてはあなたたちの世界とはまた違うでしょうし、私にはわからないことがたくさんある。でも、この世界で感じられるおかしなことのほとんどは、多分アレが原因だと思う」
「アレ? ……アレ、って何ですか?」
「ちょうど高度も下がってきたし、そろそろ見えるんじゃないかな。……ほら、見えたわ。アレよ」
再び船体下方を見るよう促され、恵悟達が空の底に視線をやると、そこでは半透明な紫色の帯が幾重にも重なり、オーロラのように揺らめきながら、一面を覆いつくしていた。地球では絶対に見られない自然現象である。
「うええっ! ……何だありゃ」
空の最も低い場所には雄大な地表や青一色の海面が広がっているものだと信じていた恵悟たちは驚愕する他なかった。彼らが目の当たりにしたものは、確かに雄大ではあったが予想していたものとはかけ離れていた。
────キャのノゥ。
その濃紫色の不気味な領域は、上層が揺らめくオーロラでその下が一面の雲。表層が生物のように蠢き、断続的に雷光が走り、刺々しい火花が撒き散らされている。
また、先程視認できなかった理由が、この奇妙な層の上空を見慣れた普通の白い雲が覆っているためであることもわかった。船が下降したことでこの異常な領域に接近し、初めて気付くことができたのである。
「おいおいおい、マジかよ……何なんだよあれ……」
「ねね、アーシアさん。何なんですか? あれ……。紫色をした雲のように見えますけど──?」
葵がおぼつかない口調で尋ねると、アーシアはいかにも見飽きているような素振りを見せた。
「あれはね、魔晶元素メナストの歪みが生み出した極濃度変性層よ。世間では魔晶飽和層『キャニノゥ』なんて呼ばれている。これもちょっと難しいかもしれないけど、出来る限りわかりやすく話すわね」
アーシアは一呼吸おいてから、説明を始めた。
「──はるか昔。現在とは比較にならないほど高度な文明を誇っていた時代があった。それは旧世界だとか、末期を象徴してロスト・エラだなんて呼ばれている。で、その旧世界を滅ぼしたのが俗に言う終焉、『クァタナル・デフィリースド』なる出来事。これが発生したせいで世界の調和と均衡が乱れ、万物を司る原理が破綻し、全体構造が変容した。これが、この煌天新世界が生まれたいきさつ──いえ、仮説のひとつね」
可能な限り理解しようと、恵悟はじっと耳を傾けていた。
「で、クァタナル・デフィリースドによってこの空の世界が生まれた時、ほとんどの事物が変質してしまったんだけど、世界を満たすメナストもその例外ではなく、終焉の影響を免れなかったらしいの。
メナストは生物を含めた自然界のあらゆるものに宿っていて、目に見えるもの見えないもの全てに影響を与えている。だから、クァタナル・デフィリースドで世界を支えるメナストのバランスが崩れた時、大地が裂けて宙に浮いてしまったと考えられている。崩壊とともに、世界構造の再構築が行われたってわけ。あのキャニノゥもそのメナスト・バランスの崩壊時に生まれたらしいわ。以来ずっと世界の最も下層にあって、我々を拒み続けている。あれは紛うことなきクァタナル・デフィリースドの名残。メナスト・バランスが最も不安定な場所」
「じゃ、じゃあ、あの雲の下には、今でも地上が残っているんですか?」
「……そう言われてはいる。けれども、それを確かめることはできない。キャニノゥはメナストの濃度が異常に高く、常に飽和状態なのよ。もし突入しようものなら、どんな物質も瞬時に消滅させられる。あそこに落ちたら絶対に助からないわ。──例え、私だろうとも」
アーシアが恐いことを口にしたので、葵は思わず背筋がゾクッとした。
「とにかく、この世界は本来の姿を失ってしまったのよ。愚かな人間に大罪を償わせるため逸脱した、不完全な煌空の世界。それがこのシーレ。ここは恐らく、実際に住んでいる私たちにとっても、まともじゃない世界よ。……もしかしたら、私達は神様によって滑稽な輪舞曲を踊らされているのかもしれないわね」
そう呟き表情に幽愁を滲ませるアーシア。恵悟達は黙りこくってしまった。昼があり、夜が来る。また、天気も変わる。自分たちが元いた世界と共通する部分も多いが、アーシアの言葉通り、やはりここは尋常ではない。説明を聞き、構造を目の当たりにして、その事実をイヤというほど思い知らされた。
「何だか、凄いところに来ちゃったね、私達……」
「ああ。あれからだいぶ経つし、俺らがいつまで待っても学校から帰らないんで、みんな心配してるだろうな」
少年と少女の会話は明るいムードでは交わされなかった。恵悟は少なからず申し訳ない気持ちを持っていたのだ。葵を巻き込み、こんな場所へ連れてきた責任が自分にあると思っている。そして、葵もそんな恵悟の心中を汲み取っている。
ここに来て、先に気持ちが参りそうなのは葵の方である。だが彼女は、自分が原因で恵悟が落ち込む様を見たくはなかった。だから決して相手を責めたりはしないし、出来るかぎり元気な姿を見せたいと思っている。
「でもさ、私たちこうしてまだ生きているからね。きっと何とかなるよ。……うん。何とかなるなる」
そう言って、葵が笑顔を作ってみせた。最近めっきり数の減った、お日様のような笑顔である。それは気丈に振舞った、精一杯の作り笑顔だったかもしれない。だが、例えそうだったとしても──。葵がちょっとずつでも元気を取り戻してきたような気がして、恵悟には喜ばしく感じられた。
「ああ、そうだな。この世界に来てイキナリ狼のおっちゃんたちに囲まれたときはほんと、もうだめだと思ったけど、俺達まだこうして生きてるもんな」
恵悟が微笑みを返した。
(青春真っ盛り、かしらね……)
アーシアは憧憬の眼差しで少年少女のやり取りを見つめていた。この二人は相当滅入っているだろうに、お互いを気遣い、時に励まし合い、努めて前向きな気持ちを保とうとしている。その様子が大変輝いて見えたのである。
──ちなみに。獣人の寿命は人間より長く、パタは恵悟の三倍以上の年数を生きてはいるが、年齢的には人間で言うところの三十代である。
両者の間に確執はあったが、最終的にはパタと恵悟はかなり打ち解けることができた。そんなわけで、恵悟にとってパタは「狼のおっちゃん」なのである。
「……ところでさ、あなたたちは恋人同士なの?」
突然、アーシアがそんな質問を少年少女に投げ掛けた。そこに冗談らしさは一切なく、いたって真顔である。みるみるうちに葵の顔が赤くなっていく。
「えと、それあっ……、あの、多分、違うと……思うんだけど……でも、その、そうとも言えない……というか、言いたくない……と言うか……。ね、ねえケイ君、つまりはどうなの?」
しどろもどろになりながらも、葵は何とか恵悟にバトンタッチすることが出来た。
「違いますよ。俺たち二人は、近所に住んでいる幼馴染なんです」
「へえ、そうなんだ。それで仲がいいのね。正直な話、あんまり仲睦まじいもんだから、二人の邪魔をしちゃいけないのかな、とか思ってたのよ。ちょっと安心したわ」
それを聞かされた葵は複雑な心境になった。
(アーシアさんはもしかしたらケイ君のことを気にしているんじゃないかしら──。でも、きっと年下の子供なんて相手にしないよね。ずっと大人なんだし……)
頼んでもないのにやって来る疑心を、懸命にもみ消す。そのついでに、(ケイ君はケイ君で、さらりと否定するし……ほんと、つねってやりたいわ!)などと、熱き乙女心も滾らせておいた。
「……それにね、『私の妹』が恵悟君のことを気に入ってしまったみたいだからね。まあ、好きとかそういうのとは別みたいだけどさ」
アーシアはそう言って、ウインクしてみせた。
「妹さん……ですか?」
「そうよ。君が遺跡で見た、銀色のかっこいいコ」
「えっ、あれは……」
銀色の鎧のことは覚えている。だが、あれが妹だと言われても全く意味がわからない。それでも、アーシアが親しげに接していたのは印象に残っている。きっと、妹のように大切な存在、ということなのであろう。恵悟はその程度の認識に改めた。
「意味がわからないことばかりよね。混乱させてしまって、本当にごめんね。向こうに着いたら責任持って話すから。この世界の詳しいこと、私の事、妹の事、ここに至った経緯──」
元々、あまり自分の事を話したがらないアーシア。意図的に軽率な発言を避けているせいもあるが、素性や過去や妹のことを話題にすると深刻になってしまうのがわかっている。
今は沈んだ気分にはなりたくないし、聞かせる側の恵悟たちにもそうなってほしくない。クエインに彼らを紹介する時、ついでに自分の身の上話をするのがいいと思った。
そう──恵悟達をクエインに会わせるのだ。
ファバースの調査に来たつもりが、彼らを保護できたのは思いがけない収穫だった。しかも、異世界からの来訪者がメナストの恩恵を授かっている訳でもないのに、サウルの姿を見ることができるという、驚くべき事実に巡り合った。
恵悟の掌に現れたという紋章の件もあるし、あの地下遺跡と恵悟に全く何の関わりもないとは考えられない。
獣人の巫女ニュイの予見と照らし合わせてみても、異世界からの来訪者が意味も無く煌天世界にやって来たとは考えにくい。イヴェロム大陸で遭遇した様々な出来事が、彼の秘めたる重要性を示しているようだ。
現時点では解けない謎は多いが、クエインならばいくらかの溜飲が下る解答を導き出してくれるはずだと、アーシアはそう期待している。
「……ね、それよりもさ、あなたたちが住んでいた世界のこと教えて。一体、どんなところなの? そうだ、海があるのよね?」
興味から質問へと巧みに繋ぎ、話を逸らそうとするアーシア。しかしながら関心事、特に海への憧れは嘘ではなかった。
「ありますよ、海。家からはそう簡単に行ける距離じゃないんですけど。でも、夏は毎年、泳ぎに行ってますよ」
恵悟が答えた。
「本当? 凄く広くて、綺麗なんでしょう? いいなあ……」
アーシアは憧れを露にし、遠くを見つめた。
(そっか、アーシアさんは海を見たことが無いんだ)
話を聞いて、葵は思った。確かにこの世界には海がない。アーシアに限らず、この世界の住人は本当の海を知らないのだ。彼らが空を海と呼んだりするのは、失った母なる海への憧れなのかもしれない。
もっとも、二人の地球人にとっては、こっちの世界が誇る空の美しさがとてもうらやましいところである。南国の海、真っ白な浜辺を取り囲む紺碧の色に勝るとも劣らない綺麗さだと思う。
「あと、俺達の世界は、こことは違った機械の文明が発達しているんです。それは凄く便利なんだけど、一方で人間は便利さだとか、自分たちの利益のことばかり考えて、自然を破壊したり、自分勝手に振舞っているんです。たくさんの自然が残っていて、それを大事にしているこの世界を見ていたら、すげー愚かなことをしているんだな、って思えました。……今までは考えてもみなかったけど」
少年の中で意識の変化があったようだ。それは、この世界を訪れて体験したこと、感じたことが喚起させたものである。
「そう……あなたたちには、そう見えるかもしれない。でも、残念ながら、この世界の人間はその大切な自然、そこから得られる恩恵を巡って戦争を繰り返してしているのよ。……あなたたちの世界にも、戦争はある?」
「俺たちの国は今のところは平和です。外国では争いが絶えない場所もあるみたいだけど。俺たちの国は昔あった戦争に負けてから、自分から攻撃するための軍隊も持っていないんですよ」
「……じゃあやっぱり、この世界の人間の方が愚かかもしれないわ。争いと無縁な場所なんてそうそうない。どの空域でも大なり小なりの戦争が発生しているわ。今の世界情勢では、生存は競争の中で勝ち取るものなのよ。弱者や抗わない者は滅するのみ。平和なんてものはあってないようなもの。昨日まで幸せな笑顔で満たされていた人々が、次の日には朱に染まった不毛の焦土に転がっていることも珍しくない。血で血を洗うとはよく言ったものね」
その直後、アーシアはとても寂しそうな顔を垣間見せた。
「あの、アーシアさんもこれから帰る……その、何とかって言う国の出身なんですか?」
国名までは思い出せなかったが、行く先の確認を兼ねて訊ねたのは葵である。
「ええ、そうよ。トラシェルム帝国っていう、凄く発展している大きな国。まあ、そうは言っても私の故郷はいい所ではあったけれど、ひどい田舎だったわ……」
そう言うと、アーシアは思い出に耽り黙り込んでしまった。
「えっと……アーシアさん?」
「あっ、ごめんね。別に何でもないのよ。ちょっと、昔を思い出しちゃっただけだから。……私に構わず、二人で楽しく話を続けて頂戴」
そう言ってアーシアは唇の向こうに白い歯を覗かせたが、慌てて作ったその笑顔はどことなくわざとらしかった。自分の愁思のせいで、雰囲気を暗くしないようにと配慮した結果であった。
時に、彼女がこういった表情を見せるのが、恵悟には意外であり、不思議に思える。『向かうところ敵無し』とは実によくアーシアを形容した言葉だが、そんな女性でさえ口をつぐんでしまうような思い出があるというのだろうか。後ろを振り向かず、どんなことでも乗り越えていきそうな彼女を物思いに浸らせるような出来事を、今の恵悟が想像することは不可能だった。
(……でも、本当に綺麗な人だよな。こんな感じの人はテレビでも見たことが無いや)
普段のはつらつとした姿はもちろんだが、憂いに満ちた表情もまた違った魅力を発揮するのだ。どんな時でも損なわれない彼女の美しさが、外見だけから生じるものではないという証かもしれない。