大陸の覇者 ~幼帝と王佐の臣~
この物語の舞台となる『煌天世界シーレ』は、我々の常識から考えると、非常に特異な構造をしている。海と呼ばれることもある、広大な空に包まれるようにして、大小様々な無数の陸塊が高度を保って浮遊し、空域という単位に分割された各エリアに、大陸、離島群、列島、暗礁などを形成している。
空に浮かぶ陸塊のうち、小さなものは石ころ程度に過ぎないが、中には我々の世界の単位で全長四千キロメートルを超す大きさのものさえ存在する。特に小さいものを浮遊石、中程度のものを浮遊島、それら以上に大きなものは浮遊大陸と称される。
シーレの人間はそういった居住可能な岩塊に根を下ろし、限定的な生活環境の中で生存を続けている。本当の海や大地といったものが、遙か昔に失われてしまったためである。
さて、煌天世界シーレの一角に、『トラシェルム大陸』という名の浮遊大陸が存在している。天の中心から西方空域に至る適正深度上に浮かぶ、同エリア内で最も体積の大きな居住陸塊である。
広漠とした陸地に豊かな植生を有し、溢れる自然が織り成す起伏に富んだ景観と、豊富な天然資源が特徴の、非常に恵まれた大陸である。
この大陸は今でこそ平穏に見えるが、数年前までは激しい戦争の渦中にあった。同大陸の南方の一勢力に過ぎなかった王制国家『リ・デルテア』が発令した戦役がその原因である。大陸全土を巻き込んで数十年間にわたり続いたこの歴史的な戦役は、やがて『トラシェルム戦役』と呼ばれるようになった。
戦役当時、神懸り的な勇猛さをもった若き国王ベルギュントの元、リ・デルテア王国は圧倒的な強さで進軍し、縦横無尽に版図を拡大した。かの国を軽んじていた幾多の勢力、都市国家がその軍門に下るにつれ、次第に抗うものもいなくなる。抵抗勢力を力と謀略でねじ伏せる度に、敵対国の戦意は削がれていく。長きに亘る戦乱は、激動の時期を越えると、緩やかに収束に向かった。
やがてトラシェルム大陸の中央に、翼を持った女神ネア・ミアをモチーフとした国旗が燦然と掲げられた。それは、リ・デルテアが戦役に勝利し、大陸の覇者となった日が訪れたことを意味していた。国王ベルギュントは世界各地でしのぎを削る軍事国家に対抗する力を蓄えるため王政を帝政に改め、国名をトラシェルム帝国とした。
こうして初代皇帝となったベルギュントであったが、彼は国政の落ち着くのを見ることなく崩御してしまった。覇王・軍神と言われた人物の、早すぎる死が、生まれたばかりの帝国に動揺をもたらしたことは言うまでもない。実際にこのベルギュントの急逝によって、大陸内の残存勢力が活発な抵抗活動を見せるようになったし、周辺国家も肉食動物の眼〈まなこ〉でこの幼い帝国を見つめるようになった。
ベルギュント亡きあと皇位を継いだのが、現皇帝ミュリオンである。
彼は歳若く、まだ十代前半の少年であり、新帝国の執政を行なうほどの能力を持ってはいなかった。
そこで、幼少のミュリオン皇帝の代わりとなって国家の舵をとっているのが、叡智の摂政ロシオウラである。彼は先帝ベルギュントの先代の治世から国を支えてきた古参の忠臣であり、齢八十を迎えようかという老翁であるが、優れた政治手腕は全く衰えていない。
煌天暦二百七十一年、トラシェルム帝都トラシェリア城内謁見の間。
この日、摂政ロシオウラはトラシェルム城内の謁見の間に皇帝ミュリオンを招き、現在の国勢を述べようとしていた。
「──陛下。この度は我がトラシェルム帝国の情勢と今後の展望について申し上げたき儀がございまして、ご足労を願いました次第でございます」
堅苦しい挨拶から始まるロシオウラの提言は、まず間違いなく難しくて退屈なものだ。ミュリオンは始まる前からすでに嫌気がさしていた。
「師父よ。政治のことはすべてあなたに任せてあるのだから、わざわざ余に告げずとも、思うようにやってくれればよい。……大体、余は城内の雰囲気とか、堅苦しい話が苦手だ」
屈託のない、ミュリオンの顔である。いくら子供とはいっても、皇帝は国の象徴でもある。その人物が惰弱では、国民に示しがつかない。ロシオウラは皇帝に気付かれない程度の、小さな溜息をついた。
ちなみに、ミュリオンがロシオウラのことを敬愛して師父と呼ぶのは、『一人前の指導者になるまでは万事を彼に訊ね、そして頼れ』という亡父ベルギュントの遺志である。
「恐れながら申し上げますが、それでは陛下のためにはなりません。輝かしい未来を掴むべき陛下には、本国の実情を正しく見、よく学んでいただきたく思います。ぜひとも、この老臣の声をお聞きください」
切々と訴えるロシオウラ。
「……わかった。申してみよ。ただし、手短に頼むぞ」
最も頼りにする人物に詰められては、ミュリオンもいやとは言えない。宮殿でサンナプレ名物の焼き菓子でも楽しみたいところだが、それは叶わぬ夢らしい。、
「あなた様の父君、始皇帝ベルギュント様のお力で築かれたこのトラシェルム帝国の版図は、まだ抵抗する勢力があるとはいえ、大陸全土に及びます。このように領地が広大ならば、中央政庁にいる我々が国の末端にまで目を注ぐことはなかなか難しくございます」
ロシオウラはさらに続ける。
「例えば、国土の拡大に比例した生産能力の増大。これはいかにも国が豊かになったように見えます。……が、実際にはそう簡単に富める国と判断できるものではありません。現状、多くの問題が残っております」
ロシオウラが言葉を紡いでいる間、ミュリオンは肘掛にもたれるような恰好で頬杖をつき、その話を聞いていた。
「よくわからないが、何か問題があるのか? この大陸は資源や土壌に恵まれ、とても豊かだと皆が言っているではないか」
「その見解は、確かでございます。しかし、それはあくまで土台の話。国というものは、しっかりとした土台の上に、決して揺るがぬ柱と雨風を退ける屋根があってこそ磐石となるのでございます」
滔々と語るロシオウラの話に、ミュリオンも少しずつ姿勢を正していった。
「まず、戦役で受けた痛手や消耗が癒えていない地域が非常に多いのです。我々は時局を鑑み、生産能力の正常化、立ち直りが遅れている地域の復興に力を注ぐ必要があります」
「待たれよ」
一声を上げ、文官の列から一人の男が歩み出た。皇帝の傍に仕え、宮殿の自由な出入りを許されている、宮廷係大臣カルオフだ。
権力や金銭を愛し、何かと黒い噂が絶えない人物。評判は決してよくないが、皇帝と政府の橋渡し役を担い、ミュリオンからの信任によって特権のある役職に置かれている彼を悪く言える人間はそういない。
「お言葉ですが、摂政殿。我が国は他国と比較しても広い国土と共に、有り余る国力と国民をも得たでしょう。さらに、トラシェルム大陸は土地も豊かで資源も多いのですから、何も問題はない。例え疲弊していようとも、それを補って余りある国力、内政の力は、この国の強みではありませんか」
摂政は黙って、カルオフの物言いに耳を傾ける。カルオフはさらに続ける。
「新たな魔晶技術の開発により、全体的な製造力、生産力が伸びてきているという事実もあるし、摂政殿が危惧するほどの問題があるとは思えませんね。……それに、復興などはその地域の政庁局や民衆に任せた方が彼らの意識も向上するのではないかと思いますが、どうですかな?」
最後にしたり顔を咲かせたカルオフの話が終わると、ロシオウラはふっ、と笑った。自分という存在を心底気に入っていないカルオフのことだから、この機に乗じて辱めようとしている──まあ、そんなところだろう。摂政はそんなことを考えながら、静かに反論を始めた。
「なるほど。確かに、宮殿の仕事で忙しく、国内外に疎い貴公の目にはそう映るかもしれんな。だが、あの凄まじい戦役から僅かな時しか経っていないのだ。確かに多くの努力によって、争いの傷跡は癒えつつあり、国土も徐々にではあるが回復してきた。──しかし、だ」
摂政はさらに語調を強めていく。
「わしは、それだけを見ているのではない。人の心を見ておるのだ。人々はようやく不安な毎日から解き放たれようとしておる。そして、生きる希望を少しずつでも取り戻しつつある。それだけに今は重要な時期であり、この機に民衆の心を掴んでおくべきだ。逆に民心を失うことは、何があっても避けねばならぬ」
ロシオウラは、今の時期の重要さを重んじている。彼は常に先帝の傍らにいて、戦禍に喘ぐ大陸を見続けてきた。彼がこの国と国民を見る眼差しは、我が子を愛する父親のそれと等しい。
「だから今は、特に国民を基にした政治を行わねばならない。我々が万民を平等に扱い、国を平和で豊かにしていくという明確な意思があることを知らしめ、決して彼らをないがしろにはしないという姿勢を示すが重要なのだ」
幼帝ミュリオンは、ロシオウラの流れるような演説に、熱心に耳を傾けている。
「もしここで、新国家である我々が、これから立ち直ろうとする国民の信頼を失うことになれば、当然民心は取り返しのつかぬほど離れ、それこそ、この国にとって癒しようの無い痛手になろう。カルオフ殿、この国のことを思うならばまず国民のことを思うべきであろう。国民は未だ、心安くはないのだ。それを、問題が無いとは笑止千万」
「く……くおおおおお」
ロシオウラの言葉は淀みなく流れ、暗雲を払う風を思わせた。彼はしばし沈黙してから、皇帝の方に向き直り、何事もなかったかのように意見を続けた。
「……また、軍事面では、動員できる兵力も増えましたが、吸収したのはいがみ合ってきた他国の兵力であることを忘れてはいけません。中央管理下、常備軍以外は非常に雑駁〈ざっぱく〉でまとまりがなく、実際の戦場で使い物になるかは疑問です。そのため、軍の再編や再訓練、軍紀の徹底は早急に取り組まねばならない問題です」
「それは、心安くないな。だが、言われてみれば、そんな気もする」
ミュリオンの表情が不安で曇った。ロシオウラは追い討ちをかけるように続ける。
「わが国の統治は日が浅く、民が懐いていないのは紛れもない事実です。我々は侵略者であったわけですから、これは仕方のないことです。これでは当然のこと、兵の力も弱まりましょう」
「うむ、なるほど。よくわかった」
幼帝が頷く。このあたりの話は彼でも理解することができた。
「しかし、民心に関わることでは、解決に時間が必要では──」
臣の列から発せられたその声に重なるようにして、謁見の間に一人の文官がひどく慌てた様子で飛び込んできた。
「陛下、摂政様、一大事でございます。遠征軍を率いて抵抗勢力の討伐に就かれているレオルーク様より、緊急の連絡が入りました」
「申せ」
「我、作戦中の諜報活動により、近海のアフラニール公国が不穏な動きを見せているとの情報を得た、とのことです。レオルーク様が仰るには、かの国が急速に軍備を整え、大規模な空軍艦隊を組織している。遠征の途上につき当方が詳しく調べる暇はないが、近いうちに侵攻してくる可能性が極めて高いので、ゆめゆめ準備と警戒怠りなきように、とのことです……」
「何ということだ! これは、悠長に構えていられない状況だ」
家臣たちは一斉に顔を見合わせ、ざわつき始めた。
「あのアフラニールが攻めてくるなどとは、考えも及ばなかった! 寝耳に水とはこのことだ」
「そうだ。かの国とはいさかいもないし、領地獲得に燃えているという話もなかったぞ」
「何の前触れも無しに戦争を仕掛ける気か、不義の輩め。いったいどういうつもりだ!」
状況を聞いてざわめく家臣たち。
だが、こちらは慌てる様子をひとつも見せない。ロシオウラの瞳は、ますます鋭さを増していた。
「シーレの平和とは仮初めのもの。そんなものだ。我らの国政、内情に隙がある今を好機とみて、攻め込んでくるつもりなのかもしれん。……この情報が誤りであれば良いが」
今やトラシェルム帝国は広大な大陸の覇者となり、表向きには支配力のある強大国家を成しているように見えるが、実際のところ、本土や大陸周辺の情勢は乱れていて、安定からは程遠い。
大陸を手中に収めたと言っても、周囲にはあなどれない戦力を保有する勢力が残存している。戦役において『煌翼神の国』の威光をしらしめた象徴、偉大すぎた先帝の死によって、情勢が油断のならないものへと変わってきたのだ。
それに、ロシオウラが言ったように、戦争で疲弊した国土は未だに復興の最中で、戦いの傷跡は依然として深い。特に、ついこの間まで戦争状態だった大陸北部の国民の多くは、今も荒廃した土地で復興に尽力しつつも、心安くない日々を過ごしている。
もし、このような状況下で他国が攻め込んでくるとなると、新たに被る被害と国民の味合わされる塗炭の苦しみはいかほどのものだろうか──。
列席する主要な大臣達の表情がみるみる険しくなった。
確かに、帝政トラシェルムが世界のうちでも大国に属すのは明白で、そう簡単に落日を迎えたりはしないだろう。統治の甘い大陸外縁はともかく、内陸部の防衛網は強固で、軍は強く、そう易々と抜かれるほど脆いものではない。
問題は、タイミングだ。現在の不安定な情勢下で、本土にまで敵が押し寄せて来た時、どのような事態になるのか、どれだけの混乱が巻き起こるのか、予測するだけでも恐ろしい。さらに展開によっては、別の国にもつけいる隙を与えることになるかもしれない。今こそ好機と、他国が便乗して攻めてこないとも限らない。
「ど、どうするのだ。もし戦争になったら……」
若きミュリオンは帝国として、皇帝として、さらには人間としての初めての試練にうろたえるばかりだ。一座も、この降りかかってくる火の粉をいかがしたものかと思慮顔である。
「摂政様、もし……アフラニール公国が本当に攻め込んでくるようならば、今からの空軍力補強など、とてもではないが間に合いますまい。いや、それどころか、領土防衛の完遂すら危うい。近海(空)の戦いで敗れれば、間違いなく本土に被害が及びます」
ある文官が、震える声でそう言った。ミュリオンの顔色はさらに悪くなる。ロシオウラはしばし黙っていたが、やがてこう答えた。
「うろたえるな。まだ、すぐに攻めてくると決まったわけではない。今の内に、できるだけのことはするのだ。……それから、実は私に一案が用意してある。確証のないことではあるが、こんなこともあろうかと計画していたものだ。もしかすると、逆に敵国を奪うことも可能かもしれぬ策だ」
「ほう、そんな魔法のようなものがあるならば、ぜひお聞かせ願いたいものだな」
カルオフが嘲るように言い放った。
「今は言ませぬな」
ロシオウラはそう言い返した。あからさまに、軽くあしらわれた形である。カルオフの顔色は甚だよろしくない。
「いずれにせよ、対空防衛能力の向上は優先すべきであり、これまで以上に外敵の侵攻に備えた軍備強化を行っていかねばなりませぬ。我が軍は王国の時代に手をつける必要が無かった空軍の増強、兵器開発にも力をいれる必要があります。……大陸を制した以上、敵は毎回、空から攻めて来るわけですからな、今までのように陸地で平然としているだけでは、国外の強国には抗えますまい」
ロシオウラは文官だが、ベルギュントの存命中は彼の側に仕え、軍師の任もこなしていた。政治、軍事、戦術、戦略 どれをとっても優秀なのが、彼がシーレ随一の名臣と呼ばれる所以だ。
「承知致しました。国土と領空の防衛能力の向上、空軍の軍備強化は率先し、中央ならびに各方面の陸空戦力を確認。必要があれば再編し、今後はさらに徹底して管理してゆきます」
有能な軍事担当大臣が、冷静なロシオウラの意向を確かに受け止めた。
「うむ、頼む。ただし、『限りなく迅速に』だ。手をこまねいて敵の侵略に身を任せるつもりはないからな。アフラニールの侵攻にも間に合わせるつもりでやってくれ」
「はっ!」
「……内政と軍備に関しては以上だな。ご苦労。不安は尽きないが、このまま戦争にならないことを祈るしかないな。…………ふう、やれやれだ」
そう言って、ミュリオンは玉座から立ち上がろうとした。すると、摂政は幼帝の方に向き直って、思いのほか強く制した。
「お待ち下さい、陛下。帝国における別の問題、人材面について述べさせてもらいたくございます」
「な、何ぃ! まだあるのか……。師父よ、また明日ではだめかなあ?」
「すぐに終わりますのでご辛抱下さい」
皇帝は仕方なく、溜息をつきながら玉座に腰を下ろした。城の玉座は硬くて座り心地に不満があった。
「はあ。師父は今、人材面と言ったな? ……我が国には他国と比較しても、優秀な人材が揃っていると聞いているぞ。それに師父やナーバ元帥などは、世界的にみても名将ではないか。そういう臣たちのおかげで、今の帝国があるわけであろう?」
「確かに、臣下に優れた人物は少なくない。しかし、忠義という点から見るとどうでしょうか」
「忠義……?」
ミュリオンは顔にありありと疑問符を浮かべた。
「左様です。わが国には仰られたナーバ将軍など、戦役開始時からの古株、王国時代の忠臣もいますが、長く続いた戦いで多くが命を落としたために、それは僅かばかりの数となっております。より多いのは戦役中、管理体制の不十分な中で登用した文官、武将たちで、彼らの内には少なからず反感を持つ者がおるようです」
ここでロシオウラは一呼吸おいた。
「……つまり、心底からこの国を想っていない輩がおるということですな。その様な者が、高位の官爵につき、軍部や政務職、さらには、あろうことか宮殿内にまで巣食っている始末。これらの輩は私に言わせれば、何を企むかわからぬ害虫です。これに関して、徹底した見直しが必要だと思われます」
座の家臣の誰もが、自分のことではないかと、一瞬肩を竦ませた。
「しかし、『新たな人材も優秀ならば差別なく用いよ』。これは先帝の意向であった。それに従った寛大な人選でもあるし、急に変えるとなると……」
ミュリオンは眉間に皺を寄せ、難しい顔になった。
「陛下、この件に関しては、全てをこのロシオウラにお任せ下さい。根の深い問題ゆえに解決に時間はかかるかも知れませぬが、国内の百官の不正・不満を調べ、体制を根本から改善してみせましょう。幸いにも、新たな帝国法に基づいた枠組み、我が国の全ての臣が遵守すべき規則と心構えの基礎を作っている最中ですから、ちょうどよい機会と言えましょう」
ロシオウラの頼もしい言葉を聞き、皇帝は喜んで舞い上がった。
「師父はなんと頼りになるのだろう! さすが、父上の片腕といわれた人物だ。あなたがやってくれるならば誰も、亡き父上ですら文句は言うまい」
摂政が賞賛されるその影で、面白くなさそうな人物がいた。カルオフである。
(ぐぐ、おのれ、老いぼれめ……調子に乗りおって)
何を隠そう、現在の上層部でもっとも危険な男はこのカルオフである。彼は野望と私欲に満ちた眼差しでこの国を見ている。今の地位に上り詰めるために、数え切れないくらいの汚い真似をしてきたが、巧みな隠蔽や偽装工作によって証拠を残さず、どんな場合でも発覚を免れてきた。
(……忌々しい。ロシオウラは、私のことを間違いなく疑っている。先ほどの進言も、暗に私のことをほのめかしたに違いない)
カルオフは野心に燃えていた。さらなる栄達を求め、それを獲得できるのならば手段など選ばない男だ。この時、彼は人知れず、奥歯をギリギリと噛みしめていた。