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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第六章 深淵に眠りしもの
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明日を信じて

2012/07/30……加筆修正を行いました。もっと豊かな表現で文章が書けるとよいのですが、いざ執筆となると全く出てこないのです。

「……理由を含めて不明な点ばかりだけど、あなたたちがこの場所に召喚されたのは、この機械の作用である可能性が大きいわね。私の推理では──」

 異世界からの来訪者である少年と少女に対し、考えをアーシア自身が嚥下しながら話す。

「この機械は今は動いていないけれども、ここがメナスト伝播現象の発生場所である以上、一時的であれ何かしらの役目を果たしたんだと思う。この機械の正体がわかれば、あなたたちを帰す手立てだって見つかるかもしれない…………」

 言葉の後には、重苦しい沈黙が待っていた。アーシアが口にした展望、その希望の分量が僅かであることは、その反応からして明らかであった。

 全くもって用途不明なオーバーテクノロジーの遺物をゼロから解析することが、旧世界の残存記録が乏しく、また文明の基盤そのものを異にする煌天世界でどれほど困難で時間のかかる作業か。それは、無いかもしれない出口を求めて、手探りで暗闇の中を進むようなものである。煌天世界の誕生以来、脈々と続いてきた旧世界研究の歴史があるが、それでもほとんど解明されていない大事業なのだ。短期間でクァタナル・デフィリースド以前の技術に迫ること、それは限りなく無理な試みであるといってもよい。

 恵悟と葵の二人はこの世界のことをほとんど何も知らないが、場に流れる空気から行程の困難さを感じ取ることが出来た。

「……どうして……」

 小さな声で、葵が呟いた。

「葵ちゃん……?」

 様子の変化に気付いたトマが葵の顔を覗き込んだ。

「……どうして、帰る方法がわからないんですかっ?」

 俯いたまま搾り出した声は震えていたが、一同が聞き逃すほど弱々しいものでもなかった。

「あくまでも、現状では、ってことよ。要するに……」

 弁明などではなく、続けてこう言いたかった。時間はかかるかもしれないが、可能性は決してゼロではない、と。だが、すでにこの時、葵は感情的に限界だったようで、アーシアの言葉が終わるのを待たなかった。

「もしかしたら、私達、ずっとこのままかもしれないってことですか!」

 唇をワナワナと震わせ、もともと大きな眼をさらに広げて、取り乱したように声を荒げた。葵の中で暴れる憤り、元の世界に戻りたいという気持ち。そして、一向に進展が見られない閉塞感から生じた焦燥、苛立ち、憤りがそうさせるのだ。こういった彼女の情緒不安定な側面は、煌天世界に来てから時折顔を出しているものだ。普段は前向きな葵らしからぬ言動も、異世界という特異な状況下では致し方ないであろう。

「葵……」

 声を上げ、顔をはっきりと紅潮させる葵に、恵悟は何も言うことが出来なかった。同じ立場にいる彼には、彼女の気持ちは痛いほどよくわかる。

「──ええ、そうよ。あなたの言うとおり。はっきり言えば、それもあり得るわ。……残念ながらね」

 それが意図的なものであったか、それとも彼女の感情がそうさせたのか。返すアーシアの口調は淡々としており、そこには一切の感情表現を伴ってはいなかった。一時の静寂が場に浸透する。

「…………すみません……私……」

 沈黙の後、葵が口を切った。自分勝手な言動だったと顧みて、少女は俯いたまま謝罪の言葉を口にしたのである。アーシア達は怪しげな来訪者でしかないであろう自分達のことを考えてくれているのに、と。

 葵は思い改めた。アーシアは自分よりもずっと大人だから、恐らくは私達の心情を理解してくれているのだ。私達の感じている不安、心細さを察してくれているからこそ、解決の糸口を一刻も早く見出したいと、こうして尽力してくれているのだ。それなのに私は……何て自分勝手でいやな奴なんだろう。

 葵の胸中に、表現しがたい後悔と自責の念が溢れてくる。他の面々も心を痛めずにはいられなかった。

「葵ちゃん、気にすることないよ。アーシア様は可能性がゼロだとは言ってはいないんだし、諦めずにこれから一緒に手がかりを探していこう。力になれるかどうかはわからないけど、僕も協力するよ」

 項垂れる葵を、トマが優しく励まし、赦した。

「本当に、今すぐどうにかしてあげたい。けれども、振り回されているのはあなた達だけじゃないのよ。私達だって、先人の尻拭いをさせられているようなものだわ。住む世界が壊された挙句、わけのわからない、制御すらできない物がこうして残されているのだから」

 そう言いながら、アーシアは謎の機械を睨み付けた。葵に言われたことを真摯に受け止めねばならない。愚かな人間の行動はこの世界シーレを痛めつけて、未来に負債を背負わせてきたのだ。旧世界、そして現在に至るまで。アーシアはそれが心底悔しいのである。

「なあ、葵。俺達はさ、この世界のこと、何も知らないんだからさ。この人達を信じる他ないじゃんか。それに、アーシアさんに当たったって、問題が解決するわけでもないだろ」

 消沈した葵に、恵悟が諭すように語りかける。葵は唇を噛みながらしっかりと頷いた。今の葵にとっては恵悟こそが唯一の心のより所である。

「……ごめんなさい。本当にごめんなさい。アーシアさん、皆さん……」

 見るからに痛ましく、少女はしゅんとして瞳を涙で潤ませている。小さな肩が小刻みに震えている。誰にそんな彼女を責めることができるだろうか。

「いいのよ。私達にだって罪があると思う。だから、これを残した先祖の代わりに、私があなたたちに約束するわ」

 そう言って、アーシアは真っ直ぐな視線で恵悟と葵の顔を見据えた。澄みきった緑柱石の如き瞳に、強烈な光が点る。それは決意を実現へと導く希望の光だ。

「元の世界に、帰してあげる」

 それから、今度は獣人の長の方にゆっくりと顔を向けた。

「パタ、お願いがあるんだけど」

「何だ? 言ってみろ」

 腕組みをしながら成り行きを見ていたパタが、眼だけをアーシアの方へ向けて言った。

「あなた達の森と同じように、この遺跡も守ってくれないかしら?」

「あの、僕からもお願いします」

 アーシアの要望にトマが同調した。

「うむ。無論、そのつもりだ。それが我々の使命だからな」

「ありがとう。恩に着るわ」

「……ただし、人間たちの為ではないぞ。勘違いするなよ」

 言葉にしない部分では、人間達のやり取りが琴線に触れていたのである。彼はやはり素直な男ではなかった。


 *  *  *


 ──こうして、危険を孕んだ遺跡地下の調査は終わりを迎えた。

 結局、ファバースのことも、また遺跡最深部にある装置のことも、ほとんど何もわからずじまいだった。メナストの伝播と光の柱の因果関係、ファバースの詳細を解明するのは後刻ということになる。場合によっては、再調査の必要も出てくるかもしれない。


 遺跡地下から無事地上に帰還したアーシア一行は、獣人たちに別れを告げ、魔晶の森を後にした。森を出るまで、族長であるパタが自ら付き添ってくれた。そのため、アーシア達は往路よりもずっと安全に森を歩くことができた。

「では人間達よ、ここでお別れだ」

 魔晶の森から遠く、人間達の住む領域との境界線近くまでやってきたところで、パタがそう言った。

「パタ、人間のことは──」

 話を察したパタがアーシアの言葉を遮った。

「我々はこれまで通り、森を守るつもりだ。あの遺跡と共にな。そしてもう、今となっては人間だからといって区別するものではないが、我々の使命はこれからも徹底的に守らせてもらう」

 パタの表情は晴やかですらある。もはや復讐が目的ではなくなっていたが、獣人族が安心して暮らしていくためにも、森の守護者であり続ける必要がある。

「わかったわ。……でも、心に留めておいて欲しい。人間達は、必ずしもあなたたちを害するつもりで、森を侵しているのではないということを」

「言われずとも、それはわかっている」

 人間は十分に、獣人達を恐れている。今となっては、彼らを害するつもりで森に入ってくるような連中はただの命知らずだ。獣人に襲われたところで文句が言える立場ではないし、人間の身勝手さが獣人を刺激しているのは周知の事実だ。

 しかし、森に立ち入ることは人間にとっては譲れないところだろう。資源としての木材を伐採することは必要だし、中央の森に眠る貴重な天然の魔晶石もまた、危険を冒してでも採集するだけの価値があるものだ。それ以外の目的、例えば知的好奇心に突き動かされ、旧世界の記憶を求めて魔晶の森深くに立ち入ることもあるだろう。

 この開拓大陸イヴェロムは豊かで多くの神秘的な謎に満ちている。この魅力的な大陸を得たい、魔晶の森に足を踏み入れたいという願望は、人間にとっての根本的な欲求であると同時に、この世界の歴史の真実を紐解くためにも極めて重要なのだ。

「今の俺にしてみれば、もう理由無く人間を傷つける必要はない。これからは、森で悪さをしない限りは、こちらから襲うことは極力控えるようにするつもりだ」

 パタがそう語った。

「それを聞いて安心した。人間達はあなた達を恐れているから、今までの強固な姿勢を貫いたら、逆に本気で攻撃してこないとも限らないもの」

 痛ましいパタの両親の件とて、一部の心無い人間の仕業である。それを過去の不幸な事件として片付けるのは忍びないが、しかし今までどおり終わり無き報復としての人間狩りを続けては、森にしか居場所の無い獣人たちにとっては結果として好ましくない事態に発展していきかねない。

「まあ、この状態がいつまで続くかは知らんが。人間達はこぞってこの地を我が物にしようと躍起だからな」

 複数の国が進出し、植民地化を進めるイヴェロム大陸の微妙なパワーバランスは非常に脆いと言わざるを得ない。外周部を支配する勢力同士がいつ大規模な闘争を始めるか知れない。あるいは、中央に進出するために獣人を目障りとして、一気に根絶しようとするかもしれない。この大陸の未来は混沌としているのだ。


 ──パタとの別れの時が近づいている。敵だった恐ろしい獣人も、今は古くからの親しい友人といった感すらあった。一同の胸中に、惜別の想いがこみ上げてくる。

「おい、小僧」

 別れを惜しむかのように、パタが異界の少年の前に歩み出た。

「な、何だよ」

 思わず身構えてしまう恵悟。しかし、続くパタの言葉は意外なものだった。

「お前と、その娘にした事を水に流してくれとは言えないが、その代わりに一族を代表して言葉を贈ろう。──小僧よ、お前には勇気がある。……ちょうど、そこにいる女戦士のようにな」

 そう言ってパタが指差したのはアーシアであった。

「ちょっと、戦士じゃないってば! 何度言ったらわかるのよ」

 途端に目尻を吊り上げて怒りを表す女戦士。

「まあまあ、アーシア様、ここは抑えて……」

 子供のようにいきり立つアーシアをなだめるトマの気苦労は、相変わらず絶えなかった。

「勇気……?」

 パタから贈られた言葉を反芻する恵悟。剛勇な相手から勇気があると褒められるなど、思ってもみなかった。

「遺跡で我々の攻撃を受けた時、そこにいるトマがアーシアに言ったそうだ。……犠牲の上に立つ勇気の愚かさを」

 パタがそんなことを話すので、トマは首をかしげた。

「あれ、そんなこと、言いましたっけ?」

「私の無茶を心配してくれたじゃないの。もう忘れたの?」

 アーシア達のおしゃべりを気に留めず、パタはそのまま静かに言葉を続ける。

「……しかし、本当の勇気とは、犠牲や無謀などものともしないところにあると、俺はそう信じている。勇気は真実であり、また全てを正当化できるのは、真実だけだ」

 滔々と語るパタ。恵悟は黙ってそれを聞いている。

「あんなこと言ってる。パタって見かけによらず意外と哲学的よね」

「しっ、黙って聞きましょうよ」

 一方、こちらは黙ってはいられなかった。調子に乗り出したアーシアをトマが諌める始末である。

「……小僧、いや恵悟よ。お前は大切な者を、そこの娘を護ることを怠らなかった。それは勇気の為せる業だ」

 パタはこれまで恵悟の行動を見てきたが、彼は常に身を呈して傍の少女を護ろうとしていた。それは男として、もしくは人として当然の行動なのかもしれない。特別なことではないのかもしれない。

 しかし、どんな状況下でもそう出来るというのは、けだし容易なことではない。大切なものを守りたいという気持ちが、少年に純粋な行動力を与えているのだ。パタはそこに、この少年の真実から生じた勇気を見た。

 自分を見失ってしまいはしたが、かく言うパタ自身の戦いも、本来は一族と妹のためのものであった。もし、彼が剣をとらねば、今頃魔晶の森は強欲な人間共の蹂躙するところとなっていたかもしれない。その行動が彼の言う勇気に基づく行動だったか、自己犠牲という美意識に見せかけた愚行に過ぎなかったか。……その答えは、もう出ているのではないだろうか。

「お前の行動に揺ぎ無き勇気を感じた。それだけは褒めてやろう」

 そう言うと、パタはいつものように、フン、と鼻を鳴らした。

 一方の恵悟は意外な賛辞を受けて、照れくさそうに頭を掻く。

「当然だと思うんだけどな……。特別、意識してやったわけじゃないし」

「ケイ君……っ」

 飾らない恵悟の言葉がよほど嬉しかったらしく、葵は守ってくれる少年の隣で頬を赤らめてしまった。

「まあ、私の場合、守ったのは全然大切な人じゃないけどね」

 初々しい両者とは対照的に、救いようの無い台詞を放つアーシアであった。守ってもらった側のトマは、ひどく傷ついたようで、「それはあんまりですよ」と言う。

(それはともかく……)

 悲しみに暮れるトマを横目に、アーシアは幾分顔の筋肉を引き締めた。

(本当は、守られているのは、私なんだよね……)

 そう思いながら目を閉じ、心強い妹の存在を噛み締めた。

「──では、ニュイさんにもよろしくお伝え下さい」

 話は尽きないが、このまま話し続けていても仕方の無いことである。トマが頃合を見計らって別れの時を示唆した。

「おっ、さすがトマ君。ニュイちゃんのことが気に入ったんだものね」

 すかさずアーシアが茶化した。この種の意地悪さは、トマに対してのみ発揮されるものだ。

「ち、ち、違いますよ! 僕はただ……」

「いいーんぢゃない? 人間と獣人のカップルってのも。ねえ、パタ?」

 アーシアの台詞がきっかけとなって、一瞬、パタの狼眼が猛獣のような凄みを帯びた。

「は、は、めっそうもない」

 そんな弱腰なトマの姿勢を見た一同は穏やかな笑い声を上げるのであった。

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