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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第六章 深淵に眠りしもの
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異変の元凶 ~ファバースの残影~

 2012/06/18……加筆修正を行いました。

 機械兵との戦いを制した一行は、遺跡地下の最深部へと辿り着いた。ところが、意外にもそこは行き止まりであった。見上げんばかりの巨大な灰色の壁が、彼らの行く手を遮っていた。

 通路が行き止まりであることを忘れ、アーシアは壁面に見入った。なぜならば、それが単なる石壁ではなかったからだ。

 途方も無く大きな壁一面に、背中に翼を有した戦士達が武器を手にして何かと戦っている様子が、ダイナミックな描写で表現されているのであった。

「もしかすると、これは邪なるものとの戦いの様子かしら──?」

 壁画彫刻から連想したのは、煌翼神ネア・ミアと混沌の化身ロトゥプスの伝説上の闘いであった。それは、一説ではロスト・エラを終焉に導いたといわれる、クァタナル・デフィリースドをもたらした闘いである。

 アーシアはいつまでも、大仰にすら思えるこの芸術的彫刻から目を離すことが出来なかった。彼女の横に立つトマもまた、食い入るようにそれを見続けていた。

「でも、そうだとしたらおかしくないですか? あれがロトゥプスだとしたら、戦いを繰り広げるのは必然的にネア・ミア様になるはず。あの戦士たちはそうじゃないみたいですよ……」

 確かにトマの言うとおりである。この彫刻には、何かに立ち向かう、幾名かの戦士の姿が描かれている。その中で特に目立つ人物は雄々しき男性である。巨大な剣を手にした人物が、恐ろしい姿をした何かに挑みかかろうとしている姿だ。残された伝承では、ネア・ミアが女神だと断言している。

「そうよね。それに、そもそもこれが邪なるもの──である確証も無いわけで」

 いくつかの謎と矛盾を孕んでいる壁画彫刻。これがロスト・エラ最期の戦いを記したものかどうかの鑑定すら不可能である。

「ふーむ。お前たちの言うところの邪神、か? そいつのことは全く知らんが、よほどおぞましい相手だったのだろうな。こいつは──」

 ここに刻まれた謎の敵対者。その描写から伝わってくるのは、例えようの無い不安と恐怖。まともに形を成していないところが、逆に恐ろしさを感じさせる。これをロトゥプスだと断定する術はないが、当時の人間にとって描くのが躊躇われるほど禍々しいものだったに違いない。この彫刻は、勇敢なパタにそんなことを想像させるのであった。


 続いて、アーシアはレリーフで描かれている戦士の一人一を細かくチェックし始めた。この場所の照明は十分に明るく、それが可能だった。

 彫りがそこまで精密ではないため、個々の特徴は薄い。だが、誰もが背中に翼を持っている。彼らは一体何者なのだろう。

「一人だけ。女性……らしき姿があるわね。これがネア・ミア様かな?」

 こじつけのような気がしないでも無いが、伝説が真実でこの壁画がそれを物語っているとすれば、この中に煌天神ネア・ミアがいるはずである。ならば、唯一女性的容姿をした戦士こそ、ネア・ミアなのではなかろうか。アーシアはそう考えた。

「ロスト・エラの終焉には、私と同じオーファが関与したっていう言い伝えがあるけど、ここにはそれらしき者は描かれていないわね」

 世界を滅ぼした戦いに、オーファが関与したという説がある。だからこそオーファは英雄的存在として語られてこなかったわけが、この彫刻にオーファの姿は見当たらない。

「本当は、オーファは関わっていなかったのか。それとも、当時から忌み嫌われる存在だったのか。──これは、ぜひ解明したい謎のひとつね」

 私たちオーファが悪者扱いされてきたのはなぜか。これまで釈然としなかったもの、それが歴史的な誤りである可能性を見た気がした。

「あの、アーシアさん」

「あら、ごめんなさい恵悟君。つい見入っちゃって。どうかした?」

 声をかけられ、ハッとして振り向くアーシア。考え事をすると、つい自分の世界に没頭してしまう性格だった。

「……俺達、この扉の向こうの部屋で、倒れていたんですよ」

「へえ。じゃあ、ここが目的の場所ってわけね。……で、その扉はどこにあるのかしら? お姉さんに教えて頂戴」

「えと、目の前にあるこの壁が、開くようになっているんです」

「嘘っ、これって扉なの?」

 恵悟は開くと言ったが、どう見ても行き止まりだ。巨大な壁画でしかない。彼が教えてくれなければ、この向こうに部屋が存在するなど夢にも思わなかったことだろう。

「こんなもの、どうやって開けるの?」

「この石を見てください」

 恵悟が指し示したのは、レリーフの下部中心に嵌められた宝玉であった。

「その玉に触れると、扉が開くようになっているみたいです」

 彼が説明したそれは偶然に発見した、扉を開ける方法だった。

「ふんふん。これはメナスト・テクノロジーを利用した仕組みのようね。どれどれ……」

 教えられた通りに、アーシアは壁面に嵌められた宝玉のに触れた。

「あれ……何も起きないですね」

 しん、と静まり返るだけの場。トマは辺りを見回し、また耳を澄ましてみたが、その語も特に変化があったようには思われなかった。

「何も起きない? おかしいな。俺の時は確かに……」

 今度は、恵悟がそっとその球体に触れてみた。

「……!」 

 すると、あたかもパズルが解けたように。壁面に光を放出する分割線が走り、複数個に分裂した。そして、それぞれが異なった方向にスライドして通路の上下左右に吸い込まれていった。

「………………」

 無言のまま、じーっと恵悟の顔を見つめるアーシア。

「な、なな、何すか?」

 つい、どもってしまった。緑柱石のような綺麗な瞳に見つめられると、恵悟は非常に弱かった。

「やっぱり、あなたヘンよ」

「確かに、ヘンだな」

「ヘンですね」

 最初のアーシアに続いて、パタもトマも頷きながら賛同するのであった。

「そ、そんなこと言われても……」

「そんなっ、ケイ君は普通です! 確かに、ちょっといい加減でやんちゃなところもあるけど、頭はいいし、や、優しいし……えっと、それから……」

 反射的に恵悟の味方に立った葵だが、結局のところよくわからない援護射撃になってしまった。

「まあ、あなたのおかげでこうして道が開かれたのだから、それはそれでいいんだけどさ」

 と言いながらも、アーシアは猜疑心たっぷりの眼である。創世時のメナストを持つ自分に開けられなかったものが、どうして異界からやって来た少年に開けられたのだろうか。この少年の正体が気になって仕方ない、といった様子だ。

「……では、そろそろ先に進むとしよう。先程のこともあるし、用心しながら調べるのがいいな」

 頼れるパタが先陣を切って、部屋に入っていった。他の者は彼の後に続いた。

「何か、わかるといいな」

 ここまでの行程で蓄積された疲労が。それとも、少なからず諦めの気持ちが湧いているのか。葵の声には些か力がなかった。

 部屋に足を踏み入れて間もなくのこと、アーシアが悪寒を感じたように身を縮ませた。

「……何、かしら。この感覚は……」

 彼女の心がざわついて落ち着かない。何かが肌にまとわりついて、例えようの無い嫌悪感を感じた。思わず目が泳いでしまう。

「どうした。具合でも悪くなったか?」

 そんな彼女の様子に気付いたパタが気遣った。

「大丈夫よ。ちょっと、嫌な感じがしただけよ。これはこの部屋のメナストのせいだと思うんだけど」

 彼女が感じ取ったのは、この部屋の中に漂っているメナストの残留物である。もう消滅しかけているが、あの異変の時に感じたメナストに似ていた。とても深く、冷たく、底知れぬ闇を連想させるものである。

(やっぱり、ここが異変の発生源とみて間違いないわね……)

 自身の落ち着かない気持ちをどうにかなだめながら、そう思った。

 

 それから一行は一歩一歩を確認しながらゆっくりとした足取りで進んだ。魔晶石のぼんやりとした照明が、部屋のミステリアスな雰囲気をより一層際立たせている。遺跡地下、その最奥にあるこの部屋は、どれだけの時間、眠り続けていたのだろう。

 静謐で厳か。今までとは明らかに違う空気は、古から受け継がれたものだろうか。紡がれた歴史の記憶が残っていて、何かを語ってくれるだろうか。シーレに生きる者ならば誰しも、今は失われた完全な世界に想いを馳せずにはいられない。


 やがて、彼らの前に悠然と、それは姿を現した。

 部屋の中心に設置された、用途不明の物体である。石壁に囲まれた部屋の中、異彩を放つ黒鉄色の何かは、見るからに煌天世界の技術で造られたものではない。

「何なんでしょう? これは」

 アーシアとトマは臆することもなく、その謎の物体を丹念に調べ上げた。

「どうやら、何かの機械みたいね。どことなく魔晶炉に似ているような……」

 それは丸みを帯びたカプセル状の機械で、高さはおよそ成人が肩車をした際の町長部の位置である。台座は動かないよう床にしっかりと固定されている。と言っても、そもそも重量的にそう簡単に動かせるものではなさそうだ。

 表面の材質は見るからに硬質な金属だが、サウルや先程の機械兵の魔晶装甲とはまた違う。艶光りした真っ黒なその鉄の塊が、見る者に限りなく無機質な印象を与えた。

「……あの、ここに文字が刻んでありますけど、古代文字じゃないですか? アーシア様、読めませんか?」

 機械の裏側に回ったトマが言うので、アーシアは彼の発見したものを確認してみた。見ればなるほど、機械から飛び出した腰の高さほどの金属板に、びっしりと文字が刻まれている。それは、あるいは単なる記号の羅列のようにも見えた。

「うーん、見たことも無い文字よ。さっきの古代文字とはまた違う。……パタは読めない?」

「いや、我々でもわからないな」

 パタは首を振った。

「こんな時、おじい様がいればなあ……」

 この異質な文字は、アーシアが知っているロスト・エラのものではない。アーシアは顎に親指を当てて、思考を巡らした。

(……この文字は古代語から派生したものなのかしら。あるいは、噂に聞く『超古代』の文字なのかも)


 ──超古代とは、真実味のほとんどない、御伽噺おとぎばなしや神話の世界だ。それは、発想豊かな一部の学者の空想が生み出した領域だ。存在が疑わしく、信憑性は皆無に等しく、伝説ですら語られることがない。

 そんなものが生み出された理由のひとつが、整合性という点において、旧世界の出来事と片付けた時、どうしても辻褄つじつまの合わない複数の事象が、時おり顕在化するためである。

 研究者たちは自説を正当化するために、どうしても超古代という未知なる世界の存在を提唱することになり、その結果として新た生じた事柄の矛盾に振り回されているのだ。

 研究者の見識など、陸地の大部分が失われている現在の世界においては、いかほどの信憑性も持ち合わせてはいない。だからシーレの人間は、ロスト・エラ当時のことさえ、ロクに知りもしない。学識者ですらその程度なのだ。

(となれば、逆に、これが未知の時代の遺物だという可能性を否定する根拠もないのではないか──)

 そういった可能性も含めて考えてみるが、情報の乏しさは致命的である。結論まで行き着かない現状があるからこそ、旧世界以前は謎に包まれているのだ。

「これ以上は、何もわからなそうですね」

 トマが機械を見上げたまま、残念そうに言った。

「そうね……。ここまで来て、真相がわからないなんて、残念だけど……」

「せめて、この文字を書き写しておきましょうか?」

「お願いするわ、トマ」

 トマは手帳とペンとインクを取り出すと、文字盤に刻まれた言葉を写し取っていった。

「確か、恵悟君たちは光に包まれて、気が付いたらここに倒れていたのよね?」

「そうです。えっと、ぼうくう……洞窟の中に吸い込まれそうになって、そのあと白い光が迫ってきて。気付いたら、ここに倒れていました」

「ううん……」

 ひとつ唸ってから、アーシアは頭の中を整理し始めた。


 ──異変の瞬間。メナストが爆発的に発生して光の柱が立ち昇ったのは、ファバースなるものがもたらした現象である可能性は高い。そして、その現象が起きた場所が、いま自分達のいるこの遺跡であると見て間違いない。異変の際に感じたあの異様な感覚は、この部屋に僅かに残されている謎のメナストから感じたものと似ている。

 ここが発生源である以上、目の前にあるこの用途不明な機械は重要であろう。最も重要な鍵を握っているもの、それがこの鉄の塊だ。


(そうね、例えば──)


 仮説だが、これが一連の事件を引き起こした張本人という予想を立てることができる。

 今、この機械は動いてはいない。しかし、どういうわけか例の異変が起きた時だけ起動し、そのせいで恵悟達はここに飛ばされてきたのではないだろうか。

 これは恵悟らの、光に包まれてここにやって来たという証言から推測したものだ。異変が起きて光が立ち昇った瞬間と、彼らが召喚された時間がほぼ一致している。

 確かに、一番の問題であるファバースの正体は謎のままではあるが、恐らくこの装置が何らかの形で関係しているはずだ。遺跡の地下深くに眠っていたこの装置には、必ず重要な意味がある。

 そして、ここから手をつければ、恵悟達がどのようにしてこの世界に来たのか、またどうすれば元の世界に帰ることができるのか、その手ががりも得られるかもしれない。

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