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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第六章 深淵に眠りしもの
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魔鋼機兵

 恵悟達の元に、軽やかに降り立ったアーシア。

「二人とも、大丈夫? 怪我はない?」

「は、はい。大丈夫みたいです」

 恵悟達の返事を聞いて、安堵の表情を浮かべた。

「アーシア、のんびり話をしている場合ではない。奴がこっちに向かってくるぞ」

 パタが注意を促した。光線の発射を終えた魔晶機兵が、アーシア達の元へと近づいているのだ。いくつもの瓦礫が転がる道程を、重厚な四本の金属脚が事も無げに踏み越えてくる。それは人間を追い込むのを楽しんでいるかのような、余裕を感じさせる、実にゆっくりとした速度であった。

「全く。本当に性悪な殺人機械ね。……二人は、できるだけここから離れて、避難していて」

「わかりました」

 安全の確保と同時に、これから行われる戦闘の足手まといにならないように、恵悟達は移動を開始した。本来ならばこの部屋にいること自体を避けるべきだが、引き返すのは余りにも危険が大きい。瓦礫を迂回し、あの機械人形の脇を通り抜けなければならないからだ。

「あっちは無理だ。通路の奥に隠れよう」

 恵悟が葵の手を引きながら言った。機械兵がさっきみたいに猛烈に暴れれば、どこにいたって危険には変わりない。戦闘の邪魔にならないような場所を探して隠れた。

「お、おーい、ま、待ってくれ。僕も行く!」

 二人の後姿を見て、慌てて追いかけるトマ。彼らはひとまず、空洞の奥へと退避した。

 そんな三人の行方を横目で追ってから、アーシアはパタと共に作戦を練り始めた。

「やつが硬いとは言え、どうやらダメージを与えることは可能なようだな」

 パタの言う通りである。彼の渾身の打ち込みによって、機械兵の肩口に僅かで

はあるが亀裂が生じたのが見て取れる。実際のダメージはほとんど無いようだが、『絶対に破壊できない』というわけではないのは確かだ。

「確かにそのようね。でも……」

 一度は頷いたアーシアではあったが。パタの剛剣が辛うじて損害を与えることが出来たとしても、敵を倒すには遠く及ばないのは明らかであった。。

「言いたいことはわかる。俺の剣でも、表面に傷を付けるのが精一杯だな。……さて、どうするか」

 ここぞとばかりに、アーシアは頭を働かせた。顎に親指を当てて策を練る。

 ──先程は軽微ではあったものの、パタがダメージを与えることが出来た。しかし、そう何度も攻撃のチャンスを与えてくれる相手ではないだろうし、都合よく同じパターンになったとしても、これ以上暴れられたら遺跡が壊されてしまう。ここで生き埋めはごめんだ。

 接近せず、狙い撃ちで倒せれば何も問題はないのだが──。あの装甲では、メナスト・コンロールも古代術も効果が期待できない。敵の魔晶装甲にはメナストの干渉を遮断し、拡散消滅させる性質がある。アーシアが得意とする攻撃術では、有効なダメージを与えることは出来ないだろう。

 何せ、神弓セイボアの直撃に耐えた相手である。非物理的な攻撃であっても、あの装甲を破壊できるとはとても考えられない。外的な攻撃に対しては、絶対的な防御力を誇っている。この堅牢なる表面装甲を持つ相手に、一体どんな撃破法があるだろうか──。

「表面……装甲……機械……」

 窮地に立つほど、アーシアの頭脳は目まぐるしく回転する。それが冷静な時の彼女の性質だ。敵の撃破のみに意識を集中すれば天賦の直感と経験が手伝い、自ずと答えは導き出される。

「──表面は。確かに、外装は硬い。けど、中身はどうかしらね?」

「む?」

「あいつの装甲を貫くことさえできれば、そこから私の術を叩き込める」

 そう。アーシアには『爆滅』という、敵を内部から破壊できる強力な古代術があるのだ。相手が機械ならばより絶大な効果が期待できる。

「なるほど。そういうことか。……しかし、貫くというのは難しい話だな」

 するとアーシアは、わずかに裂けている敵の肩部装甲を指差した。それは先程パタが斬り付けて作った傷跡である。

「──貫くのが無理でも、せめてもう少し大きな亀裂が必要だわ。パタ、あそこにもう一度お仕置きを加えてくれないかしら?」

 それを聞いて、それならば良し──と。パタは小刻みに何度か頷いた。

「承知した。任せておけ」

「それで倒せなかったら、もうお手上げだけどね。白旗揚げて、降参するしかないわ」

「……フッ、それも面白い。やつには理解できんだろうがな」

 パタがにやつきながら言ってみせた。

 とにかく、撃破の糸口は掴んだ。あとは運と作戦次第だ。だだっ広い空間を、本当にゆっくりとした動きで迫る古代兵器は、もう目前である。

「私とリシュが囮になってあいつを引き付けるから、よろしくね」

「心得た。俺よりもお前達のほうが素早いからな。……気をつけろよ」

 突如、響き渡る金属同士の衝突音。それはリシュラナの体当たりが生み出した音であった。機械人形はその威力をまともに受けて体勢を崩したが、安定感のある四脚を器用に動かし、倒れたりはしなかった。

 続いて、空洞内に閃光と火花が走った。機械四足の背中から得体の知れないパーツがせりあがった。その背中の発射口から、追尾誘導型の爆弾が連続して発射された。驚いたことに、それはサウルであるリシュラナが回避できないほどの速度と追尾精度を誇っていた。いや、むしろ対サウル用兵器と言うに相応しい物だった。

 全ては回避しきれず、一発が飛行中のリシュラナに命中した。体勢を崩し、壁に激突するリシュラナ。

「くっ」

 少しだが、そのダメージがアーシアにフィードバックされた。サウルが被った物理的なダメージは、オーファの神経、精神(場合によっては魂そのもの)に影響を与える。今回はそれほど深刻ではなく感覚的な不快さだけがあった。

「大丈夫か、アーシア」

「ええ。でもサウルに対して、とても有利に作られてるのね。対オーファ何とか、って言ってたけど──」

 額に手をやるアーシア。軽い目まいに襲われている。

「では、サウルとやらに頼らずにいくか」

 頼もしき獣人、パタがそう言って大剣を構えなおした。迫る魔晶機兵は本気を出したのか、一気に速度を上げ急接近してきた。アーシアとパタの視界を巨大な影が塞いだ。

 示し合わせた通り、二人はここで二手に分かれた。敵の攻撃には優先順位があるらしく、すぐさまアーシアの方へと向きを変えた。それはパタにとっては敵の背中を追う形となった。狙っている損傷箇所への攻撃は難しい。

「距離は良いが、背後からでは狙えないな」

 オーファを仕留める目的らしく、魔晶機兵はアーシアを執拗なまでに追跡した。

「うまく引き付けられたかな?」

 巨大なハンマーを背後からアーシア目掛けて打ち下ろす機械兵。

「遅いのよっ!」

 その攻撃を察知して、軽々と回避するアーシア。後には陥没した床だけが残った。それから次の動作を行う間もなく、機械兵は大きくバランスを崩した。戦闘に復帰したリシュラナの攻撃が再び炸裂したのである。

『ピ、ピピ……』

 やはり四足の安定感はかなりのものだった。前回よりも大きく体勢を崩しながらも標的を変更し、今度はリシュラナの方へと向きを変えた。

 そしてそれは、パタにとって最も攻撃に適した角度と距離だった。

「──好機ッ!」

 獣人戦士は跳躍し、空中で大剣を大きく振りかぶった。

「ガァアアアアア!」

 隙だらけの敵に、パタの強烈な打ちおろしが炸裂した。亀裂が生じていた肩部装甲に、寸分の狂いも無く、渾身の一撃が命中した。外装が抉れ、その内部構造が露になった。

「しめたっ!」

 アーシアは、一瞬の躊躇も無く飛翔した。狙うは敵の傷口だ。術の詠唱を行いながら接近する。

「──秩序は我が頭上を巡り、あまねく道理は我が手中に帰る────」

 迎撃体勢をとる機械人形。その腹部にある機銃口から、アーシア目掛けて銃弾がばら撒かれた。すかさずリシュラナが現れ、術者を護る盾となった。

 絶え間なく、連続して発射される銃弾が、リシュラナの魔晶装甲によって弾かれる。しかし彼女は決して怯まない。姉を、オーファを護るため、自らの意志で敵の攻撃を受け止める。

 敵との距離が一気に縮まると、リシュラナはその目前で横に飛びのいた。背後に隠れていたアーシアがすかさず敵に急接近する。彼女は敵の装甲の亀裂に、強力な術を叩き込んだ。

爆滅バザン・トッ!」

 爆滅術を受けた魔晶機兵のボディがひしゃげ、陥没し、圧壊した。内部からの破壊によって片腕が大破し、大きくバランスを崩す魔晶機兵。

 アーシアはその様子を確かめもせず、敵に背を向けて着地した。

 しかし、敵はまだ動ける。彼女の頭上に、ハンマーが振り上げられた。

「あ、危ない!」

 葵が思わず叫んだ。──しかし。

「……抗う者は必ず滅する」

 目を閉じたまま、アーシアが呟くと、バ・ザントの二次爆発が発動した。

 爆砕し、爆音と共に砕け散る魔晶機兵。上半身はほとんどバラバラに吹き飛んで、金属部品がそこら中に飛散し落下した。後に残された下半身の四本足が、音を立てて地面に崩れ落ちた。

「す、す、すげえ……」

 一部始終を見ていた恵悟はとにかくもう、驚くばかりである。


 魔晶機兵はアーシア達の連携攻撃によって倒された。敵は今や、原型を留めていない只のスクラップと化した。侵入者を排除するはずが、見事に返り討ちに遭ってしまったわけである。

「……」

 一同は、もう動かなくなったその残骸に近寄った。透明なレンズの奥にには、もう光は宿っていない。完全に機能を停止しているのだ。

「最初に通った時は、何でもなかったのにな……?」

 恵悟は疑問を持ったが、理由がわかるはずはない。それよりも、もし葵と二人っきりで通ったときに襲われていたら、と思うと心底怖ろしくなり身震いした。

 一方で、ロボットがまた動き出しそうな気がしてならないらしく、葵は恵悟の影から恐々とその残骸を見つめていた。

「もしかすると、外からの侵入だけに反応するようになってたのかな?」

 それは特に根拠のない葵の推論だったが、恵悟には割と的を得ているような気もした。

「みなさん、大丈夫ですか」

 安全になったと見るやいなや、トマが負傷した獣人たちを看始めた。その姿は衛生兵ばりである。

「動けないなら、ここで待っているといい」

 傷を負った仲間の獣人たちに向けて、パタが言った。

「面目ありません、パタ」

 こうして怪我人は出たが、ひとつの命も失われずにすんだことは幸いだったかもしれない。そう思いながら、パタはアーシアの姿を視界に収めた。

 強敵を仕留めたアーシアは、ちょうど一息ついたところだった。

「やれやれ、ひどい目にあったわ。物騒な物を残してくれちゃって、宝の番人のつもりかしら」

 乱れた髪を色っぽい仕草で整えた後、傍で浮遊するリシュラナの方を向に顔を向けた。

「……ごめんね、リシュ。私を守ったせいで、自慢のボディが傷だらけだわ」

 愛おしむように、リシュラナの装甲に残された無数の弾痕を指先で撫でた。

「でも、ありがとうね……」

 体温の無いリシュラナの身体に、自分の額をくっつけながら、アーシアはそう呟いた。

「キュキュー」

 元気な鳴き声を発し、マントの内側からヘイゾーが飛び出してきた。彼は木の幹を伝うようにアーシアの身体をよじ登り、その右肩に乗った。ちょっとだけくすぐったがるアーシアの頬に身体を摺り寄せたのである。

「うふ、ふふふっ。ヘイゾー、あなたも無事ね」

 それから、アーシアは足元に転がる機械兵のパーツを掴み上げた。

 その感触はやはりサウルの装甲に近いものだった。明らかに、現在のシーレのテクノロジーの産物ではない。

「……これが、術を通さない装甲か。パタがいてくれてよかったわ。私とリシュだけで倒せたかどうか」

 この魔晶機兵は地下遺跡の最深部を守り、侵入者を排除するため、何者かによって配置されていたと考えるのが妥当だ。しかも、メナスト使用者に対して優位に闘えるように設計されていた。

「あの智慧の書と何か関係があるのかしら……」

 獣人の村で見た智慧の書を思い出す。あれも旧世界のテクノロジーの産物だった。ふたつの間には何か繋がりがあるのだろうか──?

「……小さい部品をひとつ、おじい様へのお土産に持って帰るかな。きっと喜ぶわ」

 そう言って、アーシアは奇妙な形状の部品を腰嚢に詰めた。

「アーシアさん」

 横から現れ声を掛けたのは、恵悟であった。

「恵悟君、あなたにも怪我がなくてよかったわ」

「はい。……ありがとうざざいました」

 少年はいささか困惑した表情をしている。

「ごめんね。私の注意が不足していたわ。あなたたちを危ない目に遭わせて──」

 視線を落として謝るアーシアは、強い自責の念を感じていた。

「誤らなきゃいけないのはこっちだと思います。俺達、すげー足手まといになってましたから。それに──そもそも、付いていくって言ったのは俺ですし」

 恵悟はそう言葉を返した。

(割としっかりした男の子ね……)

 アーシアは感心して目を丸めた。子供だと思っていたが、どうやらこの少年を過保護にする必要はないらしい。

「……それよりも、さっきから気になってたんですが」

 恵悟はアーシアの目の前にいるリシュラナに、自身の人差し指を向けた。

「その、銀色の鎧みたいなの。それもロボットなんですか?」

「……なっ」

 アーシアは言葉を失った。相手が何を言っているのか理解できなかった。

「今、何て……?」

 この少年は今、何と言っただろう。確か銀色の鎧と言ったはずだ。

「恵悟君。あなた、リシュが……このコが見えるの?」

「え? もちろんですよ。当たり前じゃないですか。……どうしてですか?」

(嘘でしょう。まさか、そんなことが……)

 特異メナストの所有なくしては見ることのできないサウル。ところがそれ以前に彼は、敬語は────明らかにこの世界の人間ではないのだ。体内にメナストそのものを持ってはいないのだ。

(この子、ますます何者なのか……)

 恵悟の佇まいを凝視するアーシア。

 この少年は何かが違うという、その直感。それが今、確信に変わった。間違いなく、アーシアが知らない何かを秘めている。

「かっこいいなあ、これ」

 そんなアーシアの思惑などつゆ知らず、恵悟は少年の瞳で、リシュラナのボディを鑑賞し続けていた。

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