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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第六章 深淵に眠りしもの
31/54

潜行、古代の骸へ

 2012/06/17……現在、この章を中心に加筆修正と最新の設定の反映を行っております。道のりは長いですが頑張ってみます。


 静かな森の夜が明けると、予定通り遺跡内部の調査が始まった。携わる面子はアーシア、トマ、恵悟、葵、パタとお供の獣人が数名。恐ろしかった獣人達も、味方となれば心強い。

「ケイ君、頑張って帰るための手がかりを探そうねっ」

 どうしたことだろうか、葵は昨日とは打って変わって表情が明るい。

「あれ、葵。すげー元気じゃん。どしたの?」

「へへへ、わかるー?」

 いくら女性の適応力が優れているといって、この切り替えの速さはどうしたことか。

「だってさ、お風呂はさすがに無理だったけど、水場で身体を洗えたんだ」

 葵が嬉しそうに答えた。獣人の集落には風呂がなかったが、近くに大きな泉があって、そこで水浴びができたのだ。

「ああ、あの泉のことか。それなら俺も入ったけどさ……。いかにもなんか出てきそうで落ち着かなかったな」

「私は平気だったよ。凄く強いって評判の、アーシアさんと一緒だったからね」

「ふーん……あの人とねえ」

 恵悟は先頭を歩くパタのすぐ後ろ、丈の短いマントを羽織ったアーシアの後姿を見つめた。

「むふふ。少年、変な想像はしちゃだめだぞ」

 後ろから飛び出してきてからかったのはトマである。

「そ、そんなのしませんよ」

「うわっ、ケイ君最低。そんなにヤラシー人だったなんて……幻滅」

 そう言って、主張の少ない自身の胸元を両腕で覆い隠す葵。

「おい葵、お前まで……いい加減にしろよ」

 そんな恵悟の反応が面白かったらしく、トマがって言う。

「ははははっ、冗談だよ恵悟君。でも、彼女には気をつけなきゃだめだよ。僕なんて、あの人に何度疑いを掛けられて殺されそうになったことか」

 本人に聞かれてはまずいことだと、トマの声が急に小さくなった。

「は、はは……」

 どう反応していいかわからず、半笑いを浮かべる恵悟。

「トマ、ちょっといいかしら?」

 前方からアーシアが呼んだので、トマは小走りで彼女の元へ向かった。

「ねえねえ、ところでケイ君。あれ、ずっと気になっていたんだけど──」

「あれ?」

 葵の視線の先に目をやると、そこには水晶のような石があった。それらは地面から石筍のように生えていて、大小入り乱れた複数がひとまとまりとなっている。

「何だろうな。宝石みたいだけど……」

 朝の光を受けて燦然と輝く結晶を、横目で見ながら通り過ぎた。

 

 そうこうしているうち、一行は目的地にたどり着いた。薄い朝霧がかかった森の中、目的の遺跡廃墟は昨日と全く変わりない姿で佇んでいた。

 一行は内部に侵入し、遺跡廃墟の中央部に鎮座する祠に辿り着いた。

「恵悟君、この祠の中ね」

「あ、はい……」

「ん? どうしたの。あんまり眠れなかったのかな?」

「それもありますけど……」

 確かにその通りで、昨夜が中々寝付けなかったので今日は若干眠い。もしかすると、人間の中で最後に寝付いたのは自分かもしれない。恵悟はそう思った。

「まあ、いいわ。大変かもしれないけど、案内よろしくね」

「はい」

 全員で祠の中に入ると、奥にある石造の祭壇に動いた形跡があり、そこに地下へと続く階段が出現していた。

「驚いたな。まさか祠の中に、地下に通じる通路があったとは……」

 パタさえも知らなかった事実。祭壇の下に隠されていた階段を、アーシアは丹念に調べ上げた。

「どうして祭壇が動いたりしたのかしら」

「……ケイ君、言ったほうがいいんじゃない?」

 そう言って、葵が恵悟の脇を突いた。

「ああ、そうだな」

 恵悟はこの階段の入り口が、自分の手に現れた紋章によって内側から開いたことを伝えた。

「ええっ、恵悟君が開いたの……これ?」

「はい」

 見るからに重量のある祭壇は力任せでは動くまい。恵悟の言うことが真実ならば、その手に現れた紋章というのが鍵の役割を果たしたに違いないと、アーシアはそこまで推理した。

「信じられないけど、本当のことなんです」

 そう言って恵悟は異変が生じた手を差し出して見せたが、それは今は何の変哲も無かった。

「……不思議なことだ。異界からの訪問者の手に、そんな紋章が現れるとはな」

 パタが言った。

「そうね」

 アーシアの視線が、差し出された手から彼の瞳に移った。どう見ても嘘をついている人間のものとは思えない眼差し。それ以前に、彼がここで嘘をついても、何の得にもならないことは明白だ。

「恵悟君、あなたの言うことを信じるわ」

「ありがとうございます。でも、もしかしたら勘違いだったのかも。あれから一回も光らないし」

 自分の手を訝しげに見つめる恵悟。僅かに首を傾け、彼の横顔を興味深そうに見つめるアーシア。

「……」

 蚊帳の外になっている葵は、そんな二人の様子を無言で眺めていた。


 それから一行は、階段を使って遺跡地下へと下りていった。圧迫感をもたらす螺旋状の階段が、彼らを地下深くへと誘う。

「見てください。魔晶石を利用した灯篭ですよ。旧世界のものでしょうか」

 壁に取り付けられた光る石を指差して、トマが喋った。小さな魔晶石の照明が、暖かみのある光を放っているのだ。明るさは心もとないが、階段で足元を確認するには十分だった。

「発光反応を連続で発生させる仕組みね。蓄積されたメナストの一部を、簡易的な装置で表出・循環しているのね。魔晶石の性質を利用した、現代でも用いられるテクノロジー……」

 仄かな明かりに顔を照らされながら、アーシアが言った。

「……あのう、すみません。これ、森の中にあったのと同じやつですよね? 魔晶石って言うんですか? 見た感じ、綺麗な宝石のようですけど……」

 光る石の正体が気になる。どちらにというわけでもなく葵が尋ねた。

「ああ。君の言うとおり、確かに宝石みたいに綺麗だけど、特殊な天然石でない限りは金銭的な価値はほとんどないよ。この魔晶石がどんなものか説明するとね、メナストが集まって出来た結晶体なんだ。大体は機械に繋いで使うんだけど、こういう風に照明として利用するくらいなら半永久的に持つ」

 教えてくれたのはトマの方だった。

「その、メナストがわからないんですが……?」

 続く質問にもトマが反応する。

「メナストっていうのは、現代では魔晶元素って呼ばれていてね。この世界のあらゆるものの中に含まれている、世界の源なんだよ。大気や、地面や、人間の中にも、この魔晶元素が存在しているんだ。詳しく話すと長くなっちゃうけど……」

「あら、トマってば意外と博学なのね」

 おちゃらけてみせるアーシア。

「当たり前ですよ……というか、馬鹿にしないで下さい。こんなの常識じゃないですか。こう見えても僕はアカデミー卒業者ですよ」

「はーいはい、知ってますよ、トマ先生。恵悟君と葵ちゃんも、たまに優秀なトマをいじってあげてね。喜ぶからさ」

 悪乗りするアーシアに対し、トマは無反応を貫いた。

「あれれ。トマ、怒っちゃった?」

「別に……アーシア様の悪ふざけは、いつものことですからね」

「何よ、それ。つまらないの」

 だいぶアーシアの扱いに慣れてきたトマである。

「それよりも、この遺跡の地下施設。何の目的で作ったか、気になりますね」

「うむ……そうだな」

 猟犬のような鼻を斜めに持ち上げて、パタが思惟する。

「手の込んだ隠蔽が行われていたのだ、恐らくはただの遺跡ではあるまい。もしかすると、我々に与えられた使命は、森とこの地下部分を守ることだったのかもしれない」

 今は答えは出せないが、ここが何か重要な施設だったならば、その予測は正しいことになる。

「その、7入り口を隠すっていうのも、他者の侵入を拒むためとしか考えられないですね」

 それはトマの予測だった。

「鍵となる、紋章の件もあるしな」

 自分のことが話題になっていることに気付いた恵悟は、思わず前方の三人を見た。

「彼(恵悟)が言うには、封印は内側からされてたって」

 アーシアが振り向き、恵悟の顔を見ながら言った。

「当然、ここを守るためにそうしたんでしょうね。きっと、防衛手段だったんですよ」

 トマの主張に、アーシアは首をかしげた。

「うーん、そうなのかしら。その考えは確かに妥当に思えるけど、でも──何か、こう、違和感があるのよ」

 与えられた情報が少なすぎて、憶測でしか語れない。アーシアはいつになく難しい顔をしている。

「んー。わっかんないなぁ……」

 悩むあまり、無意識のうちに頭髪に五指を滑り込ませていた。この遺跡の正体もまた、旧世界の消失とともに消えてしまったようだ。

「ねえ恵悟君、何かわかる?」

「すんません。何も……」

「気にしなくてもいいのよ。当然だわ」

 聞いてみただけだと言う代わりに、彼女の手が宙を仰いだ。

「あ、でもこれは関係ないとは思うんですけど」

「何かしら。何でもいいわ、言ってみて」

「俺……誰かに導かれて、この世界に来たような気がするんです。誰かに」

 それは、彼がずっと気になっていたことであった。恐らくはこの遺跡とは無関係であろうが、自分に関わることであるから軽視はできない。

「誰か?」

「よくわからないんだけど、女性でした」

「女性? ……うぅん、謎は増えるばかりか。……その話、後で詳しく聞かせてね」


 言葉を交わしながら長い階段を下り終えた一行は、遺跡の最下層に辿り着いた。薄暗い通路の壁をびっしりと覆う彫刻がどこまでも続いている。

「不思議な文様が刻まれてますね」

 壁や柱を観察し、トマが言った。

「一体、いつの時代のものかしら。少なくとも、ロスト・エラでは見られない文字よ。もの凄く古いものには違いないだろうけども」

 古代ルーン文字をさらに抽象的にしたような文字群が何を語っているのか。アーシアが知っているロスト・エラの文字との共通点がほとんどないため、解読は無理そうだ。

「この地下部分は、どうも地上の遺跡とは時代を異にしているわね。この場所に見られる文様や文字は、地上の彫刻とは明らかに年代が違う。もっとずっと古いと思う。……ということは、ここはより古代の領域。凄い発見だわ」

 アーシアは予想を立てた。この地下遺跡は、旧世界の末期、ロスト・エラよりも前に作られたものに違いない。クァタナル・デフィリースド前の旧世界、それよりさらに古い時代の遺構ということだ。

 現在の世界、つまり煌天世界シーレに残されている旧世界以前の遺物は極めて少ない。にも関わらず、この遺跡はロスト・エラよりももっと古い時代の代物である。歴史を紐解く鍵になり得る、価値のある遺産である。古代文明研究者でもあるクエインの影響を強く受けているアーシアは、この世界に秘められた歴史を解き明かしたいと強く思っている。そのため、この遺跡は彼女の知的好奇心を大いにくすぐる場所なのだ。


 最深部に近づくにつれ、天井が高くなり、また通路の幅も広くなる。今ではもう、大きな部屋が連続していると言った具合になってきた。

「ここいらはずいぶん広いわね。天井も高い」

 一行の前に巨大な空洞が姿を現した。この空間の大きさは相当なものである。

「ねえ、見て。天井に何かあるよ。何かな?」

 葵に教えられた恵悟が見上げると、空洞の中央付近の天井に、巨大なオブジェがへばり付いていた。

「本当だ。前に通った時は気付かなかったな」

 石の地下遺跡には似つかわしくない、奇妙な塊である。恵悟はその物体に見入ってしまった。

「恵悟君、行くわよ」

「あ、はい」

 慌てて皆の後を追いかける恵悟。

「ねえ、何か、変な音がしない?」

 この時、葵が周囲の異変に気付いた。

「本当だ。何の音だろうな」

 言われてみれば確かに高音が鳴りt続けている。それは耳鳴りのようでもあった。

 そのまま、一行が空洞の中心部に差し掛かると。

『侵入者、発見』

 空洞内に響きわたる謎の音声。それは人間のものとは到底思われない、無機質な声色だった

「だ、誰の声ですか?」

 うろたえるトマの問いに、答えられる者は無かった。

「初めて通った時は、こんなのしなかったけど……」

 怯えた表情を浮かべて恵悟の腕にしがみつく葵。

「……上か!」

 アーシアが天井を見上げて叫んだのとほぼ同時だった。一行の目の前に、重量のある物体が落下してきたのである。その衝撃は凄まじいもので、石の床は脆くも崩壊した。

「きゃあっ」

 悲鳴をあげる葵。

「さっきのあれが天井から落ちてきたのか!」

 そう。落下してきたのは、先程のオブジェだとばかり思っていた物だった。近くで見ると、結構荒削りな金属の塊である。

「……どうやら、ただの金属じゃなさそうよ」

『ピ、ピピ』

 アーシアの読み通り、その金属物体はみるみるうちに形を変えて、あっと言う間に巨大な機械人形となった。

「ロ、ロボットだ!」

 恵悟が叫ぶ。それは四脚で、ハンマーのような腕を有したロボットだった。

 目まぐるしく動かす頭部には眼が複数個あって、それらが独立して回転しながら、カメラのレンズのような伸縮を繰り返している。先程の持続音の正体も、このロボットの駆動音だったようである。

「こいつは……まずいな」

 パタが瞳をギラつかせた。彼の持つ野性のカンが、危険を察知した。

『──侵入者ニ警告シマス。コレヨリ先ヘノ侵入ヲ固ク禁ズルモノデス。速ヤカニ退去シナサイ』

 奇怪なデザインのロボットが、抑揚に欠けた声で言葉を発した。

「気持ちよく眠っていたところを起こしてしまってごめんなさいね。私達はこの先に行きたいのよ。怪しい者ではないし、遺跡を荒らすつもりはないから、穏便に見逃してくれないかしら?」

『──警告ニ従ワナイ場合、武力ヲ以ッテ排除シマス』

 アーシアの言葉は全く通じなかった。

「ちょっと、聞いているの?」

『規定時間ヲ超過。コレヨリ、戦力確認モードヘ移行。警戒レベル上昇』

「話が通じる相手ではないわね。みんな、離れて」

「は、はい」

 アーシアの指示に従い、恵悟と葵は機械兵から遠ざかった。一方の機械兵は頭を回転させて、状況の確認と情報収集を継続しているようである。

『アナタ方侵入者ヲ、エネミー判定シマス。エネミー全識別。武装ヲ確認。戦力排除モード作動。警戒レベル上昇』

 機械兵から再びシステム音声が発せられた。

「どうやら、我々を排除するつもりのようだな」

 パタが背中の大剣を引き抜き、臨戦態勢をとった。

「──ならば先手必勝よ!」

 術の詠唱を終えたアーシアが先手を打ち、敵を撃ち抜く強烈な魔弾を放った。撃ち出された光弾は機械兵の胴体に直撃したが、くすんだ鋼鉄色の装甲がそれを難なく弾き飛ばした。

「ちょっ、嘘でしょう、神弓(セイ・ボア)が通用しないなんて……!」

 旧世界の術式型攻撃兵装である古代術の攻撃にも、敵は全くの無傷だった。

「間違いなく……障壁は展開されなかった。あれは装甲で防いでいた。まるでリシュの身体みたいだわ」

 これが古代テクノロジーで生み出された兵器だと確信した。装甲の特性が神石コアが生成したサウルの魔晶装甲に酷似しているのだ。こんな装甲の製造技術は、ロスト・エラの超絶的テクノロジー以外にはあり得ない。

「ね、ねえ、何……今の?」

「わかんねー……わかんねーけど、多分、魔法、かな?」

 今しがたアーシアが放った攻撃を見て、恵悟と葵はたまげてしまった。この世界において自分達の常識が通じないことはわかっていたつもりだったが、まさか巨大ロボットに魔法まで登場するとは思ってもみなかった。

『ピッ、サウル及ビメナスト制御反応アリ。第二種スペル・ウエポンノ行使ヲ確認。対オーファ・プログラム起動。警戒レベル上昇』

 間もなく、魔晶機兵は猛烈に暴れだした。

「葵、あぶねぇ!」

 危険を感じた恵悟が葵の手を取って走り出し、敵との距離をできるだけ開けた。もう一人の非戦闘員トマは、既に部屋の隅で頭を抱えてうずくまっていた。

「グオォォ!」

 恐れを知らない獣人たちはこの兵器に勇猛果敢に立ち向かっていった。

「グワァァー!」

 だが、呆気なく返り討ちにあってしまった。機械兵が巨大な腕で、それらの獣人たちをまとめてなぎ払ったのである。どうやら、並の獣人の力ではこのロボットには敵わないようだ。

「お前達、もういい。距離をとれ。無理をするな」

 そう言ってから、パタ自身は全速力で敵に向かっていった。

「ウオォォォッ!」

 咆哮し、高々と跳躍するパタ。自慢の大剣で斬りかかった。敵は、片腕の装甲板でそれを受け止めた。その上で、着地したパタを狙ってハンマーのような腕を振り下ろした。パタは飛びのいてその一撃を回避し、その反発を活かして敵の肩部にさらなる一太刀を加えた。

 金属的な炸裂音が鳴り響く。パタによる強烈な剣撃にも関わらず、相手の受けた損害は、ほんの僅かな亀裂が入っただけにすぎなかった。

「たあッ!」

 好機と見るやいなやアーシアが飛び掛り、魔晶の黒剣による追撃を加えた。だが、彼女の力では敵の装甲に傷をつけることができなかった。逆に、斬りつけた勢いで彼女の手が痺れたほどである。

「つぅっ……。腕力を強化しての攻撃だったのに。この強度は尋常じゃない」

 そう言って舌を巻いた。ここまで硬い相手は初めてだった。

『ボディ損傷チェック。極メテ軽微。機能全正常、殲滅ニ支障ナシ。ルールニ従イ、警戒レベル上昇。火器管制ノロックヲ解除。ターゲッティング・モードヘ移行』

 機械兵が早口で、システム音声を口走った。

「……何やらヤバそうな雰囲気ね。本気を出させちゃったみたい」

 この古代テクノロジーの産物は、とんでもなく厄介な代物のようである。

『ピ、ピピ!』

 内蔵火器の使用制限を解除したロボットは、妙な信号音を鳴らした後、その眼から赤色の光線を発射した。

 地面を這うように襲い掛かる破壊光線。斜線上の床は、まるでナイフに触れたケーキのように容易く切り刻まれた。

「ッ!」

 パタが俊敏な身のこなしで横っ飛び、その光線を回避する。続けて敵はグルリと頭部を回転させて空中を飛翔するアーシアを狙ったが、当たらなかった。空中でのステップを活用してこれを上手く回避したのである。

「うわっ!」

 目標を外した光線は壁や天井に命中し、圧倒的な威力で切断した。その射程距離は凄まじいもので、隅っこに退避していた恵悟と葵の傍にまで届いた。

「わぁあ、ケイ君!」

 二人の近辺に次々と降ってくる重たい破片群。この時、恵悟は無意識的に葵を庇う動きを見せた。

「しまった! リシュ、お願い! 二人を助けて!」

 すかさずリシュラナが、恵悟たちに降り注ぐ岩盤を排除する。しかし、敵の執拗な攻撃を避けながらでは、彼女の動きにも限界があった。光線によって切断された図太い石柱の残骸が、高校生二人の頭上に落ちようとしていた。それは、視界を完全に遮られるほどの巨大さであった。

「いけないっ、早く逃げて……!」

 大声を上げるアーシア。走ればギリギリで避けられる。だが、恵悟達は動きたくても動けなかった。桁外れに大きな落下物を前にして、足がすくんでしまったのである。二人は観念して瞼すら閉じた。

(もう、ダメだ────!)

 今まさに、二人は巨石の下敷きになろうとしていた。

「……!」

 その瞬間。轟音が鳴り響いたかと思うと、頭上から細かい石くずがパラパラと降ってきた。当人達の絶望的予想に反して、巨石の残骸は落ちてこなかった。


 ──何が起こったのだろう?


 事態を飲み込めない恵悟達。二人が瞼を開くと、その眼前にはひとつの大きな背中があった。

「……ぼやぼやするな。死にたいのか」

 それは威風堂々たる白毛の獣戦士、パタであった。

 巨大な石柱の残骸が二人の上に落ちてこなかったのは、パタが強烈な一撃を見舞い、それを粉々に打ち砕いたためであった。その証拠に、恵悟達が周囲を見れば、彼らを取り囲むような形で、砕け散った石塊の破片が落下していた。

「おい小僧。お前も男ならば、女の一人くらい不自由なく守ってみせろ。……もっとも、自分の身すら守れない者には無理な話だが」

 パタが振り向いてそう言った。これはむしろ、恵悟に対するエールである。

「こ、小僧じゃない。俺は恵悟だッ!」

 口走った本人がすぐに後悔した台詞だった。

「フン、威勢だけは一人前だが」

「……あ、あの。助けてくれて、ありがとうございます」

 恵悟に庇われていた葵が、戦々恐々ながらパタに向かってお礼を言った。

「礼などいるか。重要な人間だと言うから、守っただけだ」

「……」

 パタの言動には、素直になれない不器用さがにじみ出ている。彼が人間を守るために剣を振るうのは、これが初めてのことであった。

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