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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第五章 フロンティア・イヴェロム
29/54

蘇る使命 前編

2012/08/01……加筆習性を行いました。それに伴って文字数が膨らんだため、二話に分割しました。

 深き森の宵闇の中、獣人族集落での宴が始まった。

 獣人たちは多種多様な民族楽器で音楽を奏で、それに合わせて歌い、踊り始めた。彼らは音楽や舞踏をこよなく愛している。リズミカルな手打ち太鼓の音に合わせ、色鮮やかな衣装に身を包んだ踊り子が優雅なダンスを披露すると、宴はますます盛り上がっていった。

 また、会場には大量の酒が用意され、次々と運ばれてくる料理も採れたての木の実や食べられる植物、動物の肉など実に品目豊かなご馳走であった。全てが森の恵み、彼らの食生活を物語る心づくしの料理なのだが、恵悟と葵はろくに手をつけようともしなかった。監禁されて連日これらの食べ物ばかり味わっていたためうんざりしていたのである。

「アーシア、お前は悪霊使いのようだな。さすがに驚いた。昔語りでしか聞いたことがなかったからな。人間の女とは思えない強さだ」

 器一杯にそそがれた醸造酒を水のように飲み干してから、パタが傍に座っているアーシアに言った。

「悪霊、って言うのはやめてくれないかしら。大事なパートナーなんだから。本人も傷つくわよ」

 アーシアはそう言って機嫌を損ねたということを態度で示した。リシュラナは断じて悪霊などではないのだ。その呼ばれ方を許すことは出来ない。

「そうか、すまなかった」 

「アーシアさん、あの……」

 パタに続いて、今度はパタの隣に座っているニュイが話しかけた。

「こんな喜ばしい宴の時に何ですが、どうしてもお伝えしておきたくて」

 閉じられていたニュイの瞼が開かれ、そこに現れた黄金の瞳が虚空を見つめた。

「あなたと会った時から、私の見えない目に映るものがあります。それが暗示するものは、災いと変化。どうやら、あなたの国には近い未来、避けられぬ災厄がもたらされるようです」

(これが、巫女の予見……か)

 獣人族の巫女であるニュイが見る映像は、かなり漠然としたおぼろげなヴィジョンであるが、彼女のリーディングで導き出された予見は外れたためしがない。その彼女が今、トラシェルムの未来に起こることを告げたのだ。

「残念ながらその災厄がもたらされる時期や、その後の行く末まではわかりませんし、私にはそれを回避する術を教えることも出来ません。ですから────ただ、どうか用心なさってください」

 そう伝えると、ニュイは再び目を瞑った。

「教えてくれてありがとう。心に留めておくわ」

「何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれ。お前の力になろう」

 図太い声でそう語るパタは勇敢かつ義理堅い性格らしく、アーシアには信頼に値する人物に思われた。味方となればこれほど心強い者はいないだろう。

「それにしてもおばあちゃんったら」

 ニュイが憤りを露にしながら口に出した。

「どうしたの?」

「失礼なことを言うようですが、人間が嫌いなんです。私たちのおばあちゃんは。始めての種族を超えた宴なのに、家から出ようとしないんですよ」

 話を聞いて、両種族間の確執を考えればそれもわからない話ではないと、アーシアは小刻みに何回か頷いた。そうしてから目を舞踏に移し、紡がれる音楽を体感していると、獣人たちの因習や日々の生活ぶりに興味が湧いてきた。

「それにしても……文化的よね、獣人族って──」

 想像していたのとは違う、意外な生態。彼らの本質が野蛮なものではないことがよくわかる。建物や衣服もそうだが、集落のそこかしこに薫る普段の生活の面影は、彼らが日頃から文化的な生活を営んでいることを示している。ましてや、人間を憎む気持ちに変化が生じた、今の友好的な態度である。

 森を縄張りにして生きる閉鎖的な蛮族。好戦的で知能の低い種族。それが彼らに対する人間一般のイメージであるが、実際にこうして接してみると、理由も無く人間を傷つけたりはしない一族だということがよくわかる。お互いに歩み寄れさえすれば、人間と上手に付き合っていけそうなものなのだが、というのがアーシアが持った印象である。

「どうかしら? 人間とはうまくやっていけそう? 少なくとも、私達とは仲良くなれたみたいだけど」

「……」

 アーシアの問いかけに、ニュイは少しの間、口をつぐんでいた。

「正直なところ、人間への恨みが容易く捨てきれるとは思いません」

 深々とした口調で語るニュイ。

「私や兄が全ての人間を許せたとしても、この集落──いえ、獣人族としてはとても難しい問題です。私達の両親の事件の影響は今も強く残っていて、とても根が深いのです」

「そっか……残念ね」

「……でもきっと、いがみ合うばかりではない、良い関係がこれから築けると信じています。アーシアさんが言ってくれたように、こうしてわかりあうことが出来たのですから」

 語り合うアーシアとニュイ。そんな彼女達の様子を離れたところから眺めていたのは開放されたばかりの異界人、恵悟と葵である。二人ともまだ若干表情が強張っている。何と言っても獣人は今まで自分達を監禁していた相手だ。散々怖い目にあわされた経緯もあって、なかなか警戒を解くことができずにいた。

「助かったんだよね? 私達」

 まだ信じられないといった面持ちの葵である。

「多分な。でも、何が何だか……」

 答える恵悟も同じような表情を浮かべていた。

「うん。わからないことだらけだよね……」

 それでも、わかることが無いでもなかった。例えば、あのアーシアという女性だ。

「アーシアさんって人、いい人そうだね」

「あぁ。何となくだけど、あの人なら信じてもいいかもしれない」

 一時は死すら覚悟した二人である。それがどういう因果か、囚人から宴の賓客へと立場が一変したのだ。

 恵悟は松明の炎で赤く染まるアーシアの顔を、じっと見つめた。聞いた話では、獣人たちの態度を一変させたのは彼女だということだ。つまり、彼女のおかげで自分達は釈放されたのである。もし、あのまま監禁されていたら、と思うと今でもゾッとする。

 アーシアが何者であろうと命の恩人には違いない。恵悟はこの時、そう確信した。


 *  *  *


 当事者の思惑などまるで関係ないかのように、獣人の宴は続いた。

 演奏される音楽が、静謐で緩やかなアンビエント調に変化する。


 やがて集落の中央に設けられた祭壇の上に、一人の獣人が現れた。それは、獣人族の巫女ニュイであった。彼女は白く透き通ったヴェールと、幾何学模様の刺繍が施された純白の装束を身にまとい、森の神に捧げる踊りを舞い始めた。その神聖な舞は、森の平和と一族の繁栄を祈る踊りでもある。美しく、厳かに、しかしどこか情熱的で艶かしく。柔らかに身体をくねらせ、よじり、全身くまなく、その指先までもが鮮烈な表情を放っている。見る者全てが、祭壇上の彼女の表現に胸を打たれずにはいられない。言葉では伝えようの無い幻想的な美しさ、神々しさがそこにはあった。

「綺麗……」

 葵はその圧倒的で神秘性溢れる光景に惹かれ、うっとりとした顔つきで見入っていた。

「ハイ、お二人さん」

 ニュイの奉納の舞いも終わりに近づいた頃、恵悟たちの背後から声を掛ける者があった。二人がその人物を見れば、アーシアの仲間、トマだった。結構な酒が入っているらしく、顔が赤色を帯びている。

 アーシア同様、このトマという男も悪い人間ではなさそうだと判断していた。恵悟はある程度なら信用してもいいと思い始めていた。

「ねえ、お二人さんは一体どこから来たんだい? 不思議な服を着てるね」

 トマが高校生二人の格好を交互に見てから言った。

「えっと、これは制服で……」

 言い終えないうちに、トマがポン、と手を叩いた。

「なんだ、制服だったのかい。じゃあ、君達はどこかの国の役人なんかをやっているのかな。僕よりも若いのに凄いね。……それとも、士官候補生とかかな?」

 困惑する二人を置き去りに、トマは質問を続けた。

「いえ、これは学校の制服なんです」

「そうか、学生さんか! なるほど、なるほど。道理で……」

 煌天世界シーレの学校にも学生服は存在する。トマは納得したようであった。

「あの……ここは日本国内ですか? それとも、他のどこかの国なんでしょうか?」

 今度は二人が質問する機会が与えられた。この機に、葵がついに核心に迫る質問をしたが、ここが自分達が知っている地球上の世界では無いという確信がある恵悟は適当に話を聞いていた。

「ニホン? ……」

 尋ねられた途端、トマが思慮顔になった。それと同時に、葵の背筋に冷たいものが走った。信じたくはない事実が明るみに出ようとしている。

「ち、地球ですよね、ここ?」

「チキュウ? チキュウってなんだい? 君たちは一体……」

 震える喉の奥から絞り出された葵の質問に、トマはますます困惑の色を深めた。

「煌天世界、シーレ」

 いつの間にか、二人の傍にはアーシアの姿があった。トマに代わり、今度は彼女が恵悟たちと受け答えをする。

「旧世界ロスト・エラがクァタナル・デフィリースドによって終焉を迎えてから後、この世界は煌天空世界シーレと呼ばれているわ」

 煌天世界、シーレ……。恵悟と葵は顔を見合わせた。アーシアは今、確かに「世界」と言った。世界が違うとなると、ここは日本はおろか地球でもない。

「それってまさか……」

 目を白黒させる少年少女。アーシアは無言のまま、顎に親指を当てて考えを巡らした。

「これまで得た情報を整理して考えると……どうやら、あなたたちは違う世界の住人のようね。確証はないけど、そう考えるのが妥当だと思う」

 それがアーシアの導き出した結論だった。

「そ、そんな……嘘でしょ。そんなことが……」

 呆然とする葵。このところ、持ち前の明るさが影を潜めてしまっている彼女は反応すら弱々しかった。一方の恵悟は、ある程度予想していたことなので、やはりと思う程度だった。ほとんど狼狽の色は示さなかった。

 だが、二人ともアーシアの言葉を信じたくは無いという点においては、共通だった。

「でも、アーシア様。二人が異世界からやって来たとして、こうやって我々と普通に話せるのはおかしくないですか?」

 トマが抱いた疑問はもっともだ。なぜ住む世界を異にする彼らと言葉が通じるのだろう。しかし、その理由など、現状いくら頭を捻ったところで導き出されるものではない。

(……異世界からの来訪者、ね。これは只事ではないわ)

 あの異変の予兆と、この若者たちはどう関わりがあるのだろうか。全ての謎を解く鍵を、この二人が握っているのだろうか。

(やはり、あの遺跡か……。あそこに何かがあるはず)

 アーシアの視線が遙か遠方に向けられた。



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