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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第五章 フロンティア・イヴェロム
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6−5 「開放、それぞれの」

「やめて!」

 月下の遺跡にこだまする悲痛な叫び声が、この闘いの決着を妨げた。他の獣人達に左右の腕を引かれながら、ゆっくりとアーシアたちの前へ進み出てきたのは、パタの妹であり獣人族の巫女でもあるニュイであった。

「ニュイ! どうしてここに……」

「兄さん、このやり方は間違っているわ」

「な、何を」

 意外な方向へと展開しそうな、先の読めない場面となった。アーシアは事の成り行きを見守る姿勢をとった。パタをから距離を置き、剣を収めたのである。

「何が、間違っている。他にどんな方法があると言うのだ」

 パタは辛そうに上半身を起こし、壁にもたれかかった。ニュイは従者に誘われて、満身創痍のこの兄に歩み寄った。

「……もうやめましょう。恨みを恨みですすぐようなことは」

 ニュイはずっと言いたくて言えなかった言葉を、ついに口にした。彼女は本気で兄を諌めることを決心し、この場所へとやって来たのである。

「さっきから何を言っているのだ、ニュイ。まさか、人間が何をしたか忘れたわけではあるまい。俺たちの両親を殺し、そのせいでお前はものを見ることができなくなった。いつかは根絶やしに……」

 ニュイは首を横に振って、パタの言葉をを遮った。

「……ごめんなさい。兄さんには言えなかったけども、私はこうなることを知っていたの。そう、予見を見て知っていた。お父さんお母さんが殺されることも、それによって私の目が見えなくなることも」

「な、何だって」

「おばあちゃんにだけは言ったわ。おばあちゃんも昔は巫女だったから、相談に乗ってくれた。私、聞いたの。予見の結果は行動次第で変えられるか、って。その時、言われた……例え予見を知らせたところで、どんな準備をしたところで、結果を変えることはできないって。私、怖くて、自分の見た予見のこと、とてもじゃないけど言い出すことができなかった。誰にも言えなかった。そして、予見は現実になった」

「……」

「だから、私はそこまで絶望していなかった。あるがままを受け入れようって思っていたから」

 妹の口から事実を聞かされ、パタは愕然とした。妹は降りかかる災厄を知っていた。そして、抗うことなくそれを受け入れていた。妹は覚悟していたのだ。そこに、人間に対する恨みなど生まれようはずもない。彼女は始めから、人間を恨んでなどいなかったのである。

「それなのに……いえ、だから一番つらい思いを兄さんにさせてしまった。私が……」

 ニュイは、自分のしたことを後悔しつつも、それを言い出せず、心に秘めて生きてきた。彼女の搾り出す一言一言に嗚咽が混じり出すと、周囲の獣人たちが堪らずにすすり泣きを始めた。彼らの間にある強い連帯感がそうさせるに違いなかった。

「ごめんなさい、兄さん……私のせいで……。あの予見のこと、ちゃんとみんなに言うべきだった。そうすれば、こんなことにならずに済んだのに」

 ずっと胸に秘めてきたこと、口に出したらもう止まらなかった。想いが濁流になって、堰を切ったかのように流れ出した。

「私は兄さんが人間への復讐を誓ったときも、止めることすらできなかった。兄さんの気が済むのならば、それでいいと思ってしまった。……でも、それも間違いだった。最近になって、やっとわかった。近頃の兄さんは、まるで死に場所を探しているようだったもの」

 妹がそこまで考え、そして感じていたとは、パタは知る由もなかった。きっと彼女は近頃の兄の姿を見て、心を痛めていたに違いない。そして自責の念にさいなまれ、苦しんでいたに違いない。ニュイは謝ったが、何も知らずにいたパタよりも酷くつらい想いを抱いていたかもしれないのだ。それも、ずっと、ずっと長い間である。

 ニュイの閉じられた瞳から大粒の涙が零れ落ちた。それは、自らの勇気の無さを悔やんでの涙だった。流れ出る涙は、拭ってもとめどなく溢れ出てくる。

「……ニュイ、泣かないでくれ。頼む」

 誰よりも妹が大事なパタ。彼女の涙ほど彼を哀しませるものもない。

「ね、兄さん、もっといい方法があるはずだわ。人間にだって良い人はいる。今、兄さんと戦ったその人も、私には姿は見ることはできないけれど、温かい光にあふれた人よ」

 パタは無言で目を伏せていた。この時、彼が思っていたこと……それは、いつしか自分の中にも数々の迷いが生じていたということである。


 ──俺は、逃げていたのかもしれない。本当は、現実を受け入れることができなかったのかもしれない。

 迷いが生じたとき彼は、この兄思いの妹に背を向けるか、あるいは敵に対して力を振るうという強硬手段でそれを断ち切ってきた。自分の弱さを認めるのが嫌で、そうやって紛らわせてきたのだ。


 しかし、今。

 それらが一瞬にして空しくなった。

 あるいは、馬鹿馬鹿しくなったのかもしれない。


 ──自分は何と戦ってきたのだろう。



 パタは妹の手を取り、一緒に立ち上がった。それから改めてアーシアの前にやってきた。

「人間の女よ。名乗るのが遅れたが、俺はパタという者だ。お前たちの言うところの、獣人の長だ」

「私はアーシア」

「アーシアか……人間にしては、いい名だな。うっ……」

 あたかも山が揺らぐように、巨体のパタがよろめいた。まだ身体にダメージが残っているのである。

「兄さん」

 ニュイが慌てて、彼を支えるために手を貸した。

「大丈夫だ」

 パタがその手を優しく振りほどく。一連のやり取りを見終えてから、アーシアは二人に話しかけた。

「人間が、ずいぶんとひどいことをしてしまったみたいね」

「……この大陸は平和そのものだった。だが、俺と妹が幼いころ人間がこの大陸にやってきた。そして全てが変わった」

 勇猛な獣人の戦士には先ほどの威勢はもう無く、むしろ項垂れているようですらあった。

「我々は森の民。狩猟を生業として暮らしてきた」

 パタが回顧し始めた。それは、彼ら兄妹がまだ幼かったころの話である。

「ある日、俺と妹、それに俺たちの両親は狩りに出かけていた。森の外れ近くまで行ったのがいけなかったのだろう。人間の戦士と思わしき者どもに遭遇してしまった」

 もう危険がないことを知ったトマが、そろそろとアーシアの後ろへやってきた。パタは目もくれずに、なお回顧を続けた。

「俺たちは人間を知っていたが、向こうにしてみれば、こちらは魔物に違いない。襲われると見たのか、先に攻撃を仕掛けてきた。我々の姿を恐れず向かってくるとは、今でも信じられないが」

「恐らく魔物を狩って稼いでる奴らね。もしかしたら、初めからあなた達の命を狙って来たのかも」

「魔物狩り……? フッ、そうか。狩る立場の我々が逆に狩られたということか。俺たちの両親はそのせいで命を奪われたということか」

 パタはその事実の前に、嘲笑する他なかった。

「あなたたちは無事だったのね」

「両親が庇ってくれた。俺も戦いたかったが、みんなほとんど丸腰だったから、親父がそれをさせなかった。敵は数も多いし、武装もしっかりしていたからな。俺は妹を連れて逃げ出した。が、妹は両親の死ぬ瞬間を見てしまった。それ以来、目が見えなくなった」

「両親が……そう」

 パタ達の体験は、アーシア姉妹が子供の頃味わった苦難に少なからず似ていた。

「以来、兄は人間に復讐を誓ったのです。森の民を率いて。私たちは領域を侵す人間をたくさん殺しました。どんな理由があろうと、許されることではないと思っています」

 ニュイはそう言った。優しい気質の彼女は、基本的に争いや憎しみを好まない。

「あなたたちは賢いのね。きっと、これから良い生き方が見つかると思うわ。むしろ愚かな人間をどうにかしないとね」

「……」

 人間の側でありながらも、アーシアの考えは中立的で、分別があり、また恣意的なものではなかった。今までに出会った、自分勝手なだけの人間達とは違う。パタは、しばらく目をつぶっていた。

「アーシア、妹のニュイは巫女の血を継いでいる。巫女は未来に起こる出来事を、ある程度だが見ることができる」

「すごいですね。人間にはそんな人いないですよ」

 思わず、トマが驚愕の色を示した。

「どのくらい前だったか、ニュイが予見を見た。それによれば、この遺跡から光の柱が立ち上り、異様な格好の人間が現れる。そして、その人間は重要な使命を帯びている、というものだった」

「まさか、僕達のことではないですよね」

 トマがアーシアの顔をのぞきこんだ。

「いや、実は数日前、予見の通り光の柱が立ち昇った。我々はそれを見て、この遺跡にやって来たのだが、その時に二人の人間を捕まえた。妙な格好をしている子供だ」

「! ……その二人は今どこに?」

「あぁ、俺たちの集落に監禁してある。人間のことはよくわからんから、お前たちの意見を聞きたい。一緒に来てくれ」


 こうした事態を受けて、獣人の集団と人間が二人、森の中を歩き始めた。パタとニュイを先頭に、アーシアと、まだ恐々と付いてくるトマ、その後ろに獣人の団体。美しい小川を過ぎ、樹齢の予想もつかない巨木の足元を過ぎると、割と遺跡から近い距離にその集落はあった。

 彼らの住居は木造で、人間が建てるような家屋と大差ないものだった。会話からもわかるが、結構な知能があり、文化も極端に野蛮なものではなく、むしろ質素で自然に根ざした生活ぶりは静かで好感が持てるものである。彼らは元々、蛮族ではない。

「我々は決して必要以上に物を採らない。森の恵みは偉大だからだ」

 パタが当然のようにそう言った。

「足るを知る、か。他の人間にも聞かせてやりたいわ」

 やがて一行は、頑丈そうな造りをした小屋の前に到着した。どうやら、先程パタが言った人間達は、この中に閉じ込めてあるらしい。

「ここで待っていてくれ。今連れてくる」

 パタは小屋に入ると、恵悟と葵のいる牢の鍵を開けた。幽閉されてしばらくは騒ぎ立てていた恵悟も、今はもうそんな気も失せていたので、ただその様子を眺めていた。

「出ろ」

 パタが言った。恵悟は訝しそうにしていたが、気持ちで負けまいと怒鳴りつけた。

「言っとくけどな、人間なんて食ったってまずいんだぞ(……って聞いたことがある)!」

 パタは豪快に、大笑いした。

「安心しろ。見るからにまずそうな人間など食ったりするものか。それよりも長い間こんなところに閉じ込めてすまなかったな」

 そう言われて恵悟は、ぽかんとするほか無かった。

「どういうことなんだろう?」

 恵悟と葵はよくわからないまま開放され、小屋から出ることができた。


 ホー、ホーと鳴くフクロウの声が、森の夜を告げている。二人にとっては久しぶりに吸う外の空気だった。

「ケイ君、人」

 葵が見つめるその視線の先には、服装こそ妙だったが自分達と同じ人間の姿があった。

「あ……」

 何とも情けない第一声だったが、無理も無いこと。今の彼の精神状態では、目の前に普通の人間がいるということすら奇妙に思われたのである。

「何だろうね」

「敵じゃなさそうだけど」

 恵悟はそこに立っている、二人の人間を観察した。

 一人は長身だがひょろっとして何だか頼りなさそうな男。対して、もう一人の女性の方は……何というか、きりっとした美人であった。珍しいものを見るような目をした男の方と違って、とにかく興味津々といった視線で思いっきり自分たちを見つめている。

(あれ、でもこの人……)

 恵悟は不意に思った。

 ここに来るまでに何度か見た、あの幽霊のような謎の女性に似ている気がしたのである。そう考えて女性の顔を見つめてみたが、その本人とは思われない。もし、どこが似ているのかと聞かれたら、雰囲気が何となくと答えるほか無いだろう。

 何だろうなぁ……と考えながら眺めていると、女性のほうも自分の顔をじっと見つめていることにハッと気が付いて、恥ずかしさから思わず視線を落としてしまった。

(うわ、俺ってこんなシャイだったかなぁ)

 何はともあれ、本物の人間に会えたということは、現在の自分たちにとってプラスだと考えることができよう。少なくても、訳のわからない獣人間たちよりは、安心できる相手には違いない。

「はじめまして」

 先に口を開いたのはアーシアの方であった。

「あ、どうも、はじめまして……」

 しっかりとした口調で挨拶する彼女に押され、恵悟はたどたどしく答えた。

(アーシア様、これはどういうことでしょう。この人間たちは一体)

 トマはアーシアの耳元に口を寄せ、ひそひそと話した。だが、そう聞かれても、アーシアにだってわからない。服装からして、とても変わっている。

(何者かしら)

 だがこの時、彼女が感じ、思ったのはそれだけではなかった。

(この子、何か違う……)

 おぼろげではあったが、少年から不思議な何か(・・)が感じられた。しかし、この時点では、アーシアにもそれが何であるかはわからなかった。

「とりあえず、今夜は宴を開こう。人間がこの集落に客としてやってくることなど初めてだからな。無礼を詫びる意味も含めて」

 パタがそう言うと、すぐに獣人たちが宴の準備に取り掛かった。


 その間に、恵悟と葵は現状などを聞いてみた。

 アーシアから仔細を知らされ、自分たちが解放されたいきさつは理解できた。しかし、自分たちがなぜ遺跡などにいたのかはわからなかった。

 しかも、こんなにも馬鹿げた事態が起きているというのに、ここがどこなのかがイマイチよくわからない。場所を問えばイヴェロム大陸にある魔晶の森だと言うし、時を問えば煌天暦とかトラシェルム暦などという訳のわからないことを言われる始末だった。

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