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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第五章 フロンティア・イヴェロム
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狂夜に吼ゆ! 前編

 一方、その頃──。

 魔晶の森の遺跡廃墟では、未だに獣人との睨み合いが続いていた。

 姿こそ見えないが、確かに感じる獣人の気配。殺気をみなぎらせ、森への侵入者を殺す機会を窺っている。アーシア達は肌で感じる危険に身動きができず、石壁の内側にじっと身を潜めていた。

 先程の事があるので、敵も迂闊には攻撃をしてこないようだが、身を乗り出せば狙い撃ちされる可能性があった。

「警戒心の強い連中ね。しかも用心深く、軽率な動きを見せない。向こうにとっては、これは狩り〈ハンティング〉なんでしょうね、きっと──」

 石壁に背中を押し付けながら、苦々しげに呟くアーシア。毒矢を受けた時の傷はとうに回復し、体力も元に戻っている。

「さて、どうしたものか……」

 何とかこの膠着状態状況を打破したい。だが、打つ手の見つからないまま、時間だけが漠然と過ぎていくのだ。精神力が試される局面だ。

「何とか、話し合いで平和的に解決できませんかね。向こうだって、これ以上自分達の中から怪我人を出したくはないでしょうに」

 トマが抱えている淡い期待に、アーシアは首をかしげた。敵の奇襲から始ったあの一戦を交えた時点で、交渉が成立するような相手ではないことを痛感していたからだ。

「話が通じる相手とは思えないけどね」

 遮蔽物の影と自然の闇の境界線が地面で混ざり合う。夕日が完全に沈もうとしているのだ。夜間は獣人たちの得意とする世界だ。ますます危険な状況になってくる。

「キュイ?」

 道中で出会った小型の魔物が、つぶらな瞳でアーシアを見つめた。

 愛くるしく首をかしげ、兎のような長い耳を垂らし、大きな尻尾を可愛く振り、場の緊張を少しだけ緩和してくれる。

「ごめんね。結局危ない目に合わせちゃった」

 人差し指で構ってあげると、小さな魔物は嬉しそうに目を細めた。

「アーシア様、やっぱり逃げませんか?」

 臆病風に吹かれたトマが、この期に及んで情けないことを言いだした。大勢の獣人に包囲されたこの遺跡からどうやって逃げ出すというのか。

「逃がしてあげたいのは山々なんだけど、ちょっと難しそうね。リシュに運んでもらうっていう奥の手もあるけど、今はやってくれないと思う」

 かく言うアーシアとて、恐怖していないわけではない。トマを責めることは出来ないし、可能ならば彼だけでも逃がしてあげたいと思っている。

 厳しい状況ではあるが、リシュラナならばトマを遠くまで安全に運んでくれるに違いない。

 だが、リシュラナの行動には優先順位があり、必ずしもアーシアの願いどおりの行動をしてくれるわけではない。大切なアーシアが危険に晒されている現在、彼女は姉を護ることを最優先し、距離を置くことを決して望まないだろう。

 また、限りあるサウルの活動時間は有効に使われなければならない。

 でなければ、いざという時に二人を護れなくなってしまう。こういった時間的、距離的な制約は、強力無比なサウルの数少ない欠点である。

「リシュは優しいから、本気でお願いすればやってくれるかもしれないけど……どうする? あなただけ逃げる?」

 アーシア自身は、この遺跡廃墟を離れるつもりなど毛頭ない。従って避難するのはトマ一人だけということになる。

 聞かれたトマは少しばかり考えをめぐらせていたが「……いや。やはり遠慮しておきます!」と、はっきりした口調で答えた。

 あなただけ逃げる? などと言われては、男としての、いや人間としてのプライドが許さない。女性だけを残してとんずらこく自分の情けない姿を想像し、トマは思い直して毅然となった。実に珍しいことだが。

 そんなトマの顔を、アーシアは横目でちらりと見た。普段は大抵穏やかなトマの顔つきが、事の外引き締まっている。初めて見る凛とした男の表情だ。強く結んだ唇と眉を持ち上げた目元には、強い意志が明確に表れている。アーシアは、トマにこのような顔が出来ることを初めて知った。

「何と言っても、僕はアーシア様の傍でお力添えしたいと決心した身ですからね」

「また、そう言うことを……」

 男らしいと思ったのも束の間、アーシアは項垂れて、首を左右に振った。

(……全く、男らしいのやら、情けないのやら……)

 この時アーシアには、トマの本心がわかってしまったのだ。当人はかっこつけて残ると言ったつもりだろうが、要するに一人で逃げる勇気が無いだけなのだ。森の途中で降ろされては、今より恐い目に合う可能性がある。浮かべた顔つきが男らしかっただけに、滑稽さが倍増している。

「……それに、妹さんがいないんじゃアーシア様も厳しいでしょう?」

 付け加えるトマ。憎らしいが、これに関しては正解だった。

「なかなか言うのね。じゃあ、覚悟を決めて」

 

 ウォォォォォン……


「な、なんだ。遠吠え? 獣人の……」

 獣人の遠吠えが森の中にこだまする。それは次々と連鎖して、いつ止むともしれない大合唱の様相を呈した。

「も、ものすごい数に囲まれているみたいですね」

 トマは少しだけ身を乗り出して、周囲の様子を窺ってみた。見れば、遺跡の中央広場とでもいうべき場所に獣人たちが集合している。

「暗くなったせいで、よく見えないな。奴ら、一体何を始めようってんでしょうか」

「ちょっと。あんまり顔出したら危ないわよ」

 服を引っ張って、トマの半身を石壁の内側に戻す。幸い、この間に矢は向かってこなかった。トマはなおも顔だけ出して、食い入るように外の様子を窺った。

「あれれ……? 妙ですよ。奴ら、広場に松明を並べている」

「え?」

 今度ばかりは、気にせずにはいられない。アーシアは壁の隙間から顔を出し、広場に目をやった。確かにトマの言うとおり獣人たちが広場に集合して、赤々と燃え盛る炎を並べていた。

「あら、本当。何のつもりかしら」

、眼球をキョロキョロと動かし、獣人たちの動きを観察していると、彼らは広場に松明を掲げ始めたのだ。ほとんどが即席で、地面に突き立てた長槍に縄で松明を固定しただけの代物ではあるが、煌々とした炎の光が深々と闇に染まった遺跡廃墟をほのかに明るく照らしている。

「人間! 出て来い」

 その声は、広場の中心で仁王立ちしている、一匹のたくましい獣人の口から発せられた。

「何でしょう、あのどデカイ獣人は。親分かな」

 他の獣人よりも、圧倒的に身体が大きいのである。威風堂々という言葉がこれほど似合う事例もそうはあるまい。

「ディナーのお誘いかしらね。あるいは、私達がメインディッシュだったりして」

 さすがに、それは笑えない冗談だ。トマは軽くアーシアを睨み付けた。

「……そんな冗談要らないですよ。それよりも、言葉が通じるみたいですね。もしかしたら、交渉が出来るかもしれないですよ」

 平和的解決の望みが出てきた。そう思った矢先。

「人間よ、俺と決闘しろ。正々堂々、一対一での勝負だ。もし、お前が勝ったのならば、生きてここから帰すことを約束する」

 それは、獣人側からの申し出であった。集団戦闘を得意とする彼らが一対一の勝負を申し込むとは、意外な展開である。

「へえ、一騎打ち? ……面白いわね。まるで騎士みたい」

 しかし、その場所は開け晒しである上に、今や獣人がひしめいている。承諾して広場に向かおうものならば危険どころの騒ぎではない。まさに、出て行っては敵の思うツボである。

 当然、トマはアーシアに忠告した。

「アーシア様、これはどう見ても罠です。やめた方がいいですよ。だってほら、さっきまでずっとこっちを囲んで待ち構えていた連中ですよ。急に一騎打ちなんて絶対におかしいですって」

「確かに、それもそうよね。怪しさ抜群だわ」

 敵は知能が高く、信用ならない。この賭けに乗るのは無謀すぎる。大口を開けた肉食獣に喉を差し出すような真似は、自ら望んで死地へ向かうということだ。

 アーシアという女性は、普段は冷静でとても賢い女性である。トマの言うことを大いに納得したようだった。

「でも、このままじゃいつまで経っても袋のネズミだし、他に選択の余地がない気もしない?」

「それは……確かにそうですけど、でもなあ」

 このままにらみ合いを続けていても、状況が好転するとは思えない。ならば、リスクは伴うものの決闘に応じ、相手を打ち負かしてやれば、少なくとも膠着した現状を変えることができる。その後のことは、それから考えればいい。無謀と隣り合わせではあるが、とても明快な、実にアーシアらしいプランである。

 それに、状況を変えたいというのは、アーシア達に限ったことではなく、同じ理屈で相手にも言えることだ。相手も業を煮やし、それで決闘を申し込んできたに違いないのだ。これはある意味、チャンスでもある。

「どうした、怖気づいたか! やはり人間は野鼠以下だな!」

 返答が遅れていることに苛立ち、巨体の獣人が挑発してきた。それを耳にしたアーシアの眉尻がピクリ、と反応し角度を鋭くした。


 ──なに、今なんて? 怖気づく? 野鼠? この私が?


「……あわっ、アーシア様、あんなわかりやすい挑発に乗っては駄目ですよ! ゆっくり善処策を考えていきましょう」

「大丈夫、わかっているわよ。あんな程度の低い、子供騙しの挑発に乗ったりはしないわ」

 しかし、獣人はさらに挑発を続けた。

「よほど物陰を好む臆病者と見えるぞ、この虫けらどもめ! さあ、答えろ! 俺と闘う勇気があるのか、ないのか!」

「ほう……空き放題言ってくれちゃって。私が臆病者だと? 虫けらだと?」

「ア、アーシア様、抑えて、抑えて」

 今にも爆発しそうなアーシアを見て、トマは慌てずにはいられない。普段は冷静でクレバーでも、生来の気の強さが勝ると一変に猪突猛進になる困った性格だ。彼女はとにかく感情に左右されやすい気分屋である。

「ふん、腰抜けめ。これでは、勝負する価値もない。そうやって縮こまったまま、野良犬のように腹を空かせて野垂れ死にするのがお似合いだ」

「何よっ、冗談じゃないわ! 待ってなさい、この薄汚い犬っころ! 今ぶっとばしに行くからっ!」

 結局は爆発してしまった。

「え、ちょ、ちょっと! ダメですよ! 落ち着いてください、アーシア様!」

「落ち着いてなんていられるもんですか! 決闘申し込まれて断ったらオーファの名が廃るってモンよ。この子、頼むわ!」

 興奮の濁流に身を委ね、早口で言い終えると、アーシアは白い小型魔物をトマに預けた。そして地面を踏みしめる両足で力強く立ち上がると、敢然と物陰から歩み出て、獣人の待つ開けた空間に向かってしまった。

「うわああああぁぁぁ! あの人ってぇ!」

 ──無茶すぎる。危険すぎる。これでは、さっきまでの睨み合いの意味が全くないではないか。トマは絶望の余り、頭を抱えてうずくまった。

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