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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第五章 フロンティア・イヴェロム
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6−3 「森の守護者」

 アーシアとの交戦によって、獣人たちの集落でも騒ぎが起きていた。傷を負った獣人を含む一団が、彼らの集落へと帰ってきたのである。牢小屋の中にいた恵悟たちにも、外部の動揺と騒々しさが伝わってきた。

「何か、騒いでるな」

 恵悟は壁にある小さな窓から外を覗いた。慌しく動き回る獣人たちの姿が見える。詳細をうかがい知ることは出来ないが、その喧噪からして、只事ではないことが想像できた。

「何かあったのかな」

「もう、何があっても驚かないよ」

 葵は狭い牢の中で膝を抱えたまま、小さな声でそう呟いた。


  *  *  *


 騒動を耳にしたパタが、村に帰還した獣人達の元へ向かう。そこでは、森林戦に長けた獣人のレンジャー達が、落胆と苦渋の表情で地面に腰を下ろしていた。中には、深手を負っている者もいたようで、彼らはすぐさま建物の中へと運ばれて行った。

「何事だ。一体、何にやられた」、

「我々の森の中に、人間が侵入してきたんです」

「人間か」

 人間、という言葉を聞いただけで、パタの表情は猛獣のように凄まじいものになった。

「はい。どうしてもそいつらの目的がわからず、しばらく監視していたんですが」

 レンジャーの一人がそう告げた。族長たるパタは、最近では人間たちが何を企んでいるかを知るために、森に入った人間をすぐには襲わずに監視しろと指示している。

「どうも、例の遺跡が目的地だったらしく、そこで妙な動きを見せたので……」

 帰還した獣人たちはなぜか、顔を見合わせたまま、なかなかその先を語ろうとしなかった。どう説明したら良いかわからない、といった様子である。

「それから、どうしたんだ」

「……弓で攻撃したんです。ところが、まるで人間の女の前に見えない壁があるみたいに、途中で弾かれ、全く当たらず」

「逆に、妙な攻撃を受けてしまい、何人かが負傷しました」

 獣人たちはありのまま、遺跡で起こったことを報告した。交戦した獣人の誰もが、今でも訳がわからない、といった困惑顔である。

「妙な攻撃、だと?」

「思い出すだけでも恐ろしいですが、光る弾が数え切れないくらい襲ってきました。あれはまるで、古代の人間が使っていたとか言う……」

 獣人の一人がそう言いかけた時である。

「──邪術じゃな」

「ばあ様」

 杖を突きながらひょっこりと現れたのは、背の低い、老いた獣人であった。彼女はパタの祖母である。

「間違いない。人間が放つ光の弾丸は、古の邪術以外には考えられんからな」

 しわくちゃの顔にある口をもごもごさせながら、彼女はそう言った。

「ならば、なおさら許せん。世界を滅ぼしたとかいう、禁断の力を使う輩など」

 パタの瞳に憎悪の光が宿った。

「それにしても、何てザマじゃ。こんな奥地まで人間の侵入を許し、しかも自由にさせてしまうとは」

 パタの祖母が、しわの奥にある目を爛々と輝かせて言った。惨敗を喫した獣人達は、長老である彼女の視線に怯える他なかった。

「もっともだ。なぜもっと早く攻撃しなかった」

 パタが重ねるように問いただした。レンジャー達は面目なさそうに首を垂らしながら、力なく説明する。

「いえ……。いつも見かける人間達とは様子が違っていたもので」

「男のほうなど、見るからに間抜けそうでしたし、放っておいても問題ないのでは、と判断してしまいました」

 言い訳に聞こえないでもないが、森の狩人達がここまで追い込まれるのは滅多なことではない。恐らく、本当に相手が強力だったのだろう。

「しかし、パタ。一撃ではありますが、毒を塗った矢を食らわせたので、もうまともに動くことなどできないはずです」

 そんな話をしていたところに別の獣人がやってきて、遺跡の現状を告げた。その者の報告によると、目に見えない攻撃を受けるために、近づくことすらできないという話だった。

「それも邪術じゃろうな。しかし、毒矢を受けても無事とは」

「むう、魔物以上に面妖な人間だな。目的も含めて」


 獣人たちには、その人間達の正体も、意図するところもわからない。

 正気の人間ならば、魔晶の森の危険さを知っているはずである。

 命を賭して、場所すら特定できない遺跡にやって来て、そこで何をしようというのか。


 ──いや、そんなことはどうでもいい。


 奥地まで侵入を許した上に、仲間まで傷つけられたことへの怒りが、徐々にパタの中で高まってくる。何を企んでいるかはわからないが、とにかく人間を縄張り(テリトリー)の中で自由にさせるわけにはいかない。

「どんな相手だろうが、人間の自由にはさせん。俺が行って思い知らせてやる。それまでは監視を継続するように伝えろ」

 獰猛(どうもう)な眼差しを遺跡の方へ向け、パタはそう言った。彼の中で燃え盛る憎悪の炎は、今や森を護るという使命感だけに留まるものではない。彼による報復は、人間を根絶することを最終目的としている。

「戦闘準備だ。各々、武器を持て!」

 

 長の掛け声で、獣人たちは慌しく準備を開始した。

 弓や斧、剣などを手にし、人間を狩るために万全の体勢を整える。

 パタは自慢の大剣を背負った。彼の巨体に相応しい、型破りな得物である。


「兄さん」

 ちょうど準備を終えたパタに、声をかける者がいた。

「ニュイ」

「予見で見たあの場所に、また行くのですね」

「ああ。また別の人間が現れたらしい。そいつらを片付けてくる」 

「……」

 ニュイは無言になった。兄に対して何か言いたげではあるが、躊躇(ちゅうちょ)している様子である。

「どうした、ニュイ。言いたいことがあるならば、言ったらどうだ」

「……心配になって」

 兄の身を案じるが余り、声をかけただけ。この時のパタには、そうとしか思えなかった。

「いつもの事だろう。一体、何が心配だというんだ」

「その人間……恐ろしい力の持ち主に違いありません」

 ニュイがそう言うと、パタは笑って答える。

「フハハ……案ずるな、所詮人間だ」

 この程度のことは造作も無い、と言いたげなパタ。

「……」

 しかし彼の妹は、まだ何か言いたそうにしている。それを見て、パタの顔つきも真面目に変わった。

「まさか、俺を引き止めるつもりか。それとも、また人間を庇うつもりか」

 どんな理由があるにしろ、またどんなに可愛い妹の願いでも、彼にとってそれは到底聞き届けられないことである。

「いえ……、兄さんは言い出したら聞かないから」

 ニュイもパタの人間狩りに対する熱意を心得ているから、本気で彼を止められるとは思ってはいなかったようである。始めから諦めていたかのように、そう言った。

「ニュイ、わかってくれ。人間を殺すのは俺の使命であり、またお前の為でもある。人間は我らの仇だ。許しておくわけにはいかないだろう?」

 パタは妹の肩に大きな手を置いて、優しく語りかけた。そうされてはもう返す言葉も無く、彼女はただうつむく他なかった。

「……行ってくる」

 そんな妹を見て少しでも信念が揺らいではいけないと思ったか、パタはすぐに背中を向けて歩き始めた。去り行く兄の後姿を、ニュイは複雑な表情で見送るしかなかった。

「……気を付けて」


 ──古代も今も変わらない、天体の運行がもたらす光と闇のローテーション。

 魔晶の森に、夜の帷が降りようとしていた。

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