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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第五章 フロンティア・イヴェロム
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魔晶の森

 イヴェロム大陸は未発達、見発展な土地として長らく僻地扱いされてきた浮遊岩塊である。

 他の浮遊大陸から距離を置き、その存在すらほとんど知られていなかった。


 しかし、大陸の外周部に人間が住むようになってから様子が一変した。多くの古代遺跡が残存し、限りなくロスト・エラ当時の姿を保っているイヴェロム大陸は、古代文明研究者たちの恰好の標的となったのである。

 また、資源豊かなこの大陸を手中に収めることのアドバンテージは、資源の限られたシーレでは余りにも大きい。そのため、今ではハスキュアンを始めとする新興国家が複数存在し、領有権を主張しての小競り合いが絶えないといった不安定な状況にある。


 だが、それもあくまで外周部の話で、大陸の中央部には未だ人間を寄せ付けない未開の土地が広がっている。

 それが大陸の中央に位置する、広大な『魔晶の森』と呼ばれるエリアである。ここはシーレの中で最もロスト・エラ以前の姿を残している場所と言ってもいい。遥か古代の姿を留めるこの森に身を置いた時、誰もが悠久たる時の流れに思いを馳せずにはいられない。


 もし、神々しいまでの荘厳さを放つその森に立ち入るならば……そこが限りなく危険な、人類未踏破の領域であることを思い知らされることになるだろう。なぜならば、魔晶の森は屈強で狡猾な獣人たちのテリトリーだからだ。


 *  *  *


 ──シーレに召喚された地球人、恵悟と葵は今、その獣人たちの住処に幽閉されていた。


 彼らが閉じ込められているのは集落の一角にある小屋の牢内である。小屋と言っても造りは頑丈そのもので、牢の格子も木製はあったが非常に丈夫であり、人間の力ではビクともしなかった。

 二人は別々の檻に閉じ込められていたが、同じ小屋の中なので話すことができる。隣り合った牢で、仕切りは木材で格子状に組まれているだけだから、お互いの姿を見ることが出来るくらいの隙間があるのだ。壁越しに、二人は時々声を交わした。

「葵、ごめんな。俺のせいでこんな目に合わせちまって。やっぱりお前の言うとおり、探検なんてやめときゃよかったんだ」

 恵悟は、極めて申し訳なさそうにそう言った。

「ううん、こんなことになるなんて、誰にも予想できないよ」

 恵悟に見えはしなくとも、葵は力強く首を横に振った。

「俺達、これからどうなるんだろうな」

 もう数日の間はこうしている。獣人たちの目的は不明だが、自分たちを無事に解放してくれるとは思えない。二人は滲み出る不安を拭いきれず、無言になってしまった。

 牢の窓から覗けるのはわずかな景色のみで、正確な時刻すらわからない状況。だんだんと、希望が陰りを見せつつある。

 こんな状況でも自分を失わずにいられたのは、きっと二人だから。葵はここに来てから、心中で何度もそう呟いていた。


「ねえ、ケイ君」

「ん」

「覚えてる? すごく小さい頃、二人で友達の家に遊びに行こうって話になってさ……。でも、道がわかんなくて迷子になったことがあるじゃない」

「ああ……そんなことあったっけかな」

「そうだよ。私、怖くなって、泣きだしちゃって……その時にケイ君が私に言ってくれた言葉」

 葵は懐かしむように、静かに語った。

 「泣くな、必ず俺が何とかする。だから泣くな、って」

「……お前、よくそんなの覚えてるな」

「その後、偶然通りかかったその友達のお母さんが、私たちを家まで連れて行ってくれたんだよね……」

「はは……、それじゃあ、俺が何とかしたわけじゃないよな」

「そんなことないよ。あれはケイ君がどうにかしてくれたんだ、って今でも思ってる」

「葵」

「ケイ君は、いつだって私の……」 

「おい、お前ら静かにしろ!」

 葵の大切なメッセージを遮って、小屋の中で番人をしている栗毛の獣人が、殴りつけるように言った。

「居眠りしてたくせに、よく言うぜ」

 負けずに言い返す恵悟。

「ふん、人間の小僧が生意気な口を叩く。パタの言いつけがなければ八つ裂きにしているところだ」

 そんな両者のやり合いの最中、別の獣人がこの牢小屋内に現れた。

「一体、何を騒いでいるのですか」

「あっ……、これはニュイ様」

 その新たにやってきた獣人を見るなり、看守は佇まいを直した。

 それは、ほっそりとした、鼻が長めの端正な顔つきをした獣人で、女性のようである。ただ、どうやら目が見えないようで、瞳は僅かばかりも開かれてはいない。

「彼らに、手荒なことはしてませんね?」

「は、はい」

 盲目の獣人ニュイの問いかけに、牢番はたどたどしく答えた。ニュイの供をしている世話係の獣人が、主をさらに室内へと誘った。ニュイと従者は、恵悟と葵のいる牢の前までやってきた。

「お食事をお持ちしました」

 慌てて、看守が牢の鍵を開ける。それから従者が二人の牢の中に食事を差し入れた。食器には森で採られたものを調理して作ったのであろう、赤みがかったシチューがよそられている。

「具合は悪くないですか? お手洗いにはちゃんと行けていますか?」

 ニュイが真顔で恵悟と葵に尋ねた。


 このニュイという獣人は、こうして時々恵悟たちの様子を見に来るのだった。他の獣人たちと違って、二人に気を遣ってくれる存在である。彼女が色々と裏で取り計らっているおかげで、二人は最低限ではあるにしろ、人間としての尊厳を失うような最悪な扱いはされずに済んでいるのだ。

 ただ、囚われの二人にとっては心強い反面、少し解せない相手ではある。

「あなた方には、つらい思いをさせます。特に、女性をこんなところに閉じ込めるのは本意ではありませんが……」

 まるで二人の処遇が、自分の望んでいない事であるかのような口ぶりで、ニュイは喋った。

「どうして、こんなことになってしまったんですか?」

 恵悟はニュイに尋ねた。唯一、獣人の中で話の通じる相手だからである。

「全て、私のせいなんです。こうなったのは」


 友好的なこの獣人に頼めば、ここから開放してもらえるかもしれない。恵悟はそんな希望も抱いたが、口振りから察するに、どうやら彼女の一存ではそれは無理なことらしい。

 それによく考えてみれば、開放されても果て知れぬ森の中。未知なる土地に投げ出されるのはここにいるよりもよっぽど危険かもしれない。何より、行くあても無かった。

「もう少しだけ、辛抱して下さい。じきに流れが変わりますから」

 ニュイは二人にそう言い残し、また看守の獣人には、「決して暴力を振るわないように」と言いつけてから、牢小屋を後にした。

「……ニュイ、人間と何を話していた」

 小屋の入り口のすぐ傍に立っていた獣人が、ニュイに声を掛けた。それは彼女の兄であり、獣人族の長でもあるパタであった。

「……」

 ニュイは何も答えない。

「色々と世話をみているそうだが」

 パタの鋭い眼光が妹を捉えた。余計なことをするな、と目で語っている。

「でも兄さん、牢に閉じ込めるなんてやりすぎでは」

「お前が口を出す問題ではない」

「……」

 取り付く島も無い。

「大体、お前が人間を甘やかしたとあっては一族に示しが付かないではないか」

 族長たるパタの妹が率先して人間を庇ったとあっては、沽券に関わる。それどころか、パタにしてみれば実の妹が人間と話をしているだけでも気に障るらしかった。

「予見によれば、あの人間はこの世界、引いては私達にとっても重要です。こんな扱いをすべきではないわ」

「何だと」

 ニュイの従者たちはヒヤヒヤしながら二人の様子を見ていた。

 妹は堂々とした態度で、兄に臆する様子も無い。珍しく口答えをする強気なニュイを見て、パタも少しは心を動かされた様子である。

「もういい、勝手にしろ」

 大事な妹。もとより強く叱るつもりもなかったようで、ニュイに背中を向けてその場を去ってしまった。


 *  *  *


 場面は変わり、イヴェロム大陸にやってきたアーシアとトマも、この魔晶の森に到着していた。

 身を刺すほどに澄み切った空気と響き渡る瑞々しい鳥の声、苔むした巨木も緑の輝きを放ち、静かだが力強い自然のエネルギーを感じさせる。それは余りにも静謐せいひつな空間であった。


 見れば、いくつもの発光体が空中をフワフワと泳いでいる。大気中の魔晶元素メナストが結合し、濃度が増したために発光しているのだ。シーレの人間にとっては万物の根源たるメナストが森全体に満ち溢れている。

 樹木の根元や地面のそこかしこに、水晶のような鉱石が見受けられる。それはメナストの結晶体、魔晶石である。差し込む陽の光を受けて、宝石に勝るとも劣らない輝きを放っている。


 太古の森の深緑と魔晶石の輝き、そして空を舞う魔晶元素の発光体が生み出す、とても美しく神秘的な光景である。だが、この男にはそんな光景に見とれているような余裕はなかった。

「なんだか、ずっと見られているような気がします……」

 情けない声をあげるトマ。

「そうかもしれないわね」

 アーシアも感じている、そこら中に、得体の知れないモノの気配を。絶えず獲物を狙っているのか、いつまでもその気配がまとわり付いてくる。感覚として例えるならば、殺気が香りとなって匂ってくるかのようである。あまりに偉大すぎる自然のエネルギーが人間に恐れを抱かせているのだろうか。それとも──。

「今にも何か出てきそうで……」

 この森に入ってから、トマはずっとこんな調子である。危険地帯、そう呼ぶにふさわしい場所だ。人間が入り込まないような奥地までやってきてしまった。森の中央部まで行って無事に帰ってこれた人間はほとんどいない。

「トマ、そんなに怖いの? 何なら、今から帰ってもいいのよ」

 歩きながら、アーシアが意地悪く言った。

「そ、そんなことあるわけないでしょう! 僕は……」

 ビクつく余り、思わず大声を出してしまうトマ。

「しっ。あんまり大声出さない方がいいわよ」

「あ」

 慌てて自分の口を押さえる。


 もともとイヴェロム大陸には、狼のような姿をした獣人だけが住んでいた。人間たちがこの大陸に住むようになったのは歴史的には最近のことである。

 本格的にこの大陸に進出してきた人間は、獣人たちの聖域である森を侵した上に、様々な国家を名乗って覇権を争い始めた。それが現在の、獣人と人間の確執を生み出した直接の原因である。 

 怒れる獣人たちは心から人間を憎んでおり、森の中で人間を見れば容赦なく襲い掛かる。そして、決して無事には帰さない。

 彼ら獣人は狩人である。戦闘能力が高く、森林戦のエキスパートであり、しかもゲリラ的戦いを得意としているため、森での戦いとなると人間はこの種族には全く歯が立たない。

 よって、彼らのテリトリーである大陸の中央部に足を踏み入れることは自殺行為に等しいとさえ言われている。

「止めたのに付いてくるからよ」

「すみません。でも、何か役に立ちたかったんです」

 そう言われると、アーシアも健気なお連れを責められない。

「ふぅ、あなたも変わってるわよね本当。私の傍に居たいだなんて……」 

 ため息を一つ、ついてからそう言った。トマの人の良さはアーシアも心得ているところだ。

「まあ、安心なさい。何が出てこようと、あなたに手出しはさせないわ」

 

 さて。大陸外縁の街で得た情報によると、光の柱は森のほぼ中央から昇ったという。魔晶の森に入って生還した人の話によれば、森の中央部には廃墟と化した遺跡があるということだった。手がかりの少ない状況下で、二人はその遺跡を探していた。

 だが、魔晶の森は非常に広大である。やみくもに歩いて目的の遺跡を見つけるのは不可能に近い。そのため二人は空を飛べるリシュラナに探索をしてもらいながら、森の中を歩き続けていた。 

「遺跡なんて、本当にあるんでしょうかね?」

「でも他に、有益な情報らしいものはないしさ。可能性に賭けてみるしかないわ」

 そんな二人の元に、調査を終えたリシュラナが戻ってきた。

「おかえり。何か見つけた?」

 上空から音もなく降りてきた白銀の甲冑は、赤い瞳に姉を捉えたまま静かに佇む。アーシア達は立ち止まって、彼女の声なき報告を聞いた。

「そう、わかったわ。ありがとう」

「どうでした?」

「この先で遺跡を見つけたって。探してるヤツかどうかはわからないけれど」

 リシュラナの報告に従って、二人は再び歩きだした。魔晶の森に入ったのは朝だったが、太陽の位置から察すると、もう昼をだいぶ過ぎているようだ。場所が不明な遺跡の探索であるし、時間の浪費はかなりのものだった。

「トマ、疲れた?」

「大丈夫です。昼食場所で休みましたから」

「案外、体力あるのよね、見た目と違って」

 見た目も頼りないし体力があるとは思えないトマだが、この難行程によく付いてきている。今のところは、足手まといにはなっていないようだ。

「それで、近いんですか? 目的の場所」

「もうちょっとあるってさ」

「……妹さんが言ったんですか?」

 間の抜けた表情で訊ねるトマ。

「さあね。言ったような気がするだけよ。リシュは喋れないから」

 金属生命体の身体を用いているシュラナは、喋ることができない。彼女にできるのは、オーファとの超意識的なコミュニケーションのみである。例えるならば、テレパシーとでも言うべきものだ。

「僕には姿も見えなければ、言葉も聞こえない、か。でも、あの凛々しいお姿は一度見たら忘れられないですね」

 トマがリシュラナを見たのは、アーシアと初めて会った時、その一回だけである。物体としてそこに存在しているにも関わらず、限りなく別次元の存在であるサウルは常識を遥かに超越した、不可視の生命体である。

 本来の肉体を失ったサウルは、心臓部であるコアから生成された特殊な魔鋼の装甲を用いて行動する。自分の姿を維持するため、実世界に召喚されている間は非常に消耗が激しいのだ。その上で可視化状態になるなど、彼女にとってどれだけ骨の折れる事か。

「運が良かったわね、トマ。リシュは全くと言っていいほど、人に姿を見せたりはしないんだから。きっと、多少なりとも気に入られている証拠よ」

「それは光栄ですね。……そういえば、あの子。マリーちゃんは妹さんが見えるって聞きましたけど」

「彼女には僅かだけどメナストが宿っているらしいわ。だから見ることが出来る。あと、オーファは他人のサウルを見れるらしいわ」

 らしい、と言ったのはアーシアが他のオーファに会ったことがないためだ。

「アーシア様の他にもオーファがいるとは、とても思えないんですが」

「うーん、どうかしら」

 アーシアは歩きながら、その可能性について考えてみた。

「でも、私のことだってほとんど知られていなかったわけだからね。もしかしたら、ってこともある」 

「確かに、僕も任務受けるまでは知りませんでした」


 旧世界ロスト・エラの滅亡から今までの間に、オーファが現れたという記録は残されていない。まるで、ロスト・エラの滅亡と共にオーファの存在も消滅したかのようにである。

 故に完全に伝説と化していたオーファだったが、アーシアの登場で現実に、しかも今のシーレに存在するという事実が証明された。

 そしてその事実が示すのは、超越者たるオーファは意外と近くに潜んでいるかもしれない可能性があるということ。


「クエイン様は古代人の末裔だって聞きましたけど、もしアーシア様以外のオーファがいたなら、クエイン様のような方が他にもいるってことになるわけですね」

「そういうことになるわね」

 古代術、その中でも秘術に属するメラニティを用いなければ、オーファは生み出せない。そして、古代術を使うには体内にある特殊なメナストが宿ってなければいけない。しかも、メラニティの条件として、純粋なる原始の力、神性メナストを受け継いでいなければならないのだ。古代術が使えても、後天的に強力なメナストを得たオーファでは、メラニティは扱えない。つまりこれは、オーファを生み出すには古代術士の直系である必要がある、ということを意味している。

 神性メナストを宿すクエインの家系も、彼が最後の一人だ。古代の末裔たる人種も今や完全に絶えようとしている。旧世界が崩壊したように、旧世界以前の全てが消えようとしているのだ。


「まあ、いずれにしろ、オーファ同士の闘いなんて、実現してほしくないけどね」

「僕も嫌ですね、それは……」

 終焉に関して、オーファが関わった戦いのせいで世界が滅びたという説がある。事実かどうかは不明だが、それを思えばオーファ同士の衝突など実現などしてほしくはない。

 そんなことを考えながら、アーシアは大樹の幹に手を触れてみた。すると、幹を通して暖かくて厳然たる樹木のメナストが感じられる。


 ──この樹はどれくらい長い間、この世界を見守ってきたのだろう。


「もし、オーファが他にいるとして……アーシア様より強い人がいるんでしょうかね。……おっと」

 トマが地面から飛び出た木の根っこに足を引っ掛けて、バランスを崩した。つんのめったが、すぐに持ち直した。

「さあ、どうだろう……。比較できないから、自分が強いかどうかなんて、わからないし」

「僕にはアーシア様が負けるイメージが、全く浮かびません」

 無鉄砲だが自信家で、負けん気が強いアーシア。戦闘中の彼女はそれに加えて相当に冷静でクレバーだが、平時の彼女ばかり見ているトマには想像ができないところだろう。

「私はともかく、リシュよりも強いサウルはいないと思うけどね。何となくだけど、そんな気がする」

「妹さん、先の空戦ではアフラニールの戦艦を何十席も撃墜したって聞きましたよ」

「そう。戦果の三分の一くらいはあの子の軍功だわ。距離制限の鎖を解除すると、リシュは水を得た魚のようになるからね。空じゃ飛行する弾丸、まさに無敵よね」

 個としての戦闘力の高さは、先の戦いで実証済みである。際限なく行動できるわけではないが、サウルには重装甲の敵艦を一撃で撃墜するくらいの攻撃力がある。

「でも最終的にはコンビネーションが大切なのよ。お互いの弱点を補い合ったりね……」

「それは普通の人間の戦いでもあてはまりそうですけど」

 魂の繋がりがオーファとサウルの根本にある。それが魂の契約であり、また共存のひとつの形である。両者は一対なのだ。

「強力なパートナーになるための条件があるんだけど、聞く?」

「お願いします」

 自分の知らない分野のこと、トマには興味があるらしい。

「強力なパートナーになるためには単純な強さとか精神力だけじゃなく、お互いを大事に想う心とか、強い絆が必要なんだ」

「なるほど。確かに、アーシア様はそういうのが強そうですね」

 トマも納得ができたようだ。

「……でも一番大事なのはね」

「何ですか?」

「笑わない?」

 ここで、なぜか念を押すアーシア。

「笑いません」

「一番大事なのは、愛かな」

「ぷ」


 ドゲシッ!


 トマが噴出した瞬間、アーシアの裏拳がその顔面に炸裂し、敢え無くトマはその場に崩れ落ちた。

「笑わないって言ったじゃない!」

 大声を出すと危険だと言う事すら忘れ、アーシアは顔を真っ赤にして叫んだ。

「だ、だって、あまりにも臭いことを言うものだから……ぷくく」

 トマは顔を押さえながらも、まだ笑いを堪えているようである。アーシアは大真面目で言ったものだから、恥ずかしくて仕方が無い。顔から火を吹きそうだ。

 

 オーファとサウルの関係だけではない。アーシアは自分がオーファであることから試作を繰り返し、このよくわからない超越者の真実について考え続けてきたのだ。

 一体、どれだけのオーファが、この世に生まれたのだろう。オーファとサウルを生み出すコアが、どれだけこの世に存在しているのだろう。そもそも、オーファとは。サウルとは。


 ロスト・エラ以前におけるオーファの役割がどういうものだったのか、その謎を紐解く鍵は全くといっていいほど、ない。だが、やはり戦士や術士としての意味合いが強かったと言われている。

 では、先人達は何のために戦ったのだろう。

 殺戮のため、あるいは否応無く戦わなければならなかったとは思いたくはない。きっと、何かのために、何かを守るために戦わなければならなかったのだと、オーファは平和のために戦いへと身を投じたのだと、そう思いたい。


 ──いや、違う。私は何のために戦ったのか。先の戦いで自分がしたことは、結局は人殺しと戦争の手伝いでしかなかったのではないか。国を敵の侵略から守る。それは果たして、オーファである自分が戦うに十分な理由だったのだろうか。


 そしてもし、これから先に避けられない戦いがあるというならば……。

 私は何のために戦う?

 自分のため? おじい様のため? 国のため? 平和のため? それとも……。


「……様、どうしたんですか、アーシア様」

「ん……。あ、ああ、ごめんね、トマ。ちょっと、考え事してたから」

 アーシアが思いを巡らせている間、トマは何度か声をかけたらしい。全く気が付かなかった。

「何? 何かあったの?」

「ただの、道の確認ですよ。ここから先、何やら鬱蒼うっそうとしてますけど、方向合ってます?」

「うん。もうすぐ着くはずよ。この道を進みましょう」

 草藪はすぐに終わり、今度は左右に茂みのある、獣道に出た。

「獣道にしては幅が広いわ。これはもしかしたら、獣人がよく通る道かもしれない」

「うへえ。煌翼神様、我らをお守り下さいっ!」

 トマは指先で自分の胸の前に翼を描き、天におわす女神ネア・ミアに祈る仕草を見せた。

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