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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第二章 激突、帝国領空戦
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天上の光盾

 戦艦エンミシェルの甲板上を一陣の疾風が駆け抜け、そこに佇むアーシアの髪と漆黒のマントをなびかせた。この空域特有の乾いた風に一瞬だけ目を細めたアーシアだったが、さらうような風の行方を追うと、そこにはトラシェルム空軍の大艦隊が展開していた。

「これが帝国艦隊か……。壮観ではあるけれども、どうかしらね」

 威容を誇る軍艦の群れ。しかし作戦情報によれば、敵の戦力は確実にこちらの三倍以上はあるという。その戦力差だけでも絶望的に思えるが、旧式艦ばかりを揃えた帝国艦隊は、兵器の性能においても大幅に相手に劣っているという話だ。

 加えて、帝国の空軍は空戦に卓越しているわけではなく、小さな島国で航海に精通したアフラニール公国の戦術と比べれば甚だ未熟に違いない。この弱点をカバーするために選出されたのが海賊提督ダコワなわけだが、彼の手腕はまだ未知数で何ともいえない。

「やはり、他力本願ってわけにはいかなそうね。私とリシュがどれだけやれるか」

 自分達に与えられた役割の重さを再認識し、深呼吸する。それから顔の筋肉を引き締めた。この旗艦エンミシェルにはクエインも乗っているのだ。彼を守るためにも、絶対に負けるわけにはいかない。


 アーシアは遥か前方の空を睨み付けた。まだ肉眼では敵艦を確認することができない距離であるが、視覚に意識を集中させると、オーファの体内に宿るメナストの補助が働き、身体機能が強化される。こちらと向かい合う敵艦の船影が難なく、はっきりと見えた。

「思ったよりもずっと距離が近いのね。向こうの射程範囲内に入る前に、準備した方がよさそう」

 そう言って、アーシアはリシュラナと自分とを繋いでいる目に見えない鎖──契約によって閉じられているシステムの鍵を限定的に開錠した。

 これでリシュラナは行動範囲の制限という足かせから開放され、アーシアから遠く離れての自由行動ができるようになった。サウル・リシュラナは鎖から解き放たれたことにより、本来のポテンシャルを最大限に発揮できる状態になったのである。

 解き放たれたサウルの力は空を支配する。この状態は強力無比ではあるが、欠点も有している。それはオーファとサウル、両者の距離が開くに従ってお互いの消耗が増大してしまうことだ。特に召喚時の活動時間が限られているサウルにとっては過酷である。

 距離の利をとるか、耐久時間の利をとるかの問題だ。アーシアは前者を選んだ。彼女はこの会戦、短期間での決着のみを考えている。戦闘が長引けば帝国軍の不利は色濃くなるばかりだと予想していたし、実際その見解は軍本部も同じであった。


 アーシアは右手の中指の指先を眉間に当て、瞼を閉じた。そして自分の意識を世界の深層へと潜り込ませた。彼女はそこにある特別な力を享受する資格と能力を持っている。

「フェゼ・フェリテ。我求む、天上に舞い踊る翼神の加護を。飛翔アリア

 彼女が呟いたそれは、古代術の発動に必要なキー、即ち詠唱だった。その短い詠唱が終わると、彼女の両足が甲板を離れて、僅かに宙に浮かび上がった。その後、足元に集束した光が透明な羽の形になって術者に融合し、消滅した。


 空中移動の準備を終えると、アーシアは甲板から勢いよく空中に飛び出した。飛翔術の力で何度か大ジャンプを続ける。彼女が空中に作った見えない足場に飛び移る度、そこに美しい光の波紋が広がるのが何とも印象的だ。

「ほっ……と!」

 最後の足場で大きく軽やかに跳躍すると、後方から高速で接近してきたリシュラナが、追い抜くついでとばかりに姉を上手にキャッチした。

 行動の制限を解除された今のリシュラナは、こうやって好き放題に空を飛び回ることができる。優れた飛行能力を持つサウルと連携すれば、性能に限界のあるオーファの飛翔術の効果は、大幅に上昇する。こういったものが、オーファとサウルのコンビネーションの好例である。

 二人は風を切りながら飛行し、自軍と敵軍のちょうど中間あたりで静止した。

「んんー、どれどれ……」

 アーシアは妹の逞しく頑強な腕に腰掛けたまま、敵軍の陣容を眺めた。

 それは特別に意識してとった行動ではなかったが、普通の人間からすればとてつもなく異様な姿であった。

 リシュラナの姿が見えない普通の者達には、高速で飛行してきた女性が何も無い空中に腰掛けているようにしか見えなかった。

「なな、な、なんだあれは! 人間が空に浮いているではないか!」

 アフラニール空軍の最前列は、予期せぬ者の登場に釘付けとなった。クルー達は自分の目を疑う他なかった。

「なるほどね、帝国が慌てふためくのも無理は無い。これは桁違いの大軍だわ。空を覆う船の波、とでもいったところかしら」

 軍艦には詳しくはないが、見るからに性能の良さそうな敵艦が編隊を組んでいる。前衛だけでも四、五十隻は下らないだろう。

「これは相当、骨が折れそうね……」

 そう言って、アーシアは鼻からふぅ、と息を吐いた。トラシェルム帝国の備えに不完全な面があったにせよ、空軍力の遅れがあるにせよ、こんな艦隊が押し寄せてくるのでは、どんな大国の軍部でも開戦前から浮き足立つのではないかと思った。

「……しかし、逆を言えば、よ。やりたい放題やれるってことよね。偵察ついでに、ちょっとだけ驚かしてやろうかしら」

 オーファを抱えたまま、白銀のサウルは敵の艦隊に向かって飛行を開始した。アーシアは妹の腕を踏み台にして再び飛翔すると、空中で身軽に一回転してから、大胆にも敵の先鋒の巡洋艦の艦首に飛び乗った。

 その光景を目の当たりにした敵があっけにとられたのは言うまでもない。アーシアはブリッジにささやかな末期の笑顔を送ってから、艦首に片手を触れ、術の詠唱を開始した。

「クルス・エン・バオク、我は破壊を司り、また行使する者なり。クルス・エン・ビセイド、秩序は我が頭上を巡り、あまねく道理は我が手中に帰る。屈服せざる者にいざ、終焉を与えん──」

 詠唱者の身体が不思議な発光を開始し、同様に彼女のエメラルドの瞳の輝きが極限まで増していく。力が伝播した空気が猛烈に発光し、術者を取り巻く光の渦が瞬く間に形成されてゆく。


爆滅(バザン・ト)!」


 片手を置いた先──接触している艦首部分の装甲が瞬時に軋み、歪み、重い破裂音と共に圧壊した。巡洋艦の重厚な装甲板が見る影も無く破壊され、無残なまでに変形してしまった。

 これは外部からの破壊ではなく、対象物内部に存在する物質構成メナストが、アーシアが流し込んだ力の影響を受けて破壊的なエネルギーに変換され、自壊に追い込まれたのである。これが凄まじい威力を有する爆滅の古代術。


 古代術はメナスト・コントロールの進化型であり、旧世界の技術によって生み出されたものである。意識の集中と、体内外の表層、深層に存在するメナストへ干渉と操作、さらに実際に術を発動させるためのキーである詠唱の全てを同時に行って発動する、極めて高度な特殊能力である。現代文明では失われている、禁断の力だ。


 バ・ザントを放ったアーシアは、タイミングを見計らって跳躍し、上空でリシュラナに飛び乗った。

「……汝、服従せざる者。ここに滅するが条理──」

 術者の呟きが終わると、すぐさま戦場に轟音が鳴り響いた。今しがた術を食らった艦船が、周りの船を巻き込むほどの大爆発を起こしたのである。それはバザン・トの二次効果、収束されたメナストの拡散現象に伴う爆発だった。

 脆くも撃沈され、ゆっくりと下降していく数隻の敵艦。どれもことごとく大破し、ほとんど原型をとどめていない。

 残骸と化した船の様子を見届けるアーシア。彼女の視界に、逃げ場を失った乗員達が船外にバラバラと零れ落ちていく光景が映った。

「……やはり、人には大地が必要なのよ。空で生きることなんて、私達人間にはできっこないんだから」

 高度を下げていく軍艦と哀れな人間達の姿を直視し、アーシアはそう呟いた。

 彼女は顔をしかめ、目元に悲しみを滲ませている。多くの人間を殺めることに、心が痛まないわけはない。彼女は戦争を忌み嫌っているのだ。

 

 だから、これは戦争だと割り切らねばならない。愚かだが必然的に起こる、人間の欲望の化身、戦争。限られた大地に生きる、この世界の人間が避けては通れない宿命。アーシアは自分に強く言い聞かせた。そうしなければ──きっと、自分も他者も守れないのだ、と。

(飛んで来る火の粉を払うのが、つらいなんてことがあるの)

 なお、アーシアは唇を強く結んだ。そこには迷いがある。

 戦場で多くの人命が失われるのはわかっていたことだが、実際に目にするのはこの上なく辛いことだった。これがクエインの気に掛けていたことなのだろう。迷いと別離するために、首を左右に振った。感傷に浸っている時間も、苦悶する時間も、今の自分には無いのだ。


 その後も攻撃の手を休めず、他の艦にも損害を与えていく。損害を被って姿勢調整や浮遊を継続するための出力が保てなくなると、堅牢に見える軍艦は重量が仇となって、すぐさま高度を落としていく。完全に破壊しなくても、艦船のの撃墜は可能なのある。

「敵艦の数が途方もないから、この程度の攻撃でどうなるってわけでもないけど、一瞬たりとも気が抜けないわ」

 船から船へと飛び移りながら自分の戦果を振り返ったが、相手陣営に与えた損害は微々たるものだ。新手の軍艦が絶え間なく次々に押し寄せてくる。これほどの物量は信じがたいものだ。

 アーシアの連続攻撃は巨大な敵戦力を減らすこと関しては小さな効果しかなかったが、機先を制した点や、敵陣営の動揺を誘った点においては、十分と言える成果を残した。本格的な交戦の前に敵の出鼻を挫き、連携を乱れさせようという彼女の意図は的に当たった。

 リシュラナは先制攻撃を終えた姉を味方の船に降ろしてから、自身は再び敵の真っ只中へ向かい飛び立っていった。


 一方、アフラニールの陣営には最前列に不測の事態が発生したことで足並みに乱れが生じたが、敵もさるものである。その混乱は一時的なものに過ぎず、復旧は早かった。列を整え、再び規則正しい陣形を描き出す。

 どのような事態が起きようとも、突撃の勢いを緩めない。彼らにとっての敵は目前のトラシェルム艦隊であり、それを数と力に任せてねじ伏せるだけである。

「怯まず、魔弾の雨を浴びせてやれ! 弾幕を張ってさえいれば、敵のボロ船など近づく前に容易く落とせるわ」


 魔晶航空艦船の動力源であるメナストの結晶体、魔晶石のメナストを指向性のエネルギー弾に転換し、圧縮して撃ち出したものが魔晶エネルギー砲弾(略称、魔弾)である。魔晶炉内で擬似メナスト・コントロールを強制的に行い、そこで生み出したエネルギーを実体のない弾丸として発射する仕組みである。

 合図と共に、アフラニール軍の魔晶カノン砲による一斉砲火が始まった。熾烈な光弾の雨がトラシェル軍に襲い掛かった。


 ──ところが。


 直撃コースの魔晶エネルギー砲弾は、その多くがトラシェルムの艦船に命中しなかった。それもそのはずで、オーバーテクノロジーの身体を持ったリシュラナが帝国軍艦隊の前衛を縦横無尽に飛び回りながら、襲い来る砲弾を弾き飛ばしているのだ。高次金属生命体サウルの誇る魔鋼の装甲には、擬似メナスト・コントロールで生み出された砲弾など通用しない。

 しかも、メナストを遮断する壁をも展開して、広範囲の魔弾を撃墜している。両艦隊の間には文字通り、目に見えない壁があるのだ。

「ええぃ、数で勝っているのだ! 損害になど構わず、速度を上げて突撃しろ! 突破あるのみだ!」

 まさに強攻策。今度は艦砲戦を交えつつ、アフラニール艦が正面から突撃し、距離を詰めてくる。

「ちっ、ゴリ押しでこられるとまずいわね。リシュ、突破してくる船を沈めて頂戴!」

 そう叫ぶと、アーシア自身はトラシェルム側の最も前線にある船のデッキに飛び乗った。作戦は次の段階に進もうとしていた。


  *  *  *


 熾烈な艦砲射撃が開始された。トラシェルム側も戦況の変化に合わせ、応戦を開始した。両陣営の接近に伴い、戦況はすさまじい砲撃戦に移行しつつある。敵味方、いくつかの船が黒煙と火をまといながら落下していった。

 後方にある旗艦エンミシェル内部では、提督ダコワが静かに腕を組んで座っていた。聞こえてくる味方の損害にも戦果にも、眉一つ動かそうとしない。

「艦長、敵艦が突破を試みてきます」

「正面は嬢ちゃんがやってんだよ、全部任せときな。……いいか、こっちの展開する両翼は敵艦との距離を保て。敵の広がりを警戒し、戦力は中央よりも左右に分散して構わん。それから、敵の高度にも注意しろ。敵の中核へ楔を打ち込む前に、包囲されてはどうにもならない」

 ダコワ指揮下で統率のとれたトラシェルム艦隊は相手側の両翼の動きに注意を払い、先端が突出している陣形を変化させていった。今の状況下で左右から挟撃されるのだけは避けたい。敵が有効な対策を講じる前に、迅速に作戦を遂行しなければ、数で劣るトラシェルム軍は総崩れもあり得る。、

 敵軍第一波の接近に伴い、サウルの行動に適した距離での戦闘になった。リシュラナは盾も兼ねている大型の両肩部装甲を昆虫の翅のように広げ、両腕を体内に格納し、背面にあるおさげ・・・のようなふたつの尾翼を展開してメナスト噴出口を露出した。彼女は変形して、高速飛行形態になったのである。

 さらにその状態でメナスト・コントロールを行い、自らの能力を一時的に強化すると、特殊金属の身体は目が眩むほどの白い輝きに包まれた。

 リシュラナのボディは普通の人間の目には見えないが、空を飛びまわる今の姿は、神速の光の砲弾のようですらある。アフラニールの軍艦は彼女の強力な体当たりの前になす術があろうはずもなく、次々に船体を貫通され、敢え無く空の底へと沈んでいった。この攻撃によって重戦艦クラスの艦艇さえも致命的なダメージを受けた。

 アフラニールの空軍士官達は、目に見えない恐るべき力によって味方艦が撃沈されていく様を目の当たりにし、うろたえ、恐怖した。

 しかも、リシュラナの攻撃の間、アーシアは光弾を放って敵艦を狙撃していた。神弓セイ・ボアの古代術に牙をむかれては、重装甲を誇る特殊鋼の軍艦といえども甚大な被害は免れない。

「距離が近くなりすぎた。……もう猶予はないか」

 前線では熾烈な艦砲戦が開始され、接近する敵の数も増えつつあった。アーシア達、そして帝国軍にとってここがひとつの正念場である。敵が正面の彼女達に気を取られ、戦力を集中している間はいいが、もし側面から削ってきたり、高低を利用して後方を突いてきたりしたら対処に困る。包囲されると押しつぶされ殲滅は必死だ。

 頑張ってもアーシアが守りきれるのはせいぜい前線の部隊だけだし、リシュラナが自由に移動して敵を撃破できるとしてもやはり限界がある。それにサウルの活動時間の限界も近い。

 続く作戦を成功させるためにも、今の段階で包囲されるのだけは避けなければならない。手馴れたダコワは上手く陣形を操っているようだが、決して余裕があるわけではない。アーシアは深呼吸し、体内のメナストを極限まで高めて『障壁』を展開した。

 魔晶カノン砲から放たれる魔弾は極めて強力だが、煌天暦二百七十一年現在では兵器として一般的であるから当然対策が存在する。それがこの対メナスト障壁である。

 これはメナストによる対外的干渉を遮断する性質を持ち、所謂バリアとしての役目を果たすものである。特に拠点の防衛力強化には必須とされ、大規模要塞や城塞都市では必ずと言っていいほど設置されている。機械の力を借り、巨大な魔晶炉からエネルギーを得て、魔晶エネルギーの干渉を妨げる防御壁を広範囲に展開するのである。大型の地上施設はこうして、空や地上からの非実弾砲撃を防いでいる。

 しかしながら、障壁を発生させるエネルギーはとてつもなく膨大なため、軍艦が積んでいる程度の魔晶炉では、十分な強度、範囲、有効時間を持った障壁を展開することが出来ない。多くのエネルギーを浮遊に費やしていることもあって、障壁を形成するのに必要なエネルギー量を確保できないのである。

 魔晶炉は小型化が難しい上に、エネルギー変換効率が良いとは言えない。だから、魔晶航空船は障壁を持っていはいない、ということである。

 また、障壁とは別の防御手段もある。それが艦船の防御力を向上させるために開発された魔晶精錬特殊鋼製装甲板である。これは軽量かつ高硬度を誇るもので、魔晶エネルギー砲弾の成分を散らす表面加工を施すことにより防御効果を高めることに成功した。……と言っても、それは「本来一発しか耐えられなかったものが、二発まで耐えられるようになった」程度の効果でしかない。艦船には装甲が薄く脆弱な箇所も多くあるため、防御策が追いついていないのが現状である。旧世界のテクノロジーを応用して生み出された魔晶カノン砲という攻撃兵器は、現在の煌天世界では若干の火力のインフレーションをもたらしている。

 とにかく、煌天新世界の航空艦船が障壁をもたない、ということがここでは最も重要である。この科学の限界に対し、原始の強大なメナストを身体に宿し、世界の深層にさえ潜行できるアーシアは、自己の力のみで障壁を生み出すことが出来るのだ。しかも極めて巨大で堅固なものを、である。

「もっと、もっと巨大な盾を……っ!」

 放出メナストを限界ギリギリまで高めて、力を開放していく。肉眼で確認できるくらいの強力な障壁が、あたかも空にできた半透明の傘のように拡がっていった。超巨大な障壁が、トラシェルム空軍の前衛に展開されていく。

「ま、まだ、まだよ……。メナスト開放」

 アーシアはさらに集中力を高め、自身の身体を巡る力と、世界の深層から流れ込む根源メナストを実在世界に開放した。天空の盾はさらに輝きを増し、肥大化してゆく。

「うおおっ、こりゃあすげえぜ!」

 豪胆な海賊提督もたまげた様子。後方に位置する旗艦エンミシェルからでも、前衛を包み込む天空の盾は容易に見ることができた。

「よし、今だ! 今しかねえ! 前衛は嬢ちゃんが乗ってるシャル・シオーの後方へ回れ! くれぐれも突出するなよ」

 作戦の成功を確信したダコワが重要な命令を下した。最前線でアーシアが盾となり、敵の陣営の中央へ切り込み崩すのがこの段階における作戦である。

 うまくいけば勝負が決する最重要局面。だが、アーシアの体内のメナストの消費量も尋常ではない。故に、これは時間制限つきの厳しい作戦でもある。

「くうっ……、さすがにきっついわね……。あとどのくらいもつか……」

 顔をしかめるアーシア。しかし、障壁の効果は抜群だった。敵軍から発射される魔弾はアーシアの展開する光の盾に弾かれるばかりで、貫くことはおろか傷つけることすらできなかった。クエインの言ったとおりオーファに対しては無力なのである。

 そう、ロスト・エラで絶頂期を迎えた古代術などの高度メナスト・テクノロジーと比較すれば、現在の人間がそれを模倣し開発したメナスト技術などは初歩の初歩というべき魔晶元素エネルギーの利用法にすぎない。言うなれば、子供だましのようなものだ。

 現代のシーレの人々は古代術や古代兵器など旧世界のメナスト・テクノロジーを研究してはいるが、実際の破壊的古代術は──終焉を招いたロスト・エラの人々が、力の強大さを恐れて封印を施したほどの代物なのである。


 帝国巡洋戦艦シャル・シオーがメナストの壁を広げながら前進する。その壁に衝突し巻き込まれて大破する敵艦も少なくはない。

「何だ、なにが起こっている。あの光の光の傘は何だ! 貴様ら、もっと状況を報告しろっ! 前線のー!」

 アフラニールの提督は、次々と聴こえてくる被害報告からまともな情報が得られないことに激怒した。彼らの側にしてみれば、火力と戦術とで敵を圧倒できるはずが、いつまでたっても脆弱なはずの敵の前線をも突破できず、それどころか逆に押し込まれ、形勢が不利に傾きつつある。

 帝国艦隊は前衛において、一切の損害を被る心配がない。障壁に防がれなくとも、アーシアのメナストの干渉を受けた砲弾は軌道が逸れ、矢の先端のような陣形を保つトラシェルムの集団には全く命中しなかった。その様はかの指導者モーセが海を割ったが如く、先頭の一隻が砲弾と軍艦の海を掻き分けて進む。


「ぜ、前線の艦からの報告、魔晶砲弾が全く効きません! しかも攻撃を受けたようには見えないのに、味方艦が次々と沈んでいきます」

「この馬鹿が! そんな情報が今頃役に立つか! さっさと主力を通常弾に切り替えろ!」

 アフラニール軍の総司令官に、光の盾を展開する一人の女性の存在が伝わったのはこの直後のことである。時、既に遅しと言ったところだ。

「訳がわからん……魔女か、それとも人の姿をした化け物だとでもいうのか」

 想定外の展開に翻弄された攻め手の動きはずさんだった。先頭部隊を意識するあまり、数の有利なのを活かせず包囲もままならない。すでにこの時点で両者の戦力差はそれ程のものではなくなっていた。

 さらに魔晶元素の圧縮砲弾が効かないと悟ったアフラニール艦は、通常砲弾を主とした艦砲攻撃に切り替えたのである。仕方がないとはいえ、これは愚策なのだ。こうなると攻撃力の差が歴然としてくる。

「よし今だ! 全軍、突撃するぜ。敵は浮き足立っているぞ! 残らず蹴散らせい!」

 現時点での敵の混乱と損害の甚大なのを見て、提督ダコワが艦長席から立ち上がって艦橋内に大声を響かせた。これこそが、アーシアを先頭にした正面突破作戦の最終段階である。一気に相手の喉笛をかっ切るのだ。

「相手が油断してくれていてよかったわ。おかげで、包囲される前に、なんとか食い込むことができた。盾を出すタイミングがもう少し遅かったらアウトだったけどね……」

 アーシアは集中を保ったまま振り返り、士気の高まった味方の艦隊に目をやった。やや縦列に陣を組んでいた味方艦が、次々とシャル・シオーの後方を離れ、展開して敵にぶつかっていくのが見えた。

「はぁ……はぁっ。……あと、もう少し……もう少しだけ、頑張らないと」

 自分の展開する障壁が無くなれば、敵は息を吹き返すかもしれない。リシュラナの行動限界がきて攻撃を止めれば、また形勢が変わってくるはずだ。被害を最小限に抑えるため、最後まで油断はできない。休んでなどいられない。

 

 楔を打ち込んだことで、敵の中核は崩れ去った。敵軍の統率は失われ、陣形は成り立たず。アフラニールの中軸はあっけなく潰走を始めた。

 だが、それでもまだ敵は抵抗をやめなかった。散在する冷静な艦をまとめ上げて部隊を作り、メナストのシールドの無い側から果敢に攻撃を試みてくる。

 この時もトラシェルム空軍提督ダコワの手並みは鮮やかだった。艦隊の高度を調整し、陣形を変えてから、より攻勢を強める。完全に敵陣を突破した艦はすぐに反転し、敵の背後へ回る。アフラニール艦が部隊を組んでも、その多くが囲まれ、撃破される。空軍の指揮で優位にあるはずのアフラニール艦隊は海賊提督の巧みな戦術に翻弄された。

 また、近距離での戦闘になると、ダコワはさらにその本領を発揮した。

 敵艦に可能な限り接近した後、強制接舷用アンカーを発射し、隣接戦闘を試みる。こうすると、お互い逃げることができなくなる。そこから次の攻撃へと連携させていくのだ。これは元海賊ダコワらしい、彼の得意とする戦術のひとつであり、海賊が用いる常套手段である。


 敵艦が次々と沈んでいく。救出を行なう艦艇に乗れたものは救助されたが、乗れなかった人間、乗り遅れた人間はバラバラと落下してゆく。この世界の構造では、落下した者は決して助からない。

 そして、総司令官を乗せたアフラニールの旗艦デノゴーラは、乱戦の中でブリッジに直撃弾を受け、敢え無く撃沈された。

 混乱した敵軍はもはや戦闘どころではなくなっていた。各個撃破され、降伏する艦も後を絶たない。自己判断で退却を開始する船も多かった。

「ふう……私達の役目は終わったみたいね。リシュ、お疲れ様。そろそろ戻りましょう」

 アーシアとリシュラナは冷静に戦況を見てから、旗艦エンミシェルへと戻った。


 勝敗は、決したのだ。恐ろしいほどの短時間で。未だかつて、これほど大規模な艦隊戦が今回ほど短時間で決着した例はない。トラシェルム空軍は戦力差、性能差、戦術の不利といった全てのマイナスファクターを覆し、見事な勝利を収めたのである。まさに歴史的大勝利だ。

「さっすがに疲れたわ……。あんな大きな壁を、長時間出すものじゃないわね」

 妹の魔鋼の腕にもたれかかったまま、アーシアはそう呟いた。彼女達を包む雄大な空は青く、残照を迎えるにはまだ早かった。

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