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煌空の輪舞曲 〜Ronde of the sky-universe Seare〜  作者: 暁ゆうき
第二章 激突、帝国領空戦
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空泳ぐ鉄鯨

 静けさで彩られた開戦前夜は終わりを迎え、煌天世界は刻一刻と白んでいった。この昼夜の概念は我々の世界とほぼ同様である。いかに暗澹あんたんたる闇夜であろうとも、それは必ず夜明けに向かって進み、新しい朝を導く。

 その一方、世界全体を包み蝕み腐らせる霧は色なき闇を生み出し、恒久的な平和を約束しない。それは生存と欲望に駆られた人間の咀嚼であり、歩み寄る破滅の化身が鳴らす靴音である。

 荒れ狂う空の世界に光は差すだろうか。蔓延する脅威は西方空域だけに留まるものではない。争いとは、煌天世界に巣食う、癒えることのない病そのものだ。抗わなければ滅するのみとは、強者が高らかに掲げる理であり、勝者の進路と交差し斃れていった無数の敗者の言葉は残されない。この世界の歴史は競争の歴史である。弱肉強食を常とし、数え切れない勝者と敗者の対比のもと幾度も塗り替えられ、延々と紡がれてきたのだ。


 ──決戦の時が刻一刻と近づいている。早朝、まだ陽も昇りきらない時刻。早起きが苦手なオーファ・アーシアも、この日ばかりは定刻よりも早くに覚醒していた。

 アーシアは瞼を閉じ、意識を極限まで集中し、大気とその向こうにある万能の力の根源──世界の深層部に干渉し、一体化した。ゆっくりと息を吸い込むと、大気中に含まれる魔晶元素メナストが彼女の意のままに操られ、無数の光の粒となってふわふわと周囲を漂う。それはまるで、無数の蛍がアーシアを中心にして踊っているような、美しく幻想的な光景である。

 数分後、操作するオーファがフッと意識を緩めると、それら魔素の蛍の群れは光を失って、もとの透明な空気へと戻った。


 これは、メナストのコントロール・トレーニングである。

 現在のシーレのほぼ全ての人間から失われている、機械の力なくしては扱えない能力だが、アーシアはそれを自らの力のみで行なうことができる。しかも、オーファになる以前から潜在的にそれが可能だった。

 彼女の最大の武器である古代術は、このメナスト・コントロールが進化したもので、世界の深層にある原始的メナストの集合体に干渉し、享受した力を実際の現象として発動する。


 静々と目を開いたアーシアの視界に、一人の男性が映り込んだ。迷いなくまっすぐに向かってくる彼が自分と面識のある人物であることは、遠目でもすぐにわかった。

「おはよう、トマ」

「おはようございます」

 ちょっぴり残った寝癖が憎めないトマである。

「アーシア様のその恰好、似合っていますね」

「さっき着替えたのよ。普段着のままじゃさすがに、ね」

 独自の装束に身を包んだアーシアの姿は凛々しく、昨日とは全く印象が違う。ともすれば普通の女性にしか見えなかったものが、今では歴戦の勇士、ベテラン冒険者といった風采である。これが、彼女の本来の姿なのだろう。

「この恰好になると身が引き締まるというか、戦意が昂ぶるっていうか。まあ、冒険者の性かしらね」

 彼女の服装で最も目を引くのは、トレードマークでもある丈の短いケープ・マントだ。飾り気のないシンプルな漆黒のマントが、呪術的で凄みのある佇まいを見事に演出している。漆黒のマントと、透き通るような白い肌とのコントラストが非常に美しい。

 胸元には彼女の緑瞳と同じ色の美しい宝石が嵌められたブローチが輝いていて、女性らしいエレガントな雰囲気をもかもし出している。また、そのブローチを起点にして布生地が肩と首をを経由し、背中側で弛みフードを形成している。

「このマントは昨日おじい様が届けてくれたの。使うのは本当に久しぶりね。あと、装束は手荷物で、他の防具は帝国軍に借りたわ。胸がちょいキツいけど、何とか着れるサイズがあってよかった。とても動きやすいわ」

 そう言いながら、ブーツのつま先で地面をトントンとノックしてみたり、かかとをクイッと上げてみたり、自分の背中を覗き込んでみたりと、動きやすさや身だしなみのチェックに余念が無い。

 それは確かに動きやすそうな恰好であるが、ゆえにかなりの軽装である。ケープ・マントの下に防具と呼べるようなものは胸当て、膝当て、籠手くらいなもので、上腕部や大腿部など柔肌が露出している部分も多い。トマが目のやり場に困ってしまうほどに。

(うーん、履き替えたスカートの丈がやたら短いのも、動きやすさを考慮してのことだろうか──?)

 意識しないよう試みても、トマだって健全な青年男性である。目の前で同年代の美女があまりにもおかまいなしに腰をくねらせたり脚を上げたりするものだから、布の向こうに見え隠れする眩しい太腿という魔物と格闘するはめになってしまった(ちなみに、こちらは冒険者ではなく、単なる悲しい男の性だ)。奔放なアーシアが、もうちょっと男の目を気にしてくれるとありがたいのだが、と思わずにはいられないトマである。

「あぁっと、えぇっと……昨日の夜やって来た、あの立派な白髭の、はつらつとしたご老人が……。あの方がアーシア様のご祖父様なんですよね?」

意識していることが見透かされやしないかと、ドギマギしながら尋ねた。

「あら、あなたいつおじい様を見たの?」

「昨晩、正面ゲートの方から話し声が聞こえたんでテントを出てみたら、ご老人がいたんですよ。その後、アーシア様と、あの男前の将軍と、三人で話をしてるのを見ました。……ゲートの外からだったんで、話の内容までは全然わかりませんでしたけどね」

「えっ……! それじゃあ、あなた本当にテントで野営したの? しかも陣地の外で?」

 驚いた様子で、アーシアが訊ねた。

「はい」

「そう……。あなたには悪いことをしちゃったわね。今更こんなこと言っても仕方がないんだけど、私が頼めばもっとマシに過ごせたと思う」

 本当に申し訳なさそうなアーシアの反応に、トマは慌ててしまった。

「そんな、そんなのいいんですよ。気にしないで下さい。僕が勝手にやったことですから。それに、軍関係者が色々と面倒みてくれたんですよ。軍人も意外と、嫌な人間ばかりじゃないですね。これならきっと、戦況も教えてもらえますよ」

「そうかしら」

「そうですよ。僕の願いはここからみなさんを応援させて頂くことですから、言うことなしですよ。……まあ正直、歴史的大勝利の瞬間に立ち会えないのは、とてもとても残念ですけどね!」

 二人は朗笑を交した。トマのおかげで、張り詰めていたアーシアの心も解される。

「……で、それはそうと、トマ。私になんか用があったんじゃないの?」

「おっと、そうでした。大切な用事を忘れるところだった」

 トマは緩めていた顔の表情を引き締めた。

「もうすぐ作戦確認のための会議が始まる、とのことです。司令部の作戦室で」

「そう。もうそんな時間なのね。伝えてくれて有難う。……じゃあ、早速行って来るわね」

「……アーシア様!」

 立ち去ろうとするアーシアを、トマは普段はほとんど出さないであろう大声で呼び止めた。それから彼は、立ち止まって振り向いた相手の真顔に勝るとも劣らない、真剣な眼差しを送った。

「御武運をお祈りしています。あなたに煌翼神ネア・ミア様のご加護のあらんことを」

「ありがとう、トマ。男の人に送り出されるのも案外悪くないものね」

 オーファはそう残すと、横顔に優美な笑みを湛えて背中を見せた。そして、小さく手を振りながら去って行った。


  *  *  *


 アーシアが作戦室に入ると、そこには階級の高そうな空軍将校達と、この作戦の監督であるサスファウト、それに先に呼ばれて来ていた相談役のクエイン、あとは見るからに粗暴そうな、髭面で巨体の男が一人。

 今回、空軍をまとめる提督に任命されたのは、その見るからに粗暴そうな男である。彼は城内の牢獄に捕らえられていた海賊で、名をダコワといった。空軍の最高司令官である提督の座を、このような人物に任せるほどであるから、どれだけこの国の軍部が空での戦いに不慣れであるかがわかる。

 トラシェルム帝国が制した長い戦争の歴史は、大陸の中で繰り広げられたものだ。陸地で勇名を馳せたトラシェルム帝国リ・デルテアは、翼の女神を国のシンボルをしている割には、皮肉にも空域での艦隊戦には不慣れときている。揶揄され、世界の笑いものになるのは避けたいところである。


 ここで、ダコワという人物を少しばかり紹介すると、彼は元海賊船長キャプテンであり、部下の造反にあってトラシェルム軍に捕縛された男だったが、空戦においては負け知らずだ。

 彼は作戦に関しては口出ししなかったが、ひとつだけ主張した。

「海(空)での戦いは、俺の指示に従ってもらう。あとのことは任せな」

 また、会議の席上において、アーシアにはいくつか明確にしておかなければならないことがあった。彼女は、この戦いに自分が参加することの条件を提示した。

 まず、自分が軍属になったわけではないこと、戦闘に参加するのは今回限りであるということ。それから、必要以上に助力するつもりがないこと、充分役目を果たしたと思ったら、退かせてもらうということ、である。

 トラシェルム側からは異議も出ず、これを承諾した。


 とにかく圧倒的な戦力差があり、トラシェルム軍は空戦での敗北は避けられぬものとして覚悟している。状況的には、まともにやったところで勝敗を覆すことは非常に困難であり、この戦いに望みがあるとしたら、それはまだトラシェルム帝国側の誰も知らないアーシアの力のみである。

 作戦の根幹として、クエインはアーシアを前面に押し出し、盾とすることを提案した。誰もが危ぶんだが、クエインは軍艦の積んでいる魔晶砲(魔晶エネルギー圧縮砲)では、オーファに傷ひとつつけることはできない、と説明した。

 また、この作戦には裏があって、魔弾が効かないと悟った敵艦隊が通常の弾薬に切り替えてくることを狙っている。そうなれば、火力の面で絶対的優位に立つことができる。アーシアが前衛に立つ作戦だが、最終的には両軍入り乱れての艦隊戦となるのだから、この点は大いに見込まなければならない。


 *  *  *


 アーシアとクエイン、それにサスファウトはダコワが艦長を務める帝国旗艦『エンミシェル』に搭乗した。残念ながら、トマは乗船を許されなかったので、アーシアの勇姿を見る術はないだろう。

 帝国の戦艦エンミシェルは、旧式だが大型の艦船である。リ・デルテア王国の母艦として長く使われてきたものを、急遽改修して戦線に投入した。

 王国の時代から大陸の一角として地上での戦いを続けてきたトラシェルム帝国である。大艦隊戦の経験がほとんどないし、造船技術が他の国より劣っているのは否めない事実であった。艦艇の保有数も他の軍事国家と比較して多くはなく、空軍の構成は大陸各地からかき集めた旧式艦が大半を占める出来合いの艦隊となった。

「よし、そろそろ発進するぜ。野郎ども、碇を上げな!」

「ア、アイアイサー(……って、俺たちゃ海賊かよ)!」

 本場のならず者らしいダコワの一声で、クルーが魔晶炉のエネルギー開放と直結装置の変換率を上昇させた。


 半永久機関である魔晶炉というのは略称で、正式には『魔晶元素エネルギー変換炉』という。

 船の機関部に据え付けられた人工ないし天然の魔晶石に直結する装置が、機械による擬似メナスト操作と言うべきエネルギー変換を行うことにより、船体の浮遊維持に必要なエネルギーが発生する。この浮遊に特化したエネルギーは常時浮遊を可能にするが、さらに推力獲得用のプロペラや姿勢制御用のスラスターといった機構を組み合わせることで、現代シーレの主要な艦船は極めて自由に飛行することができる。

 そして、この魔晶炉が生み出すエネルギーは別の変換ラインで、シーレの最新主力攻撃兵装である魔晶カノン砲へと伝達される。

 剣や騎士などが登場する、中世的なファンタジーの世界で、高度に武装化され船体の要所を金属の重装甲で保護した艦船が空を飛ぶことに違和感を覚える方もあるかもしれない。だが、煌天世界には独自の機械文明が発達しているのである。造船及び航空技術は、メナスト文明が最も隆盛を極めたロスト・エラ当時よりも高度な部分がある。それを我々の世界の航空機と比較することは難しいが、メナスト・テクノロジーによる科学と魔法(に類似したもの)が渾然一体となった生産・加工技術は特に顕著に発達している。そして、それは極めて自然に発展したものである。人類がこの煌天世界の構造に順応し生きる上で最も必要不可欠で熟考すべきことが、空に分断された陸地を航路で繋ぐことに他ならなかったためである。


 今、戦艦エンミシェルの魔晶炉が低い唸り声を上げ、ほとんど鉄の塊に近い船体が恐ろしいほど軽やかに浮上を開始した。

 係留用アンカー(錨)が抜錨され、巨体が悠々と空に泳ぎ出す。他の艦も同様に地面からアンカーを引き抜き、次々と軍列に加わった。


 この接岸・係留用アンカーについての説明をすると、魔晶炉が生み出した浮遊エネルギーを装置で反転させ、それを魔晶精錬鋼のワイヤーを通じてアンカーの先端に流し、陸地が含有するメナストと結合させる仕組みとなっている。反転属性のエネルギーが錨の先端部分で光球を生成し、それが引き合う磁石のように地面に吸着するのである。この時、アンカーは地面に接触していなくても構わない。地中に深々と撃ち込む必要がないのである。

 また本題を逸れてしまうが、係留・接岸を穏便に済ませるため、アンカーは通常は地面に近い位置から発射する。しかし、敵地への揚陸作戦の場合にはこれは当てはまらない。遠距離からカタパルトによってアンカーを撃ち出し、地面に突き刺して電撃的に制圧する、という戦法は上陸作戦の定石としてよく用いられる。これは強襲成功のセオリーである。


「コンタクト、開始……応答シグナル確認。第一艦隊、全艦の発進を確認しました」

 エンミシェルのブリッジ内で通信士が告げた。

「よし、第二艦隊にも信号打て。とっとと出航の報告をしろってなあ!」

 艦長ダコワがふんぞり返って大声を放つ。やることなすこと、いちいち豪快な人物である。

「了解(ため息)。……シグナル・コンタクト。連絡信号送ります」

 魔晶エネルギーの放出反応をシグナル化して送受信するのが艦艇の主要な通信手段だ。艦内各部署への情報伝達も同様の方法であることが多い。細かなシグナルの変化で、文字情報を転送するのである。もちろん、味方艦同士の交信内容を悟られないために、外部に向かっての通信は暗号化されている。

「ふうん。思ったよりも広いのね、艦橋って」

 アーシアは初めて入る軍艦の艦橋内の細かな部分を、物珍しそうに見て回った。旧型と言う割には装置や並べられている計器類が真新しく、とても信頼できそうに見える。技術者達の苦労の結果、改装のたまものだろうか。

「嬢ちゃん、気に入ったかい。これが空で戦う男の居場所、船のブリッジだぜ」

 艦長席に、その度量に劣らない大きな図体を沈み込ませているダコワ。見た目は凶悪そうだが意外に温厚な人間らしく、人当たりが良い。二十代のアーシアを嬢ちゃん扱いである。

「沿岸部対空砲の増設、領空の防衛力強化は結局ほとんどできなかった。あまりに時間が無さすぎた。造船の間などあるべくも無い。船は旧式艦ばかりで、戦力は不足している。これでは、下手をすれば本土への空爆もある」

 監督兼ダコワの監視役として同乗しているサスファウトは、悔しそうにそう言った。敵軍はトラシェルムの前哨空域に敷かれた防空網を軽々と突破し、大陸の目と鼻の先まで侵攻している。

 そして、敵の進軍ルートは真正面から帝国の防空網を突破するコースだった。彼らは直進し、大陸の北東部を目指しているのだ。

「あるいは、防衛力の薄弱な沿岸部から迅速に上陸し、橋頭堡を築く狙いかもしれない」

 サスファウトは端正な顔に苛立ちを表した。

「将軍さんよ、そいつは俺の専門分野だ。イヤじゃなけりゃ俺から説明させてくれ」

「口を慎め。我々はまだお前を完全に信用してはいない。指揮以外の部分で口を出さないで頂こう」

「おや、そうかい。こいつは寂しいねえ」

 ダコワが引っ込み、サスファウトが説明する。


 この世界の上陸戦術は様々だが、多くは係留用アンカーを利用することによってとても迅速に行なわれる。おそらく敵艦には揚陸艇が多数あるだろう。つまり、陸戦兵を大量に載せた艦を接岸させるために、電撃的に大陸の一部を占領してくるはずだ。

 陸地ではナーバが中央軍を編成して戦闘準備は整っているし、各地の常駐軍も準備を整えて待ち構えている。しかし、国土に被害が出るのは忌々しき事態だ。

 さし当たって、守勢側である以上は、敵の進攻ルートや上陸地点を完全に予測することは困難であった。最後の防衛線を突破されることへの危機感が、サスファウトの口調から痛いほど伝わってくる。

「停戦の使者を送ったが、全く相手にされず始末された。向こうの主張は徹底的にやるつもりのようだ。唐突で不自然な話だとは思うが──」

 サスファウト含め、頭脳に優れた将軍、文官の多くは相手国の出方に納得がいかないでいる。

「……仰られるように、全体的にですが、どうもかの国のやり方にしては強硬過ぎる感がありますな。そして、アフラニール公国がこれほどの軍事力を持っているとは、何とも信じがたい。どうやら、まだ我々の知らない事実がありそうですな」

 これは、クエインの意見である。それに対し、「そうなのです」と答えるサスファウト。この時、二人の考えはほぼ一致していた。


 アフラニール公国は大国ではないし、野心にあふれているわけでもない。所謂ことなかれ主義で、旧体制の最たる国だ。軍事的にも遅れをとっており、周辺の動乱に関わることを避けてきた。沈黙し、危険を避けるため可能な限り中立の立場をとっていた。

 ノーマーク。帝国の側もこの国に対しての監視が緩かった側面がある。そうでなければ、トラシェルムほどの大国がこれほど慌てたりはしなかった。

 そのような国であるから、今回の好戦的な態度、突然の侵略行為、不釣合いな大規模戦力などはおよそ似つかわしくなく、腑に落ちない点が多い。ここまでの強行策は、かの国には似つかわしくないというのが、クエインの考えだ。

「やはり、後ろ盾がいるか──もしくは第三者の思惑が働いている、と考えるべきでしょうか?」

 と、クエインに伺うサスファウト。彼はすでに、老翁の非凡な知力を見抜いていた。

「うむ。わしには、そう考えるのが妥当と思えますな」

 そう答えて、クエインは豊かな白髭を指でなぞった。


 大陸を離れ大空に羽ばたいたトラシェルム艦隊は、帝国の前哨空域に向かって飛行を続けていた。時間の経過に伴って、艦内の緊張がだんだんと高まり、陣営の情報伝達が頻繁なものになってきた。

「報告します。交戦空域に到着しました。前方広範囲で無数の魔晶元素反応が待機しています」

 エンミシェルの通信士が告げ、ダコワが了解して頷く。

「よし。コースは気持ち悪いほどにドンピシャだったな。フヌケだとばかり思っていたが、この国の索敵班も割とやるな」

「あのぉ……。艦長、本艦は間もなく予定のポイントに到達します。敵軍先頭までの距離、およそ三,九○○」

「おっしゃあ! いいぜ、悪くない。作戦通り、前衛は微速まで落として航行、他はそれに合わせろ。相手の方が射程が長いに決まっているんだからな、まだ敵の効果的射程範囲内には入るなよ」

 臨戦態勢に突入し、ブリッジ内の緊張が最高に達した。逆にダコワのテンションはどんどん上がっていく。

「さて、敵さんは準備万端、手薬煉てぐすね引いてお待ちかねだ。嬢ちゃん、そろそろあんたの出番だぜ。いけるか?」

 艦長席の方を振り向いて、アーシアは力強く頷いた。

「いつでもいけるわよ」

「よいか、くれぐれも油断するでないぞ。冷静を保ち、集中を絶やすな」

 クエインが念を押した。

「大丈夫よ、おじい様」

「この戦いは戦況次第では全軍撤退する可能性がある。危なくなったらすぐに戻ってきて構わんからな」

 この時、サスファウトは純粋にアーシアの無事だけを願ってそう言った。

 伝説的な力を身に付けたオーファといっても、外見は普通の女性である。その真価については、淡い期待はあるものの、この期に及んでも半信半疑である事は否めない。

 ──もっとも。これはもともと敗北がほとんど決定づけられた一戦でもある。例え戦果を上げられなくとも、彼女に罪はないだろう。誰が彼女を責められるだろうか。

「はい。ありがとう、サスファウト将軍」

 優しい気遣いを感じ取り、相手に向日葵のような大輪の笑顔を送ってから、オーファはエンミシェルの甲板に向かった。

「さあ、リシュ、行きましょう」

 引き締まった表情でそう呟くと、アーシアの傍らにすぐさまリシュラナが現れた。

 魂による契約を結んだ同一存在であるオーファの求めに応じ、空間を超えてやって来たサウル・リシュラナ。白銀のボディが日光を反射し、さながら未踏の雪原のように眩く鋭く輝いていた。

「おおっ! これはすげえ強力な反応だな。こんなもの、今まで見たことがねえ」

 リシュラナが放つメナストを、船体のレーダーがキャッチした。それは桁外れに強い魔晶エネルギーの放出である。

 しかも、それは艦船のように無機質な反応ではなく、断続的に揺らぎを見せる。その変化に富んだなリズム、大きくなったり小さくなったり、あるいは明滅したりといったものが、理解を超えた生命の鼓動を明らかにする。

 事前に彼女らの力の源泉が失われた太古のメナストだと知ってはいたが、それでも予想を大きく超えた反応には驚かざるを得なかった。ダコワはブリッジの窓際へと歩み寄り、自身の肉眼でアーシア達を捉えた。

「桁外れな力を持った存在。それは神か、悪魔か──。だが、とにかく人を超えた何かであることは間違いない。その証拠に、俺達の目には映らねえ、見えない力を使役する。嬢ちゃん、本当に伝説のオーファなんだな……」

 レーダーには恐ろしいまでの反応があるが、サウルの姿は常人が見ることが許されてはいない。この場において彼女の姿を視認できるのは、アーシアとクエインだけであった。

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