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 ライラと二人、副都に帰ってきた時には、既に日が暮れていた。

「やっと、帰ってきた」

 街の明かりに、ふっと息を吐いてから、後ろを歩くライラを振り向いて見る。田舎道を歩いている時も、何度、ライラの方を振り向いたことだろう。ライラは自分のものであるという感覚は、ルージャには、多分無い、と思う。だが、ライラをいきなり抱き締めたラウドの、優しい笑顔が脳裏を過る度、ライラは自分のものだと、叫びたくなる。いやいや。もう一度ライラの方を振り向き、ルージャは心の中で首を横に振った。ライラが誰のことを好きかは、ライラにしか分からない。ライラの選択に、自分は従う他無いのだ。

 それはともかく。今日は、色々有り過ぎた。川原に伸びた騎士達を近くの村に預けた後、『悪しきモノ』の『核』を捜すラウドに付いて行ったのだ。

「……これが、『悪しきモノ』の『核』」

 街道から少し離れた木々の間を、ラウドが指差す。地面から煙のように立ち上る黒い靄が、ルージャ達の眼前にあった。これが、『悪しきモノ』の本体。ルージャは何故か背筋が震えるのを感じた。

「これに触れると、呪われる。触れなくても、近づいただけで、こいつらは人間を襲う」

 ルージャ達の気配に呼応してか、急に大きくなった靄に、後退る。そのルージャとライラを背中で庇うと、ラウドは腰の剣を抜いて左腕を傷つけ、流れ出た血を剣に流した。

「『古き国』の騎士の血と力で以て、『悪しきモノ』を鎮める」

 その言葉と共に、ラウドは血の付いた自分の剣と、ラウドの背丈の倍の大きさに膨らんでいた『悪しきモノ』本体の、一段と濃い部分に突き刺す。震えと共に、『悪しきモノ』が消え去ったのは、その後すぐのことだった。

「これで、良し」

 背中が震えたままのルージャに、ラウドが不敵に笑う。余裕に満ちたその笑顔が、ルージャには悔しかった。

疲れが、全身を支配しているのを感じる。早く宿舎に帰って眠りたい。ルージャは心からそう思って、いた。

 だが。

 大通りから一歩離れた、割と人通りが少ない場所で、突然、五人の大男に囲まれる。青と白の、新しき国の騎士団の制服を着ているが、白いチュニックの丈が、副都の騎士団よりかなり短い。王都から来た、第三王子が率いる騎士団所属の者に違いない。ルージャはそう、推測した。しかしそいつらが、ルージャ達に何の用だろうか? 今日街の外を案内し、途中で『悪しきモノ』とラウドが呼んだ『影』に取り憑かれた騎士達ではない。

「お前達、レイの騎士団の見習いだな」

 ルージャの疑問に答えるように、真ん中の、マントに金の縁取りが付いている男が声を出す。

「廃城を、案内しろ」

 男に言われた言葉に、ルージャは驚きで口が利けなくなった。そんなことを、何故、自分達に頼む?

「お前達が、前に肝試しにあの城へ入ったと聞いた」

 廃城に入り、しかも何かを持って出て来ることができる見習い騎士は、実はあまり多くないらしい。ルージャの持っている銀色の留め金のように、宝物として高く売れそうなものを持って帰ることができた者はかなり少ないと、北へ行く直前にユーインから聞いた。だから、他の騎士に虐められそうになったら、その留め金を見せて罵れと。その手段を、ルージャは用いたことは無かったが、それでも噂は伝播が早い。まだ小さく弱そうに見えるルージャとライラにちょっかいを掛けてくる騎士達は、今までのところいなかった。だが、……その噂が、仇になるとは。

 とにかく、ライラは巻き込みたくない。

「良いよ」

 真ん中の、この騎士隊のリーダーらしき男に向かって、ルージャは頷いた。

「でも、ライラは要らないだろ。ライラを宿舎に帰してから……」

「それは、ダメだ。……レイって奴に知られたら、ただじゃ済まない」

 だが、ルージャの言葉は、強い言葉に打ち消された。

「その女も一緒に来てもらう」

 逆らうと、何をされるか分からない。その状態に、俯いて唇を噛む。

「私は、平気」

 後ろから囁かれるライラの言葉と、ルージャの背に触れるライラの柔らかさが、ルージャを惨めな思いにさせた。

「さあ、どうする」

 それでも。騎士隊長の威圧的な言葉に、決断する。とにかく、ライラを守る。それしか無い。

「分かった」

 ルージャはきっと顔を上げると、目の前の男を睨みつけた。


 廃城も、その前の荒野も、肝試しに入った時と同じだった。違うのは、ルージャとライラの周りを大柄な男達が囲んでいたこと。

「ここが、入り口」

 暗い道を城壁に辿り着き、ユーインに教えてもらった入り口を指し示す。

「すぐ側に落と……」

「うわっ!」

 ルージャが説明する前に、男の一人が中に入ろうとしたらしい。叫び声が、地中に消えた。

「カッサ!」

 マントに金の縁取りを付けた騎士隊長が、入り口の床にぽっかりあいた穴に叫ぶ。

「全く、粗忽者め」

 そう言いながら騎士隊長は、落とし穴にカンテラを掲げた。

「斜めになっている。深そうだな。……サイン、ロープを持って助けにいってやれ」

 騎士隊長の指示に、男の一人が一礼して、副都の方へ向かって去って行く。ルージャとライラ、そして三人になった男達は落とし穴を避けて廃城の内部へ入った。

 前と同じく、草の間を走る影に心臓が飛び上がりそうになりながら、ライラの手を取って、男達を先導する。振り向いて見詰めた限り、男達はルージャのように、唐突に走り去る影には全く驚いてないようだった。

「ネズミかなにかだろ」

 男達の一人が、そう言う。

 だが。城の正面玄関に辿り着いたとき、その中の一人が高い悲鳴を上げた。

「な、何だ?」

 悲鳴を上げた男は、背中を掻くような仕草をする。そして掻き終わった両手を自分の目の前に掲げ、再び大声を上げた。

「血、血だぁ!」

 カンテラの明かりだけでも、男の両手が乾いていることは見て取れる。何故男が騒いでいるのか、分からない。そして。

「く、首が、バルコニーに……」

 あっけにとられているルージャ達の前で、不可解な言葉を叫びながら、男は闇雲に走り去って行った。

「お、おい、エスト!」

 騎士隊長が、狼狽したように男を呼ぶ。

「ミル、エストの後を追ってくれ!」

 騎士隊長は、最後に残っていた男にそう、言った。

 ルージャとライラ、そして騎士隊長とで、壊された正門から城内へ入る。

「おお」

 吹き抜けの広間に足を踏み入れた途端、騎士隊長は感嘆の溜め息を漏らした。

「さすが『古き国』の力。守るには向いていないが、美しい」

 騎士隊長は、古き国や建築についてある程度の造詣があるらしい。ツタと苔に覆われた半壊の階段のカーブの優美さや、吹き抜けを巡る廊下に設えられた柵や柱の様子に、いちいち感嘆の声を上げている。

「一階の奥は『竜』騎士団の詰所か。確か二階に『熊』と『狼』の騎士団の詰所があったそうだな」

 そう言いながら、騎士隊長は部屋という部屋を見て回る。ルージャとライラは、惰性で彼の後を付いて歩いた。どの部屋も、ルージャには暗く、陰に籠って不気味に見える。早く帰りたい。苛立ちと共に、ルージャはそう感じていた。

 と。

 三階に辿り着いて、辺りが急に明るくなる。

「あれ、女王様じゃない?」

 ライラの囁きに、バルコニーの方を見ると、確かに、黄色に近い明るさの中で、女王が一人、バルコニーから外を見て佇んでいるのが見える。何を、見ているのだろうか? 好奇心に駆られ、ルージャはライラと共にバルコニーへ向かった。

 だが、バルコニーから見えた光景に、好奇心を後悔する。バルコニーの向こうに広がっていたのは、小さな煙があちこちから上がる都。そして、そこだけ岩山が途切れた、都の入り口を守るように建つ二つの塔の向こうに見えたのは。

「ラウド!」

 思わず、叫ぶ。身体から切り離されたラウドの首が、立てられた柱の上に乗せられているのが、ルージャの視界にはっきりと、映った。身体の方は、首が乗せられている柱に縛り付けられ、これも無惨な姿を晒している。

「ああ」

 ライラが、バルコニーに頽れる。支えるようにライラを抱き締めると、ライラはルージャを見、そしてルージャの胸に顔を埋めて泣き出した。

「皆、戦いに行ってしまった」

 静かな声に、顔を上げる。ルージャの傍に、青い顔の女王が、ただ静かに立っていた。

「誰も戻って来ない」

 そして不意に、女王は真剣な赤い目をルージャに向ける。

「ルージャ、そなたは騎士になって、何がしたい?」

「え……」

 女王の問いに、というより、その真剣な口調に、絶句する。ルージャが騎士を目指している理由は、父と伯父伯母を殺した奴らを捜す為。しかし、今この場所で、それを口にして良いのだろうか? 女王の問いには、この答えは相応しくないように思える。だが、これを答えるより、他に無い。

「親父と、おじさんとおばさんの敵を取りたい」

 蚊の鳴くような声しか、出ない。ルージャの解答に、女王は目を細めた。

「それで、その後は?」

「え」

「その後、その敵の血縁者が、そなたを狙ってきたら、どうする? そなたに近しい者として、そこにいるライラの命まで狙ってきたら?」

 それは。思考が、止まる。

「不合格だな」

 言葉の出ないルージャに、女王は静かに身を翻した。

 途端。再び、景色が暗くなる。

「おい、何処へ行った!」

 件の騎士隊長の声に、ルージャははっと我に帰った。バルコニーの外から見えるのは、何も無い暗い荒野と、副都の城壁の僅かな明かりのみ。自分達の時代に、戻って来たのだ。ルージャは胸を撫で下ろした。

「ここにいたのか」

 騎士隊長が、ルージャ達の前に立つ。

「お前達も、幻を見たのか?」

 騎士隊長の問いに、ルージャは首を横に振った。幻ではない。あれは、過去に本当に起こったこと。

「ここは、止めておいた方が良い」

 騎士隊長は、しゃがんだままのライラを軽々と抱き上げると、バルコニーから離れるようルージャに指示した。

「『古き国』の女王は、この場所で首を斬られたらしい」

 女王の首を斬ったのは、統一の獅子王レーヴェ。そして切り離された女王の首は、その長い髪でバルコニーの欄干に結びつけられた状態で放って置かれたらしい。

「ただの古城だと、思っていたが」

 そう言った男の袖から、何か光るものが落ちる。男は、女王の謁見の間で小さな宝物を幾つか見つけたらしい。一つ要るか? そう言われて差し出されたブレスレットをルージャは丁重に断った。何故か、貰ってはいけない気がしたのだ。

「そうか」

 騎士隊長の方も、あっさり、ブレスレットを引っ込める。

「俺の方はこれで満足したし、帰るか」

 騎士隊長の言葉に、ルージャはほっと胸を撫で下ろした。

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