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 広い街路に溢れ出ている、たくさんの人々に、思わず足を止めてしまう。

「どうした?」

「人混みを見るのは初めてか? 口が開いているぞ」

 先輩である見習い騎士、大男のアルバと口の軽いユーインが自分を笑いながら見詰めているのに気付き、ルージャは慌てて口を閉じ、息を整えてから歩き出した。大丈夫、怖くない。初めて街を歩いた時には、正直なところ人の多さに息が詰まりそうだったが、もう、慣れた。

 ルージャとライラは、見習い騎士の先輩であるユーインとアルバに連れられて、副都の繁華街に来ていた。その理由は。

「こっちだ」

 ユーインがルージャの腕を引っ張って向きを変える。美味しそうな匂いが、ルージャの腹をくすぐった。

「ここが俺の一押しの食堂」

 今日は、いつも宿舎の食事を作ってくれる賄いの小母さんの休暇日らしい。晩御飯は外で食べて来るよう、ルージャ達が所属する騎士団の団長であるレイに言われたルージャとライラは、ユーインとアルバに誘われるままここまでやって来た。

 満員の食堂に、何とか四人分の席を確保する。

「おばさん、いつものね。飲み物は子供用エール二つと普通のエール二つ」

 ユーインとアルバは、この食堂の常連らしい。ユーインがそれだけ言うとすぐに、ルージャ達のテーブルの上に美味しそうなものが並んだ。肉の入ったパイ、ソーセージ、パン、ほかほかと湯気を上げる具沢山のスープ。

「ソーセージはおまけしておくよ」

 新人が入って来たお祝いだ。そう言ってから、食べ物を持って来た小母さんは急に声を顰めた。

「アルバにユーイン、あんた達、北に行くそうだね」

 ルージャとライラ以外の、レイの騎士団に所属する全ての見習い騎士が、騎士として北方の国境に派遣されるとレイから通達があったのは、今朝のこと。

「街の噂は早いな」

 頭を掻くユーインの横で、ルージャは朝と同じ疑問を考えていた。

 ルージャとライラがレイの騎士隊に所属するようになって、十日ばかり。宿舎の中庭で武術を鍛えたり、副都周辺を歩き回り異状が無いか確かめたりすることで、『新しき国』の騎士になる為に必要なことを学んでいる。そして、新しき国やこの副都のことについても、大体のことが分かってきていた。

 『新しき国』は、北西の一辺以外を海に囲まれたほぼ八角形のこの地を支配する王国。王は代々『獅子王』を名乗っており、北方にある都に住んでいる。王国には王の他に様々な爵位を持つ貴族達がいて、王より与えられた領地を支配している。副都とその周辺を支配しているのは、王の信頼厚い貴族の一人。そして彼は、レイの父親でもあるという。すなわちレイは、副都の太守を父に持つ、ある意味エリートな騎士なのだ。なのに何故、レイは見習い騎士達を育てる小さな騎士団の団長なんかをしているのだろうか? 副都の太守の他の息子達、すなわちレイの兄弟達は皆、副都の周りに領地を与えられているらしいのに。

「最近は見習い騎士の昇格が早いねぇ」

 ルージャが色々考えている間に、テーブルの上が騒がしくなる。

「隣国と戦争になるんじゃないかしら?」

「それは無いだろう。……おい、ルージャ、冷めないうちに早く食べろよ」

 今の獅子王は穏やかな人柄で、ただ一国だけ陸続きである隣国の王の妹を娶っている。そんなことを小母さんと話しながらスープをかき込むユーインを見ながら、ルージャも近くにあったパイに手を伸ばした。香辛料の利いた肉のパイは、ルージャには少し辛い。宿舎の賄いの小母さんがお弁当に作ってくれるパイの方が好きだな。ルージャはそう思い、子供用エールの方へ手を伸ばした。

 先輩達が全て居なくなった後、自分とライラだけで、見習い騎士の責務を果たすことができるのだろうか? 甘いエールを飲みながら、考える。副都周辺には現在、二つの問題が跋扈している。一つは、かつて新しき国が併呑した『古き国』の騎士を名乗る盗賊達が傍若無人に暴れ、特に新しき国の騎士達を選んで残虐に襲っていること。そしてもう一つは、人に取り憑き、取り憑かれた人間を狂わせる『影』の存在。盗賊は一応人間だから、怖くないと言えば嘘になるが対処はできる、と思う。だが、『影』は。……考えるだけで空恐ろしくなってしまう。何時の間にか仲間に取り憑き、その人を豹変させてしまうのだから。『影』に取り憑かれた人を助ける方法は、その人を殺すことだけ。昨日も、レイと共に副都周辺を警備している最中に、ルージャの先輩の一人が『影』に取り憑かれた。その、レイにとっては部下に当たる人物を、レイは自身の剣で彼の胸を刺して殺し、蘇生しないよう、首と胴を切り離した。その処置をし、遺体を街道脇に葬った後の、レイの蒼白く暗い表情を思い出し、ルージャも暗い気持ちになった。

 と。

「何だ、子供が居る」

 馬鹿にするような声の響きに、ムッとして顔を上げる。小母さんが居なくなった後の空間に、にやりとした顔が四つあるのが見えた。いずれも白のチュニックに青色のマント、新しき国の騎士の制服を身に着けている。だが、彼らのチュニックの裾はかなり短く、下に身に着けている股袋がこれ見よがしに見えていた。

「ここは子供が来るところじゃないぜ」

「普通のエールが飲めるようになってから来な」

 ルージャが手にしているジョッキを見て、男達が喚く。

「良いじゃないか。ここは普通の食堂だぜ。あんたらが出入りしているようないかがわしい場所じゃない」

 その言葉にとっさに反応したのは、ユーインだった。アルバも、ルージャとライラを守るように二人の前に立つ。

「お、レイのところの見習いじゃないか」

 ルージャ達を囲んだ男の一人が、ユーインを見て声を荒げる。

「うだつの上がんねぇところの、弱虫の見習いが、今度北へ飛ばされるそうだな」

「弱虫じゃねぇ!」

 嘲り笑う男達に、ユーインは腕に巻いた細い鎖を見せた。

「ほら、『廃城』の宝物だ」

 男達を睨むユーインの後ろで、アルバもユーインと同じ鎖の腕輪を示している。

「ふん、そんなもの、廃城じゃなくたって有るだろうが」

 しかし男は、ユーインを鼻で笑ってみせた。

「こーいうのを取って来てこそ、真の勇者だぜ」

 そう言ってルージャ達の眼前に見せびらかした男の指には、半分ひしゃげた指輪が鈍く光っていた。

「ま、北でせいぜい頑張りな。凍え死ぬがオチだろうがな」

 馬鹿にしたような笑いを残し、男達が去る。その男達の油染みた大柄な背中を、ルージャは強く睨んだ。言われていることは半分しか分からなかったが、ユーイン達が馬鹿にされているのは分かる。立派な先輩達を馬鹿にするなんて、許せない。

「いつものことながら、嫌な奴らだな」

 座り直してお代わりのエールを頼んだユーインの言葉に、アルバが頷く。あの高飛車な男達は、レイの父が指揮権を持つ騎士団の見習い騎士達であるらしい。

「しかし俺達が居なくなると、あいつらはルージャ達を虐めるだろうな」

 アルバが呟く、何時になく長い言葉に、ルージャの全身が震えた。まだまだ小柄な自分が、あんな奴らと戦って勝てるのか? いや、勝ち負けの問題ではない。ライラを、守らなければ。

「よし、これから『廃城』に行くか」

 そう思ったルージャの横で、不意にユーインが手を叩く。

「はい、じょう?」

 ライラが不思議そうに首を傾げたのが、見えた。

「ああ」

 副都の後方、岩山に囲まれた平地の奥にある、かつて『古き国』の女王が住まっていたという、城。今はすっかりぼろぼろになっているその『廃城』に夜侵入し、何か珍しい宝物を持って帰る『肝試し』が、副都の見習い騎士達の間では自身の勇気を試す場となっているらしい。ユーインとアルバが腕に付けている細い鎖も、廃城から拾って来たもの。勿論、この『肝試し』は何処の騎士団でも禁止されている。丁度良いことに、レイは、何かの打ち合わせがあるらしく父である副都の太守が住む副都の宮殿に行っている。今日は戻って来ないだろう。今日ならば、門限までに帰っていなくてもごまかせる。

「よし、そうしよう」

 唐突な決定に、ルージャはぽかんとユーインとアルバを見詰めた。だが、自分はともかく、ライラが虐められるのは御免だ。だからルージャは、震えるライラの手を大丈夫だというようにぎゅっと掴むと、ユーインとアルバに向かって了承するように頷いた。


 一度宿舎に戻り、ルージャ達が門限を破って外にいることを悟られないように工作するアルバを残し、白いマントを羽織って外に出る。夜でも通り抜けることができる小さな出入り口から、ルージャ達は副都の城壁の外に出た。

 そのまま、何も無い夜道を、カンテラ一つだけで進む。星明かりすらない、疎らに生えた草だけが戦ぐ丘は、不気味というより淋しいという感覚をルージャに与えた。

「ここには昔、『古き国』の都があったって話だ」

 ルージャ達の前を、カンテラを持って歩くユーインの声が、闇を縫うように響く。

「今じゃ、兵共が夢の後、って感じだがな」

 『古き国』を創始した初代の女王が、荒涼とした土地に都を建てたのが、そもそもの始まり。女王自身の魔法の力で、まっさらな土地を峻険な山々でぐるりと囲み、その中に、女王自身が住まう城と、騎士達が暮らす街を作った。だが、『古き国』を侵略した新しき国の王、獅子王レーヴェは、城を残して全てを破壊するよう命じた。それ故に、この場所は、何も無い平原のまま。

「戦いで殺された『古き国』の騎士達を、弔わずにこの地に埋めたって話もある」

 ユーインの言葉に、背中が震える。ルージャは思わず、繋いでいたライラの手を強く握った。ライラも、ルージャの手を強く握り返してくる。怖いのは、自分だけではない。ルージャはすっと、怖さが無くなるのを感じた。今は、とにかく、何が起こってもライラだけは、守らなければ。

「まあ、葬られただけマシ、なんだろうな。骨になるまで晒されて捨て置かれた騎士団長もいたって話だし」

 背筋が凍るようなユーインの言葉を聞きながらしばらく歩いて、石作りの壁の傍に立つ。これが、古き国の王城を守る、城壁。だが、昔は綺麗に磨かれていたのであろう城壁は既に苔生し、所々に蔓草が絡まっていた。

「そこが正門」

 カンテラの明かりが、大小の石が無造作に積まれた城壁の一部を照らす。

「封鎖されてるけどな」

 そういいながら、ユーインは石が積まれた場所よりも五歩ほど横に行った場所を指し示した。

「肝試しをする奴らは、ここから入っている」

 カンテラの明かりで見ると、元は通用門として機能していたのであろう、小さな隙間が、光を反射していた。

「気をつけろよ。入ってすぐのところに落とし穴があるからな」

 ユーインの言う通り、隙間の一歩先に、ぽっかりと開いた穴が見える。ルージャはユーインから火を入れたばかりのカンテラを受け取ると、ライラの手を引いて落とし穴の脇を慎重に進み、廃城の中へと足を踏み入れた。

「真っ直ぐ行けば、城の正門がある」

 大声でアドバイスするユーインに頷き返し、ライラの手を引いて城庭を歩く。庭に生えている少し枯れかけた草は、ルージャ達が踏む度にカサカサと音を立てる。そして時折、何の予告も無く、何か小さな影がルージャの横を素早く通り過ぎ、その度にルージャは肝を冷やした。

「だ、大丈夫?」

 ライラの声も、震えている。

「あ、ああ」

 ルージャ自身、すぐに踵を返したいくらい、怖い。だが、ライラの前で弱音は吐けない。だからルージャは、虚勢を張って返事をした。

 おっかなびっくり歩いているうちに、多分玄関だろうと思われる石組みを見つける。ユーインが言っていたように、石組みの間に隙間があり、暗い空間が見えた。どうやらここが、城の中へ入る入り口になっているようだ。

「は、入るよ」

 ライラから手を離し、隙間に慎重に手をかけ、ゆっくりと城内に足を踏み入れる。

 城内も、城の外と同じく、ぼろぼろに荒れ果てているように見えた。ルージャが現在立っているところは、かつては吹き抜けの広間であった場所だと推測できたが、床に敷かれていた絨毯は僅かしか残っておらず、壁に掛けられているタペストリーも真ん中から無惨に破られている。そして床には、金属片や石や暗い染みが、生えた僅かな草の間に散らばっていた。

 恐る恐る、足下の金属片らしきものの一つを拾ってみる。カンテラの明かりに照らして見ても、ルージャが拾ったものは街中にも落ちている、ただの小さな塊にしか見えなかった。……これでは、廃城に入ったという証明には、ならない。しかし、辺りを見回しても、めぼしいものは既に全て採られてしまっているのか、特にこれといったものはない。どう、するか、ルージャはもう一度、ぐるりと辺りを見回した。

 と。右脇に、小さな階段を見つける。広間にある階段には蔓草が絡み付き、段面もぼろぼろで登るのに勇気が要りそうだが、こちらの小さな階段は陽の当たらない場所にある所為か、あまり損傷は見られない。これなら、登れるかもしれない。ルージャは後ろに居たライラの手を再び握ると、階段をそっと登った。

 小さな階段は、壊れることなく、ルージャとライラを上の階へ運んでくれる。階段が終わったところには、広間の吹き抜けをぐるりと巡る廊下と、金色に光る狼の形をした飾りがついた大きな両開きの扉があった。この飾りを取って、ライラと二人で分ければ、廃城に入った証明になる。ルージャは扉に近付き、ぐっと背伸びをして、狼の飾りに手をかけた。

 次の瞬間。

「誰だ?」

 誰も居ない筈の空間に響いた声に、飛び上がる。いきなり扉が向こう側に開いたので、扉に預けていたルージャの身体は前のめりに倒れた。

「おっと」

 そして何か固いものに当たる。

「大丈夫か?」

 怖々と、顔を上げる。カンテラが要らないほど明るくなっている空間で、倒れかけたルージャを支えていたのは。

「親父……?」

 思わず、呟く。しかし二度見して、ルージャはすぐに、目の前にいる人物が父親に似ているが父親ではないことに気付いた。ぼさぼさの赤い髪を肩まで垂らし、緋色のダブレットに黒の脚絆を身に着けた目の前の人物は、まだ若い。ルージャよりも二、三歳くらい年上なだけだろう。そのような人物が、父親である筈が無い。いや、父が若い頃は、こんな感じだったのかもしれない。

 ルージャが父親と見間違えた若者の方は、片腕だけでルージャを立たせると、再び部屋の中へ入っていった。

「ラウド兄者、騎士見習い志望の奴らだぜ」

 そう言いながら、若者は扉傍の椅子に座り、テーブルの上のコップを取り上げる。テーブルの周りには、緋と黒の、同じ色合いの服を着た何人かの男女が座り、テーブルの上に置かれた砂糖漬けや焼き菓子を食べていた。美味しそうだ。場違いにも、ルージャはそう、思った。

「それだけか、ルイス」

 呆れた声が、部屋の奥から響く。その声に釣られるように部屋の奥を見たルージャは、丁度机から立ち上がった人物にあっと声を上げた。あの人は、かつての夢で見た、騎士団長に見えない騎士団長!

「ようこそ、『狼』団へ。俺のことはラウドと呼んでくれ」

 騎士団長に見えない騎士団長が、手を差し出しながらルージャに向かってくる。

「待っていたよ」

 どうして良いか分からず、ルージャはその騎士団長の手を握った。

「そちらのお嬢さんも、ようこそ」

 ラウドという名の騎士団長は次に、ルージャの後ろに隠れていたライラに握手を求める。ライラは尻込みしたが、意を決したように唇を引き結ぶと、ラウドの小さな手をそっと握った。

「良いなぁ」

 テーブルの方から、溜め息に似た柔らかい声が聞こえてくる。

「『熊』団にも、可愛い志願者が来てくれると良いのに」

 大柄で短髪の、しかし線が丸く見える若者が、ルージャ達を見て口を尖らせているのが見えた。

「こちらの扉に現れれば『狼』団、向こうの階段から向こうの扉をノックすれば『熊』団。それは昔から決まっている」

 ラウドが、若者の声に静かに反論する。

「だから諦めるんだな、リディア」

「むぅ」

「ところで、何時までここで喋っているつもりだ?」

 そして。テーブルの上をぐるりと見たラウドは、呆れたような声を出した。

「任務はどうした?」

「えー!」

 ラウドの言葉に反論の声を上げたのは、リディアという名の男装の麗人の横にいた、赤いローブを纏った小柄な少女。

「せっかく、リディア姉様がお城に来てくれたのに。それに、ミヤ姉様とマイラが、オーガスタ叔母様が作って下さったお菓子を持って来てくれたのに」

「なら自分の詰所で食べなさい、ロッタ」

「私はまだ『竜』騎士団の隊長職だから、ラウドお兄様みたいに個室を持ってないの」

「自分の宿舎で食べれば良いだろう。ここは執務室。宴会場ではない」

「けち!」

 テーブルに座っている他の若者達も、ロッタという少女の言葉に賛成しているようだ。リディア以外は、あからさまではないが、文句を言いたそうにラウドを見ている。それでも、ラウドは横を向いて、机の傍に立っていた、緋色の頭巾で頭をきっちりと包んだ少年に鋭く声を掛けた。

「アリ、俺が女王の所に行っている間に、こいつらを片付けておいてくれ」

「分かりました」

 アリと呼ばれた少年は、ラウドの言葉に頷くと、テーブルの上の物を容赦なく片付け始めた。

「さあさあ、お仕事に戻って下さい」

「ちぇっ」

 扉を開けた若者が舌打ちする中で、ラウドは壁に掛けられていた黒のマントを羽織り、銀色と金色の二つの留め金で留めると、ルージャとライラを手招きして部屋の外へ出た。その後を、付いて行く。

「煩くて悪かったな」

 どちらかというと優しい口調で、ラウドが言う。『古き国』には『竜』、『熊』、そして『狼』という三つの騎士団がある。男装の麗人、リディアは、ラウドの実妹で戦闘を担当する『熊』騎士団の副団長。その横に居たローブの少女、ロッタは、ラウドの異父妹で女王の身辺を守る『竜』騎士団に所属している。扉を開けてくれた若者ルイスは、ラウドの異父弟、そしてルイスの横に居た女性は、ルイスの従妹で婚約者に当たるミヤと、その妹のマイラで、三人ともラウドと同じ、探索を主たる任務とする『狼』騎士団に所属する騎士だと、廊下でラウドはルージャ達に説明した。

「リディアとは、会う機会がそう無いから、はしゃいでしまって」

 そういいながら、ラウドはキラキラと光る綺麗なタペストリーが規則正しく並んでいる廊下を通り、三階へと続く吹き抜けの階段へとルージャ達を誘った。

「行こう。女王が待ってる」

 いつの間にか辺りが明るくなっていることも、陰惨さや雑然さが無くなっていることも、ルージャは疑問に思わなかった。自分とライラが何故か、既に滅びてしまった筈の『古き国』にいることも、そしてラウドの後に付いて行っていることも。


 三階には、二階と同じように吹き抜けをぐるりと巡る廊下と、その向こうに大きく広がるバルコニー、そして縦も横もルージャの五倍はある恐ろしく大きな頑丈そうな扉が、あった。

「女王陛下。『狼』騎士団の見習い志望者を連れてきました。目通りをお願いします」

 その扉に、ラウドがそう、声を掛ける。ラウドの声に答えるように、扉は大きく震え、そして誰も押していないのに大きく開いた。その向こうに見えたのは、奥まで続く薄明るい空間と、その終点にある、一段高いところに座った柔らかな影。

「ラウドか?」

 その影が、身動ぎする。ラウドは真っ直ぐ、その影に向かって歩き出した。そのラウドに付いて行っていいのかどうか、一瞬、迷う。第一、ルージャ達が此処に来たのは『肝試し』の為で、『狼』騎士団の見習いになる為ではない。だが。

「おいで」

 振り向いて手招きするラウドの言葉は、ルージャを従わせるに十分な力を持っていた。

 ゆっくりと、ライラの手を握ったまま、ラウドの後ろを歩く。どこか既視感のある、広々とした荘厳な空間に、足音すら響かない。何故か緊張してきて、ルージャは何度か唾を飲み込んだ。

 やっと、一段高くなった場所のすぐ前に辿り着く。漆黒のローブに柔らかそうな緋色のマントを羽織った女王は、年寄りにも、また何故か、ルージャよりもずっと若いようにも見えた。緋色の帽子の下から覗く、輝くような白金色の髪は、ライラに似ている。

「ようこそ、『古き国』の王城へ」

 ラウドに押し出された二人を見て、女王が微笑む。

「新しい見習いを、歓迎するぞ」

 少しだけ、女王が指を動かす。何処からか現れた小箱を手に、女王はルージャの傍に立った。女王の細い腰に吊された剣が、軽やかに揺れるのが、見えた。

「これが、証だ」

 ラウドに渡した小箱から、女王はその細い指で椿の形の銀色に光る留め金を取り出し、ルージャのマントに留め付ける。爽やかな香りが、ルージャの鼻をくすぐった。

 女王はライラのマントにも、小箱の中の銀の留め金を留め付ける。そして二人から一歩離れて、ニコニコとした顔で二人をまじまじと見詰めた。

「うむ、よく似合っておるぞ」

 女王がそう言った、次の瞬間。急に辺りが暗くなり、ルージャは思わず目を瞬かせた。

「ルージャ!」

 横に居たライラの手が、ルージャの腕をぎゅっと掴むのが、分かる。

「だ、大丈夫だよ」

 そう言いながら、ルージャは暗闇を透かすようにしてぐるりと辺りを見回した。……居ない。ラウドも、女王も、何処にも居ない。ルージャとライラの周りには、どこか寒々とした広い空間が広がっていた。それが、先程までと同じ、女王の謁見の間だと理解するのに、しばらく掛かる。

「女王様は、どこに行ったのかしら? ラウド、って人も」

 ライラの問いに、ルージャは首を横に振った。

 マントの重みに気付き、下を向く。女王から頂いた留め金は、ルージャとライラの胸元で、確かに、輝いている。何が何だか分からないが、とにかく、この留め金を持って帰れば、廃城に入った証となるだろう。ルージャはライラに頷くと、ようやく慣れてきた闇の中に一歩踏み出した。


 それから、何処をどう歩いたのか、覚えていない。

 気が付くと、ルージャとライラは元の入り口の手前まで戻って来ていた。

「早かったな」

 ランタンを左手にぶら下げて蔓が伝う壁に寄りかかっていたユーインが、二人を見て安堵の声を上げる。落とし穴に気をつけろよ。この廃城に入ったときと同じ言葉をユーインから聞いてやっと、ルージャにも戻ってきた実感が湧いてきた。

 しかしながら。

〈あれは、一体何だったのだろうか?〉

 夢の中に出て来たのと同じ人々。ラウドと名乗った、騎士団長には見えない優しげな青年。そして女王を名乗る女性が見せた、慈悲に満ちた笑顔。廃城の中での出来事が、ルージャを捕らえて離さない。

「……おい、ルージャ! 大丈夫か?」

 ユーインに肩を揺すられて、やっと我に帰る。

「お宝、小さいのでも良いから拾ってきたか?」

 ユーインの言葉に、ルージャは何とかマントの下の銀色の留め金を示した。ルージャに習うように、ライラも自分が貰った留め金をそっと見せる。ランタンの明かりで、ライラの留め金がきらりと光った。

「おっ、良いもの拾ってきたじゃん」

 その留め金に、ユーインが歓声を上げる。これで、他の見習い騎士達に馬鹿にされることも無いだろう。ユーインはにっこり笑ってそう言うと、二人に帰宅を促した。

「帰ろう。まだ夜明け前だから、レイにばれずにベッドに潜り込める」


 だが。

 暗い道を軽い足取りで帰った三人を宿舎の玄関ホールで待っていたのは、目を吊り上げて腕組みをしたレイ。そのレイの後ろに、頬を赤く腫らしたアルバが椅子に項垂れて座っていた。

「こんな深更まで、どこに行っていた?」

 明らかに怒っている声で、レイが三人に問う。

 これは絶対殴られるな。ユーインの呟きに、ルージャは背中が震えるのを感じた。アルバの頬を見なくとも、レイの鍛えられた腕を見るだけで、殴られたらどうなるかはすぐに予測がつく。

 と。

 そのレイの腕が不意に、ルージャの方に伸びる。あっと思う間もなく、レイの手はルージャの襟を掴み、ルージャの身体を床から浮かび上がらせていた。

「これは何だ!」

 レイの言葉に、戸惑う。レイはルージャの胸元を凝視していた。

 そして。再び突然、ルージャの足が床に着く。レイは唇を震わせてルージャを睨みつけると、何も言わずに玄関ホールから出て行った。

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