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花火の夜に  作者: 南 晶
2/3

中編

 駐車場から一歩歩道に出ると、すごい人だかりだった。

 屋台でも出ているのか、手に大きな綿菓子の袋を持った子供連れの家族やら、かき氷食いながらダラダラ並んで歩いているヤンキー女の集団やら、とにかく狭い歩道は人で溢れていた。

 愛美はその人混みの中を縫うように、どんどん進んでいく。

 こうなると小柄な愛美の方が動き易い。

 対して大柄な俺は、会う人会う人バタバタぶつかりながら、人の波を押し分けるように彼女の後を追った。

 

 こんな目に遭ってまで、俺が愛美を尾行する必要は全くなかった。

 そもそも、同行するように本人から頼まれたわけでもない。

 愛美の運転手だけすれば、ここでお役御免だった筈なんだけど、ここまで来て、愛美を放っておく事は俺にはできなかった。

 何故なら、俺にはその時、変な確信があったのだ。

 モヤモヤする胸を抑えつつ、俺は愛美のピンクの浴衣を見失わないように足を速めた。

 

 人波が最高潮になった所で、愛美は並んだ鉄製の柵をヒョイと跨いで、歩道から飛び出した。

 俺も慌てて、柵を飛び越え、彼女の後を追う。

 その時、「ドーン・・・」という音と同時に、夜空に真ん丸な花火がヒマワリみたいに咲いた。

 周りの人だかりから「おお~」と歓声が上がる。

 枝垂れ柳のように落ちてくる火花の花弁は、美しくて儚い。

 風流とは無関係の俺も、一瞬、我を忘れて花火に見入ってしまった。

 だが、そんな場合じゃない。

 ハタと我に返って、ミッションを続行する。


 人の波に逆らいながら愛美がやって来た場所は、市内で一番大きな川の堤防だった。

 花火はこの堤防の反対側の岸辺で打ち上げられるので、この場所は一番の見物スポットだ。

 そして、年に一度の花火大会の時にバカップルが等間隔に並ぶ、地元じゃ有名なデートスポットでもある。

 堤防は、市内のリア充どもを一斉に招集してんじゃないかってくらい、カップルでひしめき合っていた。

「ドー・・・ン」と腹の底から響いてくる打ち上げ花火の音に、バカップル共はキャッキャと肩を寄せ合って囁き合っている。

 非リアの俺が一番来たくない場所だ。

 俺は舌打ちしながら、堤防沿いをヒョコヒョコ小走りに進んでいく愛美の後を追いかけていく。


 花火がよく見えるスポットは堤防の1kmくらいの間だ。

 それを過ぎると、見物する人はまばらになり、外灯も少ない為に薄暗い。

 堤防を下流に向かって進んでいた愛美は、とうとう花火が見えなくて人がいないエリアまで来てしまった。

 堤防はそこで切れており、川は段差を下って小さな滝のように海に向かって流れていく。

 

 愛美はその堤防の先端でポツンと一人、立ち尽くしていた。

 薄暗い月明かりの中で、ピンクの浴衣の後ろ姿だけがスポットライトを浴びているかのように、ぼんやりと光っている。

 俺は声を掛けるべきか否か悩んで、その姿をしばらく眺めていた。


「康平・・・どうしてここにいるの?」


 突然、振り返りもせずに、愛美が声を発した。

 

 うっわ、やっぱり気がついてたか・・・。


 俺は一瞬息を止めたが、すぐに観念して、愛美が突っ立ってる堤防の先まで近寄ってみる。

 愛美の横顔が見えたけど、その顔があまりに白くて俺はゾクッと背筋が寒くなった。


「康平、どうしてついて来たの? そんなにあたしがフラれるとこ見たかった?」

「ええっ!? ち、ちがう!それは誤解だ!」

「だったら、どうしてここにいるの? あたしを笑いに来たんでしょ?」

「バカ!違うっつってんだろ!」


 勘違いも甚だしい。

 だが、「何故ついて来た?」と聞かれると、その理由も説明し難い。 

 テンパッた俺は頭を抱えて座り込んだ。

 愛美は神妙な顔をしたまま、堤防に腰を下ろすと、振り返って俺を見つめた。

 その虚ろな目と、いつも以上に青白い顔が月明かりに照らされて不気味だ。


「・・・ついて来たのは悪かったよ。でも、お前を笑いたいとか、そんな理由じゃないんだ。寧ろ、心配して思わずついて来ちまったって言うか・・・」

「康平・・・聞いて」

「え? あ、な、何を?」

「あたし、行きたいところがあるの」

「行きたいとこ!?って、堤防はここで終わりだよ。これ以上、どこ行くって言うんだよ?」

「お願い、康平。ついて来て・・・」


 そう言って、愛美はスックと立ち上がると、クルリと背を向け、堤防沿いに元来た道を戻って歩き始めた。

 取り残された俺は、慌ててその後ろを追いかける。

 背中から見た愛美の細い首と、痩せた体に巻かれた大きな赤い帯がなんだか艶かしい。

 何かに憑かれたようにぼんやりと歩いて行く愛美に、俺は些か恐怖を感じた。


「おい、愛美!お前、どこ行くつもりなんだよ!?」

「康平・・・あたしね、七時にここで直樹君と待ち合わせしてたんだ」


 俺を振り返りもせずに、愛美はポツリとそう言った。

 ああ・・・と俺も曖昧に相槌を打つ。

 まあ、想定の範囲内だ。

 俺にしたら「やっぱりな」という感じだった。

 俺は彼女の横に並ぶように駆け寄った。

 

「男との待ち合わせ場所がここだったのか。でも、堤防沿いに歩いてきたけど、そいついなかったよな? 待ちきれなくて、きっと帰ったんだよ。まあ、30分しか経ってねーけど」

「ううん・・・あたしがここに七時に来たとしても、彼には会えなかったんだよ」

「何でよ?」

「直樹君、最初から来てなかったの。私には分かるの・・・だから、あたし、彼に会いに行かなくちゃ・・・」


 まるで夢遊病者のようにそう言うと、真っ直ぐ前を見たまま・・・っと歩いて行く。

 愛美が履いている赤い鼻緒の下駄が、カラン、コロン、カラン、コロン・・・と不気味な音を立てる。


 まさか、男にドタキャンされたぐらいで、刺し殺しに行く訳じゃねーだろうな・・・?

 

 完全にトリップしちゃってる愛美が、俺は怖くなってきた。


 愛美と七時に待ち合わせしてた男は、最初からここに来てなかったのだ。

 期待を裏切らない、想像通りのチャラ男だ。

 最初からその男は愛美と付き合う気なんかないに違いない。

 そいつは絶対、待ち合わせに現れない。

 男の俺には、愛美の話を聞いただけで確信があった。

 

 なのに、愛美は浴衣着て、爪塗って、一人で張り切ってたんだ。

 俺はその男の軽薄さに腹を立てつつも、愛美がこれに懲りてそいつと手が切れるなら、その方が歓迎すべき事だと思ったので、少しホッとした。

 今は裏切られた感で悔しいだろうが、この先、生きてりゃ悪い男なんかなんぼでも会うだろう。

 今回の事は、寧ろ人生の教訓としてポジティブに受け止めて欲しいもんだ。


 性格の悪い俺は不謹慎にもそんな事を考えつつ、茫然自失で歩いて行く愛美を追いかけた。


 この小さな町を縦断している川の堤防に沿って、俺達は市街地に向かって行った。

 地元じゃ大橋と呼ばれる小さな橋を渡ると、そこはもう駅に続く繁華街だ。

 花火大会の繁華街には、浴衣姿の若い女の子集団や、子供を一杯連れた家族連れで賑わっている。

 愛美はその人混みの中を、スイスイと進んでいった。

 ドン臭くて、名古屋の地下鉄の自動改札をなかなか通る事ができない彼女にしては、素晴らしいフットワークだ。

 ビールを片手にフラフラしている地元ヤンキー軍団を避けながら、俺は必死で追いかけた。

 

 人が溢れた歩道を歩いていくと、さっきまで俺達が渋滞にハマっていた国道に出た。

 花火大会が終わったせいか、渋滞は大分、緩和されている。

 愛美はカランコロンと下駄を響かせながら、繁華街とは逆の方向に進んでいった。

 その姿は、まさに生きる屍、もはや「牡丹燈籠」だ。

 

「おい、愛美! お前、どこ行くつもりなんだよ?まだ歩くのか!?」

「・・・そうだよ」

「そーだよって・・・お前、どうしちゃったんだよ? 大丈夫か?」


 俺の悲痛な叫びに、愛美はようやく足を止めた。

 そして、首だけ動かして俺を振り返る。

 その顔が死人みたいに真っ白で、俺は思わずヒッ!と声を上げて後退った。


「康平・・・お願い。今はあたしについて来て。あたし、行かなくちゃ・・・」


 愛美はそう言うと、俺の返事も聞かずに、再び、カランコロン・・・と音を立てて歩き出した。


 

 

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