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花火の夜に  作者: 南 晶
1/3

前編

 七月終わりの繁華街は、溜まった熱気と湿度で不快指数100パーセントだ。

 冷房の効いた車の中でハンドルを握ったままボンヤリしていると、ドー・・・ンという重低音が響いてきた。

 今夜はこの小さな街の年に一度の大イベント『花火大会』だった。

 この田舎町のガキどもがにわかカップルを結成して、市街地に押しかける年に一度のこの日に、俺は何故か運転手をしている。

 チラリと助手席を見て、俺はあーあ・・・と溜息をついた。

 

「早く早く!康平こうへいったらもっと急いでよ!」


 人の車の助手席で浴衣から出た脚をバタバタさせてるこの女、田川愛美たがわまなみは、ハンドルを握った俺の左手に縋りついてきた。

 彼女の細い腕が汗でべたついて、俺は更にゲンナリする。

 夜7時の国道は大渋滞で、愛美の逸る気持ちとは裏腹になかなか車は前に進んでくれない。

 車の中はエアコンが効き過ぎるくらいに効いているのに、この女と狭い空間に一緒にいるだけで汗が出てくる。

 だんだんイライラが充満してきて、俺は愛美の腕を振り払った。


「危ないから運転中に触るんじゃねーよ!しかも、国道が混んでるのは俺のせいじゃないだろ!少しは黙ってろ!」

「だってこのままじゃ間に合わないじゃん!直樹君と夜の七時に公園の前で待ち合わせて、それから一緒に打ち上げ花火見にいくことになってるのに、これじゃ完全に遅刻じゃん!」

「残念だけど、もうとっくに七時過ぎてるよ。出る時間が遅すぎだっつーの!

 てか、なんで俺が、お前が男と一緒に花火見に行く為に自分の車出してやんなきゃなんないんだよ。そいつに家まで迎えに来てもらったら良かったんじゃねーの?」

「彼もまだ高校生だから車持ってないのよ。二週間前にやっと告白して、今日が初めてのデートなの。早くしないと私がドタキャンしたと思って帰っちゃうかもしれない!お願い康平!急いで!」

「急ぎたくても見りゃわかるだろ?渋滞なんだって。花火大会があるから尚更混んでんだよ。なんでもっと早く家出なかったんだ?」

「そりゃ、浴衣着るのに時間が掛かって・・・あと、髪をアップにしたりとか、ネイルとか・・・」

「誰が花火大会で女の爪の先まで見るもんか。そんな事出掛ける前に悠長に始めるから、こういう事になるんだよ。自業自得だ、ばーか」


 愛美は項垂れて黙ってしまった。

 ストレートの黒髪をアップにして、百円ショップで購入したであろう花飾りが突き刺さった髪型は、彼女の細い首が顕になって意外に似合っている。

 レースが襟にあしらわれた最近っぽいピンクの浴衣はアホっぽく見えるが、色白の愛美には案外しっくりきていた。

 だが、そこで「浴衣似合うね、かわいいよ」などと歯の浮く台詞を吐くような俺ではない。

 何故なら、こいつは隣の家に住んでるガキの頃からの幼馴染、実の兄弟よりも長い付き合いの面倒臭いヤツなのだ。

 お世辞でもそんな事を口走ったら、調子に乗って「当たり前じゃん」とくるに決っている。

 しかも、垢抜けない地味女だったくせして、最近、色気づきやがって・・・。

 俺は黙っちまった愛美を無視して、運転席から前方を見た。

 薄暗くなった国道に赤いテールランプが延々と続いている。

「はあああ・・・」と厭味ったらしく大きな溜息をついて、俺は窓ガラスに肘をついた。



 それは、今から僅か30分前の事だった。


「彼氏と花火見にいくんだけど時間がないの!康平、車出して!」


 人の家に突然乱入してくると、愛美はいきなりこう叫んだ。

 仮にも男である俺がシャワーを浴びてトランクス一枚で寛いでいたところに堂々と乗り込んでくるんだから、愛美にとっても俺は隣の家のヤンキー兄ちゃんくらいな存在なんだろう。

 大体、6時45分に車を出したら、7時までに現地に到着するなんて無理に決まっている。

 俺がいなかったら、免許も持っていないこの女は、一体どうやって現地集合するつもりだったのか!?

 最初から俺に送迎をさせる事を予定していたんだろう。

 確信犯だと分かっていても、幼馴染でお隣さんの愛美は、ある意味、家族のようなもんであるわけで、娘を嫁に出す父親のような心境になった俺はこのバカを放って置くことができなかった。

「しょうがねえなあ」とブツブツ言いながらも、俺はチノパンとTシャツを着て、愛車のキーを掴んだのだった。


 そして、今。

 大渋滞にハマった俺達は、遅々として進まない車の中で二人して軟禁される羽目になってしまったのだった。

 

「・・・おい愛美、おいってば!冗談だよ。泣いてんのか?」


 俺の最後の一言が効いたのか、愛美は相変わらず黙りこくっている。

 後れ毛が張り付いた白い項に視線がいってしまうのを、俺は懸命に無視しながら愛美に話し掛けた。

 だけど、このノーモーション。

 この俺が気を遣ってやってんのに、ガン無視かよ!?

 俯いたままの愛美の右のほっぺを、俺は左手の人差し指でウニッと突き刺してやった。


「やだ!康平のバカ!触んないでよ」


 スパンコールやビーズが散りばめられた魔女みたいな爪で払いのけると、愛美はぶーたれて今度は窓ガラスに張り付く。

 くっそ~!

 どこまでもかわいくない女だ。

 こいつとデートする気になった物好きな男の顔が見たい。

 嫌がらせに、俺も同行して暴れたろか?

 大体、男と出掛ける女の為に自分の車出してんのに、なんで俺が気を遣わなくちゃいけないんだ。

 そう考えるとムカついてくるが、こいつは一度機嫌を損ねると浮上するまで長いのだ。

 ただでさえ粘着質で執念深い性格してんのに、機嫌が悪くなるとその陰湿さは更にパワーアップする。

 生きてる内はストーカー、死んだら孫の代まで祟りそうな悪霊になりそうな女だった。

 色々理不尽だけど、ここは2年年上の俺が大人になってやるしかない。

 前を向いてハンドルを握ったまま、俺はぶっきらぼうに言った。


「・・・悪かったよ。爪かわいいじゃん」

「あ・・・ありがと」

「ここからでいいから男に電話かメールしとけよ。この先、まだ30分はかかりそうだ。待ち合わせには間に合いそうにないぜ?」

「・・・知らないんだもん」

「はあ?」

「あたし、彼の連絡先知らないの・・・直樹君、ケータイの番号もメアドも教えてくれなくて。今日一緒に花火見て、正式に彼女になったら教えてやるって言われて・・・。だから、私からは連絡できないの」

「なんだ、そりゃ!?」


 アホにもほどがある。

 泣き出しそうな愛美を、俺は唖然として見つめた。

 

「お前、それで彼氏って言えるわけ?大体、何だよ、そいつの上から目線はよ。どんだけイケてんのか知らねえけど、何様のつもりだ!?」

「今日から正式に彼女として認めてもらったら教えてもらう事になってたのよ。その方がお互いの為だからって」

「正式に認めてやるって、それが何様だって言ってんだ!お前、それで今日会えなかったらどうするつもりなんだよ?」

「あ、それは大丈夫。彼の家は何度か行ってて知ってるから、後から会いに行けるし」

「はああ!? なんでメアドも教えないヤローの自宅に何度も行ってんだ、てめーは!?まさかヘンな事してんじゃないだろーな!?」

「いいじゃん!もう放っておいて!康平には分かんないよ!」

「ああ、分かんねーな! どっから見ても、お前、遊ばれてるだけじゃねえの。どうしてそれが分かんねーのかが、俺には全ッ然分かんねーよ!」

「ひどい・・・康平、ひどいよ・・・」


 ツケマバシバシの愛美の両目からポロポロ涙が溢れた。

 ああ、また言い過ぎた。

 軽く後悔したけど、もう後の祭りだ。

 せっかちでイラッチの俺から見ると、愛美はいつも優柔不断で、はっきり物を言う事ができない、端的に言えば鬱陶しい性格をしている。

 ガキの頃から、こいつのモタモタした言動に業を煮やしてきた俺は、事あるごとに必要以上にキツイ言葉を浴びせてしまって、それが愛美を更に傷つけてしまっていた。

 だが、何度、同じ過ちを繰り返そうとも、愛美はやっぱり鬱陶しいし、俺はやっぱりせっかちだった。

 俺が怒鳴って、愛美が泣いて、そして俺が謝るという一連の行動は、この歳になっても変わることはなかった。


「・・・ごめん。また言い過ぎた。もうすぐ着くから化粧直しとけ」

「・・・うん」


 ぶっきらぼうに俺が言うと、愛美も素直に頷いた。

 車の中にあったティッシュを一枚取ってグスグスと鼻をかむと、手に持っていた小さな巾着袋から化粧ポーチを取り出して、涙で落ちかけたツケマのメンテナンスを始めた。

 ファンデーションをペタペタ頬に塗っている横顔は、童顔ながらも、既に大人の女の雰囲気を纏っている。

 急に知らない女を乗せてるような気がして、俺の鼓動が早くなった。

 

 な、なんでドキドキしてんだよ、俺は!?

 

 その事実を認めたくなくて、俺は慌てて彼女から視線を外す。

 その時、愛美が着ている浴衣と同じピンクの和風巾着袋が、俺の視界に入った。 

 きっと浴衣とセットで買ったものだろう。

 パンツとブラをセットで着けたい心境と同じなんだろうか?

 このデートに賭ける愛美の気合が感じられた。

 なのに・・・。

 こんな細部にまで気を遣ったオシャレが報われないのかと思うと、何だか切ない。

 愛美の愛は、どう考えても遊ばれてるだけのチャラ男に一心に注がれているのだ。

 そう考えると、俺の腹の中は得体の知れない熱さで煮えくり返るようだった。


 

 やがて、俺達はようやく渋滞の国道を抜け、河原の駐車場に到着した。

 ここから愛美が待ち合わせしている花火見物スポットまで徒歩10分。

 だが、現在の時刻は既に7時半を回っていた。

 完全に遅刻だが、俺も含めて普通の男なら、まだ待っていられる時間内ではある。


 バックで車を入れてブレーキを踏んだ途端に、愛美はドアを開けて外に飛び出した。


「ありがと!康平!あたし行くね!」

「え!? おい、待てよ!」


 カラン、コロン、と下駄の音を響かせて、愛美はすごいスピードでダッシュした。

 瞬く間に彼女のピンクの浴衣は、花火見物に来た人波の中に飲まれていく。

 キーを抜いて車から飛び出すと、俺は反射的にその後ろ姿を追って駆け出していた。



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