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07.拷問帝国



死に装束にしては、いささかきらびやかすぎた。

もてなしの度合いも尋常ではない。

正直言って、こんなにも豪華な衣装と食事、

それに部屋を割り当てられたことなど、十六年の人生で一度だってなかった。

シッカ城でも目が眩んだのに、ここはそれ以上だ。

絢爛豪華(けんらんごうか)な天井の装飾や調度類の数々、

どっしりとした重厚な造りの要塞建築に、トゥインガは圧倒されっぱなしであった。

田舎者丸出しのように終始落ち着かない目と開いた口がふさがらず、

殺されに来たはずなのにこんな時であっても緊張感のない自分が(うと)ましく思える。



(――どこからこんな財源が……。絶対民から税金をこってり搾り取っているんだわ!)



へブル島の中心を悠々と流れるサテュ・シス大河。

その傍らにそびえ立つ城郭都市セッツェンは、

金城湯池(きんじようとうち)の名がふさわしい城だった。

城郭の周りには、大河の水を流し込んだ堀に囲まれており、

正面である南門には跳ね橋が架けられ、そこから人々は出入りしていた。

しかし、辻馬車に乗せられてセッツェン城下に入った折、

民の暮らしぶりは決して豊かには感じられなかった。

着ている服も薄汚れていたり破れている者も何人か見かけた上、

物乞いをする人々も随所で見受けられた。

通りがかったトゥインガの乗る馬車にも群がり、

御者を任せられた男がムチで振り払っていたほどだ。

辻馬車の中で二人の男たちに囲まれながら一言も発さない息の詰まる沈黙の中、


ただ揺られて腰をかけているだけだったトゥインガは、

部屋を出るなと言い放ったオルハルトの最後に見た背中が忘れられない。

彼もまさかあの直後に彼女が出て来るとは思いもよらなかったのだろう。

何かを言いたげに、しかし何も言わずに黙してトゥインガを見届けていた。

そんな彼を見ない振りをして、

背を向けながらトゥインガは、シッカ城の人たちに礼を述べると、

全身黒づくめの四人の男たちに連れられてセッツェン城へと登城するのだった。



(拷問攻めに遭うのだろうか……、

 それとも父と同じようにあっさり殺されてしまうのだろうか……)



考えただけでも身震いせずにはいられなくなるが、

こうして覚悟を決めてやって来たのだ。

今更臆したところで醜い自分をさらす結果となるだけならば、

堂々と胸を張って死んでやりたい。

再び家族にまみえることだけを心の糧として……。

だけどその前に、

どうして自分たちが殺されなければならないのかその理由を知りたかった。

せめて処刑は、その理由を聞いてからにしてほしい。


――なのに、その処刑の気配がまるで感じられないというのはどういうことなのか……。

しかしその後もトゥインガは、拍子抜けを連発せざるを得なかった。

軽食とはいえ、初めて目にする口にしたこともない豪華で美味なる食事。

湯浴()みで天国気分を満喫した後には、

これまた見たこともない豪奢(ごうしゃ)な薔薇色のドレスを着せられた。

ドレスを着たのは随分と懐かしいが、

あの頃には知らなかったコルセットが苦しくてかなわない。



(きっとアメとムチの作戦よ。

 甘い夢を見させておいて、後で散々いたぶるつもりなんだわ!)



長年ほったらかしの髪の毛も丁寧にすかれた後は綺麗に結われ、

初めて化粧を――白粉や紅を塗りたくられ鏡の前に立たせられると、

そこには見知らぬ貴婦人が立っていた。



(一体全体どういうことなの……?)



かくなる上は、「トゥインガ様」などと召使いたちに(かしこ)まられる。

これではまるでお姫様そのものではないか。

背中がむずがゆくなるばかりだった。



「――ああ、そっか。私はもう死んじゃってるわけね。

 きっとあの晩お父様と一緒に……」



試しに自分の頬をパーンと力任せにぶっ叩いてみるが、

あまりの痛みで涙が出ただけだった。





それから毎日何時間も、

セッツェンの歴史や礼儀作法等を教える専属の教師に付き添われ、

容赦なしにトゥインガの頭の中に無理矢理知識を叩き込まされた。

何度心の中で悲鳴を上げては、隙あらば逃げ出そうとしたかわからない。

オルハルト王子が城を抜け出したくなる心境を、初めて身に染みて知り得た気がした。



(何故? どうして私がこんなに過酷な拷問を……?)



死よりも残酷な日々に彼女はのたうつ。

それぞれの教師は厳しかった。

彼女ができるまで、割り当てられた授業の時間を平然と延長さえもする。

学校には行かず、文字の読み書きはメレクに習ったトゥインガだったが、

わけのわからない興味もない長ったらしい歴史の人物名を覚えるだけで、

その日の体力・気力・精神力全てを根こそぎ持っていかれそうになる。

特に貴婦人たる者、覚えて当然だといわんばかりのダンスは致命的だった。

庭箒の素振りで体力が付いたつもりでいたのはうぬぼれで、

翌日になると全身筋肉痛で一歩を歩くこともままならない。



(――これがセッツェンなのね。まさに噂に(たが)わない拷問帝国だわ……)




***




帝国に来てひと月後のある日、ようやく皇帝ガインとの初お目見えの日が訪れた。

この一ヶ月間の拷問は、

皇帝の御前に顔を出すための最低限の礼儀作法だったのかとトゥインガは思い知らされるが、

いよいよ処刑される日が来たのだと固唾を呑み込む。

通された広間は、大理石の床と赤い絨毯が敷き詰められた広々とした謁見の間。

玉座にガイン皇帝、その右隣りに宰相ロイゼン、反対側に――魔法師(アウド)シグネ。

その他多くの重鎮となる面々が並び立ってトゥインガを出迎えた。

さすがに緊迫した場に恐れ戦くトゥインガは、

身を縮こまらせながらもしずしずと頭を下げたまま前へと歩み出る。

しかしトゥインガの胸中では、怒りがメラメラとこみ上げてもいた。



(――こいつらがお父様を殺した奴ら!)



「そなたがシュメーレクの娘か。顔を上げよ」



(ぎよ)するガイン皇帝の静かだが低い声が響き渡る。



(シュメーレク……)



オルハルト王子が言っていた本名というのは真実のようだ。

その上このガイン皇帝はメレクの甥、つまりはトゥインガの従兄でもあるのだ。

それでも彼女の怒りが鎮まることは一切ない。

トゥインガは怒りを堪えながらも睨みつけ、

眼前の玉座に居座る皇帝を見上げたその直後、慄然(りつぜん)とした彼女は硬直した。



(――て、鉄の仮面!?)



実質上、従兄にもあたる現皇帝。

初めての父親以外の肉親に、正直なところ少々期待感もあったのだが、

これでは似ているのか何なのか不気味なだけでよくわからない。

趣味なのか、何らかの事情があって装着しているだけなのかも不明瞭だ。

しかしもう一人、従姉がいる。

ブローニア皇女だ。

が、それらしき女性の姿は見当たらない。

病弱だと噂されているのは真実なのだろう。



「ほぅ。確かによく似ているな。そなたは父親似なのだな」 


「……はい。確かに自分でもそう思っていました。――父が殺されるその日までは」

 


好戦的な威圧を捧げる少女に、重臣たちが動揺を隠し切れずにさんざめく。

歯牙にもかけないトゥインガは更に言い募った。



「そして母には似ていないとも――」

 


刹那、一際ざわつく感があった。

トゥインガには、

母の話題がどうして父以上に騒がれているのかいまいちよく理解できなかったが、

ガインは微動だにせず流暢(りゆうちよう)に尋問する。



「そなたの母親は、そなたを産んで間もなく病死したと伝えられているが、

 名は知っているか?」


「はい……。ゾリーヌと、父に(うかが)っております」

 


更に場がどよめいた。

トゥインガの表情も怪訝になる。



(――何? 一体何なの? お母様の方が問題なの?)



「身分は訊いているか?」


「身分……? い、いいえ。父が先代皇帝の弟であったという以外は何も……」


 

彼女は、母にも身分というものがあった事実を初めて知る。

全く気にしていなかった。 

鉄の仮面で素顔をやつす皇帝は、声音だけは懇切丁寧といった(てい)で淡々と告げる。



「では教えてやろう。――ゾリーヌとは、先代べモンドル皇帝の皇妃の愛称だ」



(え……?)



声にならなかった。

代わりに(おの)が耳を疑ってしまった。



「そなたの母・ゾリーヌの本当の名は、トゥツァリーネ。私の母親でもある」


「――えぇっ!?」


「叔父であったシュメーレクが母をかどわかし、愚かにも駆け落ちしたのだ」


「嘘……」


「事実だ。それゆえ、大罪を犯したシュメーレクは死を以って償ったのだ」



(お父様とお母様が駆け落ち……? お母様が先代皇帝の皇妃……!?)



「しかしながら皇帝陛下の慈悲深い御心(みこころ)により、

 十七年もの歳月を生かしておいてやったのです。

 むしろ感謝すべきところでありましょう」

 


宰相のロイゼンが悪びれもない様子で紡ぐ。



(感謝ですって……?)



強く拳を握り締めながらトゥインガは唇を噛むが、

今すぐ飛び出していって彼らを殴ってやりたい衝動に駆られている。

こんなに怒りを感じたことはなかった。

これに比べればオルハルトに馬鹿にされたことなどは痛くも(かゆ)くもなく、

むしろ笑えるぐらいだ。

憤怒が爆発しそうになる寸前、ガインは尚も淡々と言を継ぐ。



「そなたは私の従妹であり、異父妹でもある。

 そこでそなたには濃い皇族の血を引くゆえ、

 役立つことがあると思案しこうして城に呼ぶことにしたのだ。

 シュメーレクを生き長らえさせていたのも、実はそのためだった」


「役立つ……? 私を利用する、ただそれだけのために!?」


「そうだ。そなたが成長し、結婚できる頃合まで待っていたのだ。

 だがシュメーレクはそなたを手放すことを、

 こちらが送った男たちとの交渉を一切拒んだ。ゆえに始末したのだ」


「何て酷いことを!」


「トゥインガ、と言ったか。そなたには私の決めた有能な相手と婚礼を挙げてもらう」


「なっ! 政略結婚をしろというの!? 誰がするもんですか! 

 お父様を返してっ! 返しなさいよっ!!」


「皇帝陛下の御前です。お言葉をお慎み下さい、トゥインガ皇女様」



(――トゥインガ皇女……)



ロイゼンが(うやうや)しくも目つき鋭く彼女の態度を戒めるが、

ガインは「よい」とおもむろに制する。

だが――



畢竟(ひっきょう)、シッカや同盟を結ぶ周辺諸国が、

 あの修道院のような目に遭っても構わぬと申すのか?」

 


鉄の仮面の眼孔部分、その闇の向こうが剣呑(けんのん)に光ったように見えた。



「この卑怯者!!」


「ハッハッハ! 皇帝である私にも楯突く、その矜持(きようじ)! 

 そうでなくてはな、我が妹よ!」


「妹ですって!? 反吐(へど)が出るわ!」 


 

業を煮やして怒号した。

すると、リーゲル邸を崩壊させたであろう憎っくき魔法師が、

片手をすいと掲げて不敵な笑みを(おもて)に載せて言う。



「――少々わがままが過ぎるようだな」



萎縮するトゥインガは、その動作が何を意味しているのかを即座に悟り、

忌まわしげな力を持つ魔法師を(さげす)みの眼で凝視した。



「そなたの言動次第では、

 今すぐシッカ城を粉々に粉砕することも(いと)わぬのだぞ。

 この右手がひとたび動けばすぐに終わる」


「やめて! それだけはやめて! 何でも言うことを聞くから! 

 お願いよ……お願――うっ、うぅ……」



スッと下げられる魔法師(シグネ)の右手。

呼吸を荒げ、怯懦(きようだ)するトゥインガは嗚咽(おえつ)にむせび泣いた。

(げん)として皇帝は、抑揚の乏しい声音で告げる。



「それでよい。後日、結婚の儀を執り行う日取りを(しら)せる。

 なにぶん、時間がないものでな。

 そなたには一刻も早く世継ぎを産んでもらわねばならぬのだ」


「でもそんなのは、皇帝陛下やブローニア皇女殿下が結婚すればいい話でしょ!」


「――妹は身体が弱いゆえ眠ったままだ。当分、世継ぎも見込めぬであろう。

 よって、シッカの王子との婚約も、

 事情が事情なだけに仕方なく破棄せざるを得なかったのだ」



(ね、眠ったまま!? ただ病弱というだけじゃなかったの!?)



彼女にとっては初耳だった。

ブローニア皇女の婚約者がオルハルト王子であったことを思い出し、

途端に顔を引きつらせる。

最近まで自分が王子の婚約者であるという、

愚かで嘆かわしい勘違いの一件を思い出すだけで、

頭の中が沸騰しそうになった。

脱線した脳に揺さぶりをかけるため、トゥインガは大きく頭を左右に振る。 



「でも婚約しておいて破棄だなんて……一方的すぎるじゃない!」


「私は世間が噂するところの『男色家』らしいからな。ハハハハハ!」

 


我知らず言葉を失った。皇帝は男好き――もはや絶望的だった。



(来た早々、結婚の次は世継ぎですって? あんまりだわ……。

 どこの誰かともわからないのに……。まだ相手がオルハー王子だったなら――) 

 


ハッとして顔面に朱を散らせる。

今、自分は何を思ったのか。

小憎らしげなあの顔が浮かんでは消えていった。

絶え間ない驚愕と落胆の連続に、頭の中が錯乱状態を起こしているのだろう。






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