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06.父の正体



炎は猛威を振るって燃え盛っていた。

瓦礫(がれき)の山が、元は何を(かたど)っていたのか今ではもうわからない。



「何…だこれは……? 一体何が起きたというんだ!?」

 


粉微塵(こなみじん)

崩壊した瓦礫の山。

破壊のされ方が尋常ではなかった。



「――人間業ではないな……」

 


それだけは、誰の目にもはっきりとわかるほど、

圧倒的な破壊力でリーゲル邸は砕け散っていた。



「火を消せ――っ! 館の主と娘を捜せ――っ!」

 


しかしこの炎の勢いと崩壊振りを見る限り、

住人が生きている確率は極めて低い……。



「王子! 今入っていくのは危険です!」

 


構わず火の中へ入っていこうとする主人を引き止めるザッハン。



「くそっ!」

 


足場も悪く、ただ眺めているだけのオルハルトは、先に進めず歯噛みする。

そう誰もが諦めの境地に立っていた。



「――頑丈そうな男女(おとこおんな)だったんだがな……」


「王子! あなたは残酷です! 

 剣を振るうことはなくとも、いつもそうやって言葉の暴力で……

 彼女に優しい言葉をかけたことなんてなかったんじゃないですか!?」



ザッハンの息巻く様子に、オルハルトは目を細めた。



「そうだな……。俺はあいつに暴力を振るっていたのかもしれんな。

 反応が可愛いと、ついいじめてしまうのは、

 戦うことが好きな連中と何ら変わりはせんな。所詮、俺も同じか」



感慨深げにうつむくオルハルトに、

ザッハンは自分こそ浅慮だったと息を呑み込んだ。



「――も、申し訳ありません王子! 言い過ぎました! お許し下さい!」


「いや、お前の言うとおりだ……」

 


王子の蒼い双眸が、寂しく瓦礫の山を見つめていた。

と、その時――、

この世の者とは思えない儚げな美しさを伴った女が一人立っているのに彼らは気付く。

闇をも照らす黄金の髪と、陶器の如く白皙(はくせき)の肌。

そして悲しみを映す翡翠の瞳……。

まるで、暗闇の中に青白く光るその姿は、どの宝石よりも美しかった。

つとオルハルトは目を細めた。



「あなたはどなた――えっ……!?」



ザッハンが話しかけた途端、問い質す途中で女は目の前から忽然と姿を消し、

もうどこにも見えなくなっていた。




***




「何……なのよこれ……」



数刻後の朝、意識を取り戻し、

上体を起こして背後を(かえり)みたトゥインガは、

くすぶる焼け焦げた匂いと煙と炎、そして崩壊した修道院の残骸に胸が冷えた。



(――夢……? ううん、違うわ……。これは……現実!?)



トゥインガの足はガクガクと震え、立っているのもままならなくなる。

彼女を森へ導いた女神の姿も掻き消えていた。



(あれは……リーゲル邸……? 

 崩れ落ちて燃えているのは、我が…家……?)



「嘘よ……、嘘よ……。いやあああああ――――っっ! 

 お父様、お父様ぁああ!」

 


彼女は足をもつれさせ、何度も転倒しながら森の中を駆け戻っていった。





「――王、こちらです」 

 


夜が明けて、

レッグドに案内されるアンモスが廃墟と化した瓦礫(がれき)の中へ入っていく。

かつては屋敷を支えていたであろう柱や屋根が、無残な折れ方をして散乱していた。

奥へ奥へと彼らは入っていく。

そして辿り着いた場所は、年代物の葡萄酒を保存しておく地下貯蔵庫があった場所。

しかし今では、赤くもどす黒い液体が、床や崩れ落ちた壁に飛び散っていて、

あたかも血飛沫(ちしぶき)を浴びせかけたようにも見える。

その流れる葡萄酒の赤と混じって、本物の鮮血が流れる先に、

メレクの遺体がうつ伏せの状態で床に倒れていた。



「酷い……。一体誰が、何の恨みがあって……」



それは誰にもわからぬことだった。

根が優しく、恨みを買うような人物ではなかった。

帝国セッツェンが関わっているように思えるのは、アンモスだけではなかった。

ここが、幾ら見放された放棄地であったにせよ、

帝国直轄の修道院があった場所である。 

皇帝命令によってリーゲル邸、いや、修道院は滅されたのだ。

修道院の象徴ともいえるジブエ神をも滅びさせるかのように。



「トゥインガ!?」


「トゥインガ様! 御無事でしたか!」



突如姿を現した少女が館の裏側から走り寄って来る。



「お父様、お父様……っ!」



彼女はオルハルトとザッハンの横を通り過ぎ、

泣きながら父親の元へと駆けつけようとしていた。



「――こっちだ」



背後から腕を引っ張られ、(おの)ずとオルハルトがトゥインガを導く。

早く父のそばへ行きたかった。

混乱しているために彼女の足取りは不安定で頼りなかったが、

オルハルトに支えながら何とか瓦礫の中をくぐり抜け、

ようやく身動き一つしないメレクのそばへと辿り着く。

トゥインガは、冷たくなった父の遺体を茫然と見据える。



「どうして……、どうしてこんな目に遭うの!? 私たちが何をしたっていうの!?」



貧しい暮らしでも幸せだった。

父がいたからここまで大きくなれたし、生きてこられた。

独りぼっちになってしまった少女が、

家族を失った悲しみを一人で背負うにはいささか重すぎる。

それはあまりにも、十六歳の少女には残酷な光景だった。

父親の亡骸を見つめていた少女は、父親の遺体に突っ伏して泣き叫ぶ。

今までに聞いたことも見たこともないトゥインガの姿が、

オルハルトの目にも痛々しく焼きついた。

こうして見れば、彼女もどこにでもいる普通の少女。

オルハルトは、本当のトゥインガを垣間見た気がした。

そこへ、アンモスが放蕩(ほうとう)息子の隣りへと歩み寄る。



「よいかオルハーよ。令嬢はこれで天涯孤独となってしまった。

 しばらくは我が城に落ち着いてもらうとして、その後は……わかっておるな? 

 お前もそろそろ身を固める時が来たのだ」



鼻で嘲笑った王子が、

王の示唆(しさ)する意味を汲み取って、肩をすくめて言った。



「はん、一度は消えかけた無益な政略結婚をしろと言うのか? 

 俺はそんなのは御免だ。あの獰猛(どうもう)で卑劣なセッツェンだぞ? 

 そんな極悪非道帝国の皇女と、

 何だって一緒にならなきゃいけない必要性がある!?」


「無益などではない。わからぬか? 今こそ婚姻による和平を結ぶのだ。

 戦いを避けるにはそれしかない。それに見たであろう? 

 人間業ではないあの破壊振りを。あの帝国を前に我々は非力なのだからな。

 そのためには、ブローニア皇女を娶るしか方法がないのだ」


「俺には期待してなかったんだろ? 都合のいい時だけ利用するつもりか?」

 


冷めたオルハルトが反論する。



「確かにお前にはほとほと呆れてはいる。だが、そうも言ってはおられんのだ。

 あの帝国が、十年前に何故突然結婚話を持ちかけて来たのか……。

 何か企みがあるのは間違いないだろうが、しかし今はそれを好機と見て、

 今は和平を結ぶ絶好の機会なのだ」


「――だったら俺でなく、父上が皇女を娶ればいい」


「馬鹿なことを抜かすな。エーゼットが許さぬわ」


「母上が許せば娶るのか?」


「ウェッホン! 話をそらさせるでない。

 いいか、これは同盟国の期待ものしかかる重要なことだ。

 お前に命運がかかっていると言ってもいい。

 そのことを忘れるな。――ああ、わかった。今行く」

 


途中からレッグドに呼ばれた王は、

オルハルトを一瞥(いちべつ)すると、彼の前から立ち去った。

残されたオルハルトは大仰に舌打ちして、ガテリスの元へと向かう。



「王子、どこへ行くのですか?」

 


騎士に混じって瓦礫を片付けていたザッハンが訊ねるが、

王子は一言も話さず振り返りもせず、

ガテリスの上に跨ると手綱を引いて森の中へと消えていった。

一人になりたい気分なのだろう。

ふらりといなくなるのは今に始まったことではないので、

ため息をついたザッハンは、再び瓦礫に手をかけるとその一つを持ち上げた。




レッグドとアンモスが今一度、メレクが倒れていた辺りに近付くと、

人が通れるほどの隙間が開いた扉が見えた。

今は崩れかけていて、その先に通じる暗くカビ臭い道が丸見えとなっている。



「これは……地下道?」



どこまで繋がっているのか誰にもわからなかったが、

アンモスが目を(みは)るとレッグドは首肯した。




***




修道院裏側の小規模霊園。

そこの片隅にあったゾリーヌの墓の隣りにメレクの墓を建て、

埋葬も済んで一段落ついた頃、

シッカ城の石の語り部屋では作戦会議が執り行われていて、

それまで部屋からほとんど出なかったトゥインガも、

やつれてはいたが落ち着きを取り戻したので重要参考人として同席していた。



「――あの地下貯蔵庫には、開かずの扉があったのです。

 父も母もかつての修道女たち入ったことはなかったようですが、

 扉も頑丈で鍵も失くしていたので誰にも開けられませんでした。

 でも今は崩落し、その扉も開かれることとなりました……」

 


トゥインガは、

ややもすればぐらつきそうな身体を何とか持ち堪えて切々と語る。



「……なるほど、例の魔法師の仕業であろうな。

 これでようやく話の道筋が見えてきたな」

 


アンモスの口から飛び出た聞き慣れない名前に、

トゥインガは剣呑に眉をひそめた。



「魔法師!? 魔法師が皇帝側に付いているというのですか!?」



一斉に重臣らが驚愕と恐怖に戦く。



「うむ。公にされていないため、知らぬ者も多いようだが、

 魔法師が帝国を牛耳(ぎゆうじ)っているという噂をオルハルトから聞いた。

 それが真実ならば……厄介だな」


「周辺各地を巡っている最中に出会った女たちからの情報だ」


「王子……、あなたの女好き、いえ、放浪癖――いえ、

 情報収集もお役に立つのですね」


「ザッハン。

 お前には俺がただフラフラと遊んでいるようにしか見えていなかったのか?」


「そうとしか思えませんでした」


「……とはいえ、何故その魔法師がリーゲル邸を襲う必要があったのでしょうか? 

 御令嬢の御様子から察するに、魔法師とは面識がないようですし、

 恨みを買うようなこともなかったようにお見受け致しますが……」



ザッハンの後に続いてレッグドが問う。



「メレク殿は、セッツェン帝国先代皇帝べモンドルの実弟で、

 本当の名をシュメーレクと言うそうだ」


「何と……っ! 何故黙っておった!?」

 


オルハルトが言葉を挟んだ途端、場がかしましくなった。

王が険しい表情で訊ねる。



「俺もついこの間噂を聞きつけたばかりだ。

 言おうとしていた矢先にこの惨事だ」

 


一番驚愕に打ち震えていたのは、トゥインガであった。



「嘘……、お父様がセッツェンの……」


「自分にもしものことがあった時には、

 お前のことをくれぐれも頼むと言伝(ことづて)を預かっていた。

 メレク殿はこうなることを予見していたのかもしれない」


「知らないわ。話してくれなかったもの」

 


涙で目の前が曇る。彼女は肩を震わせながらうつむいた。

オルハルトは思わず伸ばしかけた手を敢えて押し留め、

両腕を組んで更に付け加える。



「しかし()せない。何故それで狙われる必要があったのか……。

 それともメレク殿は何か秘密を握っていたんじゃないのか? 

 ――トゥインガ、何か聞いていないか?」


「……知らない。何にも知らない! あの男たちが来ていたということ以外は!」


「男たち?」


「黒い外套の何人もの不気味な男たちが、

 何度もリーゲル邸を訪れてお父様と話し込んでいたわ。

 何を話しているのかは結局教えてもらえなかったけれど……」



神妙な面持ちで唸るアンモスとオルハルト。



「リーゲル邸……。

 そういえば貯蔵庫にあったあの地下道の先には何があるんだ?」



それに対しトゥインガは、一拍置いて首を横に振る。

彼女は、扉の先に魔法陣があり、

おとぎの国へ行ったことを言いそうになって呑み込んだ。

さすがにあれは夢だったのだろうと自分でも疑心を抱きつつあったからだが……。



「行ってみる価値はありそうだな。

 元スモンジェルダン派の修道院というだけでも何かがありそうだ」


「おそらくはセッツェンに繋がる抜け道だと推測するが、あくまで推測だ」

 


全員がうなずいた。

リーゲル家とセッツェンの関係は、完全には切れていないはずだ。 

中でもアンモスは、ますます神妙な顔つきで寡黙(かもく)する。



「しかし、未だ瓦礫に埋もれていて、難航を極めます」


「抜け道や抜け穴の類いは、俺の得意分野だ。俺が行こう」


「王子の脱走癖も役に立つことがあるんですね」


「だろう? 俺の行動に無駄はないのだ」

 


快活に笑うオルハルトに、呆れ返るザッハンが小さな息を吐き出す。

しかし周囲からは反対の声が上がる。



「いけません王子! 危険すぎます」

 


だがそれを聞く王子でないことは周知の上。



「心配するな。俺は行くと決めたら絶対行く」

 


彼が断言すると、これ以上何を言っても無駄だったので、

反対する者は引き止めるのを諦めた。

隙あらば脱走してまで行こうとするだろう。



「では、我々も同行致します。

 潜り込むには、最小限の人数がよろしいでしょう」



レッグドの進言に誰もが賛同する。

そこへ、先ほどから所在なげに何かを考え込んでいたパロウ老が、

この時になってようやく意見が口から漏れた。



「確か、セッツェンの西、

 ペネロジ山脈に錬金術を嗜むという謎の人物がいると聞く。

 噂によると、魔法国との鍵を握っているとも。

 無事に潜り込んだ暁には、そこを訪ねるがいい……」


「ペネロジ? ……知らなかったな。パロウ老が俺より情報に通じていたとは」


「ではそこに行ってみるか。それにしても――」



オルハルトはあの夜の情景に記憶を巡らせていた。



「あの女が気になるな。あの女は一体誰だったんだ? 

 忽然と消えたりして変な女だった」


「女?」

 


アンモスが眉をひそめて訊ねる。



「解せない。俺たちの前からすぐに消えた。

 立ち去ったとかではなくその場から、だ。

 それも人間離れした美女だった。もしや、あれも魔法師なのか……?」 



感慨深げに王子は言う。



「すぐに消えた……? 人間離れした美女……? それは人だったのか?」


「亡霊が教えたとでも?」

 


オルハルトとの問答に、答えの返せなくなったアンモスは口を結んだ。

すると――



「――女神様よ」



それまで言葉少なだったトゥインガが、厳とした声色を発する。

(おの)ずとオルハルトも彼女を注視した。



「女神? ジブエのことか?」


「ええ、火を司る女神ジブエ。

 私を救って下さった、それはこの世の者とは思えない美しい方よ。

 あの夜、森に私を導く女神様について行ったから、私は助かったんだわ……」


「おお……」



シッカの重臣たちは一様にざわめき、

中には陶酔した面持ちで神に祈るかの如く炎の形に空を切り、

ブツブツと祈りを捧げている者までいた。



「――でも、女神様は私を助けては下さったけれど、

 お父様は助けて下さらなかった」

 


刹那に場の空気が冷え固まった気がした。




***


 


瓦礫処理に追われる兵士が見つけて来た、

不思議と燃えずに残っていた幾つかの羊皮紙の束。

それを受け取ったアンモスが目を通すなり、

次第に深く刻み込まれていく眉間のしわ。

やがて王は、全てを確認しない内に大雑把にオルハルトへと手渡した。



「お前はよほど令嬢に嫌われているな、オルハーよ」



差し出された文面は、

(ほとばし)る『打倒オルハー』の乱れ書きともいえる羅列。



「呪い日記か!」



オルハルトは嘆かわしく掃き捨てる。

隣りから、ついのぞき込まずにはいられなくなったザッハンは、

途端に口を押さえて吹き出すのを堪えた。



「――だが、見ようによっては、

 愛の呪文や常套句(じようとうく)とも受け取れるな」



瞬時に緊張を解いて顔を(たゆ)ませたオルハルトは、

再度重ね書きされていた女神の観察記録に視線を辿らせる。



(これほど遭遇していたとは……。あの女、本当にジブエなのか?)



「それは丁重に令嬢に返しておくんだな」


「言われなくとも。今こうして手にしているだけで、

 執拗(しつよう)な愛に呪われそうだ」

 


トゥインガが一時的に借りている客室用の部屋にオルハルトが訪れると、

彼は羊皮紙の束を目前の執筆者へと羊皮紙の束を手渡した。

ギョッと目を()いた彼女は、

慌てて奪い取ると両腕に隠すようにしっかりと抱き込むが、

既に中は検分済み、時遅しだ。



「お前、そんなに女神と会っていたのか?」


「中を見たわね! スケベ!」


「あの女を本当に女神だと思っているのか? その思い込みの根拠は何だ?」


「私が女神様だと思うから、きっと女神様なのよ!」

 


根拠のない一点張りに、

これ以上訊いても無駄だと悟ったオルハルトは、フゥと息を漏らす。



「それより、メレク殿のものなのか奥方の形見なのかはわかり兼ねるが、

 こんなものまであったぞ」

 


そう言って彼が手にしていた焦げた木箱の蓋を開けると、

あまりにも眩しすぎる輝きに彼女は目が眩んだ。



「首飾り!? ど、どうしてこんな高価な装飾品がうちに……!? 

 お父様ったら一体どこからくすねて来たのかしら? 

 ――ああ、そうだったわね。お父様は先のセッツェン皇帝の弟……。

 きっと、お母様に贈ったものだったのかもしれないわ……」 

 


トゥインガは両手で木箱から取り出すと、その輝きを思い出と共に胸に抱きしめた。

折悪しく、城内に向かって歩いて来るフードを深く被った黒い外套の男たちの存在に、

おもむろに窓から外を見下ろしたオルハルトが気付くと、

彼は軽く舌打ちして足早にこの部屋を出ていこうとする。



「トゥインガ、お前はまだ狙われている。この部屋から一歩も出るな」


「え……?」



彼が退室した後、彼女も窓からそっと下をのぞいてみるが、

例の黒ずくめの男たちの姿を認めるなり戦慄(せんりつ)が駆け昇った。



(あいつら……! 

 私だけが生き残っている情報を掴んで、早速抹殺しに来たのね!)

 


おそらくは、自分を差し出せと交渉しに来たのであろう。

でも何故殺されなければならないのか合点がいかない。

彼女はその理由を知りたかった。 

それにここにいて、もし彼らの交渉にも応じなかったなら、

このシッカ城もリーゲル邸の二の舞になることは目に見えていた。

シッカ城の人々が、自分を守るために引き渡さないであろうことも知っている。



(ここを早めに去った方がいい。迷惑はかけられない――)



トゥインガは震える身体に(げき)を飛ばそうと、

「打倒、黒ずくめ! ハァッ!」と拳を握って叫び、

即行決断、僅かな自身の持ち物を詰め込んだ鞄を手にして部屋を後にした。



(どうせなら命を賭して仇を討ちに行く。

 勝てる見込みは皆無に等しいけれど……)



生きて帰れはしないのだから、もうここにも戻れない。

十六年間過ごした屋敷跡にも、愛した故郷の風景を見ることも……。



「――私は死にに行く……。大丈夫。怖くなんかないわ。

 お父様とお母様、それにお姉様に早く会いに行けることになっただけだもの」

 


だけど何よりも、

オルハルトを倒す夢が永遠に叶わなくなってしまったことだけが、

心残りといえば心残りだった。






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